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156 最終話
しおりを挟むセーラさんを見送った僕たちは、僕の要塞に移動していた。
ここへ帰ると、まだ数日しか住んでいないのに圧倒的なまでの安心感があった。やっぱり、セーラさんという脅威が外壁のすぐ外にあったのは、僕にとっては心の負担だったみたい。
身体的には強くなったのに、心は弱いままで情けない。でも、迷宮に引き篭もりたくはならなかった。何故なら、ここには僕の仲間たちがいるから。
そう思ったら、なんと、熱を出した。魂の強化ではない、ただの熱。いつ振り?
僕の部屋には、職人たちが作ってくれたぬいぐるみや、作りかけの魔道具や、サンプルとして持ってこられた衣装で結構賑やかだ。
寝込んでしまった僕は、ふっかふかのベッドでふっわふわの毛布に包まれ、ヴァネッサのひんやりした手で額を冷やされていた。
トア爺もやってきて僕を診てくれる。
「まぁ……知恵熱、ってところじゃのう。たんとお休み」
「ロクスウェル、食べたいものはない?すぐに作ってくるわ、ヘイドンが」
「はは……そうですね……ヴァ、ネッサは……料理、出来ません、よね……」
「なんでも申しつけてくれよ、ロキ様。ロキ様が元気ねぇと俺らもあいつらも調子でねぇ」
「ん……、じゃあ、卵粥が食べたいな、ヘイドンさん」
「おう!秒で作ってくらぁ!」
ふう、と熱い息を吐くと、うとうとしてしまう。頭がぼーっとして、瞼が重たくなってくる。
額に触れているヴァネッサの手のひらは、僕の熱が移って、もうぬるい。けれど、触れている優しさが伝わってくる。
「ありがと……母さん……」
「……!」
息を呑む音。その頃には、僕はもう眠りに入っていた。
「んん……」
「ロキ!お前も熱を出すなんて人間だったんだな!」
「オル……、ははっ、疑ってたの?」
目を覚ますと、オルがいた。ベッドに腰掛けて、僕の様子を見ていたようだった。オルも竜人のせいか体温は低めで、そっと額に当てられた手のひらはひんやりだ。気持ちいい。
「おっ、もうだいぶ下がったな。よっしゃ、ヘイドン!」
「ロキ様。ご所望の卵粥でっせ。食べれるか?」
「私がやるわ」
おどけるようにして、ヘイドンさんはミニ土鍋に入った卵粥を出してくれた。ベッドに備え付けの折りたたみの机の上に、いい匂いを放つ卵粥と、お水。それをヴァネッサ――――母さんがふうふうと冷ましてくれる。
「ふう、ふう、……はい、あーん」
「はふっ……」
熱い。美味しい!出汁が効いている……!
この出汁は、僕がヘイドンさんに教えたもの。卵もジジかピピの濃厚な、新鮮な卵だからか、舌が懐かしさに震えそう。美味しい……!
5歳で18歳の記憶と混ざった時も、熱を出していた。あの時、卵粥を食べたかった、毛布も薄くて寒かったし、臭かったし……ふふ。今の僕とは、まるで違う。
何より一番違うのは、風邪を引いたら心配してくれる人、看病してくれる人がたくさんいる。それって、とてもとても幸せなことだ。
一日経って、僕のささやかな熱は無事下がり、快気祝いも兼ねて、全員の集まれる広間に集合。トア爺やじい様も呼んだけれど『爺会だから』とのこと。仲が良さそうで何よりだ。
ヘイドンさんを中心に、シガールさんやギン、母さんと手分けをして、大量に料理を作った。
みんなの大好きなものばかりだ。唐揚げ、ハンバーグ、グラタンにシチュー、ミモザサラダ、冷やしトマト……。出来たそばからミズタマやアイちゃんが触手を伸ばして運んでくれる。
溢れやすい果実水はサンが、糸を上手に操って運んでくれた。
準備に参加しない幼児組はと言うと。
ウリエルはマシロやイチゴ、ニコやミミにあざと可愛い仕草を教えていた。そんなのもう、太刀打ち出来る訳がないじゃないかと戦々恐々と見つめていると、ネロやケルンのもふもふを撫でたり抱きしめたりしてパワーアップしている。うちの子たち、可愛すぎる……!
僕が悶絶している間に、すっかり卓の上は料理が出揃い溢れかえっていた。
「あれ……?成人しているのは俺とヘイドンとシガールと人外だけか?酒、飲まないのかい?みんな」
その言葉に、みんなキョトンと見渡していた。
そう言えば、そう。レイ様は16歳、僕とオルは15歳になった。ククリもレイ様と同じ16歳。
日本で18歳だった時はお酒にすごく興味があったけど、こちらでは全く無くなった。だって酔える程に安心出来る場所ってなかったから。今は成長期だし、飲もうとも思ってなかったなぁ。
「飲みたい人は、どうぞ。父上の棚から持ってきたのがある」
「えっ……それは、どうなんですか、レイモンド様?」
レイ様が魔法鞄からそっと取り出した酒瓶。握りやすそうな形状の、控えめに見積もっても決して平民では飲めないものだろう。ランスさんがドン引きしている。
「いいんだ、父上も皆に楽しんでもらえたら本望だ。……たぶん」
「たぶんって言ってるじゃないか!こっわ……!でもすごく興味がある。よし、レイモンド様、少しでいいので飲んで下さい。それなら共犯です」
「それはいいが、俺はまだあまり飲めないぞ?」
「いーんです!既成事実ってやつで」
「違くないか?」
早くもテンションの高いランスさんが、ウイスキーのような琥珀の液体を、小さなグラスにほんの少し注いで配っていく。あれっ、さり気なくサンや母さんたちも混ざっているね……?
「アラクネは男と酒が好きなんですわ、マスター♡」
「ふふっ、久しぶりだわ、お酒なんて。舞姫の時は一杯ガツンとしたのを飲んでから踊ると最高に気持ち良かったのよ」
「母さん、そうだったの……?国王陛下も絶賛した舞いは、実はほろ酔いだったの?」
僕がそう聞くと、ニヤ、と笑われたまま、クイッと一口で飲んでしまった。
「わぁ、味覚が死んでなくて良かったぁ……!美味しい!酒場の安い酒とは全然違うわ!生き返りそう!」
「それはないと思うけど」
「比喩じゃないの~!もう。私の息子は反抗期かしら」
ぐりぐりと頭を撫ぜられる。ふふ、そうだよね、母親って。ちょっと雑で適当なのに、愛が伝わってくるんだ。
大人しくされるがままの僕の隣に、ヴァンクリフトが座った。いかつめのグラスがとてもよく似合うな……。
「主も飲むか?酔ったら我が介抱してやる。朝までな……」
「うわっ、色気で先制するのやめて?ロキはまだ15なんだから!」
「まだ15って」
ヴァンクリフトに顎をそっと持ち上げられ、胡乱な目で見ていると、ランスさんが間に入ってくれた。
まだ15というのに異論はある。けど、まだ僕にヴァンクリフトは早い気がした。……何となくね?
「ロキ!唐揚げやっぱうめぇ~!最高!はぁ、今日はオレ、唐揚げの夢見る!」
「ぶっ、あはは、何それ……!オル、そんなに好きなの?」
思わず笑ってしまった。声を立てて笑う僕に、皆が驚きながらも優しく微笑んでくれる。
こんなに楽しいことって、ある?信頼のおける仲間たちとご飯を囲んで、同じ家、それも頑丈な家に住んで、笑い合って。
幸せで、笑いすぎて、目尻に涙が浮かんだ。
「ふふっ、オル、唐揚げならニコもミミも作れるから作ってもらいなよ?」
「いーや!ロキのがいいんだよ!……んん?でも、そうだな、出先でサクッと食べる用には人形たちのでいいかも。ロキとは一緒に食べたいし」
「僕も、美味しいって言われた方が作った甲斐を感じられるから、好き」
「「「好き……」」」
なんだろ……?酒に酔った感じで頬を赤くする人も出てきた。
母さんやヴァンクリフトは元々が青白いから、お酒に酔うと赤みが刺して、人間に見える。
「主よ、我も好きだ。若い肉体を持て余した夜には我を訪ねるといい、使い方を教え……」
「おい、ヴァンクリフト!ロキ、聞いてはいけないよ、この従魔の色気を仕舞うよう命令しようか」
「俺もそれに賛成だ。ロキ、数年経てば俺も遜色なくなるとは思うが、まだヴァンクリフトには負ける……少し、待っていてくれ」
「あ!ロキ、そうだ、これを忘れてたぜ!」
「ちょっ、ちょっと、えっ、何……!?」
何が何だか、騒がしすぎて分からない。
なのに、ぎゅうう、とオルに抱き締められていた。
「お疲れ様っ!ほんと、良く頑張ったな、ロキ。アイツのこと、めっちゃ怖がってたのに……頑張ったねのギューをしてやる!」
「俺もやる」
「ちょっ……、そうだね、ロキ、よく頑張った」
「主の心は絆を通じて知っている。災厄を乗り越え、より魅力的な主人になった」
オル、レイ様、ランスさん、ヴァンクリフトにもみくちゃにされながら、ぎゅむぎゅむにハグをされる。なにこれ、苦しい。
苦しいけど……とても、あったかい。抱きしめられている腕の隙間で、母さんが泣きそうな微笑みを浮かべていた。
「ありがとう、皆んな。大好き。……僕は、幸せ者だ」
仲間に恵まれ、困るくらいに大事にされて。
きっとこのメンバーならどんな困難も乗り越えられる。僕の力になってくれる。
ここは確かに安心安全な僕の要塞。だけど、こんなに僕が幸せなのは、みんなと一緒にいるからに他ならない。
もう、泥ねずみと僕を蔑む人はいない。僕の顔だけや、能力だけを欲する人もいない。
僕そのものを大事にしてくれる人たち。今度は、僕も返す番。……たくさん、たくさん、愛そうと誓う。
End
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