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「何、行儀見習いで数ヶ月だけでも、置いてくれたらそれでいい。何か粗相があれば叩き出してくれて構わないから」
「今まさにその格好のせいで不愉快な思いをしているので……叩き出しても?」
「いっ、いや!あはは、これは、うちに制服はなかったからな!こちらで制服が支給されるのだろう?それを着せたらいい」
「うちは足りていますから」
投げ売りのようにティターニャを採用させようと必死なのは、オルトバーグ辺境伯。リンドバーグは東側なのに対し、オルトバーグは西側を守っている。
「頼むよ、ティターニャはせっかく可愛く生まれたオメガなのに、どこにも身の置き所がなくて……可哀想だろう?ファルシュカ様も、オメガですからお気持ちが分かるのでは?」
僕の同情を誘う作戦に出たようだ。『可哀想だと思わないか?』に対して、下手に断れないことを利用しているのだ。
断れば、冷酷だとか非情だとか言いふらすに違いない。
「そうですね、私もオメガですから……」
「おお!そうですよね!さすがはファル……」
「ええ、幼い頃より勉学に励み体力を付け、どこへ行っても生きていけるよう知識をつけましたね。現に魔道具師としての資格も得ましたし、やはり、手に職があるというのは安心しますね。……ええと。ピノ男爵令息は……?」
“なにか技能がおありなんですよね?”
にっこりと水を向けた僕に、辺境伯は汗を拭きながら苦しい言い訳をする。
「ああっ、さすが、才能に恵まれておられますなぁ!しかしこのティターニャは、不運なことに特に目立った技能はないのです。ただ一つ……殿方を喜ばせる技術だけ。辺境伯のお側に置いてくだされば、奥様がお疲れの時も癒して差し上げられますぞ!」
その言葉と共に、ティターニャが胸を張った。そんなこと、許せるはずがない。僕が断ろうとする前に、ルドルクス様が静かに怒っていた。
「断る。そのような技術は他の者、他の場所で活用したらどうだ。娼館など、どこの領地にもある」
「しょっ!い、いやあ……それは、可哀想でしょう?」
僕たち二人とも断る一択だったのだが、オルトバーグ辺境伯は、破格の条件まで付けてきた。
ティターニャを採用してくれれば、オルトバーグから防具技術者を十名貸し出すやら、特産品であるミルクを直送するだとか。
そして、ティターニャは最悪厩番でも、何でも、とにかく置いてくれさえしたらいい。その間は支援を続けてくれるらしい。
オルトバーグの防具は性能が良い。ルドルクス様はいつもあちらまで行って――転移だから一瞬だけど――購入されているのを、知っている。
技術者からこちらの技術者に継承させてくれれば、大きな財産となる。
ミルクもまた、甘くまろやかな口溶けで有名なオルトズミルクを、高価な『保存器』まで使って輸送してくれるらしい。
……なんでそうまでしてティターニャを捩じ込みたいのか。
辺境伯がティターニャの膝小僧を、時折にぎにぎと触れているのを見ながら、下衆な考えを考えるのは辞めようと心に決めた。
「いいんじゃないでしょうか。ルドルクス様。雇いましょう」
僕が言うと、ルドルクス様は驚いていた。
「しかし……」
「厩番が彼に務まるかは分かりませんが、案外適任かもしれませんし。その代わり、先ほど仰った内容はきちんと契約書に残し、守っていただきます」
「はぁ!ありがとうございます!ええ、もちろんです!」
厩番とは、馬車を引いたり、遠駆けに乗せてくれるお馬さんのお世話係である。
お馬さんが快適に暮らせるよう藁を入れ替えたり、お掃除したり、ブラッシングしたり……きゃぴきゃぴとルドルクス様に上目遣いをするティターニャは、ひとまずサイモンさんにお任せすることとなった。
「ふう……良かったのか?あれを受け入れるなんて」
「利益に目がくらみました……すみません。半年の我慢です。技術を粗方盗めた頃合いに放逐しましょう。もしくは、新たな就職先を探してあげても良いですし」
数々の困難は乗り越えてきた、僕。これから先、魅力あふれるルドルクス様に近寄るものを全て排除していたら人類が滅亡してしまう。使えるものは使い切ってから排除しようと思う。
力でアルファには勝てないが、ティターニャに負けていてはこの先不安になるというもの。僕は辺境伯夫人になるのだから、華麗に乗り越えてみせよう。
「ふふっ……ファルシュカ、頼もしくなったな。君が屋敷にいると思うと、とても安心する」
「ええ、お任せください」
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