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本編

13 アレアリアside

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 時はその日の昼まで遡る。

「なぁんか、最近つまらないのよねぇ……」

 アレアリアは、一人ごちた。
 ビクッ!と肩を揺らした侍女を、ちょいちょいと手招きをする。
 侍女は毅然とした表情を取り繕ってはいたが、脚はがくがくと震えている。近寄ってきた美人の侍女の肩を突き、その艶々の栗毛を摘み上げた。

 光魔法。四大元素以外の元素魔法である、光魔法のスキルを授かったアレアリアは、王子の目に止まる程には珍しい存在だ。最も、その実力は子供にも劣るものだが、嫌がらせに使う技量だけは高い。
 じっ、と栗毛に集中していれば、光が集まり、そして………………焦げ臭くなる。

「ひ、……お、お許しくださいませ…………!」
「え?なに?なんで?」
「その、髪が……っ、」
「え~っ、アレア、良くわかんなぁい。なにこれぇ?」
「……お願いしますっ!あ、ッ!」
「あはっ。そっ?気をつけてねえ」

 侍女が身を捩って平伏をすると、アレアリアは途端に興味を失った。簡単に屈服されては、つまらない。

 焦げた栗毛が床に散らばった所を、ヒールで踏みつける。『あなたなんか、こうなの』と染み込ませるように。

「もう、くさぁい!綺麗にしてくれる?」
「は、はいっ!今すぐに!」

 周りから侍女たちが出てきて、すぐに清掃された。
 髪を燃やされた侍女は、不揃いに短くなった髪に泣き出しそうな顔をしつつも、貴族令嬢として、表情に出さないように必死に耐えている。その絶妙な苦痛の顔は、アレアリアをゾクゾクとさせた。

「ああん、そうだ、あなた、名前は?」
「あ、ケリーです……」
「んー、そう。あなたは。分かった?」
「は、はい……」
「今日から、あたしの一番お気に入りの侍女はいつだってサリーに。名前覚えるの、面倒よねぇ」

 強く言い聞かせると、サリーと呼ばれた侍女は恐る恐る、頷いた。

「じゃあ、あたしの代わりにこれ、宜しくね」

 アレアリアは、教師から渡された課題をどさり、投げ出した。






 家庭教師がついたアレアリアだが、既に何人も辞めていた。最後に残った家庭教師はあまり評判の良くない、雑な教育をする男。それでも家庭教師として呼ばれたのは、本人のレベルに見合った適切な教材を選ぶから。
 その男はアレアリアに何回かテストをさせた後、『ふむ……』と唸って、大量の課題を残して消えた。これを解いたらまた呼べ、ということらしい。

 アレアリアは全然、全く、微塵もやる気にならなかった。男の顔は凡庸であったし、特に来てもらわなくてもいい。だが、次期王子妃として教育を放棄しているのは外聞が悪いため、体裁だけでも整えなくてはならない。

 シオンに任せていたのは、もっと高度なもの。アレアリアでは意味を読み取ることすら出来ないものだったが、こちらの課題は違う。これなら、わざわざ気に食わないシオンの顔を見に行かなくとも任せられる人はいた。

(なぁんか、むかつくのよねぇ。シオンって。あたしに好き好き言ってた男たちが、みぃんなシオンに取られちゃった。ううん、あたしはあんな娼婦みたいなことはしないし、ザマァみろだけどぉ)


 ここ王宮には、中位貴族出身の侍女がたくさんいる。男爵令嬢であるアレアリアより余程高等な教育を、馬鹿みたいに真面目に受けてきた侍女たちが。

 その中でも目を引く風貌を持つサリー。サリーのように冷たげに整った風貌は、シオンを彷彿とさせ、アレアリアの中の、触れられたくない何かを刺激した。伯爵令嬢である彼女に課題を処理させてあげれば、どちらが上なのかはっきりと教え込むことも出来るし、ついでに課題も進む。アレアリアは一石二鳥の自分の采配に、うっとりと自惚れた。

「はい。承知しました」

 サリーは――本来の名前はケリーだが――、何か言うこともなく課題の束を持ち、引っ込んでいく。アレアリアの目には、むしろほっとしたかのように見えた。それもそのはずで、サリーはこれ以上暴力を振るわれない、アレアリアから離れられる大義名分を手に入れたからだ。それも、彼女にとっては非常に簡単な課題で。

 しかしそこまでアレアリアには分からない。ただ、少しの安堵を見せたサリーに対して、苛立ちを覚えた。





 だから、その日の夜。いつも通り一戦交えた後、アレアリアはレギアスの胸毛を弄りながら、甘ったるい声で言った。

「ねぇ、レギアスさまぁ。アレア、いいこと思いついちゃったんですけどぉ」
「なんだ?言ってみろ」

「シオンみたいにぃ、何人か性欲処理係も作ったらどうですかぁ?王城内に。ほら、シオン一人だけだと好みじゃない人もいるでしょう?」
「ふむ。それは妙案だな」

「うちの侍女にサリーって子がいるの。美人系のね。他にも、かわいいタイプ、やんちゃなタイプ、揃えたら、みんなお仕事頑張れるんじゃないかなって」
「……そうか。シオンは逃げたからな……補充するべきか」

「えっ?」
「知らなかったのか?シオンのやつ、逃げやがったんだ。おかげでこちらは迷惑をかけられている。あーっ、クソ」

 アレアリアはレギアスと婚約してから、シオンのことを甚振ってやろうと考えていたのに、物足りなさを感じていた。

 自分の助言によって、いとも簡単に男娼のような扱いになっていたからだ。淡々と受け止めるシオンの、どれだけ甚振られても、決して睨むのを辞めない気位の高さが、アレアリアの中で物足りなさとして沈殿していた。

 あれは、折らないといけない。

 だからもっと屈辱的なことをしてやろう、と案を考えている途中だったのに、逃げたと聞いたアレアリアは、まだ信じられない。

「逃げた……え?どうやって?」
「それが、スキルを発現したらしい。領地に篭っていると。今、騎士団を総動員して向かわせているから、じきにここへ連れてこられるだろう。そうなったら、もう二度と陽の目を見れなくしてやる」

 ふうん、とアレアリアは気のない返事をした。アレアリアが目の前にいるのに、レギアスはどうもシオンに執着しているように見えてつまらない。シオンはアレアリアのおもちゃであって、レギアスの関心を引く玩具になるのは許せない。
 ウィンストン領地がどこにあるのかも定かではないが、必ず何かしてやろうと決める。ただしそれは、今では無かった。

「ねぇ、レギアスさま。それで、どうします?侍女達の何人か、性欲処理にさせても……」
「そうだな……後ろ盾が厚い侍女にさせると、反発されるだろう。実家と疎遠だったり、弱みを握れるような者ならいいかもしれないな」

「まぁ!それならサリーはぴったりですぅ!実家とあまり仲は良くないと聞いたことがありますから!」
「有名な話だな。妹を溺愛する伯爵家から、追い出されて侍女に来たと」
「じゃあ、さっそくそのように致しますわぁ。……あっ!レギアスさまは、アレアリア以外は、だめですよ?」

「ふっ、可愛いことを。……もう一度、愛してやる」
「ああ~んっ」

 二人の会話は、部屋の隅に控えていた近衛騎士が聞いていた。

 その拳を硬く、血の出るほど握りしめて。










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