【完結】あなたが幸せなら、僕も幸せ……?

カシナシ

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 まるで溜まりに溜まった我慢を放出するかのように泣くエリュカに、僕はたじろいでいた。

 そんなに、泣くことある?多分これは、演技じゃない。

 アウグスト先生の補講に出たいだけじゃなくて、この世の全てに対して、思い通りにならなくて癇癪を起こしているような。


「エリュカ……」

「あははははっ!!!」


 そこに、場違いなほど高笑いをしたのが、我が親友セオドアだ。
 笑いを引っ込めたのも突然で、その瞳にいつもの親しみやすさは無く、どこまでも冷たくて――――ルドルクス様に、似ている。


 さっきのエリュカの一言は、セオドアの怒りを見事に買ったのだ。


「ねえねえ、ひとつくらいって、言った?違うよね?ファルシュカはね、お父様も、家も、婚約者も、子供を産む権利も、ぜんぶ、あんたにあげたんだよ?それは、無かったことになるわけ?え?なんで?そんだけあげても満足しないのなら、あんたは一生満足出来ないよ。何でなのか知ってる?それはね、人から奪ったものばかりだから!」


 エリュカは固まっていた。これほどまでまっすぐに、正論を浴びせられたことなどなかったのだろう。

 親はほとんど機能していない。家庭教師も甘やかすだけ。

 学園の教師は多人数を相手にするから深入りすることはないし、ここの生徒たちも当たり障りなく接しているようだから……想像がつく。


「その手は、盗人の手だよね。自分で何一つも為すことの出来ない手だ。何もかも盗んだとして、あんたは幸せになれないけど、ファルシュカは、違う!」


 セオドアは、僕の肩をぐっ、と掴んだ。

 めちゃくちゃに熱い。でも、それだけセオドアが、僕に関して怒ってくれているということ。


「ファルシュカは努力して、知識を得て、家を捨てて自立した!そういう姿ににいさんは惹かれた。ぼくも尊敬してるし、他の人だって、ファルシュカの真摯な姿に感銘を受けているから評価が高いんだ。あんたがちょっと上目遣いをしたり、媚を売ったりして出来た縁とは格が違うんだよ!」

「……うっ、うっ、ひどい……っ」

「ひどいのはあんたの方だろう!大人しく帰ってパパとダンナにヨシヨシしてもらったら!?赤ちゃんみたいに泣くしか出来ないんだから!」


 エリュカは完全に萎縮し、涙を撒き散らすようにして逃げていく。

 フーッ、フーッ、と、毛を逆立てた猫みたいなセオドアを、僕は力一杯抱きしめた。


「セオドア……っ!ありがとう……!」

「この……っ、もう!言い足りない!ああもう!もっと言いたいことたくさんあったのに!ぎいいいいい!」

「僕が聞くから。ほら、落ち着いて。どうどう」

「うううう……」


 僕の他にも駆け寄ってきたのは、セオドアのお友達だ。
 『セオドア、頑張ったな』とか、『よくぞ言った!』と励ましてくれている。

 
セオドアの頭の回転の速さと、反射神経が素晴らしかった。なんて心強い友を、得たのか。

 誇らしくて、仕方なかった。









 セオドアはあまりに興奮して熱を出してしまったため、早退となった。そして、宙に浮いた整理券を、セオドアの言伝通り、エリュカに渡した。


「わ、やったぁ!」

 
 何にも考えずに喜ぶエリュカに、僕はため息を吐く。


「これはね、セオドアの分。僕も一緒に行くことになる。恥ずかしい質問はしないで欲しい。先生のプライベートなことを尋ねたりなんか、論外だから。質問出来ないなら何もせず黙っていて」

「はいは~い!ふふふっ、嬉しい~!」


 やっぱり、何も考えていなさそうだ。セオドア分の整理券を受け取って、どうして罪悪感や何かを感じないのだろう。

 セオドアは早退する前に、言っていた。一度痛い目を見たらいい、と。ボコボコにしてこい、とも。


 ……僕、補講を受けに行くだけなんだけど……?

 とにかくエリュカは一度補講の様子を見れば、周りがいかに真剣に勉強をしている場なのか、学ぶでしょう。
 そうしたら、きっともう補講に出たいなんて言わなくなるはずだ。






 補講は最大20人までで、アウグスト先生が一人一人見回って声をかけていく。それまでは自習をしているスタイルだ。


「え……なんで、連れてきたの?」

「すみません。一度、ここの空気を味合わせたら『参加したい』とは言わなくなるのではと。セオドアは早退しましたので」

「……そう。わかったわ。精々、ここの高尚な空気を感じ取れればいいけど」


 ヴァネッサ嬢はそう嫌味を言っていたが、エリュカに届いているかは分からなかった。ぽけーっと教室を眺めているだけ。……大丈夫かな……。



 席へ着くと、僕は早速教本を開いた。


 イシュシュ語の発音が甘いと言われた僕は、負けず嫌いなもので、初級の教本を見返し、しっかりと発音記号を読んで理解し、何度も発音し直していた。


 エリュカは何も用意がない。少し眉を顰めたが、皆静かにしているので、『なんでもいいから勉強してるフリはして!』なんて、口に出すのは憚られた。


「それで……ええと。君は、何を学びに?」

「はいっ、えーと、イシュシュ語を」


 案の定。アウグスト先生が回ってきた時、エリュカは僕の持つ教本を見ながら言った。


「うん。それで?」

「はいっ、イシュシュ語で、相手の好みのタイプを知りたい時は、なんと言ったらいいのかなあって……」


 エリュカは大きな目をぱちぱちと上目遣いをし、アウグスト先生を見つめた。でも、アウグスト先生の方はぴくりとも反応しない。


「ああ、下等の俗語レベルだね。確か初等教本の23ページに参考となる例文があったはずだよ。よく見返してみてね」

「あ、え、はい……」

「次、ファルシュカくん」


 アウグスト先生はさらりとエリュカの質問を貶し、適切な助言をしてお終いにした。エリュカですら口を噤む速さだ。

 すぐに教本を引用出来るのは、全ての言語の教本を読み込んでいるからか。すごい……。


「ファルシュカくんはイシュシュ語の発音だよね。分かる?どこが甘いのか」

「は、い。『ス』の発音が……」

「そうなんだよ!よくわかったね。少し舌っ足らずに聞こえてしまうから、聞く人によっては子供っぽくて可愛いかもしれないけれど、大人になってからもそれでは少し恥をかいてしまうからね。今、きちんと直した方がいい」


 そう言われて、今こそ最大に恥ずかしいのではないかと思う。こうなったら、絶対に習得してやる。

 それにしても、アウグスト先生は一人一人の発音の弱点まで聞いているのか。恐ろしいほど優秀な先生である。


「ポイントは、下唇を前歯で噛み込むようにして息を漏らすんだ。唇がすこし持ち上がると思う。『フ』に近い感じでね。うーん……ちょっと違うな……」

「『ス』……『ス』……?」

「ちょっと失礼するよ」


 先生の指が伸びてきた。僕の下唇に優しく触れたかと思うと、ぐっと押し込んできたのだ。押さえつけたまま、ふ、と笑っている。


「そう、この形。この形で、ほら、言ってみてごらん」






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