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本編
霙雪-2
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(side:春成)
母様の行方が分からなくなったと告げられたのは、19年前だった。
亡くなっている可能性が高い。
しかし、遺体はない。
「魔術事故の可能性が高い」という曖昧な説明。
僕は信じなかった。
母様が、そんな理由で死ぬはずがない。
あの人は魔術構造を自分で作り上げる。
事故など起こすはずはない。
宮間志希は僕が知りうる世界最高の魔術研究者で、僕達きょうだいの“魔術構造の母”でもあった。
出生記録としては僕だけが直接の息子だが、あの人が生み出した術式の骨格は、弟妹全員にも流れている。
──あの人が消えるはずがない。
いつからか、胸の奥にそう確信する“何か”があった。
そして今日、ようやくその確信に触れた。
宮間本邸の地下、中核転移室。
泰雅が“七方の残骸”と対峙した日の記録。
その時の泰雅の意識層の揺れ方が、どう考えても普通ではなかった。
泰雅に何が起きたのか。
七方の残留思念がどう入り込んだのか。
そして──
泰雅が最後の最後に口走った。
『……母様が言ってたんだ。“私の小部屋を探りなさい”って……』
母様の小部屋。
宮間第1研究所のさらに下階に、誰も触れられない魔術空間があった。
あの人が“宮間の深淵”と呼んでいた場所。
泰雅が見たそれは、母様の術式の残響だった。
つまり──
母様は、まだ情報層に“いる”。
執務室の転移椅子に腰掛け、深く息を吸う。
近付いてくる足音に耳を澄ませ、背筋を伸ばして執務室のドアを見据える。
ドアのノックの音がして、こちらが返事をする前にドアが開く。
「宮間春成。署まで同行願う」
「ええ。私がお連れしましょうか」
「……え?」
警察手帳を広げて立ちすくむ集団を見る。
その瞬間、僕らはここから1.5km程離れた中央署の1室に場を移した。
安物のテーブル。
監視カメラが1つ。
“尋問室”というより、少し広いだけの監視付き会議室。
ぎしりと音を立てるパイプ椅子で僕が足を組むと、対面の刑事2人がわずかに身構えた。
「──こちらでお間違えありませんか。中央署の皆様」
問うと壮年の刑事が硬い笑顔で返した。
──警察という組織は権威の象徴であるはずなのに、上級魔術師を前にすると露骨に硬直する。
ここには以前も来たことがある。
身内の不祥事がある度に呼び出されては尋問を受ける場所だ。
「宮間春成──さん。本日は任意での事情聴取にご協力いただき、ありがとうございます。……我々の配送まで」
刑事の声は丁寧だったが、その目は僕の一挙手一投足を観察していた。
「ええ。我々の通信・流通サービスは即時安心安全がモットーですので。ついでにあのご立派な護送車も倉庫の中に入れておきましたよ」
「……それは、ありがとうございます」
刑事が顔をしかめながら、無理矢理引き攣った笑みを浮かべた。
「それで、ご用件は」
「……七方氏の遺体が発見された件で、一部あなたの関与が疑われています」
「私が殺したと?」
これ以上時間を潰したくない。
率直に問うと、刑事が一瞬だけ目を泳がせた。
「いえ、あくまで可能性のひとつとして」
「では早くその“可能性”を消して頂きたい。私は忙しいので」
刑事がわずかにたじろぐ。
僕は退屈そうにため息をつき、テーブルに視線を落とした。
机の上に置かれた資料。
七方の死亡推定時刻。
当日の監視カメラ。
そして──僕の動き。最近のアクセスログ。
僕の視線に気づき、刑事が慌てて資料をかき集めた。
準備がまだだったようだ。
「あなたは事件の2ヶ月前、閉鎖された北域研究所に入っていますね」
「ええ」
「何のために?」
「視察です」
刑事が眉をひそめた。
「視察……?」
「北域研究所は閉鎖しましたが、古くからの研究資料がまだ残っています。警報装置が作動して何者かに勝手に資料を引き出した可能性があったので、私は確認に行きました」
「なぜ上役であるあなたが自ら?」
「当然ですよ。私は役員とはいえまだまだ使い走りですので」
「七方氏と遭遇は?」
「しませんでした」
「ですが、あなたはその後も何度かその場所に遠隔アクセスした形跡がある。なんの為に……」
「ですから、警報装置が作動したからです。私が彼を殺したのなら、その場所に痕跡を残すと思いますか。──私が。七方氏の死亡日にもアクセス形跡があるのですか」
刑事の脂の乗った額に汗が滲むのを見た。
「あなたほどの立場なら……アクセス歴を改竄することも可能だ」
「それをあなた方が立証するのですか? 宮間の逆演算追尾システムを、宮間のシステム部に外注して?」
刑事2人の顔に苦々しい表情が走った。
僕は淡々と続けた。
「そもそも───七方を殺す動機が私にあると?」
刑事が資料をめくりながら答える。
「……あなたの母親は、19年前に行方不明になっている。その母親と七方氏は元同僚だった事はご存知でしょう」
「母の行方不明と、この件になにか関係があるのですか」
「それはまだ捜査中です」
「母の元同僚である人物というだけで、私が七方氏を殺す動機になると?」
「……」
「ならば、私よりももっと話を聞くべき人間がいるはずだ」
刑事の手が止まる。
視線が揺れる。
「……そちらも、同時に進めています」
───そう。
七方の肉体を殺した人物については、目星は付いている。
警察の本当の目的は、僕を容疑者として取り調べすることでは無いということも。
僕はわざとゆっくりと、刑事の目を見た。
椅子に背を預け、言う。
「私や宮間家が本当に関与していたら、あなた方だけで捕まえられると、本気で思っていますか?」
返事はなかった。
刑事2人はわずかに呼吸を乱し、咳払いをした。
僕の声は、ひどく冷たかったのだと思う。
「捜査には協力します。ただし、犯人の罪状にひとつ加えて頂きたいものがある」
そう言った時、ばん、と乱暴に扉が開いた。
この魔力圧、馬鹿力。──覚えがある。
周囲の刑事は扉から入ってきた人物に一瞬目を丸くし、慌てて敬礼した。
「よう!春成!」
「……嶲」
兵藤嶲──高校時代の同級生だった。
「おっまえもとうとう殺人犯になったかー!変わんないなーその目付き。いつか殺ると思ってたぜ!」
「殺ってない。何しに来た」
「お前がとうとう捕まったって聞いてな。いても立っても居られなくなって見に来たんだよ。お前が殺ったのはどんな事件なのかと思ってな。やっぱり弟妹がらみか?」
「だから殺ってないし、捕まってもいない」
嶲はただの黒いスーツを着ているが、肩章を見なくても分かる。
自分と同い歳ではあるが、警視正だ。
現場指揮権と中央への発言権を同時に持つ、完全なキャリア中枢にいる。
「で?どうだよ、実際のところ」
嶲は軽い調子で言いながら、視線だけを一瞬、刑事たちに走らせた。
その一瞬で、この場の主導権が誰に移ったか、全員が理解する。
「事情聴取は“任意”だそうだ」
「へえ。じゃあ帰ってもいいって事じゃん」
「今帰るところだった。お前が来たから帰り損ねた」
嶲は笑った。
昔と同じ、無遠慮な笑い方だ。
「悪い悪い。でもさ」
嶲はテーブルに手をつき、身を乗り出す。
「七方の件、本気で“宮間がやった”って線で行くつもりなら──この部屋じゃ足りねえよ」
刑事の一人が息をのむ。
「兵藤警視正、それは……」
「分かってる分かってる。捜査中だろ?」
嶲は片手をひらひらと振った。
「でもな、こいつ相手に中途半端な疑い方すると、後で上が泣くぞ」
赤銅色の瞳が、今度は真っ直ぐ僕を見た。
兵藤家は御代家の分家の血を引いていると聞いた事がある。
「春成。一応聞いとくけどさ」
「何だ」
「お前、本当に手を出してないんだな」
「出していない」
「……即答か」
嶲は小さく鼻で笑った。
「じゃあいい。この件、俺が1段上から噛む」
刑事たちが一斉に嶲を見る。
「正式な要請があれば、宮間側も全面協力する」
「なんだそれ、脅しか?」
「忠告だ」
嶲は肩をすくめ、また昔のような軽い調子に戻った。
「ま、安心しろよ。お前が殺ってないなら、捕まる前に全部ひっくり返してやる」
「……余計な事を」
「余計な事が仕事なんだよ、警察官僚ってのは」
そう言って、嶲は僕に向かって指を立てた。
「逃げるなよ、春成」
「誰に言ってるんだ」
「昔から実力もあるのに、逃げ足も滅茶苦茶早いからな、お前は。話しかけるのも一苦労だった」
──嶲が“味方”かどうかは分からない。
だが少なくともこの捜査が生半可なものでは済まなくなった事だけは、確かだった。
嶲が僕の肩や背中を手のひらでぽんぽんと叩いてくる。
「しっかし相変わらず宮間にしておくにはもったいないガタイだな。どうだ?今からでも遅くない。こっちの仕事本格的に手伝わないか?上層部には口聞いてやるよ」
「無理だ。僕にはやるべきことがある」
「何だ?また可愛い弟妹ちゃんたちのお世話か?」
「少し違う。お前も最近知ったんだろう。魔力なしの芳香を」
嶲の目付きと気配が一瞬鋭利なものになり、それを隠すようにまたいつもの表情に戻った。伊達に国家権力の背骨を最短距離で登り詰めていないわけだ。権威の中で生き残る人間のやり方を、こいつは知っている。
「……怖いな、宮間の情報網とやらは。なんでもお見通しかよ」
「まあな」
「その諜報能力……やっぱりこっちに向いてるよ、お前は」
嶲は底の見えない笑みを浮かべた。
「馬鹿言え。僕に捜査権限なんか持たせたらお前達の首を絞めるだけだろう」
「ははっ……言えてるな。ま、話が早い。可愛いよなあ。魔力なしちゃん。俺のところは男の子なんだけどさ。もう可愛くて可愛くて、食べちゃいたいくらいだ」
「安心しろ。お前のところの魔力なしには興味は無い。僕は僕の魔力なしに構うので忙しい」
「へえ~。お前が、ねぇ」
「それよりもお前、その魔力なしに犯罪紛いの事はするなよ」
「なっ……おい、お前こそ誰に向かって言ってんだよ。俺は正義の味方だぞ」
刑事のひとりが咳払いした。
「兵藤警視正。宮間氏の身柄は……」
「え?ああ。適当に返しとけばいい。どうせこいつにはしがらみが多すぎて逃げようがない」
「必要であれば、私の全行動ログを提出します」
「それは、あれば助かりますが……」
刑事は嶲の前でおろおろと僕を見やる。本当にこのまま返していいものか迷っているようだ。
僕はひとつ溜息をついた。
「ただし、閲覧権限は兵藤警視正以上で」
「おっ?なんだ~?俺へのラブレターってわけ?」
「犯人の目星は付いている。それを見てせいぜい捜査を進めてくれ」
「なんかお前……前より丸くなったな。何かあったのか?」
「そうか?」
僕はわざと口角を上げた。
嶲があんぐりと口を開けているのを不思議に思った。
母様の行方が分からなくなったと告げられたのは、19年前だった。
亡くなっている可能性が高い。
しかし、遺体はない。
「魔術事故の可能性が高い」という曖昧な説明。
僕は信じなかった。
母様が、そんな理由で死ぬはずがない。
あの人は魔術構造を自分で作り上げる。
事故など起こすはずはない。
宮間志希は僕が知りうる世界最高の魔術研究者で、僕達きょうだいの“魔術構造の母”でもあった。
出生記録としては僕だけが直接の息子だが、あの人が生み出した術式の骨格は、弟妹全員にも流れている。
──あの人が消えるはずがない。
いつからか、胸の奥にそう確信する“何か”があった。
そして今日、ようやくその確信に触れた。
宮間本邸の地下、中核転移室。
泰雅が“七方の残骸”と対峙した日の記録。
その時の泰雅の意識層の揺れ方が、どう考えても普通ではなかった。
泰雅に何が起きたのか。
七方の残留思念がどう入り込んだのか。
そして──
泰雅が最後の最後に口走った。
『……母様が言ってたんだ。“私の小部屋を探りなさい”って……』
母様の小部屋。
宮間第1研究所のさらに下階に、誰も触れられない魔術空間があった。
あの人が“宮間の深淵”と呼んでいた場所。
泰雅が見たそれは、母様の術式の残響だった。
つまり──
母様は、まだ情報層に“いる”。
執務室の転移椅子に腰掛け、深く息を吸う。
近付いてくる足音に耳を澄ませ、背筋を伸ばして執務室のドアを見据える。
ドアのノックの音がして、こちらが返事をする前にドアが開く。
「宮間春成。署まで同行願う」
「ええ。私がお連れしましょうか」
「……え?」
警察手帳を広げて立ちすくむ集団を見る。
その瞬間、僕らはここから1.5km程離れた中央署の1室に場を移した。
安物のテーブル。
監視カメラが1つ。
“尋問室”というより、少し広いだけの監視付き会議室。
ぎしりと音を立てるパイプ椅子で僕が足を組むと、対面の刑事2人がわずかに身構えた。
「──こちらでお間違えありませんか。中央署の皆様」
問うと壮年の刑事が硬い笑顔で返した。
──警察という組織は権威の象徴であるはずなのに、上級魔術師を前にすると露骨に硬直する。
ここには以前も来たことがある。
身内の不祥事がある度に呼び出されては尋問を受ける場所だ。
「宮間春成──さん。本日は任意での事情聴取にご協力いただき、ありがとうございます。……我々の配送まで」
刑事の声は丁寧だったが、その目は僕の一挙手一投足を観察していた。
「ええ。我々の通信・流通サービスは即時安心安全がモットーですので。ついでにあのご立派な護送車も倉庫の中に入れておきましたよ」
「……それは、ありがとうございます」
刑事が顔をしかめながら、無理矢理引き攣った笑みを浮かべた。
「それで、ご用件は」
「……七方氏の遺体が発見された件で、一部あなたの関与が疑われています」
「私が殺したと?」
これ以上時間を潰したくない。
率直に問うと、刑事が一瞬だけ目を泳がせた。
「いえ、あくまで可能性のひとつとして」
「では早くその“可能性”を消して頂きたい。私は忙しいので」
刑事がわずかにたじろぐ。
僕は退屈そうにため息をつき、テーブルに視線を落とした。
机の上に置かれた資料。
七方の死亡推定時刻。
当日の監視カメラ。
そして──僕の動き。最近のアクセスログ。
僕の視線に気づき、刑事が慌てて資料をかき集めた。
準備がまだだったようだ。
「あなたは事件の2ヶ月前、閉鎖された北域研究所に入っていますね」
「ええ」
「何のために?」
「視察です」
刑事が眉をひそめた。
「視察……?」
「北域研究所は閉鎖しましたが、古くからの研究資料がまだ残っています。警報装置が作動して何者かに勝手に資料を引き出した可能性があったので、私は確認に行きました」
「なぜ上役であるあなたが自ら?」
「当然ですよ。私は役員とはいえまだまだ使い走りですので」
「七方氏と遭遇は?」
「しませんでした」
「ですが、あなたはその後も何度かその場所に遠隔アクセスした形跡がある。なんの為に……」
「ですから、警報装置が作動したからです。私が彼を殺したのなら、その場所に痕跡を残すと思いますか。──私が。七方氏の死亡日にもアクセス形跡があるのですか」
刑事の脂の乗った額に汗が滲むのを見た。
「あなたほどの立場なら……アクセス歴を改竄することも可能だ」
「それをあなた方が立証するのですか? 宮間の逆演算追尾システムを、宮間のシステム部に外注して?」
刑事2人の顔に苦々しい表情が走った。
僕は淡々と続けた。
「そもそも───七方を殺す動機が私にあると?」
刑事が資料をめくりながら答える。
「……あなたの母親は、19年前に行方不明になっている。その母親と七方氏は元同僚だった事はご存知でしょう」
「母の行方不明と、この件になにか関係があるのですか」
「それはまだ捜査中です」
「母の元同僚である人物というだけで、私が七方氏を殺す動機になると?」
「……」
「ならば、私よりももっと話を聞くべき人間がいるはずだ」
刑事の手が止まる。
視線が揺れる。
「……そちらも、同時に進めています」
───そう。
七方の肉体を殺した人物については、目星は付いている。
警察の本当の目的は、僕を容疑者として取り調べすることでは無いということも。
僕はわざとゆっくりと、刑事の目を見た。
椅子に背を預け、言う。
「私や宮間家が本当に関与していたら、あなた方だけで捕まえられると、本気で思っていますか?」
返事はなかった。
刑事2人はわずかに呼吸を乱し、咳払いをした。
僕の声は、ひどく冷たかったのだと思う。
「捜査には協力します。ただし、犯人の罪状にひとつ加えて頂きたいものがある」
そう言った時、ばん、と乱暴に扉が開いた。
この魔力圧、馬鹿力。──覚えがある。
周囲の刑事は扉から入ってきた人物に一瞬目を丸くし、慌てて敬礼した。
「よう!春成!」
「……嶲」
兵藤嶲──高校時代の同級生だった。
「おっまえもとうとう殺人犯になったかー!変わんないなーその目付き。いつか殺ると思ってたぜ!」
「殺ってない。何しに来た」
「お前がとうとう捕まったって聞いてな。いても立っても居られなくなって見に来たんだよ。お前が殺ったのはどんな事件なのかと思ってな。やっぱり弟妹がらみか?」
「だから殺ってないし、捕まってもいない」
嶲はただの黒いスーツを着ているが、肩章を見なくても分かる。
自分と同い歳ではあるが、警視正だ。
現場指揮権と中央への発言権を同時に持つ、完全なキャリア中枢にいる。
「で?どうだよ、実際のところ」
嶲は軽い調子で言いながら、視線だけを一瞬、刑事たちに走らせた。
その一瞬で、この場の主導権が誰に移ったか、全員が理解する。
「事情聴取は“任意”だそうだ」
「へえ。じゃあ帰ってもいいって事じゃん」
「今帰るところだった。お前が来たから帰り損ねた」
嶲は笑った。
昔と同じ、無遠慮な笑い方だ。
「悪い悪い。でもさ」
嶲はテーブルに手をつき、身を乗り出す。
「七方の件、本気で“宮間がやった”って線で行くつもりなら──この部屋じゃ足りねえよ」
刑事の一人が息をのむ。
「兵藤警視正、それは……」
「分かってる分かってる。捜査中だろ?」
嶲は片手をひらひらと振った。
「でもな、こいつ相手に中途半端な疑い方すると、後で上が泣くぞ」
赤銅色の瞳が、今度は真っ直ぐ僕を見た。
兵藤家は御代家の分家の血を引いていると聞いた事がある。
「春成。一応聞いとくけどさ」
「何だ」
「お前、本当に手を出してないんだな」
「出していない」
「……即答か」
嶲は小さく鼻で笑った。
「じゃあいい。この件、俺が1段上から噛む」
刑事たちが一斉に嶲を見る。
「正式な要請があれば、宮間側も全面協力する」
「なんだそれ、脅しか?」
「忠告だ」
嶲は肩をすくめ、また昔のような軽い調子に戻った。
「ま、安心しろよ。お前が殺ってないなら、捕まる前に全部ひっくり返してやる」
「……余計な事を」
「余計な事が仕事なんだよ、警察官僚ってのは」
そう言って、嶲は僕に向かって指を立てた。
「逃げるなよ、春成」
「誰に言ってるんだ」
「昔から実力もあるのに、逃げ足も滅茶苦茶早いからな、お前は。話しかけるのも一苦労だった」
──嶲が“味方”かどうかは分からない。
だが少なくともこの捜査が生半可なものでは済まなくなった事だけは、確かだった。
嶲が僕の肩や背中を手のひらでぽんぽんと叩いてくる。
「しっかし相変わらず宮間にしておくにはもったいないガタイだな。どうだ?今からでも遅くない。こっちの仕事本格的に手伝わないか?上層部には口聞いてやるよ」
「無理だ。僕にはやるべきことがある」
「何だ?また可愛い弟妹ちゃんたちのお世話か?」
「少し違う。お前も最近知ったんだろう。魔力なしの芳香を」
嶲の目付きと気配が一瞬鋭利なものになり、それを隠すようにまたいつもの表情に戻った。伊達に国家権力の背骨を最短距離で登り詰めていないわけだ。権威の中で生き残る人間のやり方を、こいつは知っている。
「……怖いな、宮間の情報網とやらは。なんでもお見通しかよ」
「まあな」
「その諜報能力……やっぱりこっちに向いてるよ、お前は」
嶲は底の見えない笑みを浮かべた。
「馬鹿言え。僕に捜査権限なんか持たせたらお前達の首を絞めるだけだろう」
「ははっ……言えてるな。ま、話が早い。可愛いよなあ。魔力なしちゃん。俺のところは男の子なんだけどさ。もう可愛くて可愛くて、食べちゃいたいくらいだ」
「安心しろ。お前のところの魔力なしには興味は無い。僕は僕の魔力なしに構うので忙しい」
「へえ~。お前が、ねぇ」
「それよりもお前、その魔力なしに犯罪紛いの事はするなよ」
「なっ……おい、お前こそ誰に向かって言ってんだよ。俺は正義の味方だぞ」
刑事のひとりが咳払いした。
「兵藤警視正。宮間氏の身柄は……」
「え?ああ。適当に返しとけばいい。どうせこいつにはしがらみが多すぎて逃げようがない」
「必要であれば、私の全行動ログを提出します」
「それは、あれば助かりますが……」
刑事は嶲の前でおろおろと僕を見やる。本当にこのまま返していいものか迷っているようだ。
僕はひとつ溜息をついた。
「ただし、閲覧権限は兵藤警視正以上で」
「おっ?なんだ~?俺へのラブレターってわけ?」
「犯人の目星は付いている。それを見てせいぜい捜査を進めてくれ」
「なんかお前……前より丸くなったな。何かあったのか?」
「そうか?」
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嶲があんぐりと口を開けているのを不思議に思った。
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