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本編
霙雪-3
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そこは“人間が侵入してはいけない領域”とされている。
蝶型式でも何らかの影響があるかもしれない。
「座標固定。転移、開始」
世界が反転し、光が引き裂かれる。
次の瞬間、僕は母親が残した魔術空間へ落ちた。
情報層とは異なる空間。
否、情報層と物理層の交わる場所。
そこは、静かな場所だった。
色がなく、風もない。
ただ、柔らかな光だけが満ちている。
あたたかい空間。
情報層の無機質さとは異なる。
これは──母様の魔術だ。
母様は僕たちの空間魔術の母型を作った人だ。
空間魔術は一般的な魔術であるが、僕達きょうだいのそれは少し違う。
3次元的な空間転移に加えて、情報層や演算層といった不可侵領域にも転移する。
従来の空間魔術は、空間を変える。しかし僕たちは、自分の構造も変える。
母様は、空間は座標でも領域でもなく、「情報」の集合だと言っていた。
この空間には、母様の情報が染み込んでいる。
そして、その中央に“小部屋”があった。
微かに揺れる青白い結界。
母様が遺した研究所の私室にある、物理層のそれと何ら変わりない。
胸の奥が締めつけられた。
──ここに母様がいた。
そう思った瞬間、空間が震えた。
「……来たか、クソガキ。いや、宮間──春成」
背後から声がした。
振り返れば、黒い霧が形を成していく。
七方涼介。
いや──彼の“残留思念のコア”。
七方は母様の研究に嫉妬し、執着し、狂い、そして母様の失踪と同じ日に宮間研究所を後にした。
七方の残留思念核は、まるで濁った水晶のように脈動していた。
これは人間の心が願望だけを増幅して歪んだ、醜悪な構造だ。
「お前を排除するために来たんじゃない。まずは確かめに来ただけだ」
僕は呟くように言う。
「宮間志希は……母様は、まだどこかにいるんだろう?」
七方は粘つくように嗤った。
「やはりお前はあの方の息子だなぁ。あの方の遺伝子を最も忠実にトレースした個体だ。問いの立て方が、あの方と同じだ。話し方も顔も……いや、似ていない。似ていない! 似ているはずがないッ!!」
「質問に答えろ」
「……いるとも。この空間全てに。非偏在体として漂っている。肉体という有限容器を放棄し、自己同一性を情報配列へ移行させた“非局在型存在”としてな。あの方は自分の身体を捨て、情報の海へ沈んだんだ。私と違って、こんな場所に縛り付けられることも無く。細胞も、神経も、脳も捨てたが──自己記述コードは失われていない」
胸が少し熱くなった。
母様は本当に──死んでいない。
七方が細めた目で見つめてくる。
「私と違って、あの方は失敗しなかった。私は脳内回路の一部を魔術構造に固定しただけの不完全なコピーだ。だから私はこんな姿に囚われている。だがあの方は自己の全構造を、空間情報に完全マッピングした」
七方の声が歪む。
「お前は理解できるだろう?お前自身が、彼女の設計思想を最も色濃く継いだ“観測点”なのだから」
「“観測点”?」
「非常に認めがたいが、お前は特異点だ。志希の情報構造と再結合可能な、唯一の“生体アンカー”。お前を分解・再構築できれば、私は彼女の構造に近づける……!私がお前を破れば、私はまたあの方に近づく……私は、あの方とひとつになれる……!」
「なんだその理屈は。お前の“本体”はとうに死んだだろう。思念体だけだ。お前に残っているのは、執着だけだ」
「黙れ!!私の肉体は死んだが、あの方の研究は“死を不可逆にしない”事を証明していた!C-13──高次情報定着核を使えば、私は再び肉体を得られる!」
空間全体が黒く波打ち、七方の影が膨張する。
「来るがいいぃ! クソガキ。お前がこの空間に触れる資格があるのか、見てやろう」
「資格など関係ない。お前こそここにいる資格は無い。とうの昔に除籍されたんだろう」
僕は構文を展開した。
母様が作った空間層の母式。
僕にだけ繋がる、唯一の術式。
青白い幾何学が走る。
母様の術式は、宮間同様攻撃に特化していない。
では何に特化しているのか。
「──母式《オリジン・レイヤ》、展開」
“理解と同期”だ。
空間の意味、対象の軌跡、心の震え。
そのすべてを読み取り、僕の術式と重ねていく。
七方が吠える。
「黙れ──お前はここで死ねクソガキィィ!!」
黒い魔術構造が迫ってきた。
焦燥、嫉妬、独占欲。
すべての原型が混ざった黒い奔流。
だが、僕は1歩も引くわけにはいかない。
母様が残した魔術空間は、すべて僕が終わらせる。
光が弾け、空間が砕ける。
七方の黒が僕の前まで迫る瞬間──
「同期率、57……68……82……」
七方の魔術構造を読む。
七方が、自分ですら理解していない深層まで。
「……何を、している……?」
「お前の心は書き換えない。破壊もしない。ただ──“終わらせる”だけだ」
僕は指を鳴らした。
「同期率100%──完了」
空間が白く弾けた。
七方の影が、悲鳴のようにねじれながら消えていく。
「やめ……志希……志希……!!」
「母様の名前を呼ぶな」
七方の“核”へ手を伸ばす。
── 空間次元構成術・母式。
七方の思念核を、白炎の中に閉じ込める。
白んだ景色の中、七方の記憶が溢れかえる。
『私は……私は間違っていない! 魔力なしは搾取される存在だ! もっと負荷を上げても良かったはずだ!』
『同期率が上がらない……何故成功しない……! あの方を、なぜ超えることが出来ないッ……!』
『お前は……何をっ!? ぐあっ!!』
視覚。光。声。感情。
空間じゅうに情報が散らばる。
黒が霧散し、空間は静寂を取り戻す。
残ったのは、七方の“最後の断片”だけだった。
その断片が、低く呟く。
「あの方が消えたのは、お前の、せいだ……」
そこで断片は完全に消滅した。
七方が残した最後の言葉は、僕の胸に重く残った。
僕は息をつき、母様の部屋──結界に包まれた “私室” に近づいた。
七方の干渉が消えたことで、結界の揺らぎが透明度を増していく。
まるで僕を認識して、鍵を外しているように。
僕は結界に手を伸ばし、静かに触れた。
「……母様」
光が弾け、部屋が開く。
そこには母様がいた。
現実の肉体はとうに失われているのかもしれない。
だが母様の魔術は、1部が自律的に稼働し続けていた。
その姿は、19年前の記憶と何ら変わらない。
白衣を着ている。
黒いストレートの髪を後ろでひとつにまとめた姿。
そして、優しい目が僕を真っ直ぐに見つめる。
「春成。来たんだな」
「……母様。19年振りだな」
母様は微笑み、ゆっくりと言った。
「“宮間家の魔術構造”は……いつか必ず、誰かに狙われる。特におまえたちきょうだいの魔力は、世界の均衡を変える可能性がある。だから私は──」
「情報層を守るために?」
「ああ」
母様はうなずいた。
その目は、どこまでも優しい。
「奴らは、私の魔術の“母式”を欲しがっていた。宮間家の血には無い、この特異な魔術を。空間ではなく自らの構造を変える魔術を。だからおまえの父でも、弟妹達でもない──“おまえ”を狙った」
「違う。狙われたのは、吉野と泰雅だ」
「あの子達は、お前の弱点だろう。お前は宮間家のなかで唯一、私の魔術構造を完全に受け継いだ子だ。直接狙うには危険すぎる」
「僕を狙った所で意味はない。僕は母様や弟たちのように情報層には潜れない」
「それはおまえの魔力が強すぎるからだ。おまえが情報層に入ると魔力が身体維持プロトコルと衝突して強制的に“自己崩壊”を起こす。宮間と私の魔力を人工的に交配した弊害だな。恨むなら私たちを恨め」
「欠陥じゃないのか」
「違う。制限だ。お前が自由に情報層へ出入り出来れば、世界の基底構造が書き換わる。お前は宮間家の“次の中心”だ。血統ではなく、魔術構造の意味において」
「……魔術構造?」
「お前の魔術構造は、世界の根幹となりつつある。お前は“個体”ではない。世界が次の状態へ遷移するための、中間層だ。だが情報層の存在は宮間に気付かれ始めている。涼介もその存在に気が付いている1人だった。だから私は姿を消した。お前の魔術構造そのものと同期し、情報層の中で自由に魔術を使い、情報層を守る為に。宮間が狙うのは“宮間”そのもので……その中心は、お前だから」
僕は拳を握った。
「母様が消えたせいで、父親も宮間も混乱した。僕は殺人容疑で取り調べを受ける始末だ」
「ああ、すまなかったな。けれどそれでよかった。宮間家を割り、情報を斜めに分散させる必要があった。おまえたちを守るために」
「そんな理由で──僕は母親を失ったのか?」
「春成」
母様が1歩近づく。
そっと、僕の頬に触れた。
「お前は、とても優しい子だ。その優しさが、宮間家の“本当の力”を形にする。吉野も、泰雅も、瑠香も、京也も、純也も。そして──幸ちゃんも」
幸の名前が出て、僕ははっとした。
ずっと母様に聞きたかったことがある。
「……幸を康成に差し向けたのは、母様なのか」
「そうだ。そうすべき理由があった。だが、その先は康成に選ばせた。お前が選んだ女の子は、お前の魔術構造と最も調和する子だ。……それは、少し私の計画の“外側”だったのだが」
「……外側?」
志希の影が薄く揺れ、光の粒になり始める。
「……時間だ。私の残留思念は、この姿だと短時間しか保てないんだ。春成。お前は必ず宮間を変える。お前の隣にいる子と一緒に。……幸ちゃんは……可愛いな」
「ああ。そうだな」
「幸ちゃんの存在は、宮間家の未来を“2度書き換える”。それはのちに理解できる」
「どういう──」
「幸ちゃんの卵子は、宮間家の“断層”を繋ぐ鍵。分かっていると思うが、誰も触れさせてはならない。特に──おまえの弟妹以外の血族には」
僕が手を伸ばそうとした瞬間、母様は光になって消えた。
空間に音が吸い込まれ、母様の部屋は静けさだけを残した。
小部屋が消えてから、僕は少しのあいだ動けなかった。
白い光の余韻が、さっきまで母様がいた場所を淡く照らしている。
母様は、僕のために姿を消した。
ずっと、自分勝手な人だと思っていた。
きっと消えた理由も、独りよがりな知的好奇心によるものだろうと思っていた。
──僕という1点の座標を守るために、母は自分を世界から消した。
宮間という濁った血から守る為に。
「……そんな形で守られても、嬉しくはないな」
声に出した瞬間、胸の奥が痛んだ。
けれども立ち止まっている暇はない。
僕は深呼吸し、部屋の扉を閉めた。
蝶型式でも何らかの影響があるかもしれない。
「座標固定。転移、開始」
世界が反転し、光が引き裂かれる。
次の瞬間、僕は母親が残した魔術空間へ落ちた。
情報層とは異なる空間。
否、情報層と物理層の交わる場所。
そこは、静かな場所だった。
色がなく、風もない。
ただ、柔らかな光だけが満ちている。
あたたかい空間。
情報層の無機質さとは異なる。
これは──母様の魔術だ。
母様は僕たちの空間魔術の母型を作った人だ。
空間魔術は一般的な魔術であるが、僕達きょうだいのそれは少し違う。
3次元的な空間転移に加えて、情報層や演算層といった不可侵領域にも転移する。
従来の空間魔術は、空間を変える。しかし僕たちは、自分の構造も変える。
母様は、空間は座標でも領域でもなく、「情報」の集合だと言っていた。
この空間には、母様の情報が染み込んでいる。
そして、その中央に“小部屋”があった。
微かに揺れる青白い結界。
母様が遺した研究所の私室にある、物理層のそれと何ら変わりない。
胸の奥が締めつけられた。
──ここに母様がいた。
そう思った瞬間、空間が震えた。
「……来たか、クソガキ。いや、宮間──春成」
背後から声がした。
振り返れば、黒い霧が形を成していく。
七方涼介。
いや──彼の“残留思念のコア”。
七方は母様の研究に嫉妬し、執着し、狂い、そして母様の失踪と同じ日に宮間研究所を後にした。
七方の残留思念核は、まるで濁った水晶のように脈動していた。
これは人間の心が願望だけを増幅して歪んだ、醜悪な構造だ。
「お前を排除するために来たんじゃない。まずは確かめに来ただけだ」
僕は呟くように言う。
「宮間志希は……母様は、まだどこかにいるんだろう?」
七方は粘つくように嗤った。
「やはりお前はあの方の息子だなぁ。あの方の遺伝子を最も忠実にトレースした個体だ。問いの立て方が、あの方と同じだ。話し方も顔も……いや、似ていない。似ていない! 似ているはずがないッ!!」
「質問に答えろ」
「……いるとも。この空間全てに。非偏在体として漂っている。肉体という有限容器を放棄し、自己同一性を情報配列へ移行させた“非局在型存在”としてな。あの方は自分の身体を捨て、情報の海へ沈んだんだ。私と違って、こんな場所に縛り付けられることも無く。細胞も、神経も、脳も捨てたが──自己記述コードは失われていない」
胸が少し熱くなった。
母様は本当に──死んでいない。
七方が細めた目で見つめてくる。
「私と違って、あの方は失敗しなかった。私は脳内回路の一部を魔術構造に固定しただけの不完全なコピーだ。だから私はこんな姿に囚われている。だがあの方は自己の全構造を、空間情報に完全マッピングした」
七方の声が歪む。
「お前は理解できるだろう?お前自身が、彼女の設計思想を最も色濃く継いだ“観測点”なのだから」
「“観測点”?」
「非常に認めがたいが、お前は特異点だ。志希の情報構造と再結合可能な、唯一の“生体アンカー”。お前を分解・再構築できれば、私は彼女の構造に近づける……!私がお前を破れば、私はまたあの方に近づく……私は、あの方とひとつになれる……!」
「なんだその理屈は。お前の“本体”はとうに死んだだろう。思念体だけだ。お前に残っているのは、執着だけだ」
「黙れ!!私の肉体は死んだが、あの方の研究は“死を不可逆にしない”事を証明していた!C-13──高次情報定着核を使えば、私は再び肉体を得られる!」
空間全体が黒く波打ち、七方の影が膨張する。
「来るがいいぃ! クソガキ。お前がこの空間に触れる資格があるのか、見てやろう」
「資格など関係ない。お前こそここにいる資格は無い。とうの昔に除籍されたんだろう」
僕は構文を展開した。
母様が作った空間層の母式。
僕にだけ繋がる、唯一の術式。
青白い幾何学が走る。
母様の術式は、宮間同様攻撃に特化していない。
では何に特化しているのか。
「──母式《オリジン・レイヤ》、展開」
“理解と同期”だ。
空間の意味、対象の軌跡、心の震え。
そのすべてを読み取り、僕の術式と重ねていく。
七方が吠える。
「黙れ──お前はここで死ねクソガキィィ!!」
黒い魔術構造が迫ってきた。
焦燥、嫉妬、独占欲。
すべての原型が混ざった黒い奔流。
だが、僕は1歩も引くわけにはいかない。
母様が残した魔術空間は、すべて僕が終わらせる。
光が弾け、空間が砕ける。
七方の黒が僕の前まで迫る瞬間──
「同期率、57……68……82……」
七方の魔術構造を読む。
七方が、自分ですら理解していない深層まで。
「……何を、している……?」
「お前の心は書き換えない。破壊もしない。ただ──“終わらせる”だけだ」
僕は指を鳴らした。
「同期率100%──完了」
空間が白く弾けた。
七方の影が、悲鳴のようにねじれながら消えていく。
「やめ……志希……志希……!!」
「母様の名前を呼ぶな」
七方の“核”へ手を伸ばす。
── 空間次元構成術・母式。
七方の思念核を、白炎の中に閉じ込める。
白んだ景色の中、七方の記憶が溢れかえる。
『私は……私は間違っていない! 魔力なしは搾取される存在だ! もっと負荷を上げても良かったはずだ!』
『同期率が上がらない……何故成功しない……! あの方を、なぜ超えることが出来ないッ……!』
『お前は……何をっ!? ぐあっ!!』
視覚。光。声。感情。
空間じゅうに情報が散らばる。
黒が霧散し、空間は静寂を取り戻す。
残ったのは、七方の“最後の断片”だけだった。
その断片が、低く呟く。
「あの方が消えたのは、お前の、せいだ……」
そこで断片は完全に消滅した。
七方が残した最後の言葉は、僕の胸に重く残った。
僕は息をつき、母様の部屋──結界に包まれた “私室” に近づいた。
七方の干渉が消えたことで、結界の揺らぎが透明度を増していく。
まるで僕を認識して、鍵を外しているように。
僕は結界に手を伸ばし、静かに触れた。
「……母様」
光が弾け、部屋が開く。
そこには母様がいた。
現実の肉体はとうに失われているのかもしれない。
だが母様の魔術は、1部が自律的に稼働し続けていた。
その姿は、19年前の記憶と何ら変わらない。
白衣を着ている。
黒いストレートの髪を後ろでひとつにまとめた姿。
そして、優しい目が僕を真っ直ぐに見つめる。
「春成。来たんだな」
「……母様。19年振りだな」
母様は微笑み、ゆっくりと言った。
「“宮間家の魔術構造”は……いつか必ず、誰かに狙われる。特におまえたちきょうだいの魔力は、世界の均衡を変える可能性がある。だから私は──」
「情報層を守るために?」
「ああ」
母様はうなずいた。
その目は、どこまでも優しい。
「奴らは、私の魔術の“母式”を欲しがっていた。宮間家の血には無い、この特異な魔術を。空間ではなく自らの構造を変える魔術を。だからおまえの父でも、弟妹達でもない──“おまえ”を狙った」
「違う。狙われたのは、吉野と泰雅だ」
「あの子達は、お前の弱点だろう。お前は宮間家のなかで唯一、私の魔術構造を完全に受け継いだ子だ。直接狙うには危険すぎる」
「僕を狙った所で意味はない。僕は母様や弟たちのように情報層には潜れない」
「それはおまえの魔力が強すぎるからだ。おまえが情報層に入ると魔力が身体維持プロトコルと衝突して強制的に“自己崩壊”を起こす。宮間と私の魔力を人工的に交配した弊害だな。恨むなら私たちを恨め」
「欠陥じゃないのか」
「違う。制限だ。お前が自由に情報層へ出入り出来れば、世界の基底構造が書き換わる。お前は宮間家の“次の中心”だ。血統ではなく、魔術構造の意味において」
「……魔術構造?」
「お前の魔術構造は、世界の根幹となりつつある。お前は“個体”ではない。世界が次の状態へ遷移するための、中間層だ。だが情報層の存在は宮間に気付かれ始めている。涼介もその存在に気が付いている1人だった。だから私は姿を消した。お前の魔術構造そのものと同期し、情報層の中で自由に魔術を使い、情報層を守る為に。宮間が狙うのは“宮間”そのもので……その中心は、お前だから」
僕は拳を握った。
「母様が消えたせいで、父親も宮間も混乱した。僕は殺人容疑で取り調べを受ける始末だ」
「ああ、すまなかったな。けれどそれでよかった。宮間家を割り、情報を斜めに分散させる必要があった。おまえたちを守るために」
「そんな理由で──僕は母親を失ったのか?」
「春成」
母様が1歩近づく。
そっと、僕の頬に触れた。
「お前は、とても優しい子だ。その優しさが、宮間家の“本当の力”を形にする。吉野も、泰雅も、瑠香も、京也も、純也も。そして──幸ちゃんも」
幸の名前が出て、僕ははっとした。
ずっと母様に聞きたかったことがある。
「……幸を康成に差し向けたのは、母様なのか」
「そうだ。そうすべき理由があった。だが、その先は康成に選ばせた。お前が選んだ女の子は、お前の魔術構造と最も調和する子だ。……それは、少し私の計画の“外側”だったのだが」
「……外側?」
志希の影が薄く揺れ、光の粒になり始める。
「……時間だ。私の残留思念は、この姿だと短時間しか保てないんだ。春成。お前は必ず宮間を変える。お前の隣にいる子と一緒に。……幸ちゃんは……可愛いな」
「ああ。そうだな」
「幸ちゃんの存在は、宮間家の未来を“2度書き換える”。それはのちに理解できる」
「どういう──」
「幸ちゃんの卵子は、宮間家の“断層”を繋ぐ鍵。分かっていると思うが、誰も触れさせてはならない。特に──おまえの弟妹以外の血族には」
僕が手を伸ばそうとした瞬間、母様は光になって消えた。
空間に音が吸い込まれ、母様の部屋は静けさだけを残した。
小部屋が消えてから、僕は少しのあいだ動けなかった。
白い光の余韻が、さっきまで母様がいた場所を淡く照らしている。
母様は、僕のために姿を消した。
ずっと、自分勝手な人だと思っていた。
きっと消えた理由も、独りよがりな知的好奇心によるものだろうと思っていた。
──僕という1点の座標を守るために、母は自分を世界から消した。
宮間という濁った血から守る為に。
「……そんな形で守られても、嬉しくはないな」
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