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本編
1 どうして(1)
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「やめてっ!もう、帰ろう、帰ろうよ!」
「止めるな。俺は、行く。お前は帰ればいい!」
「置いて帰れる訳ない!お願い、お願いだから一緒に帰ろう!?」
僕は必死になって説得するが、彼は冷たい目で僕を面倒くさそうに見、のろのろと歩み始めてしまう。
ここは村の防護柵から離れた森の中。深夜ということもあり月明かりはここまで届かず、暗い中、魔物たちは活発になって僕らを襲ってくる。
「えいっ!えい!ね、ほら、こんなに危ないんだ!は、早く帰ろう……!」
「ハッ。放っておけばいいだろ。どうせ俺は、フェリスにとってそんな存在なんだから」
「違う!違うから、大事だから……っ!」
彼は僕の恋人だ。生まれてからずっと同じ村で暮らしている僕らは、幼馴染でもある。時を経てそれ以上の関係になり、将来は結婚しようねと、誓い合った仲、だけど……。
僕の拙い護身術で、食らいつこうとする闇狼を倒す。そうでもしないと、アノンが死んでしまう。最も、彼はそれを望んでいるようだけど、そんなことはさせたくない。
彼が説得に応じたのは、それからおよそ二時間が経ち、そろそろ空が白み始めて来た頃だった。
闘い続けた僕の気力はもう限界で、家に帰ってすぐに寝台へと倒れ込んだ。
僕の名はフェリスと言う。金の混じった薄めの茶色の髪に、瞳は春に芽吹いた若草色だとよく言われる。村の子供にしては小綺麗にしているのは、神官になりたいからだ。
幼い時、僕は体が弱かった。ほとんど外に出られない僕に、毎日お花をくれたのは、アノン。村長の息子であるアノンが僕をいじめずにいてくれたおかげで、僕は他の少年たちから突かれることなく育った。それに、近隣の神官を呼んでくれたのも、アノンが村長に言ってくれたからだ。
そんな親切なアノンから告白されて、嬉しかった。
だから、付き合い出すのも必然だった。
神官様はとっても優しくて、穏やかで、身体の周りにはキラキラと輝く神の祝福さえ見えた。その日をきっかけに、僕は神官になるため勉学に励むようになる。身を清め、言葉遣いを正し、時には絶食をして瞑想もする。
身体は徐々に強くなり、集中力も高かった。僕は村人たちが驚くような速度で学んでいく。
神官になるためには、魔力ではなく、神力を持っていなくてはならない。魔力は大なり小なり誰でも持っているが、神力というのは運。
幸いなことに、僕には適性があった。村には、神力を持つ大人が一人、それから子供が僕の他にもう一人いたが、誰よりも僕の神力は高かった。
一度来てくれた神官様は、『もう必要ないから』と僕に教本をくれた。もし神官になれれば、まず食いっぱぐれることはないし、村からすれば無償で怪我や病気を治療してくれる人間がいるのは心強いことだろう。みんなが応援してくれて、僕は勉強し続けた。
その甲斐あって、13の頃には、村人の大抵の怪我は治療できるようになったのだが……。
アノンはそれが、気に入らなかったらしい。
ある日、アノンは僕の部屋に上がり込んで、神官様から頂いた大事な教本を裂いてしまったのだ。
それは僕が両親の手伝いをしている時に起こった。部屋へ帰ると、ビリビリに破かれて原型を失った本と、ニヤニヤと僕を見るアノン。
『これで勉強しなくていいな、フェリス』
僕は激昂してアノンをなじった。なんでこんな酷いことが出来るのかと。神官様の教本を、僕が命の次に大事にしていることを知っているのに、どうしてこんなに執拗に破ったのかと。
普段大人しい僕が、泣いて喚いて手もつけられなくなったのは、さすがのアノンも動揺していた。ごめん、もう二度としない、と言われたってどうしても許せなくて、
『もう別れる!こんなの恋人にすることじゃない!』
と拒絶した。
今思えば、これが悪夢の始まりだったのかもしれない。
アノンは思いの外、僕の事が好きだったらしい。
その日の夜、アノンが家からいなくなったと村長が大騒ぎしていた。
アノンが神官様の教本を破いたことは村の皆が知るところとなり、『フェリスが神官になるのを邪魔した』と村中から叱責された。
ところがアノンがいなくなって『叱り過ぎたかもしれない……』と、皆が罪悪感を抱えておろおろと探す。村を魔物から守る防護柵の中で見つけることは出来ず、とうとう、柵の外に出ていってしまったのではないかと顔を蒼白にさせる者もいた。
僕もその一人だ。僕が散々文句を言ったから?別れようって言ったから?……神官様の本なんて、アノンの命と比べようもない。だから、戻ってきて……!
一時間の大捜索の後、村守役に連れられてアノンは帰ってきた。その顔は窶れて、泣いた跡がわかって、僕はひどく胸が痛んで。
「俺、フェリスに嫌われた……生きていく価値なんてない……」
「そんなことないっ!ごめん、ごめんね?僕が酷いこと言って……」
「俺が、悪かったから……いいんだ、もう……」
「……!アノン!ごめん、これからは、大事にする、から……」
そう言ってアノンを抱きしめて、涙の仲直りをした。
「止めるな。俺は、行く。お前は帰ればいい!」
「置いて帰れる訳ない!お願い、お願いだから一緒に帰ろう!?」
僕は必死になって説得するが、彼は冷たい目で僕を面倒くさそうに見、のろのろと歩み始めてしまう。
ここは村の防護柵から離れた森の中。深夜ということもあり月明かりはここまで届かず、暗い中、魔物たちは活発になって僕らを襲ってくる。
「えいっ!えい!ね、ほら、こんなに危ないんだ!は、早く帰ろう……!」
「ハッ。放っておけばいいだろ。どうせ俺は、フェリスにとってそんな存在なんだから」
「違う!違うから、大事だから……っ!」
彼は僕の恋人だ。生まれてからずっと同じ村で暮らしている僕らは、幼馴染でもある。時を経てそれ以上の関係になり、将来は結婚しようねと、誓い合った仲、だけど……。
僕の拙い護身術で、食らいつこうとする闇狼を倒す。そうでもしないと、アノンが死んでしまう。最も、彼はそれを望んでいるようだけど、そんなことはさせたくない。
彼が説得に応じたのは、それからおよそ二時間が経ち、そろそろ空が白み始めて来た頃だった。
闘い続けた僕の気力はもう限界で、家に帰ってすぐに寝台へと倒れ込んだ。
僕の名はフェリスと言う。金の混じった薄めの茶色の髪に、瞳は春に芽吹いた若草色だとよく言われる。村の子供にしては小綺麗にしているのは、神官になりたいからだ。
幼い時、僕は体が弱かった。ほとんど外に出られない僕に、毎日お花をくれたのは、アノン。村長の息子であるアノンが僕をいじめずにいてくれたおかげで、僕は他の少年たちから突かれることなく育った。それに、近隣の神官を呼んでくれたのも、アノンが村長に言ってくれたからだ。
そんな親切なアノンから告白されて、嬉しかった。
だから、付き合い出すのも必然だった。
神官様はとっても優しくて、穏やかで、身体の周りにはキラキラと輝く神の祝福さえ見えた。その日をきっかけに、僕は神官になるため勉学に励むようになる。身を清め、言葉遣いを正し、時には絶食をして瞑想もする。
身体は徐々に強くなり、集中力も高かった。僕は村人たちが驚くような速度で学んでいく。
神官になるためには、魔力ではなく、神力を持っていなくてはならない。魔力は大なり小なり誰でも持っているが、神力というのは運。
幸いなことに、僕には適性があった。村には、神力を持つ大人が一人、それから子供が僕の他にもう一人いたが、誰よりも僕の神力は高かった。
一度来てくれた神官様は、『もう必要ないから』と僕に教本をくれた。もし神官になれれば、まず食いっぱぐれることはないし、村からすれば無償で怪我や病気を治療してくれる人間がいるのは心強いことだろう。みんなが応援してくれて、僕は勉強し続けた。
その甲斐あって、13の頃には、村人の大抵の怪我は治療できるようになったのだが……。
アノンはそれが、気に入らなかったらしい。
ある日、アノンは僕の部屋に上がり込んで、神官様から頂いた大事な教本を裂いてしまったのだ。
それは僕が両親の手伝いをしている時に起こった。部屋へ帰ると、ビリビリに破かれて原型を失った本と、ニヤニヤと僕を見るアノン。
『これで勉強しなくていいな、フェリス』
僕は激昂してアノンをなじった。なんでこんな酷いことが出来るのかと。神官様の教本を、僕が命の次に大事にしていることを知っているのに、どうしてこんなに執拗に破ったのかと。
普段大人しい僕が、泣いて喚いて手もつけられなくなったのは、さすがのアノンも動揺していた。ごめん、もう二度としない、と言われたってどうしても許せなくて、
『もう別れる!こんなの恋人にすることじゃない!』
と拒絶した。
今思えば、これが悪夢の始まりだったのかもしれない。
アノンは思いの外、僕の事が好きだったらしい。
その日の夜、アノンが家からいなくなったと村長が大騒ぎしていた。
アノンが神官様の教本を破いたことは村の皆が知るところとなり、『フェリスが神官になるのを邪魔した』と村中から叱責された。
ところがアノンがいなくなって『叱り過ぎたかもしれない……』と、皆が罪悪感を抱えておろおろと探す。村を魔物から守る防護柵の中で見つけることは出来ず、とうとう、柵の外に出ていってしまったのではないかと顔を蒼白にさせる者もいた。
僕もその一人だ。僕が散々文句を言ったから?別れようって言ったから?……神官様の本なんて、アノンの命と比べようもない。だから、戻ってきて……!
一時間の大捜索の後、村守役に連れられてアノンは帰ってきた。その顔は窶れて、泣いた跡がわかって、僕はひどく胸が痛んで。
「俺、フェリスに嫌われた……生きていく価値なんてない……」
「そんなことないっ!ごめん、ごめんね?僕が酷いこと言って……」
「俺が、悪かったから……いいんだ、もう……」
「……!アノン!ごめん、これからは、大事にする、から……」
そう言ってアノンを抱きしめて、涙の仲直りをした。
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