泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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121 Aランク 屍人の迷宮

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あれから、ピリアム男爵令嬢はモルモル伯爵令嬢に指導されるのと同時並行で、婿にいきたい令息を紹介されたらしい。

懇意にしている商会の息子さんらしく、ぎこちないながらも婚姻を前提としてお付き合いすることになったらしい。爵位の欲しい商人と、資金援助の欲しい男爵家との、典型的な政略結婚。けれども、当人たち同士の雰囲気は割と良いみたい。

そのことを知ったクルトル伯爵夫人から、男爵令嬢へ『残念ですが、また気が変わったらいつでもいらして』という何とも言えない返事を最後に、第二夫人の話は無くなったみたいだった。

モルモル伯爵令嬢には、個人的なお礼として化粧品セットをたんまり贈ることにした。本当にあの方は面倒見の良い姉御肌をしていらっしゃる。これであのピリアム男爵令嬢から窺うような視線を貰わなくて済むと考えると、感謝しかない。

通行税もかからないのなら、商会の支店を出すのもいいかもしれない。……もしかして、これが狙いだったのかも?









クルトル伯爵は不気味なほどに静かで、動きを見せなかった。何かあるかなと伯爵家周りをぷちギンたちに偵察させていると、面白そうな迷宮を見つけた。

Aランク迷宮『屍人の迷宮』。こちらもやはり未踏破迷宮で、恐らく文字通りアンデッド系の魔物ばかり出る迷宮だ。
アンデッドは厄介な魔物で、魔石を綺麗に抉り取るか破壊するまで、バラバラになっても動き続ける。
炎で燃やし尽くすか光魔法で浄化するか、物理で解決するか、だ。その上、とても臭うみたい。

ちょっと興味が沸いた僕は、オルとランスさんを誘って、屍人の迷宮に潜ってみることにした。






屍人、と言うと人型の魔物を思い浮かべるけど、出てくる魔物はそうとは限らなかった。
ただ、他の迷宮と違い、ここで死んだ冒険者は、迷宮に吸収されることなく、アンデッドとして蘇る。
そう言った仕様のせいもあって、人気がないのは納得だった。


「ひぇ、悪趣味……」

「燃やしてぇ!」

「センスを疑うねぇ、この作りは」


色々な迷宮に潜ってきたオルとランスさんも、もちろん僕も含めて、思わずそうボヤきたくなるほどに、残虐な雰囲気を醸し出す。

ただの石壁ではなく、血糊が天井から滴っているとか。
腐肉が所々付着している、とか。
割と狭い通路なのに、壁に死体が張り付けられているとか。

恐らくリーナ・ピリアム男爵令嬢が見れば容易に意識を失う所だ。

僕でもドン引きするこの迷宮。入ってみたはいいものの、ちょっと気分が鬱々としてくるので、満足したら攻略せずに帰ろうかな。

この気の滅入りそうな雰囲気を変えるべく、店から一旦回収してきたイチゴちゃんを先頭に立たせてみた。


「れっつゴー!ほいっ!せーのっ!」

「わぁ、可愛い……癒される~」

「いいな、イチゴちゃんの隣にアイちゃんも並ばせよう!」


まだ第一層ということもあり、すぐにバラバラになるスケルトン程度なら、イチゴちゃんによって粉砕されていく。アイちゃんは腐肉を凍らせて匂い対策をしてくれるようだった。ありがとう!消臭マスクもしているけど、あるに越したことはない。


「いやぁ、でも、この三人だと全く問題なくサクサク進めるねぇ~」

「そうだな!ランスも中々の腕前だし、安心して背中を預けられていい!」

「ふふっ、二人に声をかけてみて良かった。確かここは、第五層の途中までは探索されているんだっけ」

「そうだったはずだよ。でもこの光景がずっと続くとなると精神的にメゲるよね」

「そうか?燃やし甲斐があって良いと思うけど」


オルは、センスの悪さは感じても、特に精神的苦痛は感じないみたい。僕はランスさんと同じく、ちょっとキツイかな。見ているだけで痛々しいというか。
そう言った点では、オルは一人なら生肉を食べるくらいだし、血を見慣れているのかもしれない。

オルは炎で燃やし尽くし、ランスさんは氷魔法を付与した長剣で魔石を突く。
僕は光魔法で浄化していたけれど、魔力を存外使うなと思って、土塊の弾を当てて、魔石だけを押し出すようにしてみた。まだこっちの方が効率的だ。

徘徊人、スケルトン、骸骨騎士に混じって、時々冒険者の服装をした元人間も襲いかかってくる。迷宮で産まれた魔物ではなく、身体だけは元々人間なのに、死んだ後に再利用されてしまったのだろう。


「ギン。彼らは人間だった意識はないと思う?」

『うーん、あると思うよ。身体は死んで乗っ取られているだけで。ここには、リッチとかリッチキングがいるんだと思う。だからこんなにたくさんの死体を動かせるんじゃないかなぁ』

「リッチ……!この層に居るかな……」

『階層毎だと思うよ。層が変わったら手続きが面倒だからねぇ』

「手続き」


ギンをジト目で見ると、『どうかした?』みたいな無垢な大きな目で見返された。迷宮内の魔物側の意見なんて、聞いたことが無いよ?


「もしかして、ギンは迷宮にいたの?」

『そうだよ~!昔々はね!でも、まだちいちゃい時に思い切って出て、それから色々旅してたら色も変わって、それからロキに会えたんだ!』

「知らなかったなぁ……」


ギンの話を聞きながら、アンデッドになってしまった人間を屠る際は出来るだけ完全浄化することにした。なんとなく、餞として。

ギンの言う『手続き』が良く分からなかったが、迷宮の中で強ければ強い魔物ほど下層に存在し、その層より地上――在界に行くには、他の魔物もけしかけてスタンピードを起こすか、魔力を迷宮に捧げて弱体化しないとダメらしい。

しかし、弱体化すると人間に狩られる可能性も高くなるので難しいのだとか。ギンの場合はまだ未発見の迷宮だったから問題なかったんだって。運が強い。





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