僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

17 薬学

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 基礎薬学では調合室で、それぞれ器具を使った調合を個々で進めて行く。回復ポーションひとつを完成させるのにも三ヶ月は要するらしい。失敗するから。

 器具は学園の持ち物なのだが、とても高価なのだそう。教師一人では調合室を見回りきれないということもあるのか、アシスタントの上級生が何人も監視兼サポートをしてくれていた。


「この間ぶりだね、ロロくん」

「あ、ジキル先輩」


 入学式の時、迷った僕を案内してくれた猫好きの先輩、ジキル先輩だ。一つ上のジキル先輩は、アレキウス様の側近でありながら、宰相のお仕事も徐々に任されている、非常に優秀な人らしい。


「先日はどうもありがとうございました。そうだ、入学式の時も。無事に?間に合いましたし」

「正直だねぇ。うーん、あれはギリギリアウトかなぁ」

「やっぱりそうだったんですね……」

「ふふっ。でも、君に会えたから良かった」


 ジキル先輩の言葉に、僕ではなく周りがザワッとする。ショーン様がジロリと見てきた。


「そういうところだぞ、ジキル」

「何か?」

「そんなんだから、思い上がるやつが後をたたないんだろ?しょっちゅう告白されて」

「わぁ……ジキル先輩、そんなにおモテに……」

「いやいや!ぼくはロロくんだから、言ったんだよ?」


 あ、『会えて良かった』について?それは僕にとってもそうだ。


「僕もあの時先輩に会えて良かったです!」


 あの時ジキル先輩に会えていなかったなら、入学式が終わっても辿り着けなかった可能性が高いもの。
 なぜか僕の返事にまた周囲がザワリとしたけれど、もはや気にしない。


「嬉しいよ。明日は一緒にお昼なんてどう?あ、ぼくの伝書鴉キャンディ、あげておくね」


 ジキル先輩は華やいだ笑顔を見せると、米粒ほどの小さなキャンディを僕のポッケに捩じ込んだ。慣れているのかその仕草は流麗で、あっという間。

 これを僕の伝書鴉に与えれば、今後ジキル先輩に連絡を取りたいとき、すぐに向かってくれるようになる代物。でも、あんまり連絡することなんてないと思います……。


「馴れ馴れしくないか?ジキル。お前にしては」

「そう?フレンドリーと言って欲しいね」

「他人に興味ねぇやつのくせに、何を」


 ショーン様とジキル先輩は仲良しなんだね。同じアレキウス殿下の側近だからかな。
 そう微笑ましく見守っていると。


『ロロの監視役はおれなんだから、でしゃばるなよジキル』

『そのきみが不甲斐ないようなので、選手交代ということだよ。ショーン』


 という細やかな会話をうっかり聞いてしまい、またかとがっかりした。監視役、そんなにたくさんいなくても僕は何もしないよ……。



 そんなことより、目の前の繊細な器具に、集中しなくちゃ。万一壊しでもしたら、……なんて、想像もしたく無い。

 先生の板書を一言一句そのまま頭に入れる。なになに、レッドヒル草をすり潰して濾し、そのエキスを黒スラッグの粘液と混ぜて希釈。数分攪拌かくはんしてから火にかけて蒸発させて……。


「ちょっ、待って、くださ、あっ、あっ」

「大丈夫だから。ほんの少しだから」

「あっ、ダメ、そんな、ああっ!」

「力入りすぎ。リラックスして、ロロくん」


 ジキル先輩が、後ろから僕の手を取り試験管を傾けて行く。でもそんなにたくさん入れてしまっていいの?教本にはほんの20滴としか書いてない。


「……お前ら、そのやりとり辞めてくれ。集中出来ない」

「ははーん、ショーン?何を想像したんだい?教えてよー」

「確信犯か!?ったく、腹立つ奴だ」



 集中、集中っと。9滴、10滴、入れて……っと。



「ロロくん、慎重すぎるね?その間に釜の中身が全部蒸発してしまうよ」

「でも、何が起こるか分かりませんから」

「起こらないよ……」


 慎重に少しずつ作業を進めていても、精霊さんがちょんちょん、と指を突いてきたりするもの。それなのにジキル先輩ときたら、ワイルドに注ごうとする。

 はぁ、やっと20滴入れ終えたぞ。よし、次はチェリエの実を切って種を取って……。


「ジキル様、わたくしにも教えて下さいっ!火加減が良く分かりませんの」

「エカテリーナ嬢!うん。いいよ!ロロくん、ちょっと待っててね」

「はい、こちらは大丈夫です」


 ジキル先輩はにこりと甘やかに微笑み、エカテリーナ様の方へと移動した。とても親密そうな微笑みだ。
 先輩が向こうへついている間に、出来る限りのことをしよう。そう思ってナイフを持った時だった。



 ピョンっ!



 チェリエの実の種が突如として、僕の顔面に飛び上がってきた。咄嗟に避けたけれどそれが逆にマズくて、後ろの席で集中していたアレキウス様の器具にコツンと当たる。


「あっ」


 幸い、器具はほんの少し揺れただけで、割れることはなかった。しかし、その音で驚いてしまったアレキウス様が、手に持っていた薬瓶を取り落とし、盛大にこぼしてしまった。


「あー……」

「あっ、わっ、ごめんなさい!申し訳ありません!僕の実が!」

「あー、ああ、大丈夫。もう少しで完成だったが、大丈夫だ」

「わーわーわー!」


 いよいよ真っ青になったところで先生が来てくれた。
 盛大にこぼれてしまったその原因が僕だと知ると、厳しい顔付きになる。ヤドヴィック先生はとてもきっちりと指導して下さる先生なのだけど、お骨の浮き出るほど痩せている人で、睨まれると骸骨を彷彿とさせる。本当に怖い。


「ロローツィア・マカロン。罰として二回作ること。殿下の基材油は溢れた中から少しは採取出来ますから、そちらで評価しますね」

「いや。私ももう一度作ろう。ロローツィアはわざとではないし、私もそんな些細なことで集中を切らしてはいけなかったのだから」

「え、殿下……」

「分かりました。お二人は居残りで」


 なんと……。アレキウス様、早くグレイのところに行きたそうだったのに、申し訳ない。僕のせいで。

 僕は申し訳なくて身を縮めていると、明るいエカテリーナ様の声が上がる。


「まぁ、ジキル様、ありがとうございますっ!わたくし、ジキル様のおかげですっかりコツを掴んだみたいですわ!最優良を頂いてしまうかもしれませんっ!」

「それは良かった。ぼくもお力になれて嬉しいです」

「でも、ここ……まだ改善の余地がありますよね。どうしましょう……」

「うーん……そうですね、あると言えばありますねぇ……」


 ジキル先輩は、すっかりエカテリーナ様専属アシスタントみたい。エカテリーナ様は既に優秀なのに、とっても向上心の高い人なんだね。

 エカテリーナ様は、真面目に考え込むジキル先輩の陰からこちらを見て、くすくすと嘲るような笑いをしている。笑われたって仕方のない失敗だから、……悔しいな。

 居た堪れなさに俯いていると、ぽん、と肩に手が乗る。


「ロローツィア、大丈夫か?切る時に滑ったのか?怪我は?」

「あっ、殿下。はい、大丈夫です。聖者なので、怪我は治せますし」

「とはいっても痛いものは痛いだろう。何もなくてよかった」

「すみません……ありがとうございます」


 先ほどまで笑っていたエカテリーナ様が、殿下とのやり取りを聞いてか無表情になっていた。たまたまその冷たい視線を遮る位置に殿下がいてくれて、まるで守ってくれているみたいだった。












 居残りをするので、今度こそ迷惑をかけないように一つ席を開けて作業をする。
 僕と、アレキウス様。それからジキル先輩がアシスタントとして居残っていた。

 昨日、グレイを診てから、アレキウス様の態度は軟化している。入学初日に牽制じみた言葉を投げられたけれど、誤解は解けたのだろうか。それとも、グレイを助けた(と言っても頼まれるまでもなかったのだけど)恩を感じてくれているのか。


「……ロローツィア」

「は、はい。殿下」

「今はアレキウスでいいと。その……悪、かった」


 お互いかちゃかちゃと別方向を見ているのに、突然謝られて顔を向けた。アレキウス様もこちらを、気まずそうな顔で見ていた。


「入学してからずっと、私は君にひどい対応をしていた。学内に蔓延はびこる噂も放置した。ロローツィアは真面目に真摯に、職務と学業に当たっているだけなのに……申し訳なかった」

「あ……ええと、大丈夫です。その、ちゃんと、仕事はしますので、無理に謝罪されなくても……」

「無理はしていない。心の底から謝るべきだと思ったからだ」


 アレキウス様はツカツカとこちらへ来ると、勢いよく頭を下げた。高貴な頸を見てしまい、慌ててしまう。


「ああっ、アレキウス様!どうかお顔を上げて……っ!」

「これからは、ロローツィア、君のことをもっとよく知りたい。噂に惑わされずに」

「僕のことを、ですか?特に……問題はないですが」

「それならよかった。では、とりあえず薬を完成させようか」


 爽やかに笑って、アレキウス様は自分の机へ戻っていく。その側には、微妙な顔をしたジキル先輩がいたが、彼は何も言わなかった。何と反応したらいいのか分からない、気まずい雰囲気だ。


 と、とりあえずここは下手なことは言わない方がいいよね。沈黙は金なり、だ。そうして黙々と作業をしているうちに、なんとか集中を切らさず最後まで作り上げることができた。

 提出を終えると、早速とばかりにアレキウス殿下に捕まる。


「さあ、来てくれ。ジキルも。仕事の依頼だ」

「はい、わか……」

「ロローツィア」


 調合室を出ると、今度は待ち構えていたオーランドに呼び止められてしまった。
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