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番外編
レオン(1)
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ナース大陸王、の第36王子というのが私、レオン。
王子だと言ってもこれだけいると後宮もパンパンで、継承権第20位以降の王子王女たちは、母親の元で、嫡子のスペアとして育てられることが多い。もはや王族というよりちょっとツラの良い庶子だ。私も例に漏れず、侍女だった母の実家、伯爵家にて育てられた。
それなりの教養、それなりの剣技、それなりの容姿。
そのままどこかの令息令嬢と結婚するか騎士団に入るでもして、それなりの人生生きて死ぬのかー、と、子供ながらに達観していた自分が変わったのは、第三勇者として指名されてから。
勇者としての修行は楽しかったし、星読みの婆によって引き合わされた仲間とも相性は抜群。ヴァネッサは少年趣味で私のことは眼中にないし、ガルフも言葉少なながらもいいやつだった。
ただし、彼らにはすでにもう一人、女性の神官の仲間がいて……勝手についてきた。ヴァネッサとガルフからも『レオンが良ければ一緒に』と言われたから、仕方なく一緒に南方へ向かうことになった。
しかし、この女。黒牛みたいな乳を私にこすりつけてくる。痒いのか?人の腕で掻くな!と言いたい。言いたいが、なまじ貴族の教育を受けた私は出来ない。
アルカイックスマイルで『ごらん。あそこに水浴び場があるよ』と言って引き剥がした。それが最善だと思って。
残念ながら婉曲すぎて伝わらなかった。それどころか、『水浴び中のわたしが見たいの?レオンってばえっち!』なんて腹の立つ誤解まで受けた。
ついには野営中の睡眠という貴重な時間に、ごそごそと懐に入ってこられて私はキレた。女性には優しくという概念はとりあえず放り投げて天幕から叩き出し、パーティーからも追放した。
それが確か、20歳の頃か。私の中で信頼する、星読みの婆の所へ行って相性の良い神官を占ってもらったのだが、なんだか煮え切らない態度。
「んんん……今じゃないねぇ。一年後、また来な」
「?どういうことだ?」
「わたしに指図するんじゃないよ!一年ったら一年だ!」
よく分からない。私たちは首を捻りながら、適当な神官を探して仮加入させた。しかし……なんとまぁ、見事なほどに、粉をかけてくる。私は辟易してきた。
神官と言えば穏やかで清らかなのではないか?
そんなイメージは、三人目の神官を辞めさせた当たりで崩れ去った。
いや、確かに雰囲気はそうなのだ。儚げで清廉、おっとりした風の神官が多い。しかし一皮剥けば、同じ欲望にまみれた人間そのもの。治癒には不要なはずなのに身体的接触を図ってくる。料理に何かを仕込んでくる。夜の祈祷とか言って部屋に入ってくる……。
「あははっ!なに、レオン、神官キラーじゃない!すごいわね、逆に」
「言わないでくれ。何故だ……私はただ効率よく、ちゃちゃっと治癒や結界を張れる神官を探していると言うのに」
「婆に聞いてみたらどうだ?」
そうだった。もだもだしているうちに1年が経っていた。非常に不快な一年だった。
早速婆に占ってもらう。今度はすんなりと、とある村に住んでいる『フェリス』という少年だと教えてくれる。
さらに。
「ああ、あんたの聖剣の神力が強いんだろ。神官は神力に惹かれる傾向があるからね、まぁ、きっかけはそれだが、魅了というほどでもない。結局あんたのツラがいいってことじゃないかね」
私は聖剣をまじまじと見た。これは教会から預かったものだ。私にはただの、少し豪奢な作りの剣にしか見えないのに。
神官キラーの聖剣を背負い、私たちはフェリスくんの住む村を目指した。
到着すると、どこにでもある村らしくわぁわぁと歓迎されている。
ところが、だ。
フェリスくんの名前を出した途端、ピタッ……、と止んだ。
「フェリスは、おりますが……なんの、ご用で?」
「それは本人に伺います。何かあるのですか?」
「フェリスは俺の恋人だ。俺も聞く権利がある」
そう、ずいと出てきた少年がいた。凛々しい風貌の彼は、先ほど村長に『倅だ』と紹介された。好青年のように見えたのに、フェリスくんの名前を出しただけでギラリと敵意を剥き出しにしている。
まぁ、私にとっては子犬みたいなものだけど。
「恋人であっても、親であっても、私たちが用のある人はフェリスくんだけだよ」
にっこりと微笑めば微笑むほど、彼の怒りが高まるのが伝わってくる。面白い。からかって遊べそう。
そうか、フェリスくんに恋人がいるなら、私に付き纏うことはないだろうな……、と、そう思った時。
親御さんに呼ばれたらしいフェリスくんが、広場へと出てきたのだ。
「…………」
声が出なかった。天使かな。え?もう死んだ?
可愛いにも程がある。天使の輪っかも出来るほどのつやつやの金髪。その色味は優しいミルクティーのよう。大きく眠たげな瞳は翡翠で、長いまつ毛に縁取られて最高級のブローチみたいだ。
村の子とは思えない白い肌に、真っ直ぐに伸びた少年らしい足が、妙に色気を醸し出していて。
……こんな子が、こんな村にいていいのか……?
私は思わずじっと見つめていたのに、微妙に目が合わない。それはフェリスくんが私ではなく、背中の聖剣を見ているからだと理解してすこし落ち込む。やはり、この聖剣は神官を惹きつけるのか。
「君が、フェリスくんか?」
少し唇を湿らせて、そう問いかけた。どう見てもこの子は特別。やはりその通りだったらしく、コクリと頷いている。ほっとして微笑んだ。
「私はレオン。勇者パーティーの勇者をやっている。占いに導かれ、ここへやってきたのは……君を神官として、勧誘するためだ。フェリスくん」
「へっ……へっ?ぼ、僕が?」
フェリスくんはひどく動揺して、視線を彷徨わせた。可愛い……小動物のようだ。ぽろりと溢れた声も、清涼な神気を耳に流し込むよう。ずっと聞いていたい。
そして私の真の目的を知った村長らも騒めいているが、一切を無視した。私にはフェリスくんしか見えなかった。
……のに。急に割り込んできたのは、ヴァネッサだった。
「きゃああ~~っ!かわいい!かんわいい!何この子!天使?好き!レオン、絶対に勧誘するわよ!」
そうだった……!こいつ、少年趣味だった……!
しまった。ということは私もそういうことに……!?いや違う、私は違う!
しかしフェリスくんの天使みには心から同感だ。ヴァネッサのいいところは、気に入った少年に手を出さないところだ。愛でて愛でて愛で倒したいその心意気は、今なら非常に分かる。
「おい、ヴァネッサ、落ち着け……気持ちは分かるが怯えさせるな。すまんな、フェリス。俺はガルフ。こいつはヴァネッサ」
ガルフはヴァネッサのストッパーだ。かつてはヴァネッサ好みの純朴な少年だったらしいが、跡形もない。俺の一つ上ながら実に抑え方を知っている。ヴァネッサの歳は聞いたことはないが、おそらく20代後半くらいだろうか……おっと、これを考えるのはやめよう。寒気がする。
「は、初めまして……」
「声まで超可愛いんだけど。どうしよう。あたくしこの子守る為に頑張っちゃうんだけど」
「だーかーらー落ち着けこの変態」
ガルフはヴァネッサを遠ざけてくれ、ようやくフェリスくんの顔が見れるようになった。フェリスくんは健気なことに、耳を引っ張られているヴァネッサを心配そうに見つめていたので、『問題ないよ』と肩を竦めた。
ここで、私たちのパーティーをアピールする。私はもう、フェリスくんを連れて行く気しかしなかった。
こんなに可愛い弟分が出来たら、どんなにいいだろう!
「見た通り、剣士、盾士、魔術士しかいないんだ。私たちは第三勇者パーティーだから、南方の迷宮踏破を目指していて、ぜひ君にも着いてきて欲しいと思う。もちろんすぐには決められないだろうから、三日間はここに滞在させてもらうつもりだ」
「そうなんですね」
……反応が、薄い。
これまでの神官なら、募集に飛びついてキャットファイト(男含む)をする程の激しい反応だったのに。
足りない?私の聖剣よ、もっとフェリスくんを誘惑してくれ!
「ちょっと待て。勇者さん」
村長か。今や歓迎ではなく、はっきりと『拒絶』の渋い顔つきだ。
「それは困る。フェリスはうちの神官として、既にいないと困る存在なんだ。それも、危険な迷宮踏破に連れていくなんて……許可できない」
「そうだ。フェリスはこんなにか弱い子なんだ。すぐに死んでしまうだろう。そしたらどう責任をとってくれる?!」
村長に便乗して、息子も参戦してきた。なんだこいつらは。フェリスくんに聞いているのに、勝手に話すな。
ちらりと横目でみても、本人は頬を紅潮させて私の聖剣を見たり(かわいい)、恋人の方をびくびくと窺うような表情。
端的に言えば『外野はすっこんでろ』だが、ここは大人の余裕を見せつけたい。子供のように激昂して喚く恋人と比べ、どちらの声が届くのか。
私は意識して、落ち着いた声色を使う。
「だから私は本人に聞いている。死ぬこともあるかもしれない。怪我をしてどこかが永遠に動かなくなるかもしれない。その覚悟を持って、私たちについてこれるかどうか。これは本人しか判断できない事で、他の誰であっても、親御さんであっても、フェリスくんの意思を妨げることは出来ない。……三日間、世話になるよ」
「……うちに余所者を泊める場所は無い。帰ることだな」
「ふっ、そうか。それなら、フェリスくん、君の家の……」
「まっ、待て!そうはさせるか!親父、うちに泊めよう!フェリスに近付けさせない方がいい」
「……くっ……仕方ない」
「ご厚意に感謝します」
ふっ……勝った。
その夜は、村長の家に泊まらせてもらった。
案内されたのは倉庫のような部屋。広さはあるものの、寝台も何もない。ははは、完全に敵対したな。
「ま、魔法鞄に寝具一式入っているから、屋根があるだけマシかな。ガルフ、夕食はあるかい?」
「さっきの街で串焼き買っておいて正解だったな。まだまだある」
「これまでの村の中でも最低のもてなしね。野営と比べても、あの男と同じ屋根の下ってのが減点よ。まったく」
悪態をつくヴァネッサに、ガルフが串焼きを渡す。繊細な魔力操作で再び焼きたての温度にしてもらい、それらを平らげた。
「あ、誰か来るみたいだ。寝たふりでもしておこう」
「はいはい。あたくしそのままもう寝るわ。『フェリスちゃん可愛かった』の夢見るの……おやすみ」
「おやすみ」
カンテラを消す。すると村長の息子が、足音を忍ばせるようにして静かにこの部屋の様子を伺っている気配がした。
わざといびきを立てて、寝ていることを強調しておく。そうすると、村長の息子は満足したように去って……そのまま、外へ出るようだ。
「ガルフ。私は外へ見回ってくる」
「おう、頼んだ」
王子だと言ってもこれだけいると後宮もパンパンで、継承権第20位以降の王子王女たちは、母親の元で、嫡子のスペアとして育てられることが多い。もはや王族というよりちょっとツラの良い庶子だ。私も例に漏れず、侍女だった母の実家、伯爵家にて育てられた。
それなりの教養、それなりの剣技、それなりの容姿。
そのままどこかの令息令嬢と結婚するか騎士団に入るでもして、それなりの人生生きて死ぬのかー、と、子供ながらに達観していた自分が変わったのは、第三勇者として指名されてから。
勇者としての修行は楽しかったし、星読みの婆によって引き合わされた仲間とも相性は抜群。ヴァネッサは少年趣味で私のことは眼中にないし、ガルフも言葉少なながらもいいやつだった。
ただし、彼らにはすでにもう一人、女性の神官の仲間がいて……勝手についてきた。ヴァネッサとガルフからも『レオンが良ければ一緒に』と言われたから、仕方なく一緒に南方へ向かうことになった。
しかし、この女。黒牛みたいな乳を私にこすりつけてくる。痒いのか?人の腕で掻くな!と言いたい。言いたいが、なまじ貴族の教育を受けた私は出来ない。
アルカイックスマイルで『ごらん。あそこに水浴び場があるよ』と言って引き剥がした。それが最善だと思って。
残念ながら婉曲すぎて伝わらなかった。それどころか、『水浴び中のわたしが見たいの?レオンってばえっち!』なんて腹の立つ誤解まで受けた。
ついには野営中の睡眠という貴重な時間に、ごそごそと懐に入ってこられて私はキレた。女性には優しくという概念はとりあえず放り投げて天幕から叩き出し、パーティーからも追放した。
それが確か、20歳の頃か。私の中で信頼する、星読みの婆の所へ行って相性の良い神官を占ってもらったのだが、なんだか煮え切らない態度。
「んんん……今じゃないねぇ。一年後、また来な」
「?どういうことだ?」
「わたしに指図するんじゃないよ!一年ったら一年だ!」
よく分からない。私たちは首を捻りながら、適当な神官を探して仮加入させた。しかし……なんとまぁ、見事なほどに、粉をかけてくる。私は辟易してきた。
神官と言えば穏やかで清らかなのではないか?
そんなイメージは、三人目の神官を辞めさせた当たりで崩れ去った。
いや、確かに雰囲気はそうなのだ。儚げで清廉、おっとりした風の神官が多い。しかし一皮剥けば、同じ欲望にまみれた人間そのもの。治癒には不要なはずなのに身体的接触を図ってくる。料理に何かを仕込んでくる。夜の祈祷とか言って部屋に入ってくる……。
「あははっ!なに、レオン、神官キラーじゃない!すごいわね、逆に」
「言わないでくれ。何故だ……私はただ効率よく、ちゃちゃっと治癒や結界を張れる神官を探していると言うのに」
「婆に聞いてみたらどうだ?」
そうだった。もだもだしているうちに1年が経っていた。非常に不快な一年だった。
早速婆に占ってもらう。今度はすんなりと、とある村に住んでいる『フェリス』という少年だと教えてくれる。
さらに。
「ああ、あんたの聖剣の神力が強いんだろ。神官は神力に惹かれる傾向があるからね、まぁ、きっかけはそれだが、魅了というほどでもない。結局あんたのツラがいいってことじゃないかね」
私は聖剣をまじまじと見た。これは教会から預かったものだ。私にはただの、少し豪奢な作りの剣にしか見えないのに。
神官キラーの聖剣を背負い、私たちはフェリスくんの住む村を目指した。
到着すると、どこにでもある村らしくわぁわぁと歓迎されている。
ところが、だ。
フェリスくんの名前を出した途端、ピタッ……、と止んだ。
「フェリスは、おりますが……なんの、ご用で?」
「それは本人に伺います。何かあるのですか?」
「フェリスは俺の恋人だ。俺も聞く権利がある」
そう、ずいと出てきた少年がいた。凛々しい風貌の彼は、先ほど村長に『倅だ』と紹介された。好青年のように見えたのに、フェリスくんの名前を出しただけでギラリと敵意を剥き出しにしている。
まぁ、私にとっては子犬みたいなものだけど。
「恋人であっても、親であっても、私たちが用のある人はフェリスくんだけだよ」
にっこりと微笑めば微笑むほど、彼の怒りが高まるのが伝わってくる。面白い。からかって遊べそう。
そうか、フェリスくんに恋人がいるなら、私に付き纏うことはないだろうな……、と、そう思った時。
親御さんに呼ばれたらしいフェリスくんが、広場へと出てきたのだ。
「…………」
声が出なかった。天使かな。え?もう死んだ?
可愛いにも程がある。天使の輪っかも出来るほどのつやつやの金髪。その色味は優しいミルクティーのよう。大きく眠たげな瞳は翡翠で、長いまつ毛に縁取られて最高級のブローチみたいだ。
村の子とは思えない白い肌に、真っ直ぐに伸びた少年らしい足が、妙に色気を醸し出していて。
……こんな子が、こんな村にいていいのか……?
私は思わずじっと見つめていたのに、微妙に目が合わない。それはフェリスくんが私ではなく、背中の聖剣を見ているからだと理解してすこし落ち込む。やはり、この聖剣は神官を惹きつけるのか。
「君が、フェリスくんか?」
少し唇を湿らせて、そう問いかけた。どう見てもこの子は特別。やはりその通りだったらしく、コクリと頷いている。ほっとして微笑んだ。
「私はレオン。勇者パーティーの勇者をやっている。占いに導かれ、ここへやってきたのは……君を神官として、勧誘するためだ。フェリスくん」
「へっ……へっ?ぼ、僕が?」
フェリスくんはひどく動揺して、視線を彷徨わせた。可愛い……小動物のようだ。ぽろりと溢れた声も、清涼な神気を耳に流し込むよう。ずっと聞いていたい。
そして私の真の目的を知った村長らも騒めいているが、一切を無視した。私にはフェリスくんしか見えなかった。
……のに。急に割り込んできたのは、ヴァネッサだった。
「きゃああ~~っ!かわいい!かんわいい!何この子!天使?好き!レオン、絶対に勧誘するわよ!」
そうだった……!こいつ、少年趣味だった……!
しまった。ということは私もそういうことに……!?いや違う、私は違う!
しかしフェリスくんの天使みには心から同感だ。ヴァネッサのいいところは、気に入った少年に手を出さないところだ。愛でて愛でて愛で倒したいその心意気は、今なら非常に分かる。
「おい、ヴァネッサ、落ち着け……気持ちは分かるが怯えさせるな。すまんな、フェリス。俺はガルフ。こいつはヴァネッサ」
ガルフはヴァネッサのストッパーだ。かつてはヴァネッサ好みの純朴な少年だったらしいが、跡形もない。俺の一つ上ながら実に抑え方を知っている。ヴァネッサの歳は聞いたことはないが、おそらく20代後半くらいだろうか……おっと、これを考えるのはやめよう。寒気がする。
「は、初めまして……」
「声まで超可愛いんだけど。どうしよう。あたくしこの子守る為に頑張っちゃうんだけど」
「だーかーらー落ち着けこの変態」
ガルフはヴァネッサを遠ざけてくれ、ようやくフェリスくんの顔が見れるようになった。フェリスくんは健気なことに、耳を引っ張られているヴァネッサを心配そうに見つめていたので、『問題ないよ』と肩を竦めた。
ここで、私たちのパーティーをアピールする。私はもう、フェリスくんを連れて行く気しかしなかった。
こんなに可愛い弟分が出来たら、どんなにいいだろう!
「見た通り、剣士、盾士、魔術士しかいないんだ。私たちは第三勇者パーティーだから、南方の迷宮踏破を目指していて、ぜひ君にも着いてきて欲しいと思う。もちろんすぐには決められないだろうから、三日間はここに滞在させてもらうつもりだ」
「そうなんですね」
……反応が、薄い。
これまでの神官なら、募集に飛びついてキャットファイト(男含む)をする程の激しい反応だったのに。
足りない?私の聖剣よ、もっとフェリスくんを誘惑してくれ!
「ちょっと待て。勇者さん」
村長か。今や歓迎ではなく、はっきりと『拒絶』の渋い顔つきだ。
「それは困る。フェリスはうちの神官として、既にいないと困る存在なんだ。それも、危険な迷宮踏破に連れていくなんて……許可できない」
「そうだ。フェリスはこんなにか弱い子なんだ。すぐに死んでしまうだろう。そしたらどう責任をとってくれる?!」
村長に便乗して、息子も参戦してきた。なんだこいつらは。フェリスくんに聞いているのに、勝手に話すな。
ちらりと横目でみても、本人は頬を紅潮させて私の聖剣を見たり(かわいい)、恋人の方をびくびくと窺うような表情。
端的に言えば『外野はすっこんでろ』だが、ここは大人の余裕を見せつけたい。子供のように激昂して喚く恋人と比べ、どちらの声が届くのか。
私は意識して、落ち着いた声色を使う。
「だから私は本人に聞いている。死ぬこともあるかもしれない。怪我をしてどこかが永遠に動かなくなるかもしれない。その覚悟を持って、私たちについてこれるかどうか。これは本人しか判断できない事で、他の誰であっても、親御さんであっても、フェリスくんの意思を妨げることは出来ない。……三日間、世話になるよ」
「……うちに余所者を泊める場所は無い。帰ることだな」
「ふっ、そうか。それなら、フェリスくん、君の家の……」
「まっ、待て!そうはさせるか!親父、うちに泊めよう!フェリスに近付けさせない方がいい」
「……くっ……仕方ない」
「ご厚意に感謝します」
ふっ……勝った。
その夜は、村長の家に泊まらせてもらった。
案内されたのは倉庫のような部屋。広さはあるものの、寝台も何もない。ははは、完全に敵対したな。
「ま、魔法鞄に寝具一式入っているから、屋根があるだけマシかな。ガルフ、夕食はあるかい?」
「さっきの街で串焼き買っておいて正解だったな。まだまだある」
「これまでの村の中でも最低のもてなしね。野営と比べても、あの男と同じ屋根の下ってのが減点よ。まったく」
悪態をつくヴァネッサに、ガルフが串焼きを渡す。繊細な魔力操作で再び焼きたての温度にしてもらい、それらを平らげた。
「あ、誰か来るみたいだ。寝たふりでもしておこう」
「はいはい。あたくしそのままもう寝るわ。『フェリスちゃん可愛かった』の夢見るの……おやすみ」
「おやすみ」
カンテラを消す。すると村長の息子が、足音を忍ばせるようにして静かにこの部屋の様子を伺っている気配がした。
わざといびきを立てて、寝ていることを強調しておく。そうすると、村長の息子は満足したように去って……そのまま、外へ出るようだ。
「ガルフ。私は外へ見回ってくる」
「おう、頼んだ」
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