【R-18】魔力が無いと生きていけないので、婚約者になりました。

佐山ぴよ吉

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本編

俄雪-3

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(side:泰雅)

「……嫌だ」

 虚構空間壁を展開して俺とはる兄の間に結界を作る。
 電離した空間の分子がプラズマ光を発する。

「幸ちゃんを独りにしたくない。はる兄の代わりに幸ちゃんと一緒に居るのが、俺の役割だろ」
「泰雅……契約をお前に破らせたくない」

 幸ちゃんを抱きしめて転移する。
 が、何も起こらなかった。
 
 座標固定式がいつの間にか部屋全体に張られている。
 
「お前は必ずここに帰らせる。幸の元に」
「でも……!」
「泰雅さん」

 逆演算。なおも空間転送式を展開し離脱を試みる俺に、白い手が伸びた。

 その手は俺の顔の向きを変えさせた。
 唇に甘く柔らかい感触が押し付けられる。

「行ってらっしゃいのちゅう、です」

 幸ちゃんが背伸びをして、俺の唇を塞いでいた。

「幸ちゃん……」
「私は大丈夫。泰雅さん、ありがとう。泰雅さんはもう、代わりなんかじゃない。だから泰雅さんは、旦那様の所に行ってください」
「幸、すまない。泰雅は必ずここに連れて帰る」
「幸ちゃんっ!」

 手足を光のロープで拘束され、幸ちゃんと引き離される。

「大丈夫だ、幸は───」
「ボクがいるから」
「オレがついてるから♡」

 幸ちゃんの両隣に、いつの間にか双子が現れた。

「あっ……お前らっ!」
「純くん、京くん……!」
「泰にい、はる兄に楯突くとか命知らず過ぎ……」
「ほら、早く行って行って。幸ねえのことはオレたちに任せてよ♡」
「そんな事言って、幸ちゃんの事占領したいだけだろ!」
「泰雅、行くぞ。純也、京也。あとは任せた」
「「了解!」」

 一瞬で景色が変わる。
 連れて行かれた先は、宮間第1研究所。俺の実家。

「で、何?緊急事態って」
「泰雅、お前はおそらく深部個人情報域で七方にハックされている」
「は!?何それやばいじゃん、俺。先に言ってよ!」
「とにかくお前には少し眠ってもらう」

ーーーーー

 落ちていく感覚がした。
 どこまでも、底のない井戸へ沈むような、それでいて背骨を軋ませるような重力。
 まぶたは閉じたままなのに、俺にはそれが“見えて”いた。

 暗闇の奥に、誰かが立っている。

 その誰かの輪郭だけが先に視えて、声が追いつく。

『ようやく、起きたか』

 七方涼介。
 俺の神経層に入り込み、母様の名を呼び続け、狂気をぶつけ続けてきた残留意識。
 そのはずなのに、最初に形を取ったのは──

「……はる兄、かよ」

 光の中に現れたのは、よく見知った姿だった。

 淡い灰色の瞳が、俺をまっすぐ見ていた。
 表情だけははる兄そのものの厳粛さを保ちながら、口から出る言葉は兄のものではなかった。

『彼が最もお前を縛っていたからな。私がこの形を取るのも、効率がいいだろう?』

 落ち着いた声。
 その声色はそれははる兄にそっくりで、あまりにも記憶に微かに残る七方とは違うからこそ、逆に気味が悪かった。

「……その姿で喋るな。殴るぞ」
『殴れるのか? 泰雅。お前は春成に、1度でも勝てたことがあったのか?』

 喉が詰まる。

『魔術でも。体術でも。学業でも。家の仕事でも。──お前は1度として、春成のスコアを超えた事はなかった』

 心臓の奥が、音を立てて潰された気がした。
 七方が全てを知っているわけがない。
 なのに、俺の人生の痛点ばかりを抉りにくる。

『春成はいつもお前より先にいて、お前より正しくて、お前より優秀で、お前より愛されていた』

 違う、と言いたいのに、喉が震えて声にならない。

『そして今──お前が愛してやまない、あの魔力なしの正式な婚約者は、春成だ』

 ズキン、と胸が焼けた。

 ──そのことは、わかっている。
 わかっているはずなのに、改めて言われるとこんなにも胸の深い場所に刺さる。

 俺は拳を握りしめた。

「……それが、どうした」
『悔しいのだろう?』
「悔しいに決まってんだろ。俺は……あの子を……」

 そこまで言った瞬間、はる兄の姿をした七方が近づいてきた。
 瞳の色だけが違った。
 兄の穏やかな灰青色ではなく、七方の冷たい黒暗色に染まっている。

『お前がどれだけ足掻いても、お前は“代用品”だ。C-0の欠片でしかない。春成の“影”でしかない。』

「…………黙れ」
『己でも気付いているはずだ。幸の視線は、お前を見ているようで……結局は春成の方向を向いていることに』
「違う」
『また否定か。お前はいつもそれだ。“違う、違う”と叫びながら……本当は全部図星だ』

 ──違う。
 違うんだ。
 なのに。
 胸が苦しい。

『そもそも───』

 その瞬間、七方の身体が黒い霧に包まれ、姿が変わり始めた。

『お前は母親に望まれずに生まれた子だろう?』

「──ッ!」

 空気が裂けた。

 目の前に立っていたのは、はる兄ではない。
 七方ですらない。

 そこにいたのは、灰色がかった茶色の髪を肩まで伸ばし、柔らかい灰茶の瞳をしている。

「……誰、だ……?」

 知らない。
 知らないはずなのに。
 胸がちぎれるほど懐かしい気がした。

 幸ちゃんに似ている。
 髪も瞳も、骨格の輪郭さえも。

 幸ちゃんより年上の、女性の姿。

『初めて会うのに……震えているのか?あはっ、ハハハハハッ!』

 七方が、俺の“産みの母”の姿をしていると理解した。

 知らないはずなのに、幸ちゃんの面影をそのまま伸ばしたような容姿に俺の心が勝手に揺れる。

「……やめろ。その姿だけは、やめろ……!」

『やめれば、勝てるのか? 泰雅。お前はずっと気になっていただろう?自分がどんな顔の女から生まれたのか。自分が愛されていたのか』

 七方はそこで言葉を切り、両手を広げてゆっくりと近付いてくる。

『──お母さんの声を、一度でいいから聞きたかったんでしょう?』

 その声は優しく、暖かかった。
 まるで抱きしめられるような、甘い響き。
 鳥肌が立つほど心地よくて、同時に、気持ち悪い。

『さあ、目を閉じなさい、泰雅。ここに来れば、何も痛くない。お前はもう傷つかなくて済む……』

 母さんの手が伸びた。

 その瞬間、体が凍る。
 抗えないほどの安堵が、心を侵食していく。

 ──温かい。

 ──苦しくない。

 ──この手に、触れたい。

 俺の足が、無意識に1歩前へと進む。

『そう、それでいいのよ。おいで、泰雅――』
「…………ッッぁああああああ!!」

 俺は自分の頬を思い切り殴った。

 意識が一瞬、真っ白になる。

「……ふざけんな……母さんの姿を、お前に使わせてたまるか」

 震える声で言うと、七方は柔らかく微笑んだ。

『強がるのか。だが、無駄だよ。精神支配はもう始まっている。お前はもう私の囲いの中だ』
「……俺の……何を知ってんだよ」
『全部だ。お前が春成に勝てないこと。お前が“実験体”として生まれたこと。お前が幸を選びながら、その恋は成就しないこと。未来永劫、な』
「黙れぇッ!!」

 俺は手をかざし、意識の中に魔術構文を展開する。

 現実世界で七方の侵入を弾き返すために、はる兄から叩き込まれた。
 “空間転移の核心”を。

 ──空間は“点”じゃない。

 ──層と層の“間”にある。

 ──だから、押されても押し返せる。

 ──押し返すための余白を、先に作るんだ。

 低く穏やかな声が蘇る。

「……俺は……はる兄の“影”でも、誰かの“実験体”でもない。そんな事、こんな人生じゃあ何十回何百回と苦しんできたに決まってんだろ。でもな、その度に救われてきたんだよ。他でもない、俺の兄貴……はる兄にな!!」

 空間が弾けた。

「俺は泰雅だ。宮間泰雅だ。俺は──俺自身の意思で、ここにいる」

 精神世界の風景が歪み、七方──母の姿をした“それ”が後退する。

『ッ……! お前……空間次元構成術ディメンション・スクリプトをここで使う気か……!?』
「使えるようにしてくれたのは、はる兄だからな」

 俺は青白い光の座標式を掌に収束させる。

「俺の中から、消えろ」

 白炎の光が爆ぜ、七方の姿を貫いた。

 闇の奥が、ぐらりと揺れた。

 七方を弾き飛ばしたはずの空間が、再び歪む。
 黒い粒子が集まり、渦を巻き、鈍く光り始めた。

『……それで終わりだと思ったか……?』

 七方の声だ。
 濁って、壊れて、ノイズのように混ざった声。

『私の残滓は、お前の神経層の最下層に根付いている……。私は──消えない。お前が“C-0”である限り』

 黒い渦が膨張し、刃のような形を取り始めた。

 全身の神経が警鐘を鳴らす。
 転移式を出す余裕がない。
 ここで刺されたら──意識層を貫かれたら、戻れない。

 七方の刃が、振り下ろされる。

『お前の“核”を貰う。そうすれば、私は完全になる……!あの方を取り戻す為に』
「……来いよ、ストーカー野郎」

 虚勢だった。
 指先が震える。
 視界が揺れる。
 ダメだ──避けられない。
 刃が触れる直前。

 ──空気が、変わった。

 ふわり、と風が巻き起こる。
 闇の中に、白い光が落ちた。
 柔らかい、でも絶対に曇らない光。

『そこまでだ、涼介』

 耳が、心臓が、止まった。
  記憶に焦げ付いたその女性の声に。

 七方の刃がぴたりと止まり、震える。

『……志、希……?』

 光の中に、女性が立っていた。

 白衣の裾が風に揺れ、
 コバルトの瞳がまっすぐに七方を射抜く。

 その瞳は、どこか泣きそうで──でも、強い光を宿している。

「……母様……」

 声が勝手に漏れた。
 母様は俺ではなく、黒い渦の中心──七方を見つめていた。

『涼介。お前は、もう終わりにしなければならない。私の子供たちをこれ以上傷付ける事は許さない。私の願いは、お前の願いとは違うんだ』
『違わない!! 私はあなたを救おうとした!あなたは消えるはずじゃなかった──!』
『私は消えていない。ずっと“ここ”にいる。だが、お前が探し求めている“志希”は、もうとっくの昔からいない』

 七方が歯噛みするような音を立てた。

『なら、なぜ今姿を見せた! なぜ私を拒む! あなたはいつもそうだ……私をいつも置いていく……!』

 志希は首を振った。

『違う。お前を置いていった訳じゃない。最初から、お前と私が向いている方向が違っただけだ』

 その声は、優しかった。
 でも、それ以上に──決意があった。

『涼介。お前は間違えたんだ。“繋ぐ”ために生まれた私の子ども達を──奪おうとした』

 母様はふっと微笑んだ。
 七方とは対極の、穏やかで静かな笑み。

『この子たちは、武器じゃない。誰かの代用品でも、影でも、失敗作でもない。自分の足で立ち、泣いて、笑って、愛する為に生まれた子ども達だ』

 その瞳が、初めて俺に向いた。

『──泰雅。お前は、お前でいいんだ。お前は自分の人生を歩け。その為に私は、お前に泳ぎ方を教えたんだ。情報層はお前たちのものだ。お前たちがCシリーズの結果としてではなく、自分で新しい次元を繋ぐ為に、泳ぐんだ』

 涙が落ちた。

 七方の叫びが響く。

『違う!! あれはあなたと私のものだ!!私はこのクソガキ共の誰よりもあれの存在意義を理解している!!』

 黒い渦が暴れ、光に牙を立てる。
 母様の体は微動だにせず、ただ静かに言った。

『涼介。──さようなら』

 掌が光り、七方の渦を包んだ。

 凄まじい衝撃波が走る。
 黒い渦が悲鳴を上げ、そして、崩れた。

『志希ィィィィィィ──────っ!!』

 七方の声は、遠く遠く、闇の底へ沈んでいった。

 静寂。

 母様が、柔らかく微笑む。

『……空間次元構成術ディメンション・スクリプト。春成が教えたんだな。でももっと精度を上げろ、泰雅。宮間うち独自の数少ない物理攻撃魔術なん……──泣くんじゃない。もう立派な大人なんだから』
「……っ、母様……」
『ほら前を向いて。お前には、守りたい人がいるんだろう?』

 彼女は手を伸ばさなかった。
 触れたら──消えてしまうからだとわかった。

『幸ちゃんを、大切にしろ。それと……春成に伝えてくれ。“私の小部屋”を探せ、と』

 そう言って、母様は光の粒となって、ゆっくりと消えていった。

「……母様……ありがとう……」

 七方の声は、もうどこにもなかった。
 俺はその場に膝をついた。

 息が震え、心臓が痛いほど脈打っている。

「……母さん……俺は……」

 顔も知らないくせに。
 幸ちゃんに似ているだけで、あんなにも心が揺れた。

 それでも。

「……俺は俺の人生を生きる。はる兄にも、幸ちゃんにも……追いつくために」

 暗闇の奥が少しだけ明るんだ気がした。

 そして俺は──ゆっくりと、意識を現実に戻していった。
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