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しおりを挟む「本当にね、マリーちゃん、め……っちゃくちゃしつこかったよ。イヤゴー一の宿屋の倅には『こんな薄汚い宿屋の娘は要らない』って言われて、雑貨屋の息子には『君の人使いは知ってる』とか言われたって村中で噂になってたよ。お眼鏡にかなうのはあと俺だけだったのか、張り付くように付き纏われてねぇ」
そう朗らかに話しながら、ランスさんはファングボアを氷の弾で撃ち抜いていた。その狙いは正確で、速い。事前に声をかけなければ、僕の取り分が無くなってしまう程。
「まぁ、村を出てまでは追いかけてこないってわかってたからいいけど。ああいうのはね、なかなか自分で築いたテリトリーから出ないから」
「どこの魔物ですか」
「はは。まぁ、似たようなもんだねぇ」
「お疲れ様でした……」
快活に笑いながら、またプチュンとファングボアを仕留めていた。ランスさんにとって、この初心者の迷宮は散歩するような気軽さなのだろう。罠も難なく避けている。
「ランスさん、罠ってどうやって見分けてますか?」
「ん、ロキだから特別に教えるとね。ここ。他の草むらと少し色が違う。引っかかるような木の根は、大体木の葉の影になってる。あー、ここ、罠仕掛けやすいなぁ、って思ったら罠だから」
「参考になるようなならないような……」
「ははっ!なんだろ、あとは身体強化、かな?勘をね、強化するんだ。神経がピリピリして痛いくらいにね。そうしたら周りの環境が、どんな悪意を抱いているのか分かるようになる」
物凄く抽象的なアドバイスだ。第六感を強化する、とは。
確かに皮膚がひりつくような感覚を味わったことはあるけれど、その境地に至る時はとても、とても集中している時だ。それを常に続けているとしたら、とんでもないことだ。
「……君にはギンくんもいるみたいだし、そんなに急がなくていいよ。ギンくん、いいよねぇ、凄い頼れる相棒じゃないか」
「そうなんですよ。えへへ。ギン、褒められたよ、良かったね」
『嬉しい!わーい!ご褒美!』
強請られたのでホイホイと魔力の塊を渡す。マシロは恥ずかしがり屋なのか、他の人がいるところでは姿を現さない。だから後で平等に魔力をあげないと……と思って顔を上げると、ランスさんは白目を剥いていた。
「ね、ロキ。魔力の具現化って早々、出来ないからね?それ、気をつけなよ……高魔力の持ち主って、すぐにバレる」
「そうなんですか?え……ランスさんは出来ない?」
「出来ないよ、普通。ほら」
ランスさんは指先に魔力を集めて、モヤが出来た。だが、それは直ぐに霧散する。
「全く。あの宿屋一家、未だにロキを探してるんだよ。今のところ相手にされていないけど、ロキが『使える』と奴隷商人にバレたら、家出人の保護とかいう大義名分を背負って追いかけてくるかもしれないよ?」
「え……そうなんですか?」
「そうだよ。だから、早いこと冒険者ギルドを味方につけるんだね。少なくとも、Bランク以上。そうなれば、貴族の養子に……なんていう無茶な要求も跳ね除けられるから」
「そんなこと……いや、ある……?ええ……?」
「あるある。ただでさえ、こんなに綺麗な顔してるんだよ?天使かと思ったんだよ。太刀筋に見覚え無かったら口説いてたね。俺。流石に弟子に手は出せないけど」
「えー……」
うっそりと笑って僕の頬を撫でるランスさんに、僕はドン引いて距離を取った。少年趣味?あれ、心に決めた人が居るのでは?
「ああ、心に決めた人が居るって、キリッとした顔で堂々と言えばね、八割方諦めてくれるから。お勧めしとくよ」
ううん。イケメンの経験値、侮れない。すっかり騙されてしまった。
……でも、二割は諦めないんだね?
ちょっと聞きたかったけれど、ランスさんの目の奥が笑っていなかったので、僕は推し黙った。
そんな緊張感のない話をしていると第二層のマッピングも大体終わり、階層主の部屋を見つけた。
「じゃあ、ここで」
「はい。お気をつけて」
「うん。ありがとう、またね~!」
B級のランスさんなら、一瞬で倒せるだろう。その予測は、扉のガラス窓から見れば、確信へと変わった。
うん、何をやっていたのか分からない。
覗き窓は小汚く曇っているのもあって、ランスさんが氷の球を飛ばして剣を振るった、後ろ姿しか捉えられなかった。
その背中が扉の奥に消えた後は、僕の番だ。
ランスさんと同じく、グリーンファングボア。頭や背中に茸が生えている。
もう駆け出しているその姿は、僕の手前で結界にぶち当たってもんどり返る。その隙に背後に周り、ブスッと鉄剣を突き刺した。
グリーンファングボア。たしか、この茸と合わせて初めて美味しさが引き出せるという個性的な肉のはず。……ま、いっか。これは売ってしまおう。
そうして第三層への扉が開いて、てくてくと降りていくと、また森だった。ただ、熱帯かと思うくらいに暑いし、視界に入る虫がもう、デカい。
僕は一度引き返すことにした。暑すぎる。何か対策をしよう。
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