【完結】あなたが幸せなら、僕も幸せ……?

カシナシ

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(ファルシュカside)



 幸せそうなヴァネッサ嬢を見れて、ホッとする。

 彼女がずっと慕っていたアウグスト先生と婚約出来たのだから、良かったと言っていい。


「卒業試験も、終わりましたし、……きっともう、お会いすることはないんじゃないかしら、と思って。別れのご挨拶に。ふふふ」

「えっ?でも……卒業のパーティーは……」

「あたくしたち、卒業証書を受け取ったらすぐに出る予定ですの。ですから、きっとこれが最後かと思って……」


 すすす、と近付いてくるヴァネッサ嬢。なんだろうと思えば、ぐッ、と腹に激痛が走った。


「……ッは……!」

「うふふ。消えてちょうだい。先生の中から……」


 真っ赤な唇が吊り上がった。あまりの痛さに崩れ落ちると、制服のドレスが遠ざかっていく。

 呼び止めることも、声を出すことも、出来ない。


「え?え?どうしたの、ファルシュカ?え?」

「う……」

「……ぎゃあああああ!!ファルシュカ!」

「お、おにーさまぁ!」


 視界がぼやけていく。

 記憶の最後の瞬間、見慣れた顔が近付いて、ニヤリと笑っていた。
















 *



 良く見知っている、しかし懐かしさはない部屋だ。


「……?」

「起きられましたか!エリュカ様!」

「………えっ?」


 ぬいぐるみだらけの寝台。広く整えられた部屋は、以前と比べて装飾品が目減りしているように見える。

 何故、エリュカの部屋に居るんだ……?

 ぼうっとしたまま起き上がる。確かに刺されたと思ったのに、お腹に痛みはない。

 それより……僕、こんなに、細くなかった。体幹が不安定で、いや、お腹が……大きい。


 嫌な予感に、姿見に縋りついた。瞳の色が、違う。紫ではなく、空色。これは……エリュカだ。


「起きたか」


 侍女と入れ替わりに入ってきたのは、カイロス殿下だった。狼狽える僕を見て、わずかに表情を歪ませた。


「エリュカ。……いや、ファルシュカ。よく、帰ってきた」

「……っ、殿下!これは、一体どういうことですか!?なぜ、僕はエリュカの姿に……!」

「まぁ、座れ。事情を話そう」

「……?っ、ち、近付かないでください」

「……」


 カイロス殿下は哀しそうに目を伏せた。同情を誘おうとしても、無駄だ。

 僕は、こんなことをした人を、絶対に許さないから。







 荒唐無稽のような話だった。

 エリュカはまじない士の協力を得て、『魂の入れ替わりの術』を、施してもらったらしい。


 それには、双子であること。入れ替わりたい対象が、気絶状態であること。その時に、肌に触れること。近くに、呪い士がいること。

 という厳しい条件を満たすことで、二人の魂を入れ替えられるという。


「まさか成功するとは思わなかったが……俺は、嬉しい。ファルシュカ……エリュカとして、一緒に生きていこう」

「おやめ下さい。僕は、ファルシュカであって、エリュカではありません!」

「いや、エリュカになる。お前は今、エリュカだ。俺の婚約者であり、もうすぐ結婚する。式だって数日後に備えているんだ」

「……式……」

「ああ……財政が悪いから、かなり規模は小さくしたが、ちゃんと挙げる。初夜は……身重だから出来ないが、出産したら大丈夫だから」

「なにも大丈夫ではありません。僕……、帰らせていただきます!」

「どこに?」


 口を噤んだ。

 このまま、エリュカの姿でリンドバーグに、行けるだろうか。ちゃんと、僕だって信じてもらえるのだろうか?

 ドシンドシンとやかましい足音がして、入ってきたのは元お父様だった。

 以前より太られた気がする。僕を見て、ニチャッと口角を上げた。その姿は、父親というより、知らない中年の男にしか見えなかった。


「おお、無事に入れ替わったようだな!新しいエリュカは執務と金稼ぎが得意だからな、さあ、さっそくやってくれ!」


 僕の腕を無理やり引っ張り上げようとする。
 細っこいエリュカの腕が、悲鳴を上げた。


「ま、待ってください!この身体は、エリュカですよ!?痛いです!」

「……そうだが。しかし中身がお前に変わっただけで、こうも可愛くなくなるとはな」

「……っ、だとしても。いずれエリュカがこの体に戻ってきます。その時、ボロボロだったら……」

「そんなことはない。……が、クソッ……分かった、分かった。万一のことを考えて大事にしておこうか。しかし早くしろ」


 お父様は執務室に僕を放り込み、外からガシャンと鍵を掛けた。

 中はもう埃の被った書類だらけで、雑然としていた。どれだけ長いこと、放置をしたのだろう。

 埃を出すため、とりあえず窓を開けた。冷たい風と、地面からの高さに、身を震わせる。脱出も、難しそうだ……。




 どうして、僕はエリュカの姿にさせられたのか。

 体内には、僕の意思ではなく動く命がいた。こんな形で、知りたくなかった。一刻も早く、戻りたいのに……っ!


 執務をしないで放置していると、給仕がやってきて食事を置いていった。

 それも食べないでいれば、カイロス殿下がやってきて、無理やりに詰め込んでくる。触れられたくなくて、食べざるを得ない。


「……俺も一緒に片付けるから。教えてくれないか。やり方を」

「……いやです。貴方の顔も、見たくない。何も……」

「……すまない。謝るから。エリュカ……」

「僕はエリュカではありません!!ファルシュカです!!」

「エリュカ、どうか、機嫌を治してくれ……っ」


 懇願するカイロス殿下を叩き出す。そのままズルズルと崩れ落ちた。どうも、この体は体力が無さすぎる。少し動いただけで腰は痛むし、眠たくなる。

 エリュカと呼ばれるたびに、本当にエリュカになってしまいそうで、怖い。


 食事をして、眠り、カイロス殿下を追い出しては、眠る。

 何も解決策が浮かばないまま、カイロス殿下と戦うような三日が経ったころ、リンドバーグ侯爵家では、ファルシュカが目覚めたらしい……と、カイロス殿下が伝えにきた。


「つまり……僕の体に入っている、エリュカが、ということですよね」

「……ファルシュカ、だ。そこでコトが済めば、魂の入れ替えは一生、このままだ。そうなったら、諦めて俺と生きろ」

「コトが、済めば……?とは?」

「ファルシュカが、誰かと性行為を済ませたら、だ」


 その言葉に、喉がヒュッと締まった。





 
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