【R-18】魔力が無いと生きていけないので、婚約者になりました。

佐山ぴよ吉

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本編

驟雪-2

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(side:春成)

 昼下がりのオフィスに、空調音だけが響いていた。
 定期同期の光がモニターを青く染め、壁面の時計は14時を指している。
 瑠香との通話をスピーカーにし、隣にいる吉野にも瑠香との会話を聞かせる。

 報道は、突然だった。

 ──『本日未明、北域旧魔術研究施設にて爆発事故が発生しました。現場では元研究員の男性1名が心肺停止の状態で発見され、その後死亡が確認されました。男性の遺体には不審な点があり───』

 冷たく平板なニュースキャスターの声が、空気を割る。
 映像に映っていたのは、見覚えのある建物。灰色の雪原。焼け焦げた鉄骨、黒く溶けたコンクリート。
『爆発事故の原因は不明 魔力暴走か』という字幕が流れる。

「……そう来たか」

 隣で同じ報道を見ていた吉野が、言葉を失ったまま画面を見つめている。
 中距離転移したあの場所が、繰り返し空撮映像で流れる。──この為だったのか。

 七方涼介。
 先日だけではなく、幼い頃にも何度か会ったことはある。
 父を露骨に侮辱し、吉野や泰雅のことを「低能な従属個体」と呼んだ。
 その瞬間、己の中で奴は“排除対象”として固定された。
 だが、たとえ“排除対象”だとしても死んで当然だなどとは思わない。
 もっと死するに相応しい人間はいる。
 それに、僕の中には安堵よりも違和感の方が強かった。

「おかしいな」
「そんな呑気な事を仰っている場合ですか」

 吉野が振り返る。彼女の瞳は相変わらず静かだ。
 吉野は、こういう時に限って誰よりも冷静に世界を観察している。

「今は呑気に待つしかないだろう。だが、七方は死んでいない可能性が高い。少なくとも、“あのやり方”では」
「どういう意味ですか」
「報道映像を見ろ。外壁の焼け跡、爆発の形。内部からじゃない。外から、情報層経由で“燃やされた”痕跡だ」

 僕は画面を止め、拡大した。
 炎の中心、ガラスの破片のような光の粒が散っている。
 それは魔力式の“後焼き”──術式が物理層で暴走した時に起きる現象だ。

「……自分で焼いた、もしくは──」
『誰かが、七方を情報層ごと焼いた、かな。何かの目論見があって』

 スピーカーから瑠香の声が響く。

『はる兄達、今どこにいるの』
「オフィスだ。吉野と今ニュースを見ていた。瑠香は?」
『……情報層の中の宮間のデータベース。実は報道よりも少し前に分かってたんだけど……謎が多すぎてちょっと調べ物してたんだ』

 瑠香の声は、妙に冷静だった。
 彼女がこういうトーンで話す時は、たいてい何かを掴んでいる時だ。

「どうして分かった?」
『七方の神経式をモニタリングしてた。数時間前に同期波が消失したの。物理層からじゃなくて、演算層の方から……まるで“意識”だけが抜け落ちたみたいに』
「つまり、肉体が死んでも精神情報が残っているということか」
『うん。情報層上ではまだ“七方涼介”ってノードが微弱に動いてる。……けど、ちょっと変なんだ』

 彼女が短く息を呑んだ。

『パターンが、複数に分裂してる。ひとつは北域研究所の残骸周辺、もうひとつは……宮間家のクラスタ近辺に出てる』
「……何だと?」

 僕は思わず立ち上がった。
 吉野が怪訝な顔をする。

「どういう……事なの、それは……瑠香」
『七方の残留意識が、こっちに流れ込んできているみたい。宮間の情報層のすぐ外に』
「七方が? 死んだはずでは……」
「“死んだ”のは肉体だけだ。精神はまだ、どこかで息をしているんだと思う」

 言葉を吐きながら、頭の奥がざらついた。
 神経層の奥で、かすかなノイズが走る。
 まるで誰かが、僕の意識を覗き込んでいるような感覚。

 ──ざ……ざざ……。

 耳鳴り。
 それに混ざって、声がした。

『……し……き……』

 七方の声だった。
 先日も聞いた、鼻にかかった、気味の悪い響き。

 無意識に拳を握りしめる。

『はる兄、今、何か聞こえた?』
「ああ……七方の声だ。情報層を経由して、僕の神経層に直接干渉してきている」
『やっぱり……。ねえ、はる兄』
「何だ」
『七方は、死んでないよ。少なくとも、“普通の死に方”はしてない』

 その言葉が、脳に沈んでいく。

 ──七方涼介は、情報層に“留まっている”。

 弟妹達のような人間なら、それは容易く可能だ。
 精神と魔力式を同調させ、自分の意識構造を演算体に焼き付ける。
 そうすれば、肉体が滅んでも“自我”だけは仮想層に残る。
 だがそれは、本来なら禁忌の領域──神経構造の暴走を招く。

「……瑠香、七方の残留ノードをトレースできるか」
『やってる。でも、すごくノイズが多くて……。断片的にしか拾えない。……ねえ、これ、多分“誰か”に寄生してるんじゃないかな』
「寄生?」
『そう。七方の残留意識が、誰かの演算構造に入り込んでるんだよ。で、その“誰か”が、こっちの世界にいる』

 ──それが誰か、想像したくなかった。

 七方が最も憎んでいた相手。
 母を奪った父、そしてその血を継ぐ存在。

 自分達の誰か。

 視線を向けると、吉野はまだ報道映像を見つめていた。
 まるで、そこに何かを探しているように。

 今朝、出勤前に泰雅が話していた事を思い出す。


 ーーーーー

「……はる兄」
「何だ」
「俺達は、七方と話した事が……あったのか?」

 その言葉に、血の気が引いた。
 七方の動向について話す事はしていたが、泰雅の方からその名前が出ることはあまり無かった。

 泰雅と七方の対面については僕が知りうる限り、泰雅にとってはおぞましい記憶でしかないだろう。
 七方の、弟妹達を虫けらでも見るかのような蔑んだ表情で見ていた視線は今も忘れられない。

「覚えていないのなら、思い出さなくていい」
「小さい頃に何度か会ったような気がする。でも、夢みたいにぼやけてる。最近になって、その夢をよく見るんだ」

 泰雅はこめかみに指を当て、苦しそうに息を吐いた。
 神経層の同期が乱れている。

「……声がするんだ。誰かが……“お前のせいだ”って、ずっと」
「……ノイズか? 魔術回路の拡張の反作用かもしれない。今日は幸と一緒にゆっくりしているといい」

 ーーーーー

 僕は立ち上がった。

「琉香、泰雅の神経波形を監視してくれ」
『まさか、泰にいが……』
「ああ、可能性はある。だがまだ断定するな」

 七方の残留意識が、泰雅に取り憑いている。
 それが事実なら──泰雅の命も危険だ。

 泰雅はここ数日で幸と急速に距離を詰め、暗示抜きで“泰雅”として会話をする事が多くなった。
 吉野の代わりに幸の護衛を頼む程に。


 数時間後。
 僕と瑠香は、宮間本社の研究棟地下で泰雅をスキャンした。
 幸と暗示抜きで致そうとしている所を無理矢理捕えてきたので、後でご機嫌を取らねばならない。呪いに食われる。
 だが今は緊急事態だ。

 泰雅は眠らせた。だが、神経層の波形は常人の十倍に跳ね上がっていた。

「……やっぱりおかしい」

 瑠香が眉をひそめる。

「神経層の奥に、別の演算リズムがある。これ、泰にいに元からある波じゃない」
「七方のものだな」
「うん。演算式の癖が同じだ。しかも、上位層の干渉形式を使ってる」

 僕はディスプレイの波形を凝視した。
 脈動のように光が走り、波の間に暗号化文が現れる。

 ──“SHIKI”。

「……“母様”の名前を、呼んでる」
「あの男はまだ“母様”に囚われているのね。……でも、どうして泰雅に?」
「父が、母様以外の女性と関係を持った。七方にとってそれは“裏切り”だったんだろう。だからその血を継ぐ泰雅を……」

 七方の執念は、死を越えてなお続いている。
 それはもはや恋愛ではない。ただのストーキングだ。

「はる兄……七方の意識がどんどん深くまで入り込んでる」
「お前達の神経層には吉野の一件以来、結界を貼ってあるはずだが」
「うん。でも……情報層経由で擬似母式を使って内部からアクセスしてるみたい。これは……もしかして、C-0シリーズに元からアイツが何か仕掛けていたのかも。もう開きかけてる……」

 琉香の声が震えた。

「ダメ……これ、止められないかもしれない……!」

 僕は拳を握りしめた。
 心臓の奥で、七方の声がまた響く。

『……志希は、私のものだ。あの男の血など、許さない……』

 ノイズ混じりの音声が、僕の脳に焼き付く。
 泰雅の呼吸が乱れ、指先が微かに動いた。

 ──彼の体の中で、何かが動き始めている。

「瑠香、結界を張れ。泰雅の神経層ごと隔離する」
「了解!」

 青白い光が床を走り、研究室全体を包み込む。
 空気がぴんと張り詰め、魔力の震えが肌を刺した。

 泰雅の瞳が開く。
 だが、その瞳の奥には──別の誰かがいた。

 光の結界が、きしむ音を立てて歪んだ。
 泰雅の身体が震え、青い光が血管を走るように全身に広がっていく。
 その瞬間、僕の神経層に直接、声が流れ込んだ。

『……やっと、繋がったか』

 七方涼介の声だ。
 冷たいのに、どこか人間の温度を帯びた、奇妙な響き。
 僕は無意識に、泰雅の名を呼んでいた。

「泰雅! 意識を保て! お前の身体を、七方に明け渡すな!」

 だが、返事はなかった。
 瞳は虚空を映し、唇は誰かの言葉をなぞるように動いていた。

『……あの方は、私を拒んだ。だが、彼女の魔術式はまだ生きている。お前たちの神経層に、私の設計した構造が残っている限り──私はあの方を取り戻せる……!』
「黙れ」

 怒鳴った瞬間、結界の光が一瞬だけ弾けた。
 情報層の粒子が逆流し、僕の神経層に干渉してくる。
 琉香が後ろで悲鳴を上げた。

「はる兄、ダメ! それ以上同期したら、七方の構造が逆流する!」
「分かってる……が、こいつを泰雅から引きはがす」

 僕は両手を組み、魔術式を重ねた。
 指先に浮かぶ魔術構文式──“干渉座標反転”。
 七方が泰雅に書き込んだコードを逆向きに転送し、発信源を露出させる。

『……クソガキどもめ。あの方も最期まで私を拒んだ。だが、拒絶もまた“結び”の形だ』
「歪んだ愛を語るな。お前がやっているのは、ただのストーカーだ」

 七方は笑った。
 泰雅の口を通して、淡々とした声で。

『お前たちは知らないだろう。志希が何を願ってこの“C-0シリーズ”を作ったのか。コレは兵器でも、道具でもない。彼女は“境界を越える子共”を創ろうとしていた。死と生、物理と情報、全てを繋ぐ存在を』

 僕の呼吸が止まった。
 ──C-0シリーズ。
 弟妹達の暗号化名。

「……母様が、そう言ったのか」
『ああ。そして私は、それを完成させようとしたのだよ。私はあの方が行方不明になった後、あの方の残した式を継ぎ、神経層を超えた存在を造るつもりだった。だが、宮間の連中お前らがそれを邪魔する。お前達兄妹が。だから今度はお前達を超える存在に生まれ変わるんだ。この、C-13を使ってなァァ!』

 声が次第に怒りを帯びる。
 情報層の光が泰雅の周囲に渦を巻き、空気が震えた。

『だから私は奪う。あの方の子どもを、そしてC-13を。それがあの方の“願い”だからだ!!』

 僕は歯を食いしばり、詠唱を開始した。
 声ではなく、意識で唱える。
 “自己構造固定式・第六階層”。
 情報層に流れ込んだ七方の構文を、逆に泰雅の神経層から押し返す。

「琉香、封印環式、同調させろ! 波長合わせは僕に任せろ!」
「了解!」

 光が強くなり、結界の内側で泰雅が悲鳴を上げた。
 その瞳の奥で、七方の影が歪む。
 形を失い、黒いコードのようなものに変わっていく。

『……お前も、結局はあの方の残滓か……。あの方の意思を理解できぬまま、次の世代を守るつもりか……?』
「違う。僕は、家族を守るためにここにいる」

 術式が完成した。

 光が爆ぜ、結界が一瞬だけ白く染まる。
 次の瞬間、泰雅の身体がふっと軽くなり、光の渦が霧散した。

 静寂。

 僕は駆け寄り、泰雅の脈を確かめた。
 生きている。
 微かだが、呼吸も整ってきている。

「……はる兄、成功したみたい。七方のノード、消えたよ」

 琉香の声が震えていた。
 安堵と、恐怖が入り混じった音。

「完全に消えたのか?」
「うん……たぶん。少なくとも、泰にいの神経層からは排除された。でも──」
「でも?」
「七方の構造式の断片が、どこかに逃げた。物理層じゃなくて……情報層のより下層に」

 僕は目を閉じた。
 七方の執念は、まだ終わっていない。
 それはどこか別の層で、形を変えて存在し続けているのだろう。

 泰雅の瞼が、わずかに動いた。

「……泰雅か?」
「ああ、俺だ。もう大丈夫だ。七方の声は……消えた」

 泰雅はぼんやりと天井を見上げ、苦く笑った。

「母様に会ったよ……母様は、優しかった。あとやっぱり……はる兄そっくりだ」
「……そうか」


 魔力光が静かに消え、研究室に影が落ちていく。
 七方の呪いが去っても、そこに残るのは空虚と静寂だけだった。

 そして僕は、心の奥底で確信していた。
 ──七方は、まだ終わっていない。
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