【完結】あなたが幸せなら、僕も幸せ……?

カシナシ

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 結局ヴァネッサ嬢に連行される形で補講へと出席した僕。

 やっぱり僕にだけ発音指導が厳しくて、今日は舌を引っ張り出されていた。


「そうそう、これくらい先を尖らせて前へ出すんだ。いい調子だよ」

「ふぉう、れふか…………」

「あはは、可愛い。うん、いいよ、上手上手」


 そして当然のように周りからの殺意がすごいのである。特にヴァネッサ嬢の。

 とんだトバッチリだ。弁明をする舌は掴まれていて不可能だし。

 補講が終わると、またも呼び止められる。
 でも、僕がお願いしてヴァネッサ嬢にも居残ってもらうことにした。


「……?何故、ヴァネッサ嬢が?」

「お二人の会話はわたくしも勉強になると思いまして。口は出しませんので、どうぞ」

「そ、そうかい?いいけど……」


 教室に、三人。向かい合うように座ると、アウグスト先生が言う。


「リンドバーグ卿から手紙が来て、残念なことに、個人レッスンは受けられないと聞いたから……ここでの短時間なら、どうかな?補講の後の、少しの時間だけ」

「…………しかし、もう夜も遅いです。御者を待たせておりますし、僕には過ぎた教養だと思います。辞退させていただきたく」

「そうですわ!アウグスト先生、それならあたくしとのレッスンを……」

「口は出さないと言ったはずだね?ヴァネッサ嬢」


 厳しい声でぴしゃりと遮られ、ヴァネッサ嬢は涙目になりながら黙った。可哀想だ。
 彼女は先生が好きなのに、先生はそうではなさそうで……。


「御者には伝えておいたし、帰りは送っていく。それなら安全でしょう」

「い、……いや」

「あたくしも一緒ならいかがです!?ねぇ、ファルシュカさんっ!それなら、いいのではなくて!?ねぇ!?」


 横からがっつりと肩を掴んできたのは、血走った目のヴァネッサ嬢だった。ひぇぇぇ……こ、怖すぎる……っ!

 ちらりとアウグスト殿下を見れば、『ああ!』みたいに手を打っていた。


「それはいいね!流石ヴァネッサ嬢、ひらめきがいい。二人なら気後れすることもないだろう?よし、それじゃあやろうか」

「……」


 横にピッタリと張り付かれている僕は、頭を縦に振るよう操作されたのだった。

 侯爵令嬢……怖すぎるんですが……。







 *






「と言うことがありまして」

「オーネット侯爵令嬢か。それは……なんとも言えないな。もしそれでオーネット侯爵令嬢とアウグスト王子が縁付けば、俺の心配も無くなるし……」

「僕に、恋の仲介役なんて大役が務まるでしょうか……」

「う~ん……ファルシュカには難しいかもねぇ……」


 三人でチェス盤を囲みながら話していた。今はルドルクス様とセオドアの対戦中だ。圧倒的にセオドアが負けているけれど……。


「なんてったって、アウグスト殿下はファルシュカにだけ目を爛々と輝かせてるもん。あれ怖いよねぇ。獲物を狙う狼って感じで」

「そうなのか!?っそれなら、やはり断った方が……」

「どちらかというとヴァネッサ嬢の目付きの方が怖いです……断ったら何をされるのか……」


 血走った赤い目を思い出して戦慄する。ヴァネッサ嬢は濃い赤茶の髪に、瞳は真っ赤な、情熱的そうな色味をしていて迫力があるのだ。

 あれは恐ろしかった。ミルクをちびりと飲んで、心を落ち着ける。


「そうか……そちらを刺激するのも得策ではないな。ファルシュカ、防犯の魔道具は身につけているか?」

「はい、常に」


 今は指輪型の弾くものと、ブレスレット。ブレスレットの内側には発信機のようなものがついていて、ルドルクス様へ現在位置を知らせる機能があった。

 難点は『現在位置』がぼんやりとしか伝えられないから、もし僕が拉致監禁されたとすれば、ルドルクス様はおおまかな場所へ転移したあと、周辺を探さなくてはならない。

 結婚式の準備や、新婚旅行の準備もあり、ルドルクス様は以前より活発に各地へ飛び回っている。なんでも、『前倒しに倒しておけば余裕が出来るから』だそうで。

 本当はとても忙しい方なのに、一切それを見せないのがすごい。


「迎えに行けなくてすまないな。間に合わない時は護衛騎士を派遣しているが……学園内までは、王族以外の家は護衛騎士を入れられないんだ」

「分かります。大丈夫です、もう少しで卒業試験ですから……アウグスト先生の補講もあと何回かで終わりますので」

「……警戒は最大限、必要だな」

「とった!」

「なに!?」


 話に夢中だったせいか、いつのまにかセオドアが大逆転していた。大喜びしたセオドアは、壁際に控える全ての使用人とハイタッチを交わしている。


「もう一回だ!悔しい」

「へへーん!きっもちいーーー!!」

「くふふふ……」


 本当、兄弟仲がよろしくて素晴らしい。喜びに顔を輝かせているセオドアも、悔しそうなのにどこか楽しそうなルドルクス様も、微笑ましい光景だった。











 良いことなのか、悔しいことか、アウグスト殿下の補講を受けてから、僕の発音は非常に向上していて、イシュシュ語の講義ではエクセレントを貰えていた。


「いや、ファルシュカ君の発音はまっことすっばらしい。皆、彼の『ス』を聞いたかい?これは現地の人とほとんど同じ『ス』だ!いやぁ、最高の『ス』を聞かせてもらった。皆、拍手!!」


 なんて、アルパ先生が持ち上げてくださるものだから恥ずかしくて恥ずかしくて。

 照れて頬をかいていると、ヴァネッサ嬢がつんと澄ました顔で言い放った。


「それは、アウグスト先生のお気に入りですもの。羨ましいですわぁ、婚約者がいても平気で誘惑出来る、肝の座った方は違いますわねぇ~」

「ご……コホン。それでは、次の単元に進もうか……」


 ピシリと固まった空気は、アルパ先生が無理やり変えてくれるようだ。


「……ファルシュカ、嫌われているねぇ……」

「うん……理不尽だ……」


 だって、アウグスト殿下の特別補講を受けさせられているのは、ヴァネッサ嬢の無言の圧力によるものなのに。一体どうすれば彼女は納得するんだ……?



 


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