泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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110 指名依頼

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社員寮へ戻ると、ものすごく苦い顔をしたシガールさんから『小娘からの指名依頼が入っている』と言われた。


「指名依頼を出すまでは、この社員寮の前に居座っていたんです。で、何やら怪しい男に声をかけられていたようでして」

「分かった。ギン」

『うんっ、ちゃんと監視してるよ~』


マリーにつけているぷちギンから、記憶の共有を受ける。

……うわぁ、こんなに怪しい人について行く人が本当にいるんだね。

ぷちギンは、マリーに接触した執事見習いの青年の方にも一体ついたみたい。グッジョブだ。


『指名依頼料金貨10枚は今夜にでもギルドに振り込むから……借用書にサインしてね』

『うんっ、分かった。はい!これでいい?』

『ええ、大丈夫。それで、何をするのか決まっている?どうせなら高難易度の迷宮に挑むのはどう?せっかくロキさんがいるのなら』

『そうねっ!探索中に得られたものはあたしのものになるんだよね!?』

『そういう条件だからね、全部マリーさんのものだよ』

『あははっ!すっごく楽しみ~っ!』


どこかの個室で話している二人。この青年の口車に、これ以上ないほど簡単に乗せられているマリー。金貨10枚って、一千万円くらいの大金なのだけれど、自覚あるのかな……?

その後マリーと別れた青年を尾けるぷちギン。青年は満足げな顔をして宿屋へ入っていき、手紙を書いていた。その内容を掻い摘めば、こう。

『頭の悪い冒険者を通じ、ロキ氏に指名依頼を出させることに成功しました。断られればイメージダウンになるので受けると思います。任務を失敗させるよう手を回しておきます』


任務を失敗させるというのはどう言うことなのか?レイ様にそのまま伝えてみれば、呆れたような声を出していた。


「恐らく、任務中に女が死亡、もしくは冒険者を引退するほどの大怪我を負う。その原因を引き起こしたとして女の借金をロキに請求し、払えないとして代わりに何か要求をする。養子に来いだとか、悪質なものでは奴隷に落とすとか」

「そんな無茶苦茶な……!そもそも金貨10枚程度なら払えてしまいますが……」

「借用書のちいさい文字で、日を追うごとに莫大な利子が発生するようにしていると思う。悪徳金貸し業者のよくやる手法だ。痛ましいことだが、実際、この方法で嵌められた冒険者もいるだろう」


確かに、マリーのサインしていた書類の文字は小さすぎて読めなかった。あの男はさっさと回収して手紙に同封してしまったので、見ることも叶わない。


「それは嫌ですね。そもそも、依頼主の借金なんて僕が払う義理はありませんよね?」

「ああ、無い。あったとしても家族くらいだろう。だが……貴族から強く責められたら、平民の立場から文句は言いにくい、と思わないか?不敬罪として鞭打たれる可能性もある」


僕は想像してみた。うーん……、僕がもし、何の力も無く、後ろ盾も商会も持ってなかったら、確かに、抵抗しにくいかもしれない。
訳もわからず承諾したり、逃げる必要なんてないのに逃げてしまったりする気がする。


「もちろん普通の貴族はそんなことはしないぞ。陥れてAランカー冒険者を手に入れるなど、冒険者ギルドを敵に回すような愚行。ロキに至っては更に、ブランドン侯爵家も、商会も敵に回すんだ。正気とは思えないな……」

「ですよね。もう、いっそノりましょうか。あえて愚行を犯させて敵に回るのもありだと思うんです」

「それは反対だ。俺の思った方向に行かず、何か別なことを企んでいる可能性もあるんだ。危険すぎる!」

「……なるほど。もう少し調べてからにします」












『あたし、あの子キライ』

寝る前になって、マシロが膨れっ面でつぶやいた。夜着にしているアオザイを真似たのか、マシロの姿もアオザイになっている。ひらひらと舞わせて、窓辺で足をぷらぷらとさせていた。


『あの子、よくロキの周りにいたから火の精霊がついてたの。久しぶりに見たらいなくなってたわ。多分、もうロキに会えないならいいやって外れたんだと思う』

「え?えっ?」

『でもね、ちゃんと魔法を使えるように頑張ってたならあの精霊も見放すことはしなかったの。でも、いなくなってたってことは、蔑ろにしてたってこと。火の精霊は好きじゃないけど、あの子はもっとキライ』

「うん、僕も……嫌いというよりは、放っておいてほしいな」


そうだった。マシロの姿は見えなかったとは言え、泥ねずみと呼ばれていた頃、マシロは見守っていてくれたんだよね。

マシロにとって僕は大切な子供のような存在、みたい。だから、僕も僕を大切にしないとダメだと怒られた。









執事見習いの青年の手紙は、色々な人の手を介して、最終的にクルトル伯爵の元へと届いた。やっぱり、僕の身柄を確保したいのかな。
血縁上は父親ということみたい。ぷちギンを通して顔を見ると、青白い肌をした冷たそうな美形だった。

ううーん、あまり僕とは似ていない、と思う。ロイド様より年上とは思えない、中性的な美形といった印象。
伯爵の自室には同じ女性の肖像画がこれでもかというくらいに貼られていて、それの全てが、恐らく『流浪の舞姫』、僕の母親だった。

なるほど、似ている。銀髪に、大きめの紫の瞳。煌びやかでヒラヒラした衣装を纏い、一人で踊っている姿。

伯爵は一日の大半をそこで過ごし、うっとりと肖像画を眺めて人生を消費しているようだった。伯爵としてのお仕事のほとんどは夫人がやっている。なので、伯爵は僕を手に入れるために手紙を書いたり、指示書を出したりしているみたい。

なになに……、ああ、やっぱりかぁ。

レイ様の言った通り、僕に借金を無理やり背負わせて、それを解消する対価に養子に入れようとしているみたい。
そんなに簡単に行くわけがないのに……、伯爵として仕事をしていないから思い当たらないのか、逆にその程度しか考えられないから仕事を奪われているのかまでは、分からなかった。





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