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本編

45 アペルとエリオット 末路

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ーーーーーーーーーーーーアペルside

 時は少し遡り、グロリアスがまだ国王をしている時期ーーーー





 アペルは別邸へと来てから、無駄に猫を被るのを辞め、堂々と浮気し始めた。それもこれも、エリオットのせいだから。

「エリオットが悪いんだから、ボクも同じことをする。でもここには大した男はいないから、せめて数で補わなくちゃ」

「は……はぁ?アペル、お前、自分で何を言ってるのかわかっているのか?そんなに堂々と……」

「エリオットだって堂々としていたじゃないか!それに、離縁されたら困るのはエリオットでしょ?ボクの実家の支援で生きてるようなものじゃん!」

 そう、エリオットの父、伯爵からの支援はほとんど毎月カツカツになる程度にしか送られて来ず、アペルの実家からこっそりと送られてきた物資でようやく人並みの生活を送れていた。
 ぐうの音も出ないエリオットを他所に、アペルは、庭師、料理人、従僕、門番、出入りする商人のせがれや見習いに至るまで、男という男を籠絡した。

 籠絡した男たちは、夫妻に情報を齎す。アペルが一句残さず集めたのは、


 シオンについて、だった。


 救世主となったシオン。その地位は王族に並び、また、もうすぐ引退する国王とも婚姻するらしい。

 元々似合いの二人だとか、シオンがどれだけ素晴らしいか、という賛辞だけは聞き逃して、シオンとグロリアスの結婚式についても引き出していた。

「いや、僕は結構優秀なんで。今はこう、商会の見習いなんてことをやってますけど、元は……って、はは、何でもない」

 その男は、レギアスの侍従をやっていた男だった。平凡な顔付きであることからエリオットもアペルも気付かない。しかし、アペルがその男を褒めて煽ててその気にさせることで、まるで『こんなレアな情報を集められる僕、すごいでしょう』とばかりにぺらぺら、ペラッペラと喋る。喋る。完全にアペルの手のひらの上で転がされていた。

 褒められ、認められたようで嬉しかったのだろう。

 かつて王子に命令されて、シオンと同衾させる男を用意したのもこの男で、絶対に男には手は出さない人間を選んだのは、シオンに対し悪感情はなく、同情の気持ちがあったから。

 ウィンストン領に逃げ込んだ時、実はシオンに採用されることを期待していたのに普通に難民と同様に放逐されたことで、なけなしのプライドがひび割れていたのだ。

 とはいえ、この男はシオンに恨みなどなく、彼らがここに収容されている理由も関係性も知らず、偶然出入りしたことで、貴重な情報源となってしまっていた。

「ふうん、そっか、一週間後なんだ。ねぇ、ボクでも使えるようなほら、武器とか防犯グッズって持ってない?」
「あるにはあるけど……何に使うんだい?」

「この屋敷の警備は薄いからさぁ、かわいいボクが不安でしょう?ねぇ、買ってきて~」
「それなら、もう一度……ならね?」

 そういう具合に準備を整えたアペルは、結婚式へと乗り込んだ。

 便乗して、エリオットが付いてきているなんて、知らずに。








 結婚式当日、初めて見たシオンの旦那に、アペルは不覚にも、前のめりになるほどの一目惚れをした。

 この人は、国王を引退した人ではない。そうアペルが思い込んだのは、年老いた老人をイメージしていたからだ。そういう決めつけを前提にして、老人と結婚するシオンを笑ってやり、結婚式という大事なイベントをぶち壊してやろうと計画した。

 枯れた老人を選ぶほど、シオンのトラウマは酷いのだろう。ざまあみろと、そう嘲笑う予定で、来てみれば。

 聞いていたのと違うじゃないか、と。

 拳を握りしめて乗り込むアペル。


 計画変更。その美麗な青年は、アペルのものにする。慰謝料にぴったりじゃないか、とアペルは本気で思っていた。だって、シオンはエリオットを寝とった。その心も何もかも、奪われたのだ。あの美貌を自分のものにすることで、完璧な報復が出来ると、強く勘違いをしていた。


 その結果、アペルは蛇の大群に囲まれて、帰還した。


 屋敷に着いて目を覚ましてもまだ、蛇の大群に囲まれていて、何度か気絶と起床を繰り返し、ついに気絶も出来なくなって震えていた。


 そのうちに人格も人相も変わるほどに怒り狂った伯爵によって、エリオットと共に放り込まれたのは、廃屋だった。

 もう使われなくなった、寂れた小屋。最後に使っていたのは三人家族だったのか、間取りも狭く、壁は朽ちて、触るとザラザラと粉を落とした。

 それなのに、その廃屋を囲む壁は新品で、強固で、どんな凶悪な殺人鬼だって出られないように隙なくぐるりと囲まれ、その内側には鉄柵がびっしりと張り巡らされていた。触ると火花を放ち、壁を越えることも出来ない。

 アペルは水魔法を使って錆びさせようとして、異変に気付いた。ちっとも魔法を放てないのだ。

 それもそのはずで、その敷地に埋め込まれているのは、大量の魔物の死骸。燃やさずに埋めると、その上では魔力が吸われて魔法を放てなくなる、“呪われた地“となるのだ。

 しかし安心して欲しい。使えないのは魔法だけで、農作物の育ちにも関係なく、死んだ魔物が生き返ることもない。

 それに掘り返して燃やし、エリオットやアペルの魔法が使えたところで、この大きな檻からは、出られない。そうならないよう、小さな蛇たちが瞬きもせず、じっと監視しているから。


「なんでっ、なんでさっ!なんでこんなところで、エリオットなんかと二人にならなきゃいけないんだっ!ボクは、ボクは、幸せになるために頑張っただけじゃないか!」

「はぁ……シオン……美しかったな……」

「馬鹿言ってんじゃないの!あんなの、髪飾りが一等綺麗だったからそう見えただけ!あれも本当はボクのなのに!」

「お前が付けても、見窄らしい土台にしかならないよ」

「……っ!最低!なにそれ、目がどうかしちゃってるんじゃないの!エリオットは、ボクだけを褒めないとだめでしょ!」

「お前の我儘には、もう疲れた……、もう、話しかけるな。畑仕事も、料理も、其々でしよう。丁度部屋は二つあるんだからな」

「は?何言ってんの?エリオットが責任持って全部やってよ。ねぇ!どこいくの!ねえったら!」

 アペルを無視して、エリオットは黙々と畑を耕した。きっちりと畑の半分だけを使って。

 アペルはどうせ世話してくれるもん、と何もせず、ただシオンについて恨みを募らせ、シオンの隣のグロリアスに想いを馳せていた。











ーーーーーーーーーーーー エリオットside


 アペルに便乗をして乗り込んだシオンの結婚式。その選択に、後悔は無い。女神もかくやという輝きで、慎ましく佇んでいたシオンが見れた。

 その隣の男は、いっそ凍えるほどの冷気を湛えており、自分程度の男など足元どころか爪先にも及ばないと、理解した。それでも、最後のひと足掻きとして、シオンに縋ってみたかった。

 毎日のように、下品なアペルの嬌声を聞きたくもないのに聴かされて、使用人たちは全てアペルの味方で、エリオットの居場所などどこにもなく、ただ背中を丸めて工芸品の紐をつけるだけの、地獄の毎日から、もしかしてシオンなら、救ってくれるんじゃないかと思って。

 何故なら自分は、あの時シオンを救ってあげたんだから。


 それなのに、答えはノー。かっとなって色々言ったような気がするが、すぐに意識が落ち、気付けばここだ。


 アペルと二人きりなど、うんざりだ。しかし、アペルの取り巻きのような使用人達が居ないのと、人目も気にせず農作業という、体を動かすことが出来るようになったのは、まだマシなことかもしれない。

 エリオットは黙々と野菜を作り、きっちり一人分だけ料理をした。アペルは当然のように食糧を世話するよう、上から目線で言ってきたが、絶対に譲らなかった。

 次第に弱ってきたアペルには、野菜をいくつか譲る代わり、掃除をさせた。言うことを聞かなければ軽くはたく。そうすると、アペルは従順に言うことを聞くようになった。

 アペルを叩く度、優しさだけが取り柄だったのに、それすらも失われていくような、自分を見失っていくような不快感。しかしアペルに優しさを与えては、増長するだけだと分かっている。絶望的に相性が悪いのだ。

 そうして少し歪な夫婦は、隔絶された監獄で、慎ましく暮らす。急速に老け込み、未来もなにもない生活に『一生これなのか』とうんざりしながら。

 お世辞にも幸せとは言い難いが、それでも『マシ』な方なのだろうと、無理やり自分に言い聞かせて。




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