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本編
俄雪-2
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(side:泰雅)
幸ちゃんが失ったもの。
それは、女の子としての生き方。
そして、女の子としての機能。
幸ちゃんは今確実に、それを取り戻しつつあった。
すぐに吉ねえと連絡を取る。
今ははる兄の秘書として本社にいる。
吉ねえはこんな時の為にと生理用品をストックしてくれていた。
生理用品と着替えを抱えてトイレをノックすると、小さい声で返事がある。
生理用品を差し出して、しばらく待つと幸ちゃんはリビングに顔を出した。
顔色の悪さは相変わらずだが、少し落ち着いたようだ。
立ち上がってソファに座らせる。
吉ねえに教えて貰った茶葉で入れたお茶を幸ちゃんに渡すと、素直に受け取って飲んでくれた。
「ごめんなさい……泰雅さん、ご迷惑をかけました。びっくりして、こんなことで取り乱して……本当にごめんなさい」
お茶を数口飲んだ後、幸ちゃんは深々と頭を下げる。
「大丈夫だよ。迷惑なんて何も。シーツも掃除しておいた。体が冷えると良くないから少し空調の設定も変えたよ」
「本当に……ありがとうございます。泰雅さんは……どうして、こんなに……」
「君の事が好きだから」
「……!」
幸ちゃんが、瞳を見開いてこちらに顔を向けた。
「私、あなたに好きになってもらうような事、何もしていません。あなたが私に好意を持っているのは、私がただ魔力なしだからで……」
「誰かに何かをして貰わないと、人は人を好きになっちゃいけないのか?」
幸ちゃんはゆっくりと首を横に振った。
「でも……あなたは、私の事を何も知らないんだと思います。私がどんな人間か……きっと知ったら……」
「知ってるよ」
幸ちゃんの肩をそっと両手で掴む。
彼女の薄い色の双眸を見つめる。
「全部知ってる。きっと君よりも、俺は君の事を知ってる。君がエスアイで何をされていたのかも、君が何を失ったのかも、それからの事も全部」
「……失ったもの……」
幸ちゃんの瞳が揺れる。何かを記憶から引き出すかのように。
「……さっきのが、君の10年ぶりの月経だって事も。俺、ずるい奴なんだ。君のピンチにかこつけて、君に優しくしてあわよくば好きになってもらいたいと思ってる」
顔を近づけて耳元で囁くと、幸ちゃんは顔を少し赤らめて首をぶんぶんと振る。
「違います!泰雅さんはそんな人じゃないです!元々優しい人です」
「それはどうかな。幸ちゃんこそ、俺の事何も知らないでしょ?だから俺の事をもっと……」
「ずるいのは、私のほうです」
幸ちゃんが、俺の胸に飛び込んできた。
ぶわりと舞う芳香が鼻腔をくすぐる。
「……幸ちゃん?」
「……私……本当は、泰雅さんに最初に会った時から、分かっていたんです。泰雅さんが……もう1人の旦那様だっていうこと……」
「……幸ちゃん……」
「でも、中々言い出せなくて……。それに、魔術に気がついているって知られたら……貴方に、抱いて貰えなくなるかもって……そんな事を考えているって知られたら、もうこの部屋に居られないような気がして……旦那様に棄てられるのがこわくて、ずっと知らないふりをして……」
「そんな事はない!」
涙声の幸ちゃんの話を遮り、俺は強く言った。
「はる兄がここから幸ちゃんを追い出すなんて有り得ない。もしそんな事するんだったら俺が幸ちゃんを攫って俺と結婚してもらう。幸ちゃん、君は、選ぶほうの人間なんだ。俺たちは、君に選ばれたくていつも足掻いてるんだよ」
「泰雅さん……?」
「それに、絶対バレるに決まってるでしょ、あんなの。俺とはる兄、体格以外あんまり似てないし。いつも君に気がついて欲しいと思ってたんだ」
ぎゅっと幸ちゃんを抱きしめる。
拒絶はなかった。
幸ちゃんは俺のシャツを軽く握り、抱擁を受けいれた。
「泰雅さん……。泰雅さんは……」
「ん?」
「おじいちゃんみたい……」
「え!?」
俺の胸の中で幸ちゃんが呟いた。
頭の中で今までの会話を反芻する。
「お、俺、何かジジくさいこと言った?あっ、もしかしてなんか臭う?」
ぱっと体を離して自分の臭いを確かめる。
「ううん、おじいちゃん……康成先生が言っていた事と、同じ事を言っていたから」
幸ちゃんがくすりと笑ってくれた。
「あ……ああ。康成先生か……」
幸ちゃんの、元身元保証人。俺にとっては大叔父に当たる人だ。
「康成先生は、どんな人だったの?俺、親戚なんだけど一度も会ったことがないんだ」
「おじいちゃんは……優しくて、私に色んな事を教えてくれました」
幸ちゃんが、今まで見たことの無い柔らかさで、ふわりと微笑んだ。
──ああ。ここだ。ここに、本当の君がいる。
この微笑みの中に、本当の幸ちゃんがいる。
この微笑みを守る為ならなんだってできる気がする。
君の失われたものを、全て取り戻すために。
ーーーーー
「ところで、泰雅さん……ひとつ、分からない事があるんですが」
「ん?なになに?」
幸ちゃんの柔らかい体を抱きしめながら顔を覗き込む。
「泰雅さんは、どうして旦那様の姿になって私と……していたんですか?」
「ん?うん、んーーー、とーー……?」
君のオナニーとキスで我慢できなくなって、なんて言ってもいいものだろうか。どう言うべきか……。
「もしかして……やっぱりもともとは体だけが目当てだったとか……」
「ち、違うっ!その……はる兄がたまに仕事でいなくなるから、その代わりに君の護衛と、治療をするつもりで……でも君があんまりにも可愛くて……止められなくて……君が嫌がったらすぐにでも止めるつもりだったし、順序が逆になって本当に悪かったって思ってる!ごめんなさいっ!」
幸ちゃんがジト目でこちらを見る。可愛い。
「……本当ですか?」
「ほっ、本当だよ。はる兄に聞いて確かめてもいい」
「……泰雅さんの、えっち……」
「うぐっ!」
その日から数日間は幸ちゃんの体調を気遣い、夜の営みは無かった。
その間も、俺は情報層に肉体情報の半分だけを転移させ、第3者ノードを探る。
あれよあれよという間に俺の夏季休暇の終わりが近付いていた。
幸ちゃんの月経は無事終わりに差しかかり、体調もメンタルも回復しつつあった。
だが、今度は俺の体調が悪くなっていった。
朝起きた時、酷く頭痛がする。
ガンガンと響くような痛みに交じって、耳鳴りがする。
──2日酔いか?でも、昨日は一昨日ほどはる兄と晩酌した訳じゃないし。
ここ3日位幸ちゃんと致していない事もあるせいかもしれない。
そうでなくとも幸ちゃんとの交わりで生まれる澄んだ魔力の清流は、中毒のように俺たち兄弟を蝕んでいる。
朝だけで済んだ頭痛が、午前中だけ、昼すぎまで、とだんだん長引くようになって行った。
幸ちゃんは寝室から出てきて同じソファに座ってくれるようになってくれた。
手を握り、肩を抱きしめ、唇にキスをする。
それでも嫌がって逃げたりしない。
その間は頭の中はクリアになって、痛みから解放される。
「泰雅さん……」
キスの合間に、幸ちゃんが俺の名前を呼ぶ。
旦那様じゃなくて、俺自身の名前を。
歓喜で全身が浮き立つ。
「なに?幸ちゃん。俺のこと好きになってくれた?」
「あの……。あの、泰雅さん……す、す……」
「ん?何かな?“す”~?」
にやけが止まらない。
この休暇中に行った所といえばこの部屋と不動産屋ぐらいだが、幸ちゃんと過ごしている時間がどんなアクティビティよりも幸せだ。
「す……SNIPS……SNIPSがゲスト出演する番組がもうすぐ始まるって、吉野さんから聞いたので、観ても良いですか?」
「……くッ!……いいよ……一緒に観よ……」
夏季休暇の最終日。
頭痛はまだ続いていた。
妙な幻聴のようなものも聞こえる。
昨日少し情報層のノイズを浴び過ぎたせいか……。
少し深く潜りすぎたかもしれない。
第3者ノードの居場所は突き止めているが、そこに侵入する為のコードはまだ解析できていない。
───お前の、せいだ。お前のせいで、あの方は悲しんだ。姿を消した。
アイツと思わしき声が聞こえる。
あの不愉快な声で俺に声をかける。
俺の小さい頃の……第1研究所にいた頃の夢と重なって。
あの頃の事は全てを早く忘れたくて、殆ど覚えていない。
でも、アイツは確かに、あそこにいた。
「……ノイズか?魔術回路の拡張の反作用かもしれない。今日は幸と一緒にゆっくりしているといい。明日から出勤だろう」
はる兄が小さい頃と同じように額に手を当てて俺の熱を測る。
──はる兄の中の俺は、一体今何歳位なんだ……?
毎晩酒も飲み交わしているというのに。
午前中、ソファでぐったりしていると幸ちゃんが膝枕をしに来てくれた。
頭を撫でられると、格段にノイズがなくなっていく。
目を閉じて手の感触に集中していると、幸ちゃんが小さく俺に語りかける。
「私は……少し前まで、人を好きになる事って、よく分からなかったし、怖かったんです。おじいちゃんに……幸は何人でも人を好きになってもいいんだって……選ぶ側の人間なんだからって言われた時も、よく分からなかった。でも今は……」
「今は?」
幸ちゃんを見上げて、頬を撫でる。
幸ちゃんはその手を取り、指を絡めた。
「今は……好きな男の人が4人もいるんです」
「その中に、俺は含まれてるのかな」
返事の代わりに、幸ちゃんが俺の唇にゆっくりとキスをした。
唇が離れると、それを追いかけるように体を起こし、幸ちゃんを腕の中に閉じ込めて、唇を塞ぐ。
舌で口の中を蹂躙し、唾液が溢れるくらい魔力を流し込む。
息が荒くなってきた彼女をお姫様抱っこして、寝室へと向かう。
ベッドの上に、髪が散らばる。
今日の幸ちゃんは、少し光沢のあるブルーグレーのノースリーブワンピース。
吉ねえと買い物に行って、初めて自分で選んだ服だと聞いている。
俺たちの瞳の色。
ワンピースのボタンをひとつずつ外していく。
白いブラジャーに包まれた豊満な胸がふるりと露になる。
首筋と、胸に優しくキスを落としていく。
「私……好きになってもいいの?みんなのこと……」
「いいよ。幸ちゃんは、いいんだよ。何人でも選んでいいんだ。幸ちゃんが好きになった人、みんなを愛して欲しい。そうじゃないと俺は……はる兄も、宮間も、この世界も全部憎んで、全てを呪ってしまうかもしれない」
「泰雅さん……」
「……なんてね。でも、俺の事も好きになってくれたら嬉しい。好きだよ、幸ちゃん……」
幸ちゃんが、俺の頬に手をかざしたその時。
ズキンと、頭の痛みが加速する。
───ざざ……ざ……
『どうして……私じゃない男を選んだ……』
頭の中で、声が聞こえる。
俺の声じゃない。
『憎い……宮間が……魔力なしが……!』
「なんだよ、これ……邪魔するな……」
「泰雅さん……?」
「泰雅。取り込み中悪いが、緊急事態だ、来い」
いつの間にか、隣にはる兄が立っている。
幸ちゃんが失ったもの。
それは、女の子としての生き方。
そして、女の子としての機能。
幸ちゃんは今確実に、それを取り戻しつつあった。
すぐに吉ねえと連絡を取る。
今ははる兄の秘書として本社にいる。
吉ねえはこんな時の為にと生理用品をストックしてくれていた。
生理用品と着替えを抱えてトイレをノックすると、小さい声で返事がある。
生理用品を差し出して、しばらく待つと幸ちゃんはリビングに顔を出した。
顔色の悪さは相変わらずだが、少し落ち着いたようだ。
立ち上がってソファに座らせる。
吉ねえに教えて貰った茶葉で入れたお茶を幸ちゃんに渡すと、素直に受け取って飲んでくれた。
「ごめんなさい……泰雅さん、ご迷惑をかけました。びっくりして、こんなことで取り乱して……本当にごめんなさい」
お茶を数口飲んだ後、幸ちゃんは深々と頭を下げる。
「大丈夫だよ。迷惑なんて何も。シーツも掃除しておいた。体が冷えると良くないから少し空調の設定も変えたよ」
「本当に……ありがとうございます。泰雅さんは……どうして、こんなに……」
「君の事が好きだから」
「……!」
幸ちゃんが、瞳を見開いてこちらに顔を向けた。
「私、あなたに好きになってもらうような事、何もしていません。あなたが私に好意を持っているのは、私がただ魔力なしだからで……」
「誰かに何かをして貰わないと、人は人を好きになっちゃいけないのか?」
幸ちゃんはゆっくりと首を横に振った。
「でも……あなたは、私の事を何も知らないんだと思います。私がどんな人間か……きっと知ったら……」
「知ってるよ」
幸ちゃんの肩をそっと両手で掴む。
彼女の薄い色の双眸を見つめる。
「全部知ってる。きっと君よりも、俺は君の事を知ってる。君がエスアイで何をされていたのかも、君が何を失ったのかも、それからの事も全部」
「……失ったもの……」
幸ちゃんの瞳が揺れる。何かを記憶から引き出すかのように。
「……さっきのが、君の10年ぶりの月経だって事も。俺、ずるい奴なんだ。君のピンチにかこつけて、君に優しくしてあわよくば好きになってもらいたいと思ってる」
顔を近づけて耳元で囁くと、幸ちゃんは顔を少し赤らめて首をぶんぶんと振る。
「違います!泰雅さんはそんな人じゃないです!元々優しい人です」
「それはどうかな。幸ちゃんこそ、俺の事何も知らないでしょ?だから俺の事をもっと……」
「ずるいのは、私のほうです」
幸ちゃんが、俺の胸に飛び込んできた。
ぶわりと舞う芳香が鼻腔をくすぐる。
「……幸ちゃん?」
「……私……本当は、泰雅さんに最初に会った時から、分かっていたんです。泰雅さんが……もう1人の旦那様だっていうこと……」
「……幸ちゃん……」
「でも、中々言い出せなくて……。それに、魔術に気がついているって知られたら……貴方に、抱いて貰えなくなるかもって……そんな事を考えているって知られたら、もうこの部屋に居られないような気がして……旦那様に棄てられるのがこわくて、ずっと知らないふりをして……」
「そんな事はない!」
涙声の幸ちゃんの話を遮り、俺は強く言った。
「はる兄がここから幸ちゃんを追い出すなんて有り得ない。もしそんな事するんだったら俺が幸ちゃんを攫って俺と結婚してもらう。幸ちゃん、君は、選ぶほうの人間なんだ。俺たちは、君に選ばれたくていつも足掻いてるんだよ」
「泰雅さん……?」
「それに、絶対バレるに決まってるでしょ、あんなの。俺とはる兄、体格以外あんまり似てないし。いつも君に気がついて欲しいと思ってたんだ」
ぎゅっと幸ちゃんを抱きしめる。
拒絶はなかった。
幸ちゃんは俺のシャツを軽く握り、抱擁を受けいれた。
「泰雅さん……。泰雅さんは……」
「ん?」
「おじいちゃんみたい……」
「え!?」
俺の胸の中で幸ちゃんが呟いた。
頭の中で今までの会話を反芻する。
「お、俺、何かジジくさいこと言った?あっ、もしかしてなんか臭う?」
ぱっと体を離して自分の臭いを確かめる。
「ううん、おじいちゃん……康成先生が言っていた事と、同じ事を言っていたから」
幸ちゃんがくすりと笑ってくれた。
「あ……ああ。康成先生か……」
幸ちゃんの、元身元保証人。俺にとっては大叔父に当たる人だ。
「康成先生は、どんな人だったの?俺、親戚なんだけど一度も会ったことがないんだ」
「おじいちゃんは……優しくて、私に色んな事を教えてくれました」
幸ちゃんが、今まで見たことの無い柔らかさで、ふわりと微笑んだ。
──ああ。ここだ。ここに、本当の君がいる。
この微笑みの中に、本当の幸ちゃんがいる。
この微笑みを守る為ならなんだってできる気がする。
君の失われたものを、全て取り戻すために。
ーーーーー
「ところで、泰雅さん……ひとつ、分からない事があるんですが」
「ん?なになに?」
幸ちゃんの柔らかい体を抱きしめながら顔を覗き込む。
「泰雅さんは、どうして旦那様の姿になって私と……していたんですか?」
「ん?うん、んーーー、とーー……?」
君のオナニーとキスで我慢できなくなって、なんて言ってもいいものだろうか。どう言うべきか……。
「もしかして……やっぱりもともとは体だけが目当てだったとか……」
「ち、違うっ!その……はる兄がたまに仕事でいなくなるから、その代わりに君の護衛と、治療をするつもりで……でも君があんまりにも可愛くて……止められなくて……君が嫌がったらすぐにでも止めるつもりだったし、順序が逆になって本当に悪かったって思ってる!ごめんなさいっ!」
幸ちゃんがジト目でこちらを見る。可愛い。
「……本当ですか?」
「ほっ、本当だよ。はる兄に聞いて確かめてもいい」
「……泰雅さんの、えっち……」
「うぐっ!」
その日から数日間は幸ちゃんの体調を気遣い、夜の営みは無かった。
その間も、俺は情報層に肉体情報の半分だけを転移させ、第3者ノードを探る。
あれよあれよという間に俺の夏季休暇の終わりが近付いていた。
幸ちゃんの月経は無事終わりに差しかかり、体調もメンタルも回復しつつあった。
だが、今度は俺の体調が悪くなっていった。
朝起きた時、酷く頭痛がする。
ガンガンと響くような痛みに交じって、耳鳴りがする。
──2日酔いか?でも、昨日は一昨日ほどはる兄と晩酌した訳じゃないし。
ここ3日位幸ちゃんと致していない事もあるせいかもしれない。
そうでなくとも幸ちゃんとの交わりで生まれる澄んだ魔力の清流は、中毒のように俺たち兄弟を蝕んでいる。
朝だけで済んだ頭痛が、午前中だけ、昼すぎまで、とだんだん長引くようになって行った。
幸ちゃんは寝室から出てきて同じソファに座ってくれるようになってくれた。
手を握り、肩を抱きしめ、唇にキスをする。
それでも嫌がって逃げたりしない。
その間は頭の中はクリアになって、痛みから解放される。
「泰雅さん……」
キスの合間に、幸ちゃんが俺の名前を呼ぶ。
旦那様じゃなくて、俺自身の名前を。
歓喜で全身が浮き立つ。
「なに?幸ちゃん。俺のこと好きになってくれた?」
「あの……。あの、泰雅さん……す、す……」
「ん?何かな?“す”~?」
にやけが止まらない。
この休暇中に行った所といえばこの部屋と不動産屋ぐらいだが、幸ちゃんと過ごしている時間がどんなアクティビティよりも幸せだ。
「す……SNIPS……SNIPSがゲスト出演する番組がもうすぐ始まるって、吉野さんから聞いたので、観ても良いですか?」
「……くッ!……いいよ……一緒に観よ……」
夏季休暇の最終日。
頭痛はまだ続いていた。
妙な幻聴のようなものも聞こえる。
昨日少し情報層のノイズを浴び過ぎたせいか……。
少し深く潜りすぎたかもしれない。
第3者ノードの居場所は突き止めているが、そこに侵入する為のコードはまだ解析できていない。
───お前の、せいだ。お前のせいで、あの方は悲しんだ。姿を消した。
アイツと思わしき声が聞こえる。
あの不愉快な声で俺に声をかける。
俺の小さい頃の……第1研究所にいた頃の夢と重なって。
あの頃の事は全てを早く忘れたくて、殆ど覚えていない。
でも、アイツは確かに、あそこにいた。
「……ノイズか?魔術回路の拡張の反作用かもしれない。今日は幸と一緒にゆっくりしているといい。明日から出勤だろう」
はる兄が小さい頃と同じように額に手を当てて俺の熱を測る。
──はる兄の中の俺は、一体今何歳位なんだ……?
毎晩酒も飲み交わしているというのに。
午前中、ソファでぐったりしていると幸ちゃんが膝枕をしに来てくれた。
頭を撫でられると、格段にノイズがなくなっていく。
目を閉じて手の感触に集中していると、幸ちゃんが小さく俺に語りかける。
「私は……少し前まで、人を好きになる事って、よく分からなかったし、怖かったんです。おじいちゃんに……幸は何人でも人を好きになってもいいんだって……選ぶ側の人間なんだからって言われた時も、よく分からなかった。でも今は……」
「今は?」
幸ちゃんを見上げて、頬を撫でる。
幸ちゃんはその手を取り、指を絡めた。
「今は……好きな男の人が4人もいるんです」
「その中に、俺は含まれてるのかな」
返事の代わりに、幸ちゃんが俺の唇にゆっくりとキスをした。
唇が離れると、それを追いかけるように体を起こし、幸ちゃんを腕の中に閉じ込めて、唇を塞ぐ。
舌で口の中を蹂躙し、唾液が溢れるくらい魔力を流し込む。
息が荒くなってきた彼女をお姫様抱っこして、寝室へと向かう。
ベッドの上に、髪が散らばる。
今日の幸ちゃんは、少し光沢のあるブルーグレーのノースリーブワンピース。
吉ねえと買い物に行って、初めて自分で選んだ服だと聞いている。
俺たちの瞳の色。
ワンピースのボタンをひとつずつ外していく。
白いブラジャーに包まれた豊満な胸がふるりと露になる。
首筋と、胸に優しくキスを落としていく。
「私……好きになってもいいの?みんなのこと……」
「いいよ。幸ちゃんは、いいんだよ。何人でも選んでいいんだ。幸ちゃんが好きになった人、みんなを愛して欲しい。そうじゃないと俺は……はる兄も、宮間も、この世界も全部憎んで、全てを呪ってしまうかもしれない」
「泰雅さん……」
「……なんてね。でも、俺の事も好きになってくれたら嬉しい。好きだよ、幸ちゃん……」
幸ちゃんが、俺の頬に手をかざしたその時。
ズキンと、頭の痛みが加速する。
───ざざ……ざ……
『どうして……私じゃない男を選んだ……』
頭の中で、声が聞こえる。
俺の声じゃない。
『憎い……宮間が……魔力なしが……!』
「なんだよ、これ……邪魔するな……」
「泰雅さん……?」
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