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2章 春:出会い篇
9 いい湯だな①
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銭湯のバイトにも順調になれた昼下がり。
ゆきはせっせといなり寿司を作っていた。
もう少しでおひつからお米がなくりそうな頃合いで、声がかかる。
「ゆきちゃん、そろそろあがっていいよ」
「あ、もうそんな時間ですか?」
手早く最後の1つを作り終え、それらに濡れふきんをかけた。
時計を見上げると、確かに2時を過ぎている。
「もう夕方の仕込みまでしておいてくれたんだ。マジで助かる」
嬉しそうな大樹に、かえってゆきは申し訳なくなった。
今日は土曜日で、もうすぐ成人野球チームや部活後の学生で賑わう時間がくる。
彼らは泥だらけで来るので、掃除が大変なのだ。
遊ぶためにあがるなんて、いいんだろうか。
なんだか、心苦しい。
「……今日、本当に早上がりしちゃってていいんですか?」
「大丈夫だよ。前は俺1人で対応してたんだし、気にしないで」
「じゃあ、せめて美咲ちゃんが来るまではレジします!」
「うーん。ありがたいけど、もう来てるよ?」
台所のドアから、ひょっこり美咲が顔を出した。
「ゆきちゃん、あーそーぼっ!」
美咲の無邪気な呼びかけに、大樹が残念なものを見るような目をした。
「小学生みたいで微笑ましいけど、美咲ちゃんはあいかわらず色気がないなあ」
「大樹くん、うるさいよ!」
「まあ、俺はなんでも可愛いとおもうんだけど、ね?」
大樹の甘い言葉に、美咲は真っ赤になってしまう。
(ふふ。美咲ちゃん嬉しそう。あいかわらず仲良いなあ)
2人が付き合っていることは、すぐに教えてもらえた。
ゆきと遊ぶと両親に言って閉店後にデートができるようになった、と感謝までされた。
じゃれ合う2人を見ていると、美咲に腕をつかまれる。
「ゆきちゃん、大樹くんなんかいいから、早くお風呂入ろう」
そのまま引っ張られ、脱衣所の方に急かされる。
いつもよりドスドス音を立てながら向かう美咲の先を見て、ゆきは息を止めた。
(うわ、なんでいるの)
ゆきの気持ちなどお構いなしに、まりながふくれっ面をして立っていた。
「おそーいっ。待ちくたびれたよ」
まりなが美咲に抱きつく。
ゆきは美咲に尋ねずにはいられなかった。
「……まりなちゃんも一緒なんだね」
美咲は少しだけこまった顔をする。
「なんか、まりながバイトの件、大樹くんに言い忘れてたんでしょ? 謝りたいっていうから、連れてきたんだ。まりなも参加するって言っておかなくてごめんね?」
ゆきが答える前に、まりなが口をとがらせた。
「えー。ゆきちゃん、まだ怒ってるの? わざとじゃないのに」
心が狭いよ、と続きそうな口調に鼻白む。
(絶対、謝る気ないでしょ)
ゆきが何も言わずにじっと見ると、美咲が怒ってくれる。
「もう! まりなが謝りたいって言うから連れてきたのに! 謝んないなら、もうわたし知らないよ」
「でも~」
「でもじゃない!」
ぶーぶー言いながら、ゆきを見ては「こわーい」と泣きまねしてくる。
収集がつかなくなって、ゆきは途方にくれた。
(怖いって言われたからって、笑えないのに。まりなちゃんはなんで嫌がらせしてくるんだろう。正さんと私が仲良くしてるからなんだよね。はあ。……美咲ちゃんと2人で銭湯、すごい楽しみにしてたのにな)
わざとバイトの件を大樹に言わなかった件は、正直に言うともう気にしていなかった。
でも、まりなといると、疲れるのだ。
この徒労感は、幼馴染の優といる時に感じていたのと同じだった。
何を言っても、自分の意見が通らないのが、ただただ面倒だと思う。
どうしたらいいか迷っていると、のんびりした声が割って入ってくる。
「ふーん、まりなちゃんがバイトの件握ってたんだぁ」
振り返ると、大樹が補充するプリンを持って立っていた。
大樹に聞かれたのが気まずいのか、まりながふくれっ面のまま固まる。
「危うく看板娘をゲットし損ねるとこだったか、危ない危ない」
おどけて言う大樹の表情を見て、少しみんなの雰囲気がほぐれる。
にこにこ顔の大樹を見て、空気を読んだらしいまりなが頭を下げてきた。
「わざとじゃなかったけど、悪かったわよ」
まりながわざとじゃないと言うならそうなのかもしれない。
疑うのは疲れる。
だから受け入れて、ゆきはうなずいた。
「じゃあ、仲直りにはプリンだろ」
気まずい空気をすべて持っていくように、大樹がプリンを渡してくれる。
仲直りできたことに安心した美咲が、調子良く合わせる。
「大樹くん、なんでもプリンで女子が丸めこめると思ってない?」
「なんだよ、美咲ちゃんだけいらないのか?」
「いるよ、いるいる!」
大事そうに受け取ってから、美咲は大樹にベーッと舌を出した。
「大樹くん、番台から覗かないでよね!」
「俺は、見るなら、堂々と正面から見るから!」
ーーだから、今度2人で入ろうか?
小さすぎて普通なら聞こえないささやき。
耳もとで言われた美咲は、真っ赤になって、怒りはじめた。
「バカ! エッチ! 変態!」
聞こえてないと思って、2人とも油断しすぎだとゆきは思う。
ゆきは耳がいいのだ。しっかり拾ってしまい、心底こまった。
「なになに? なんて言われたの?」
まりなが興味津々に美咲を問い詰める。
「なんでもないっ! 早くお風呂入ろう!」
「えー? 気になるのに!」
脱衣所にダッシュした美咲は、首まで赤くしている。
ニヤニヤするまりなに、美咲が反撃するように言う。
「まりなこそ、この前ナンパされてたイケメンとはどうなったの?」
まりなの目が輝く。
聞いて欲しかった話題らしい。
嬉々として、まりなが語り出す。
「なんか明日も遊びにくるから、会おうって言われてるんだぁ」
「うまくいってるんだ! なんかすごい垢抜けた人だったよね。東京の人かも? 付き合うの?」
「えーまだわからないけどぉ」
ゆきは驚いて、2人の会話に思わず割って入った。
「まりなちゃん、正さんはどうするの?」
2人はびっくりしたように、ゆきを見た。
ゆきはせっせといなり寿司を作っていた。
もう少しでおひつからお米がなくりそうな頃合いで、声がかかる。
「ゆきちゃん、そろそろあがっていいよ」
「あ、もうそんな時間ですか?」
手早く最後の1つを作り終え、それらに濡れふきんをかけた。
時計を見上げると、確かに2時を過ぎている。
「もう夕方の仕込みまでしておいてくれたんだ。マジで助かる」
嬉しそうな大樹に、かえってゆきは申し訳なくなった。
今日は土曜日で、もうすぐ成人野球チームや部活後の学生で賑わう時間がくる。
彼らは泥だらけで来るので、掃除が大変なのだ。
遊ぶためにあがるなんて、いいんだろうか。
なんだか、心苦しい。
「……今日、本当に早上がりしちゃってていいんですか?」
「大丈夫だよ。前は俺1人で対応してたんだし、気にしないで」
「じゃあ、せめて美咲ちゃんが来るまではレジします!」
「うーん。ありがたいけど、もう来てるよ?」
台所のドアから、ひょっこり美咲が顔を出した。
「ゆきちゃん、あーそーぼっ!」
美咲の無邪気な呼びかけに、大樹が残念なものを見るような目をした。
「小学生みたいで微笑ましいけど、美咲ちゃんはあいかわらず色気がないなあ」
「大樹くん、うるさいよ!」
「まあ、俺はなんでも可愛いとおもうんだけど、ね?」
大樹の甘い言葉に、美咲は真っ赤になってしまう。
(ふふ。美咲ちゃん嬉しそう。あいかわらず仲良いなあ)
2人が付き合っていることは、すぐに教えてもらえた。
ゆきと遊ぶと両親に言って閉店後にデートができるようになった、と感謝までされた。
じゃれ合う2人を見ていると、美咲に腕をつかまれる。
「ゆきちゃん、大樹くんなんかいいから、早くお風呂入ろう」
そのまま引っ張られ、脱衣所の方に急かされる。
いつもよりドスドス音を立てながら向かう美咲の先を見て、ゆきは息を止めた。
(うわ、なんでいるの)
ゆきの気持ちなどお構いなしに、まりながふくれっ面をして立っていた。
「おそーいっ。待ちくたびれたよ」
まりなが美咲に抱きつく。
ゆきは美咲に尋ねずにはいられなかった。
「……まりなちゃんも一緒なんだね」
美咲は少しだけこまった顔をする。
「なんか、まりながバイトの件、大樹くんに言い忘れてたんでしょ? 謝りたいっていうから、連れてきたんだ。まりなも参加するって言っておかなくてごめんね?」
ゆきが答える前に、まりなが口をとがらせた。
「えー。ゆきちゃん、まだ怒ってるの? わざとじゃないのに」
心が狭いよ、と続きそうな口調に鼻白む。
(絶対、謝る気ないでしょ)
ゆきが何も言わずにじっと見ると、美咲が怒ってくれる。
「もう! まりなが謝りたいって言うから連れてきたのに! 謝んないなら、もうわたし知らないよ」
「でも~」
「でもじゃない!」
ぶーぶー言いながら、ゆきを見ては「こわーい」と泣きまねしてくる。
収集がつかなくなって、ゆきは途方にくれた。
(怖いって言われたからって、笑えないのに。まりなちゃんはなんで嫌がらせしてくるんだろう。正さんと私が仲良くしてるからなんだよね。はあ。……美咲ちゃんと2人で銭湯、すごい楽しみにしてたのにな)
わざとバイトの件を大樹に言わなかった件は、正直に言うともう気にしていなかった。
でも、まりなといると、疲れるのだ。
この徒労感は、幼馴染の優といる時に感じていたのと同じだった。
何を言っても、自分の意見が通らないのが、ただただ面倒だと思う。
どうしたらいいか迷っていると、のんびりした声が割って入ってくる。
「ふーん、まりなちゃんがバイトの件握ってたんだぁ」
振り返ると、大樹が補充するプリンを持って立っていた。
大樹に聞かれたのが気まずいのか、まりながふくれっ面のまま固まる。
「危うく看板娘をゲットし損ねるとこだったか、危ない危ない」
おどけて言う大樹の表情を見て、少しみんなの雰囲気がほぐれる。
にこにこ顔の大樹を見て、空気を読んだらしいまりなが頭を下げてきた。
「わざとじゃなかったけど、悪かったわよ」
まりながわざとじゃないと言うならそうなのかもしれない。
疑うのは疲れる。
だから受け入れて、ゆきはうなずいた。
「じゃあ、仲直りにはプリンだろ」
気まずい空気をすべて持っていくように、大樹がプリンを渡してくれる。
仲直りできたことに安心した美咲が、調子良く合わせる。
「大樹くん、なんでもプリンで女子が丸めこめると思ってない?」
「なんだよ、美咲ちゃんだけいらないのか?」
「いるよ、いるいる!」
大事そうに受け取ってから、美咲は大樹にベーッと舌を出した。
「大樹くん、番台から覗かないでよね!」
「俺は、見るなら、堂々と正面から見るから!」
ーーだから、今度2人で入ろうか?
小さすぎて普通なら聞こえないささやき。
耳もとで言われた美咲は、真っ赤になって、怒りはじめた。
「バカ! エッチ! 変態!」
聞こえてないと思って、2人とも油断しすぎだとゆきは思う。
ゆきは耳がいいのだ。しっかり拾ってしまい、心底こまった。
「なになに? なんて言われたの?」
まりなが興味津々に美咲を問い詰める。
「なんでもないっ! 早くお風呂入ろう!」
「えー? 気になるのに!」
脱衣所にダッシュした美咲は、首まで赤くしている。
ニヤニヤするまりなに、美咲が反撃するように言う。
「まりなこそ、この前ナンパされてたイケメンとはどうなったの?」
まりなの目が輝く。
聞いて欲しかった話題らしい。
嬉々として、まりなが語り出す。
「なんか明日も遊びにくるから、会おうって言われてるんだぁ」
「うまくいってるんだ! なんかすごい垢抜けた人だったよね。東京の人かも? 付き合うの?」
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