【R-18】魔力が無いと生きていけないので、婚約者になりました。

佐山ぴよ吉

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本編

淡雪-1

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(side:幸) 
 
 私が養護施設に預けられたのは、雪が降りしきっている日だったらしい。

 親の顔は分からない。
 私の両親は、私を生後1週間で施設に預け、それきり会ったことは無い。

 幸という名前は、親に身体以外で唯一もらったもの。
 名前の由来は分からない。

 雪の降る時期に生まれたのに、なぜ雪という字を当ててくれなかったのか。
 きっと憐れみからその漢字を当てたんだろう。

 その漢字の意味を知ってから、自分の名前が嫌いになった。
 名前になんてさえなっていなければ、その意味を知ろうともせずに生きていけたのに。

 
 その施設にはいろんな境遇の子供がいたけれども、魔力なしは私1人しかいなかった。
 そこにいる大人も子供もみんな私を遠巻きに見るか、いじめの標的にした。
 
『この子は本当に自立できるのかしら』
 
 小さな明かりひとつ灯せない私に、施設の先生はため息混じりによく言った。
 障害がある子供なら、しかるべき場所でしかるべき待遇を受けることが出来る。
 けれども魔力なしの場合は障害があるとはみなされない。
 ただただ普通の子供よりも手がかかる私の事を、先生も疎んでいたのだと思う。

 記憶の中の私が、他の子供が魔力で色を付けた画用紙と、ただの鉛筆で画面を塗りつぶした真っ黒な画用紙を見比べる。
 そして、手元のそれをビリビリに破いた。


 
 魔力なしは国立の全寮制小学校に入る事になっている。
 施設には小学校の入学を機にもう行くことはなかった。

 その場所は、濃い霧にいつも包まれていた。
 その学校の住所は未だに分からない。
 教わらなかったし、教えて貰おうとも思わなかった。

 そこの生徒は、私のように親に棄てられ、養護施設出身の子がほとんどだった。
 親元にいても、暴力を振るわれたり、無視されて空気のように扱われていたという子もいた。

 私たちは数少ない仲間同士、身を寄せ合うようにして生活した。
 全学年合計で、多い年でも4人だった。
 同じ学年には私以外の生徒は居なくて、あとはそれぞれの学年に1人か2人。誰もいない学年がほとんどだった。
 寮と言っても、少し大きめの1軒家というような場所だった。
 寮の管理は年老いた老夫婦が行っていて、とても厳しい人達だった。そして、夫婦共に耳が聞こえず、喋る事ができないようだった。

 それでも毎日暖かい食事と寝る場所と、お湯の張った大きなお風呂を用意してくれた。
 そして何よりも、魔力持ちの子供がいない環境。

 私たちにとって最も安全な場所だった。



 小学校で習った内容は、読み書きや計算だけではない。
 魔力なしが生きる術だ。
 魔力なしがまともに生きて行く為には、研究所で実験台になって働くか、魔力持ちのパートナーを見つけるかのどちらかしかない。
 後者を最初から目指す事は現実的じゃないので、まずは研究所で働くことの意義を刷り込まれた。
 6年生になると、家庭に戻って中学校へ行くか、働きながら中学校卒業を目指すかを選ぶことができた。
 私には帰る場所も養ってくれる人もいなかったので、迷わずに働きに出ることを選んだ。
 
 働くことができると知って、私はとても嬉しかった。
 それまで自分の事すらままならなかったのに、魔力持ちの役に立つことが出来る。

 候補の会社はいくつかあった。
 けれども決して私は選ぶ側じゃなかった。
 魔力なしが住み込みで働ける環境はとても少ない。
 ましてや、中学校の勉強もできる場所となると。

 ただ、ある研究所の所長さんが、私の事をとても気に入ってくれた。
 私の身体的特徴が、今行っている実験の条件にぴったりなのだと。

 すぐにでも来て欲しいと言われた。

 お給料はそんなに高くなかったけれども、寮のパンフレットの写真は、とても綺麗で。
 けれども1番の決め手は、身元保証人が要らない所だった。
 他の研究所からも採用担当の人は来たけれど、特に──大きな会社ほど身元保証人が必要だと言われた。身内がいなければ会社の誰かの養子になったり、婚約しなければならないらしい。
 それがどういう事なのか分からなくて、ただ怖かった。
 私はただ働きたいだけ。居てもいい場所が欲しいだけ。

 魔力持ちの養子や婚約者になったら、その人達は魔力なしに対してどんな事をさせるつもりなのだろうか。
 大きな会社の人達は、とてもいい事のように「新しい家族ができるんだよ」と話すけれども、私は怖くなってその人達から逃げた。
 だから小さい会社ばかりを候補にしていた。

 私は小学校を卒業して、その小さな研究所で働くことになった。
 でも、あの写真の綺麗な寮には、初日に荷物を置いただけで1度も帰ることはなかった。

 服を脱がされ、ある場所に通された。
 その場所は手術室のようだった。
 手術台の上で、足を開いて足首を固定され、
 手は拘束帯で固定され、
 舌を噛まないように布を噛まされ、
 色んな機械で身体のあちこちを検査された。
 体の色んな所に機械が入れられて、布越しに泣き叫んでも誰も何も気にとめず、ただそれを記録した。

 ああ、実験台になるって、こういうことなんだ。
 私は小学校で勉強してきた事を、そこでようやく本当の意味で理解した。
 あの小学校6年間は、こうして魔力持ちのための実験台を養って育てるためのものだったんだ。
 
 何日か経つと、薬で眠らされて体の外から私の胃に穴が開けられた。
 そこに繋いだチューブから毎日“食事”を摂るのだ。薬で眠っている間もずっと。
 私が自分から食事を摂らなくなったから。

 魔術で眠らせてくれればいいのにわざわざ薬を使うのは、実験に差し支えがあるからなのだそうだ。
 薬を嫌がる私に職員のひとりが言い聞かせた。
 薬が切れる頃にやってくる、頭の中を塗りつぶすような恐怖心で、私は泣き叫んだ。
 拘束具を外そうとして暴れ、何度も薬を増やされていった。
 その薬すら、実験に障りがあるからと打たせて貰えない時もあった。
 排泄は、全て魔術で洗浄されていたのが救いだった。要は私の体の中に魔力が入らなければ良いらしい。

 毎日毎日、意識がある間は何も考えないようにしていた。
 どうやったらすぐに死ねるんだろう、という事しか考えられなかったから。
 それにそんな事を考えても、どんなに訴えても、その人達はすぐに殺してはくれなかった。
 
 常に体じゅうに痛みがあった。特に、下腹部。
 そこでの実験は、私の臓器の一部を使っていたらしい。
 時たま激しい腹痛と高熱にうなされる事もあったけれど、拘束は解かれないまま薬を打たれるだけだった。
 硬い手術台の上でずっと固定されているから、拘束具の周りだけではなく台に当たっている肩や腰にも幾つも傷ができた。
 その傷が膿んで壊死していくと、さらに痛みと悪臭が立ちのぼった。
 魔術でもどうにもならないくらいに。

  人体を使った魔術の研究は精神を操るようなものが多いが、肉体を使う事もあると聞いていた。
 しかし、法律で命に関わる研究だけは禁止されているとも小学校で習った。

 ──じゃあ、この苦しみは。
 この苦しみはいつまで続くの?
 いっその事、魔力なしをすぐに死なせる研究をしてくれれば良かったのに──

「殺してください」

 私は喋れる時に、よくそう口にした。

「我々はお前を殺すことはない。お前は魔力を持たずに生まれてきたという罪を償わなくてはならない。これは贖罪だ」

 その時、私の周りにいる人は、こう返した。
 私は生まれてきてはいけなかったのだと。
 私のような魔力なしが生まれてこないように、研究をするのだと。
 それが私の償いなのだと。

 ぼそぼそと遠巻きに眺める人の声と、機械が私の心臓と呼吸のリズムをモニタリングする音。
 3年間、その音だけを聞いていた。
 
 中学校の勉強も、暖かい場所も、そこには何もなかった。
 ただずっと思っていた。
 どうして、生まれてきてしまったのだろう。
 早く、全て消えてしまえばいいのに。
 何もない魔力ごと、私の体も消えてしまえばいいのに。
 雪みたいに。


 
 ある日、私はこぽこぽという水の音で目を覚ました。

 目が覚めても、あの悪寒や震えはやってこない。
 そして、嗅いだことの無い香りがした。

「おはよう、目が覚めたかな。気分はどうだい? お嬢さん」

 しわがれたおじいさんの声だった。
 ゆっくりとした、低くて落ち着く声。

 裸だった体には、ゆったりとした服が着せられていた。
 そして、柔らかくて暖かい毛布が被せられていた。

「……っ……ころし、て……」

 声を出そうとしたが、口の中がカラカラでほとんど囁くような声になった。

 柔らかい灯りの点った部屋にいたのは、年老いた男の人だった。
 それまでの研究所では見た事がない人だった。
 寮の老夫婦よりもしわしわの顔と手だったけれど、その目は真っ直ぐで力が籠っていた。

「だれ……?」
「私は宮間康成と言う。君が今日から働く事になった研究所の、所長だ。訳あって君は研究所を移動する事になった」
「はい……」

 その事に何の感情も起きなかった。
 あの恐怖からは解放されたけど、次の研究所ではどんな恐怖が待ち受けているのか。

「君の名前を聞いてもいいかい? 少し急ぎの引き継ぎだったからね。まだ書類が用意出来ていないんだ」
「……片瀬、です」
「下の名前は?」
「……ゆき」
「どんな漢字を書くんだい」
「……しあわせ、って書いて、幸」
「そうか。その名前で、沢山嫌な思いをしたね」
「……!」

 その1言は、私の心を酷くゆさぶった。

 この人は……知っているんだ。
 魔力なしの事を。私の事を。

 信用してもいいの?
 敵なのか味方なのかも分からない。
 ──きっと味方ではないのだろう。魔力持ちなのだから。
 そんな事を考えている私を、その人はじっと見つめていた。
 そして、目尻にたっぷりと皺を寄せて微笑んだ。

「私の事は、“おじいちゃん”と呼んでおくれ」
「……おじい、ちゃん……?」
「そう。老い先短い、老いぼれの頼みだ」

 警戒する私におじいちゃんはそう言った。
 私は何となく呆気に取られてしまい、肩の力が抜けた。
 おじいちゃんは、優しく目を細めた。

 その視線の真意はまだ分からなかった。

「幸君。コーヒーは好きかな」
「……飲んだこと、ないです……」
「まだ消化器官が回復していないから、薄めに入れてミルクをたっぷり入れてあげよう。飲みながら、少し話をしようか」

 3年ぶりに解放された手は力が入らなくて、マグカップは掴めなかった。
 おじいちゃんに支えられながら口に含んだコーヒーは、味はほとんど分からなかったけれども、ほんのり甘かった。

 おじいちゃんは、それから色んな話をしてくれた。
 おじいちゃんが私の身元保証人になるということ。
 まずは体を回復させること。
 それまでは何も実験はしないし、研究所の中で自由に過ごしていいということ。

 私は半信半疑だったが、表向きは素直に従った。


 それから3ヶ月くらいして、ある程度体が動かせるようになってきた。

 おじいちゃんは、最初に言った通り私に何も仕事をさせなかった。
 毎日歩いたり、物を掴む訓練をしたり、ご飯を食べる練習に時間を費やしていた。
 勉強も教えてくれた。研究所の中には教員の資格を持っている人もいて、私専用の教材を作ってくれた。

 2次関数のグラフが書けるようになった時も、微分方程式が分かるようになった時も、おじいちゃんも研究所の人も、自分の事のように喜んでくれた。

 疑いと警戒心に満ち溢れていた私の心は、少しずつ絆されてきていた。
 そもそも、ここにいる研究所の人々は、あそこにいた人とは目つきも話し方も全然違う。
 すれ違うだけで気さくに挨拶してきてくれるし、私が何か少しでもできるようになると、自分の事のように喜ぶ。

 魔力持ちの事はまだ怖いけれども、ここの研究所の人たちは、怖くない。
 むしろひとりでいる時間の方が、あの辛い記憶がフラッシュバックしてくる。

 そんな私に、ひとりでいる時間も何か出来ることをおじいちゃん達は色々と考えてくれていたようだ。

「ひとつ、お願いがあるんだ。君にここでの最初の仕事を頼みたい」
「はい。なんですか?」
「コーヒーを、入れて欲しい。私にだけじゃなくて、研究所の皆やここに来るお客さんにも」

 おじいちゃんは、私にコーヒーの煎れ方を教えてくれた。
 いつもは魔力で動かす小さなコーヒーメーカーで作っていたけれども、それだと美味しくないし、来客があった時や研究所の皆が飲みたい時に行き渡らないのだそうだ。

 畜魔力式のポットでお湯を沸かして、フィルターをセットしたドリッパーにコーヒーの粉を入れる。
 粉も、豆からハンドミルで挽いたものだ。
 お湯が沸いたら、コーヒーの粉の上にお湯をゆっくり垂らす。
 少し蒸らしてから、またゆっくり粉に回しかけていく。
 少しずつ、少しずつ。

 その1連の動作を覚えられても、満足いくくらいにできるようになるまでは、また更に時間がかかった。
 最初は力加減が上手く行かなくて、粉とお湯をフィルターから溢れさせてしまった。
 でも、おじいちゃんはどんな出来栄えのコーヒーでも美味しいと言って飲んでくれた。

「昔から夢だったんだ。私には、妻がいたんだが……その妻と山小屋でカフェを開きたかったんだ。でもね、1番良いのはこうしてお客さんとして飲むほうだな」

 おじいちゃんは、ウインクして私に言った。

 研究所の職員の人にもコーヒーを沢山入れて配った。
 みんな私のコーヒーを美味しいと絶賛してくれた。
 私は有頂天になって、研究所で小さなコーヒー屋さんになった気分だった。
 


 そしてある日──その人はやってきた。

 その日は吹雪が久々に止んで晴れた日だった。
 午前中、コーヒーを配り終えた私は外で雪遊びをしていた。
 吹雪の前に職員のひとりに雪だるまの作り方を教えて貰ったのだ。
 吹雪が止んだら、絶対に大きなものを作っておじいちゃんを喜ばせようと決めていた。

 朝日が雪をキラキラと反射しているのを見て、私は外に飛び出した。
 夢中になって雪を転がしていたから、その人がいることに気が付かなかった。


「君は、ここで働いているのか」
「ひゃあっ!」

 驚いて、持っていた雪玉を落としてしまった。
 せっかく綺麗に丸く出来て、かなり大きくできたのに……。

「あっ……あぁ……」
「すまない。驚かせたようだな」
「……いえ。また作ればいいんです。ほら、雪はいっぱいありますから……」

 聞いた事のない声だった。低く、よく響く声。
 雪玉から視線を離して振り向くと、今までに見たことがないくらい綺麗で、格好いい男の人が立っていた。
 男の人に“綺麗”という表現が合っているのかどうかは分からないけれど、殺風景な雪景色も、無機質な研究所の外壁も、全てその人を引き立てる為にあるもののように感じられた。

「そうか。僕も一緒に作ろう」

 思わず見とれてしまいそうになった時、形の良い唇からそんな言葉が出てきて、驚いて手を振る。

「えっ! い、いえ、大丈夫です。だってお客様……ですよね? それにそのコート、汚れてしまいますよ……?」

 その人は格好いいだけじゃなくて、とても高級そうなコートを着ている。靴は革靴だ。
 絶対に雪だるまを作るような格好じゃない。
 きっとお仕事でこの研究所に来たお客様なのだろう。

「そうだが、驚かせてしまった詫びだ」
「──あっ!」

 その人が軽く手を振ると、雪が集まって何かの形を作り上げていった。
 今までに見たことが無い、綺麗な魔術。
 それはキラキラと氷の粒に光を反射させながら、雪を練り上げていく。

「うわぁっ! 凄い……! 魔術って、こんな事もできるんですね」

 私はただその魔術に見とれていた。
 しかし、出来上がったのは……

「ええっと……ゾウ? ですか? あっ、オオカミ、かな……?」
「……兎だ」

 出来上がったのは、足が6本あって、長い尻尾が生えていて、何か角のようなものが生えている生き物のようなものだった。

「ぜ、ぜんぜん見えない……ふふふっ」
「……僕はこういう事には疎いんだ」
「ふふふ、ふふっ。ご、ごめんなさ、ふふっ。いえ、おかしくなんてないんです。でも、凄い力があっても、思い通りにならないことがあるんですね。ふふふふっ」

 笑いを堪えようとすればする程、お腹の底から笑いが込み上げてくる。
 こんなに笑ったのはいつぶりだろう。

「そうだな。思い通りにならない事ばかりだ」

 その人は、笑ってしまったことに怒りもせず、静かにこちらを見ながら言った。
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