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本編
霜雪
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(side:幸)
旦那様が情報層で意識を失って、半年。
私はその間毎日、旦那様が入院している病院にお見舞いに行った。
毎日手を握り、頬にキスをする。
その日あったことや、読んだ本の事をお話する。
付き添ってくれる人は毎日違ったけれども、私は毎日通いつめ、毎日旦那様に話しかけた。
最初は容態が安定しなくて、病室に入れない日が多かった。
けれども少しずつ、少しずつ旦那様の顔色は良くなっていった。
2ヶ月、3ヶ月と経っても、旦那様と婚約者として過ごした日々よりも多く日々が過ぎていっても、旦那様への想いはどんどん積もっていくばかりだった。
旦那様たちが私の卵子を探しているのだと吉野さんが教えてくれたのは、クリニックで結果を聞いて泣いている時だった。
最初は、信じられなかった。
吉野さんが私の事を励ますための嘘なのかもしれない、とも思った。
けれども、生理が来た日。
旦那様達が行っていた事は、ただの性欲処理じゃなかったんだと知った。
旦那様がおじいちゃんの魔法について教えてくれた日。私と結婚したいと言った旦那様の真剣な瞳。
毎日私に治療魔術を施していた旦那様達が、私の体の状態を知らないはずがない。
それでも、旦那様は必ず結婚したいと言ってくれた。
全てが繋がっていく。
旦那様達は、私の全てを取り戻そうとしていた。
「はる兄達を信じましょう。きっと大丈夫。私達きょうだいは、世界一探し物が得意なんです。幸様の為なら海の中の砂粒だって見つけてみせますよ」
吉野さんに優しくそう言われ、ただ頷いた。
その後情報層で漂っていると、いつの間にか白衣を着た女の人が目の前に立っていた。
背は私とそんなに変わらないのに、旦那様とよく似ていて、同じくらい綺麗な女の人だった。
とても優しそうに微笑んでいた。
『幸ちゃん、あっちだ。春成をよろしくな。私によく似て無鉄砲な奴なんだ。繋ぎ止めてやってくれ』
女の人は、私の名前を知っていた。
そして、ある方向を指さしていた。
「あなたは……旦那様の……」
女の人は、微笑んだまま消えてしまった。
その人が指差した方向から、旦那様の声が聞こえた。
胸騒ぎがして羽を羽ばたかせて加速した。
見覚えのある無機質な建物の中心で、倒れている旦那様が見えた。
見間山で息絶えそうになっていた旦那様よりも、もっと深刻な状況だった。
──旦那様、帰りましょう。
私は必死で、旦那様を抱きしめた。
その時、その後の記憶は無い。
瑠香ちゃんたちに後で聞いたところによると、あの時私が持っていた魔力を旦那様に全部与えられたから、旦那様は一命を取り留めたらしい。
けれども全身から出血し、体の全ての機能が弱っていた。
意識が回復するかどうかも分からないと言われた。
───どうしてそんな事になってしまったのか。
それは、全て私が原因だった。
私の卵子を、旦那様たちが探していたから──命懸けで。
私の卵子は、エスアイ研究所で採取され、巡り巡ってエスアイ研究所の元所長が取り返し、また研究が行われようとしていた。
──それを、旦那様たちが阻止して奪い返した。その時に旦那様は致命傷を負ってしまった。
その数日前の私なら、きっと他人事のようにその説明を聞いていただろう。
泣きながらその話を聞いて、私は旦那様のベッドサイドに行き、旦那様の頬を軽くつねった。
「馬鹿。旦那様の、馬鹿……! どうして……どうして言ってくれなかったんですか。どうしてそこまでして……私なんかのために……!」
「はる兄は、怖かったんです。幸様に離れていかれるのが。魔力なしを求める魔術師は沢山います。それは私達以外の宮間の中にも……。だから早く、誰にも邪魔されないうちに卵子を探し出して、結婚を決めたかったのだと思います。自分が壊れてでも、弟たちのうちの誰かが……と思ったのでしょうね」
「私は……子供なんかいなくたっていい。旦那様が別の女の人と結婚して、子供を作ったっていい……! おじいちゃんはどうしてそんな魔法をかけたの……私の事なんて、放っておいてくれたら良かったのに……!!」
「幸様」
吉野さんは、真っ直ぐな瞳で首を横に振った。
「康成様が幸様に遺したかったのは、卵子だけではありません。貴女の、選択肢なのだと思います」
──幸は、選ぶ側の人間だ。
おじいちゃんは、確かにそう言った。
涙がさらに溢れた。
「私は……みんなの事が大好き。吉野さんも、京くんも、純くんも、泰雅さんも……瑠香ちゃんも! でも、結婚したいのは……旦那様だけ……! 旦那様が、私をここに連れて来てくれなかったら……見間山に閉じ篭ったままだったら、みんなと会えなかった。旦那様が連れ出してくれたから……みんなを大好きになれたのは、みんなが大好きな旦那様が居てくれたからなんです……だから」
「幸様……」
「旦那様、お願いします。帰ってきて。みんなのところに、帰ってきて!」
ーーーーー
旦那様が、半年ぶりに目を覚ました。
温かい手が、頬に触れる。
「幸……泣くな」
「旦那様……春成、さん……!」
その手をぎゅっと握りしめる。
もうどこにも行かないように。
私の為と言いながら、どこかに消えていってしまわないように。
「春成さん……好き。大好き。もうどこにも行かないで。私も、どこにも行かないから……。ずっと、あなたのそばにいるから」
「幸……」
「私の卵子を、春成さんに差し上げます。私と……結婚してくれますか?」
その瞬間、旦那様に付けられた計器のアラームが騒がしく鳴った。
「だ、旦那様!?」
「大丈夫だよ、幸ちゃん」
「はる兄、心拍数上がりすぎ~!」
「凄い殺し文句だな……」
看護師さんが病室にやって来る前に、旦那様はブチブチとつながれている管やセンサーを外してしまった。
「だめです、まだ安静に!」
「大人しくしていられるか。好きな女に求婚されて」
旦那様は起き上がり、私の手を強く握った。
「結婚しよう、幸。僕たちの子供を……家族を作ろう」
ーーーーー
旦那様が退院してからひと月くらい経った。
もう完全に仕事には復帰していて、また昼夜を問わず連絡が来てはどこかに消えていってしまう。
でも、以前までの生活よりも、私と一緒にいる時間はとても増えた。
私だけじゃない。
「旦那様。……お口に合いますか……?」
「ああ。美味い」
私が入れたコーヒーを、旦那様が1口啜って微笑む。
吉野さんに仕入れて貰った豆をハンドミルで挽いたものだ。
今日は私の誕生日だった。
2月の夜は、乾いた風と共に白い雪が細かく舞っていた。
いつも通り吉野さんとお夕飯の支度をしていたら、泰雅さんと瑠香ちゃんと京くんと純くんが大きな荷物を抱えてやってきた。
それはなんと、誕生日プレゼントの畜魔力式の湯沸かし器だった。
「どうして……私がこれが欲しいって分かったんですか!?」
「へへ、内緒。宮間の諜報力舐めちゃ駄目だよ、幸ちゃん♡」
「そっ♡♡オレたちに分かんない事なんかないんだから♡♡」
「この間18研究所の人に会った時に聞いたんだって。みんな幸ちゃんのこと会いたがってるみたいだよ」
「純~! バラすなよ~!」
他にもお花やアクセサリーも貰ったけれど、早速湯沸かし器をはじめに使わせてもらう事にした。
誕生日を祝って貰うのは見間山でもあったが、旦那様達に祝って貰うのはまた別格だ。
大きなケーキにロウソクを立てて、ふうっと息を吹きかけて火を消す。
ケーキを切り分けたところで丁度湧いたお湯で、早速みんなにコーヒーを入れた。
「うっま! え!? 幸ちゃん、このコーヒーめちゃくちゃ美味しい」
「うん♡お店開けるんじゃない!?」
「今まで飲んだ中でいちばん美味しい……」
「見間山でも以前飲んだが、このコーヒーを超える飲食物にまだ出会ったことがない」
「当然です。幸様が入れたんですから」
「そーだよ。これが魔力ノイズゼロ……ゼロどころか、マイナス域だよこれ! 空間のゆらぎも全部消えてる。香りの粒がひとつ残らず立ってる。味が味だけで存在してる。魔力なしって……時々反則級の奇跡だよねぇ……」
みんなが口々に絶賛するので、私は恥ずかしくなっておぼんで顔を半分隠した。
「気に入って貰えたら……みんなに毎日入れてもいいかな……?」
「もちろん! 毎日飲みに来る!」
「っていうかはる兄、前にも飲んでたんならなんで今まで入れてもらわなかったの!? こんなに美味しいのに!」
「僕は幸に家事をさせる為に婚約した訳じゃない。それに……幸に、見間山のことを思い出させたくなかった。未練を捨てさせたかった。僕なしでは生きていけないようにしたかった」
しんと一瞬、静寂が走る。
「はる兄って、何気に重……」
「しーっ!!」
純くんが口を開くと、京くんが口を塞いだ。
「幸、重い男は嫌いか」
旦那様が私の事を見てそう言った。ほんの少しだけ、シュンとしているようにも見える。
それがなんだかおかしくて、くすりと笑う。
「ふふっ。旦那様。きっと私のほうが重いですよ? だって……文字通り、私は旦那様達が居ないと生きていけないんですから」
「そんな事はない。幸はこんなに軽いだろう」
旦那様が急に私の隣に転移した。
抱き上げられて、唇にキスされる。
「幸。もうこれからずっとどこにも行かせない。幸の居場所は……ここにしか無いからな」
「……! はいっ! 旦那様……♡」
「はる兄だけずるい。俺だって幸ちゃんが居ないともう生きていけない!!」
「私も幸ねえがいなきゃ宮間のシスエンバイトなんか辞めてやる!!」
「それは困る」
「私も……はる兄の秘書を辞めて幸様のお世話係をずっとやります!!」
「それも困るな」
「みんな……ありがとう」
みんなでわいわいとケーキを食べる。
コーヒーのおかわりもついで、のんびりとしたひとときを過ごした後は。
「さーて、今日は幸ねえの誕生日祝いだけど、はる兄の快気祝いも兼ねてるからねっ♡」
「今夜は新曲披露するから。……家族のみんな、ついてこいよ!」
空間が一気にライブステージに変化する。
色とりどりのライトが京くんと純くん、そして観客席にあたる。
情報層の中のライブステージ。
そこに引きずり込まれた私の思念体の背中には、羽が生えている。
京くんと純くんの魔術が、私の姿を変えさせたのだ。
情報層の中では、彼らは自由に魔力を変えることができるから。
私は蝶の姿になった旦那様と、みんなと一緒にSNIPSのライブに魅了された。
旦那様と一緒に、ステージの周りをゆっくりと飛び回る。
ねえ、おじいちゃん。
“人を幸せにする魔術”って、きっとこういうことなんだよね。
ーーーーー
旦那様と婚約したあの日から、2年が過ぎた。
冷たい風が吹き荒れている。
もう少しでこの周囲の深い壁のような雪も解けていくのだろう。
時折雲の切れ間から、陽射しが射し込む時間があった。
その陽射しが、雄大な山裾をくっきりと照らし出した。
見間山。
その麓に、おじいちゃんのお墓はあった。
お墓の裏には2人の名前が刻まれている。
「私も宮間になったよ。宮間幸になったよ、おじいちゃん……。ありがとう。私に……たくさんのものを遺してくれて」
腕には、生まれたばかりの新しい命。
周りは強い風が吹いていても、隣にいる旦那様が温かい結界を貼っているため、すやすやと眠っている。
その重みを抱き締めて、お墓のほうに顔を向ける。
「みんなのことも、おじいちゃんが繋いでくれた命も、みんな愛して……幸せにするから……」
お墓にお線香をあげた後、旦那様が見間山を見上げる。
「今日は許可を貰っている。行くぞ」
「えっ?」
「18研究所だ。皆、会いたがっているようだぞ」
「……!! はい! ……あの、旦那様」
「なんだ」
「旦那様が作ってくれたあの雪像の周りで、みんなで撮った集合写真があるんです。一緒に見ましょう」
「……そうか」
春の雪が、見間山を照らしている。
新しい息吹を心待ちにしているかのように。
~おわり~
旦那様が情報層で意識を失って、半年。
私はその間毎日、旦那様が入院している病院にお見舞いに行った。
毎日手を握り、頬にキスをする。
その日あったことや、読んだ本の事をお話する。
付き添ってくれる人は毎日違ったけれども、私は毎日通いつめ、毎日旦那様に話しかけた。
最初は容態が安定しなくて、病室に入れない日が多かった。
けれども少しずつ、少しずつ旦那様の顔色は良くなっていった。
2ヶ月、3ヶ月と経っても、旦那様と婚約者として過ごした日々よりも多く日々が過ぎていっても、旦那様への想いはどんどん積もっていくばかりだった。
旦那様たちが私の卵子を探しているのだと吉野さんが教えてくれたのは、クリニックで結果を聞いて泣いている時だった。
最初は、信じられなかった。
吉野さんが私の事を励ますための嘘なのかもしれない、とも思った。
けれども、生理が来た日。
旦那様達が行っていた事は、ただの性欲処理じゃなかったんだと知った。
旦那様がおじいちゃんの魔法について教えてくれた日。私と結婚したいと言った旦那様の真剣な瞳。
毎日私に治療魔術を施していた旦那様達が、私の体の状態を知らないはずがない。
それでも、旦那様は必ず結婚したいと言ってくれた。
全てが繋がっていく。
旦那様達は、私の全てを取り戻そうとしていた。
「はる兄達を信じましょう。きっと大丈夫。私達きょうだいは、世界一探し物が得意なんです。幸様の為なら海の中の砂粒だって見つけてみせますよ」
吉野さんに優しくそう言われ、ただ頷いた。
その後情報層で漂っていると、いつの間にか白衣を着た女の人が目の前に立っていた。
背は私とそんなに変わらないのに、旦那様とよく似ていて、同じくらい綺麗な女の人だった。
とても優しそうに微笑んでいた。
『幸ちゃん、あっちだ。春成をよろしくな。私によく似て無鉄砲な奴なんだ。繋ぎ止めてやってくれ』
女の人は、私の名前を知っていた。
そして、ある方向を指さしていた。
「あなたは……旦那様の……」
女の人は、微笑んだまま消えてしまった。
その人が指差した方向から、旦那様の声が聞こえた。
胸騒ぎがして羽を羽ばたかせて加速した。
見覚えのある無機質な建物の中心で、倒れている旦那様が見えた。
見間山で息絶えそうになっていた旦那様よりも、もっと深刻な状況だった。
──旦那様、帰りましょう。
私は必死で、旦那様を抱きしめた。
その時、その後の記憶は無い。
瑠香ちゃんたちに後で聞いたところによると、あの時私が持っていた魔力を旦那様に全部与えられたから、旦那様は一命を取り留めたらしい。
けれども全身から出血し、体の全ての機能が弱っていた。
意識が回復するかどうかも分からないと言われた。
───どうしてそんな事になってしまったのか。
それは、全て私が原因だった。
私の卵子を、旦那様たちが探していたから──命懸けで。
私の卵子は、エスアイ研究所で採取され、巡り巡ってエスアイ研究所の元所長が取り返し、また研究が行われようとしていた。
──それを、旦那様たちが阻止して奪い返した。その時に旦那様は致命傷を負ってしまった。
その数日前の私なら、きっと他人事のようにその説明を聞いていただろう。
泣きながらその話を聞いて、私は旦那様のベッドサイドに行き、旦那様の頬を軽くつねった。
「馬鹿。旦那様の、馬鹿……! どうして……どうして言ってくれなかったんですか。どうしてそこまでして……私なんかのために……!」
「はる兄は、怖かったんです。幸様に離れていかれるのが。魔力なしを求める魔術師は沢山います。それは私達以外の宮間の中にも……。だから早く、誰にも邪魔されないうちに卵子を探し出して、結婚を決めたかったのだと思います。自分が壊れてでも、弟たちのうちの誰かが……と思ったのでしょうね」
「私は……子供なんかいなくたっていい。旦那様が別の女の人と結婚して、子供を作ったっていい……! おじいちゃんはどうしてそんな魔法をかけたの……私の事なんて、放っておいてくれたら良かったのに……!!」
「幸様」
吉野さんは、真っ直ぐな瞳で首を横に振った。
「康成様が幸様に遺したかったのは、卵子だけではありません。貴女の、選択肢なのだと思います」
──幸は、選ぶ側の人間だ。
おじいちゃんは、確かにそう言った。
涙がさらに溢れた。
「私は……みんなの事が大好き。吉野さんも、京くんも、純くんも、泰雅さんも……瑠香ちゃんも! でも、結婚したいのは……旦那様だけ……! 旦那様が、私をここに連れて来てくれなかったら……見間山に閉じ篭ったままだったら、みんなと会えなかった。旦那様が連れ出してくれたから……みんなを大好きになれたのは、みんなが大好きな旦那様が居てくれたからなんです……だから」
「幸様……」
「旦那様、お願いします。帰ってきて。みんなのところに、帰ってきて!」
ーーーーー
旦那様が、半年ぶりに目を覚ました。
温かい手が、頬に触れる。
「幸……泣くな」
「旦那様……春成、さん……!」
その手をぎゅっと握りしめる。
もうどこにも行かないように。
私の為と言いながら、どこかに消えていってしまわないように。
「春成さん……好き。大好き。もうどこにも行かないで。私も、どこにも行かないから……。ずっと、あなたのそばにいるから」
「幸……」
「私の卵子を、春成さんに差し上げます。私と……結婚してくれますか?」
その瞬間、旦那様に付けられた計器のアラームが騒がしく鳴った。
「だ、旦那様!?」
「大丈夫だよ、幸ちゃん」
「はる兄、心拍数上がりすぎ~!」
「凄い殺し文句だな……」
看護師さんが病室にやって来る前に、旦那様はブチブチとつながれている管やセンサーを外してしまった。
「だめです、まだ安静に!」
「大人しくしていられるか。好きな女に求婚されて」
旦那様は起き上がり、私の手を強く握った。
「結婚しよう、幸。僕たちの子供を……家族を作ろう」
ーーーーー
旦那様が退院してからひと月くらい経った。
もう完全に仕事には復帰していて、また昼夜を問わず連絡が来てはどこかに消えていってしまう。
でも、以前までの生活よりも、私と一緒にいる時間はとても増えた。
私だけじゃない。
「旦那様。……お口に合いますか……?」
「ああ。美味い」
私が入れたコーヒーを、旦那様が1口啜って微笑む。
吉野さんに仕入れて貰った豆をハンドミルで挽いたものだ。
今日は私の誕生日だった。
2月の夜は、乾いた風と共に白い雪が細かく舞っていた。
いつも通り吉野さんとお夕飯の支度をしていたら、泰雅さんと瑠香ちゃんと京くんと純くんが大きな荷物を抱えてやってきた。
それはなんと、誕生日プレゼントの畜魔力式の湯沸かし器だった。
「どうして……私がこれが欲しいって分かったんですか!?」
「へへ、内緒。宮間の諜報力舐めちゃ駄目だよ、幸ちゃん♡」
「そっ♡♡オレたちに分かんない事なんかないんだから♡♡」
「この間18研究所の人に会った時に聞いたんだって。みんな幸ちゃんのこと会いたがってるみたいだよ」
「純~! バラすなよ~!」
他にもお花やアクセサリーも貰ったけれど、早速湯沸かし器をはじめに使わせてもらう事にした。
誕生日を祝って貰うのは見間山でもあったが、旦那様達に祝って貰うのはまた別格だ。
大きなケーキにロウソクを立てて、ふうっと息を吹きかけて火を消す。
ケーキを切り分けたところで丁度湧いたお湯で、早速みんなにコーヒーを入れた。
「うっま! え!? 幸ちゃん、このコーヒーめちゃくちゃ美味しい」
「うん♡お店開けるんじゃない!?」
「今まで飲んだ中でいちばん美味しい……」
「見間山でも以前飲んだが、このコーヒーを超える飲食物にまだ出会ったことがない」
「当然です。幸様が入れたんですから」
「そーだよ。これが魔力ノイズゼロ……ゼロどころか、マイナス域だよこれ! 空間のゆらぎも全部消えてる。香りの粒がひとつ残らず立ってる。味が味だけで存在してる。魔力なしって……時々反則級の奇跡だよねぇ……」
みんなが口々に絶賛するので、私は恥ずかしくなっておぼんで顔を半分隠した。
「気に入って貰えたら……みんなに毎日入れてもいいかな……?」
「もちろん! 毎日飲みに来る!」
「っていうかはる兄、前にも飲んでたんならなんで今まで入れてもらわなかったの!? こんなに美味しいのに!」
「僕は幸に家事をさせる為に婚約した訳じゃない。それに……幸に、見間山のことを思い出させたくなかった。未練を捨てさせたかった。僕なしでは生きていけないようにしたかった」
しんと一瞬、静寂が走る。
「はる兄って、何気に重……」
「しーっ!!」
純くんが口を開くと、京くんが口を塞いだ。
「幸、重い男は嫌いか」
旦那様が私の事を見てそう言った。ほんの少しだけ、シュンとしているようにも見える。
それがなんだかおかしくて、くすりと笑う。
「ふふっ。旦那様。きっと私のほうが重いですよ? だって……文字通り、私は旦那様達が居ないと生きていけないんですから」
「そんな事はない。幸はこんなに軽いだろう」
旦那様が急に私の隣に転移した。
抱き上げられて、唇にキスされる。
「幸。もうこれからずっとどこにも行かせない。幸の居場所は……ここにしか無いからな」
「……! はいっ! 旦那様……♡」
「はる兄だけずるい。俺だって幸ちゃんが居ないともう生きていけない!!」
「私も幸ねえがいなきゃ宮間のシスエンバイトなんか辞めてやる!!」
「それは困る」
「私も……はる兄の秘書を辞めて幸様のお世話係をずっとやります!!」
「それも困るな」
「みんな……ありがとう」
みんなでわいわいとケーキを食べる。
コーヒーのおかわりもついで、のんびりとしたひとときを過ごした後は。
「さーて、今日は幸ねえの誕生日祝いだけど、はる兄の快気祝いも兼ねてるからねっ♡」
「今夜は新曲披露するから。……家族のみんな、ついてこいよ!」
空間が一気にライブステージに変化する。
色とりどりのライトが京くんと純くん、そして観客席にあたる。
情報層の中のライブステージ。
そこに引きずり込まれた私の思念体の背中には、羽が生えている。
京くんと純くんの魔術が、私の姿を変えさせたのだ。
情報層の中では、彼らは自由に魔力を変えることができるから。
私は蝶の姿になった旦那様と、みんなと一緒にSNIPSのライブに魅了された。
旦那様と一緒に、ステージの周りをゆっくりと飛び回る。
ねえ、おじいちゃん。
“人を幸せにする魔術”って、きっとこういうことなんだよね。
ーーーーー
旦那様と婚約したあの日から、2年が過ぎた。
冷たい風が吹き荒れている。
もう少しでこの周囲の深い壁のような雪も解けていくのだろう。
時折雲の切れ間から、陽射しが射し込む時間があった。
その陽射しが、雄大な山裾をくっきりと照らし出した。
見間山。
その麓に、おじいちゃんのお墓はあった。
お墓の裏には2人の名前が刻まれている。
「私も宮間になったよ。宮間幸になったよ、おじいちゃん……。ありがとう。私に……たくさんのものを遺してくれて」
腕には、生まれたばかりの新しい命。
周りは強い風が吹いていても、隣にいる旦那様が温かい結界を貼っているため、すやすやと眠っている。
その重みを抱き締めて、お墓のほうに顔を向ける。
「みんなのことも、おじいちゃんが繋いでくれた命も、みんな愛して……幸せにするから……」
お墓にお線香をあげた後、旦那様が見間山を見上げる。
「今日は許可を貰っている。行くぞ」
「えっ?」
「18研究所だ。皆、会いたがっているようだぞ」
「……!! はい! ……あの、旦那様」
「なんだ」
「旦那様が作ってくれたあの雪像の周りで、みんなで撮った集合写真があるんです。一緒に見ましょう」
「……そうか」
春の雪が、見間山を照らしている。
新しい息吹を心待ちにしているかのように。
~おわり~
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