聖女ではないので、王太子との婚約はお断りします

カシナシ

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綾人は手のひら大もある立派な記章を手に入れた。その授与と共にお披露目の祭典が執り行われ、綾人は扇を振るい、浄化の風を王都じゅうに駆け巡らせた。

透き通る扇を手に持ち、キラキラと光の粉を振らせていく黒髪の麗人。

風を受けた大地は緑に輝き、花は咲き乱れ、人々の身体からは瘴気が抜けて光を纏う。




その姿を一目見ただけで民衆は喜びのあまり地に伏して拝み始めた。

神の遣いだと本心から感じたのだという。

綾人は少し顔を強張らせた後、ひらひらと手を振り、去っていく。その傍には銀髪の美丈夫が、ぴたりと寄り添っていった。












「はぁ、やっと自由……長かった……」

「お疲れ様だ、アヤト。神秘的だったぞ」


カッポ、カッポ。

綾人とジェラルドは、馬に乗ってゆったりと辺境を目指していた。
浄化の風は国中に吹いていく。少しずつでも瘴気は落ち着いてくるはずだ。それは中央にいても可能なことだが、綾人はジェラルドの大切にするこの国を、端から順に見てまわりたいと思ったのだ。

二人は正式な婚約者となった。バタバタと忙しい中でも日々大切にされ、何をおいても綾人を優先してくれるジェラルドに、綾人は呆気なく絆された。

なにしろ顔がどタイプなのだ。ど真ん中なイイ男に大切にされて愛を囁かれ、好きが止まらなくて困っているくらいだ。


「今日はあまり進んでいないが、疲れただろうし……この辺で野宿にしよう。アヤト、あれを出してくれ」

「分かりました」


綾人が空間収納から出したのは、一見何の変哲もないテント。それに潜り込むと印象は一転、中は広々とした3LDKになっている。
随所に魔道具も仕込まれており、風呂やトイレなども完備。もちろん、キッチンもだ。
これは綾人の希望を元に、最高の職人を呼んで作らせた一品。見た目は普通のテントであるため、冒険者を装っていても変に目立つこともないし省スペースである。


「わぁ、夢だったんです……ドラえ……ンン、何でもない」


感動してあちこち座ってみたり触ってみたりしていると、ジェラルドがくすくす笑いながらも食事を作ってくれた。
ジェラルドの作る料理はとても男らしいワイルドさの溢れた料理だ。とても美味しいが毎食では胃の強靭さが試される。夜は僕が作ろう、と決めた綾人だった。

使う食器は、綾人が神気で出した日本で使っていたものを使う。王城で進呈されたものは高価過ぎて気軽に使えないのだ。

朝はジェラルドに馴染みのなさそうな味噌汁を飲ませるのも楽しみである。


「風呂に入るか?砂が付いただろう」

「そうですか?ああ、昼間っから湯船にゆっくり浸かるのなんて凄く贅沢……日本で就職してたら絶対に無理でした」

「そうなのか?」

「日本じゃ神気は使えませんし、その点もこちらに来て良かったかもしれません。悠々自適な生活が出来ますから」

「お望みならずっと屋敷に篭って遊んでいてもらって構わないが」

「ふふ、僕が我儘で贅沢な男だと知っているでしょう?そんなの、三日で飽きてしまいますよ」


じゃあ行ってきます、と綾人は風呂へウキウキと入って行った。その背中を見送って、ジェラルドはふう、と大きな革張りのソファに沈み込む。




ジェラルドは綾人を我儘だとか贅沢だとは一ミリも思ったことはない。この旅に出る時も、王が騎士をたくさん付けようとするのを断り、ドレスコートやら宝飾品やらを贈ろうとするカーティス王子に呆れたように笑って辞退していた。

その後、ジェラルドにだけ、『付いてきて貰っていいですか……?』とおずおずと尋ねるものだから、内心身悶えしたのはまだ記憶に新しい。勿論、最初からずっと、断られようがついていくと決めていたが。

我儘とは、他人の都合も感情も考えずに自分だけの欲望を満たそうとする行為。

綾人を見て、ニタニタと笑い、いやらしい目つきで眺める者ども。男も女も、聖者である綾人をいかに利用するか、いかにその身を暴くか、下衆な考えを顔に浮かべるのですぐ分かる。

婚約者がジェラルドだと公表しても、狙う者は多い。あまりこちらでは見ない系統の美しさと、一点の曇りもない清廉な雰囲気。
まだ若さもあり、異世界人であること、柔和な雰囲気も彼を丸めこめると思わせる一因だ。

ところが一旦話せば、その思慮深さに驚く。
会話の意図することを素早く察知し、その先に話題を繋ぐ。それはこの世界の貴族でも出来ない者も多い。
所作は指先まで美しく、こちらの世界のマナーとも相入れる。少しずつ教えて行けば、深い意味などを間違うこともないだろう。

彼は贅沢だというこのテント。本来なら王国の各地に屋敷を建てる予定だった。各領主は喜んで建てるだろう。なんせ滞在してくれれば魔物は退けられ、土地は浄化される。

しかし綾人は一つのテントにぎゅうぎゅうに技術を詰め込み、まるでヤドカリのようにそれに住みながら移動したいらしい。こんなに狭い家でいいのかと思ったが、中に入ればやっと綾人の言う『贅沢』の意味が分かった。

誰にも気をつかう事のない空間。使用人など居ない、静かに休める部屋。
人に傅かれているのが当たり前の王族にとっては、なかなかにない状況だ。

しかし、備え付けた家具はどれも一級品。防犯もしっかりと魔道具が完備されており、悪意を持って近づけば痺れ、攻撃は跳ね返される。魔物はそもそも近寄れない。綾人の破魔の矢が、テントの外側に祀られているから。

午後の柔らかな光が差し込む窓辺でうとうととしていると、風呂を上がった綾人がジェラルドを呼びにきた。

長湯してしまったのか、少しふらついている。顔はピンクに熱って艶々とし、暑そうにパタパタと仰ぐ仕草すら扇状的で、さらにユカタとかいう、直ぐにでもはだけてしまいそうな防御力の低い衣服に身を包んでいた。

ジェラルドの眠気は一瞬にして吹き飛んでいった。


「アヤト……それは……誘っているのか……?」

「……ん?へ?」


こてん、と首を傾げた綾人を、ジェラルドは横抱きにして攫っていく。風呂はまた後で、身体についた砂はさっと『洗浄』をかければいい。今は先に綾人を頂きたい。





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