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本編
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しおりを挟む小刻みに震える手でグロリアスを引いて領城へと帰り、僕の自室へと招いた。
僕に配慮してなのか、触れるか触れないかくらい、軽く手を握ったまま、グロリアスは話す。
「年の離れた兄————陛下は、俺を警戒していてね。特に俺に教師が付いて、褒め出した10歳頃から、かな。散々命を狙われたから、死んだことにして城を出た。侍女の知り合いの遠縁の友人に匿ってもらった。とても良い老夫婦がいてね。俺にとっての親は、そこのおじいちゃんとおばあちゃんだった」
そこでグロリアスは、ふっ、と幸せそうな笑みを溢す。
「そこにはたくさんの兄弟がいて、全員血の繋がりはないし、暮らしも楽じゃないのに、地上の楽園のように騒がしくて幸せな場所だったよ。そこで色々教わって、働けるようになったら帝国に行った。国内より安全だからね。平民に混じって働いてた。俺もスキルが覚醒するのはかなり遅くて、15歳頃だったかな。それからは生きるために、必死で修行した」
きゅ、と握るのは、太く骨ばった手。もう少年の、柔らかく小さな手のひらじゃない。本当に、グロリアスなんだ……。
「じゃあ、ほとんどずっと帝国に?」
「そう。でも、成り行きで外交の仕方を学んだり、皇子らと仲良くさせてもらったり、ね。随分生活に余裕も出来て、それで、王国の様子を見てこようかな、と思い立って、ぶらぶらしていたんだ。子供の姿をしていた方が油断を誘えるし、色々と楽で。そしてあの夜、王城に忍び込んでいた。君と初めて会った夜だ」
「えっ……」
「ものすごい濃密な魔力の発現を感知して、興味本位で近付いたら……びっくりするほどの美人で。初めは、恋人に振られたとか、上官に虐められたとかで泣いているのかと思った。けれど唇の傷やボロボロの尻尾、あまりに悲しい泣き方が気になって、側にいることにした。君の眠っている間に、色々と調べたら……あれだ。怒りを隠すのに苦労したよ。本当に」
そうだったのか。全然、気付かなかった。僕のことを全く詮索しなかったのは、知っていたからだった。散々グロリアスの前で色々言われたから、そこから推察すれば分かることかもしれないけれど。
「君の気丈さに、俺は感嘆したよ。なんて凛々しく、強く、眩しいのかと。それでいて、少年姿の俺には気を許して甘えてくれて、浮かれてしまった。もっと近くで、守りたいと思った」
「う……その、甘えてたのは、知らなかったから……」
恥ずかしさに手を離そうとするも、グロリアスはやんわりと許してくれない。
「君は、傷つき過ぎた。男、それも君より大きな男が側にいると、体やあちこちが震えるだろう?少年の姿で会ったはいいものの、なかなか言い出す勇気が無かった。だから、シオンを甘やかすことだけに集中したんだ」
「甘やか……されて、いたね。僕」
「いいんだ。もっともっと甘えていい。俺は嬉しいから」
そう言われ、触れ合ったままの指先を見つめた。どうしよう。グロリアスが大きくなったというだけで、まるで勝手が違う。今までならぎゅっと抱き付いていた所だけど、この、美青年には……出来ない。
急に胸がドキドキと、けたたましく動き始めた。
なっ、なっ、なんで?
僕だって、あと7、8年経てばお嫁さんにしてもらおうなんて企んでいた。それは割と本気で。でも今にして思えば、とてもじゃないけど言えない。言わなくて良かった。言えるはずがない。
急に目の前に差し迫ってきた、現実のような夢のような現実。
耳元で、グロリアスが囁く。
「好きだよ、シオン。君を害す全てのものを遠ざけよう」
「!ぐ、グロリアス……!」
「王弟だけど、死んだことになっているから平民だ。持っているものはこの竜化スキルだけ。でも、君を幸せにできると思うよ」
「しあわせ……に」
声が震える。
さら、さら、とゆっくり髪を撫でつけられていた。その指が、ほんの少し銀の猫耳を掠る。たったそれだけで、僕の敏感な所が、ゾクゾクと呼び覚まされるような感覚に陥る。
「ちょっ……ちょっと、待って欲しい。混乱して、よく、分からなくて」
「うん。もちろん。何年でも待つよ」
グロリアスの言葉一つひとつに、熱が籠っているのかな。入った耳の管から焦がされていくよう。顔も何もかも真っ赤になっているのを自覚する。あ、頭が、煮えそう。
「……今はまだ、安全なところでゆっくり休むべきだね。ようやく王子も追い返した所だし」
「グロリアス。……その、」
「少年の姿じゃなくて、俺本来の姿でも、シオンの側にいていい?」
「それは、うん。むしろ、ごめんね。今まで、気を遣っていてもらったなんて」
「ううん、俺が紛らわしいのがいけないんだ」
そんなことはない。グロリアスは、成人男性の姿に怯えていた僕に、ずっと寄り添ってくれていたのだ。
けれどもう、この姿のグロリアスと、一緒には寝られない。どうにも強く、意識しすぎてしまうから。
新国王として、旗頭として。
グロリアスが名乗りを上げ、お父様も賛同。当然僕も。
国王は崩御し王子も行方不明。死んだとされていた王弟は、強力なスキルを持ち、聡明で、旧国王から敵対視されていた。
それに、即位のその日に、グロリアスは複数の飛竜を召喚し、いち早く地方へと向かわせた。
その飛竜は空中から街を眺め、どう見ても残虐で理不尽な振る舞いをしている人間に噛み付いた。その人間は死にはしないが、二週間程度の仮死状態になる。その間に報復されたりして無事では済まない状態にはなるが、それはその者の業。
飛竜の役割を理解した暴徒たちが、こそこそと静まっていくのも早かった。
そのような事実が伝わると、当然、グロリアス国王陛下万歳、と、全ての貴族らも賛同した。
それはいいのだけど。
「……さ、寂しい」
「国王陛下、精力的ですよね……」
寝台に入ったまま、ぽつりと呟いてしまう。言ってしまってから、僕って依存体質なのかと顔を手で覆った。ブロディが慰めるように、ホットミルクを出してくれる。
今、僕は王城となった、旧ウィンストン領城の中に一室もらい、そこに住んでいる。廊下を隔てて向かい側の部屋はグロリアスのもの。だけど、実質的に一緒にいる時間は殆ど無い。
「昼間だけで無く、夜も働くなんて」
「早く平定して、早く引退したいと言っていますし」
「それは僕も思う。早く平和にしなくちゃいけないものね。けど……」
僕がこの国を潰した。潰さなきゃよかったとは思っていない。だってあの国王と王子に任せていたら、もっと酷いことになっていただろう。
もちろん、あのまま性奴隷として耐えとけば……とも思わない。あの王子は、僕を痛めつけようという執着のようなものが凄かった。あれは僕が死ぬまで、いや、下手したら死んでも続けられただろう。
「それにしたって、忙しすぎるよ……グロリアス」
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