【完結】疲れ果てた水の巫子、隣国王子のエモノになる

カシナシ

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フォンタナ公爵令嬢を見かける度に睨みつけられる。恐らくクライヴ様と親密なのが気に食わないのだと推測するが、クライヴ様とお話し、冷静になると分かった事がある。


ディルク殿下の婚約者だった僕と違い、フォンタナ公爵令嬢とクライヴ様には何の関係もない。

更に、ディルク殿下とプリシラ嬢は恋人だったが、僕はクライヴ様にとって隣国から持ち帰った戦利品だし、僕にとってはクライヴ様は(恐れ多くも)親友という関係だ。


確かに、クライヴ様は僕に甘いし贔屓してもらっている自覚はあるが、フォンタナ公爵令嬢の羨むような関係ではない。


「本当に、どうしろと……」


僕は、荒らされたロッカーを見て呟く。

体術の授業から帰ってきたらこれだった。僕の着ていた制服はズタズタに引き裂かれ、愛用の空間収納鞄が持ち去られていた。着替えや貴重品などはすべてそちらに入っている。

……鞄は待っていればやがて戻ってくるのだけど、せっかく頂いた制服を裂かれて悲しいし、このまま汗をかいたままの運動着で講義に出るのも宜しくない。

クライヴ様に訳を話すと、快く着替えを貸してくれた。少しシャツは大きいが、緊急事態。仕方がない。


「俺のシャツを着るシュリエル……っ!ああ、今すぐ絵師を呼びたい」

「……クライヴ様、確かにズルズルとしてみっともないですけど、笑い物にするなんてひどいじゃないですか」

「ちがう。むしろ最高に愛らしい。このまま持ち帰……何でもない」

「……子供扱いですか?」


僕はむっと眉根を寄せたが、甘い微笑みのクライヴ様に絆されて、すぐに釣られて苦笑してしまった。
長い袖はすこし捲ってしまおう。うん、こうしておけば多少キチンと感は出る。

僕の露出した手首やゆるい襟ぐりを見て、やたら赤面する男子生徒たち。……そんなに笑える程、みっともないかなぁ。











思った通り、僕の鞄はすぐに戻ってきた。


「あ、……あちゃ……」

「うわ……」


ジタリヤ様がドン引きしたような声を出す。
それもそうだ。僕の鞄『が』、人間を引きずって『歩いて』いた。

叩きのめされたように赤く腫れた顔の持ち主は、フォンタナ公爵令嬢のお友達の一人であったはずだが……既に気絶している。

僕の鞄は時折バンバンと令嬢の顔を引っ叩き、そしてヌックヌックと歩いて、所有者の元に辿り着いた。よしよし、と撫でてあげるのが合図で、力を失ったようにおとなしくなる。


「帰ってくるって……そういうこと……?」

「……?他に何が?でも、ご令嬢のお顔が思った以上に……、治癒しなければ」

「イエ……シュリエル様、治してあげるのですか?窃盗の犯人なのに?」

「……それはそう、ですが、僕の鞄のせいでこうなってしまったので」


戻ってきた鞄を懐に収める。クライヴ様とジタリヤ様は、引きずられた上、令嬢の財産とも言える顔を腫らした令嬢をじっと見ていた。

ロッカーを荒らされたと聞いた時、このお二人は激昂したのだが、この令嬢の惨状を見るとさすがに同情の色を浮かべている。

僕としては、鞄の窃盗など強盗くらいなモノだろうと思い設定した罠だった。それが貴族令嬢に発動してしまい申し訳ない。

僕は彼女の顔を隠すように上着をかけてやり、抱き上げて医務室へ運ぶ。


「シュリエル、大丈夫か?重いなら運ぶぞ。ジタリヤが」

「そこはボクなんですか。別にいいですけど」

「いえ、小柄でいらっしゃるので余裕ですよ。僕の責任でもありますから」


僕だって細めではあるけれど、令嬢一人くらいは余裕で運べる力くらいはある。

医務室のベッドに横たわらせる。
本人の了承を得ていないのに申し訳ないが、早速少しずつ治癒をかけた。これほど腫れてしまっていると、かなり痛むだろう。

しかし、怪我をしてからあまり時間の経っていない方が圧倒的に治しやすいので、どうか許して頂きたい。


「いった……へっ?」

「起きましたか。僕が分かりますか?」

「ヒッ、し、シュリエル様……!」


彼女は医務室の寝台の上で、僕から遠ざかるように身を捩った。付いてきていたクライヴ様が冷たい声を出す。


「令嬢よ。誰がここまで運んできたと思っている。その上、シュリエルは最高の治癒を施すと言っているのだぞ。その態度は何だ」

「えっ……?そ、そうなのですか?な、何故……?」

「貴女は、僕の鞄に手を出しましたが、こうなるとは思っていなかったのでしょう?それに、貴女が貴女の意思でしたとは、思っておりませんから」

「シュリエル様……。わたしは、なんて事を……」


腫れた顔でぽろぽろと泣き出す令嬢。

クラリッサ・メイブル伯爵令嬢と言った彼女は、自身の顔面を見て悲鳴を上げていた。ヨシヨシと慰めながら、治癒の副作用について了承を得る。

恐らく激痛だと思う。出来るだけ冷やして痛みを抑えるけれど、神官の治癒は痛いと決まっているのだ。
でも、僕はそれでいいと思っている。でなければ、人は怪我をすることを軽く見てしまうだろうから。


その代わりに傷跡一つ残らず綺麗になるし、もちろん、寿命も消費しない。令嬢は泣きながらも頑張ることを誓ってくれた。
令嬢にとってお顔は命だものね。

両の頬に手を当てて、冷やしながら治癒を施していく。少しでも早く、痛みの副作用が短く終わるように。


「……っ!!」


令嬢が顔を真っ赤にしながら、歯を食いしばる。
ふわりと光った後、令嬢のお顔はすっかり元のように、つるんとしたものに治っていた。

原型のわからなかったお顔は、リスのようにくりっとした目の、可愛らしいお顔だった。苦痛に顔を歪めていたけれど、手鏡で確認した後はほっとしたように息を吐き、僕にぺこぺこと頭を下げ、謝罪と感謝を伝えてくれた。




僕はそれですっかり許した、のだが。

ボコボコに腫れ上がった顔で気絶したまま、どのくらいの距離を引き摺られていたのか。

翌日には、『鞄に引き摺られていた令嬢』として有名になってしまった。それも、窃盗の罪と同時に。

後日、彼女は婚約者から婚約破棄されてしまったらしい。





クラリッサ嬢は、ほとぼりが冷めるまで修道院へ行儀見習いへ行くこととなった。休学する前に、わざわざ会いに来てくれたのだ。


「僕は本当に、クラリッサ嬢に思うことはないのですよ」

「シュリエル様は本当に、お心の広いお方ですから……、でも、これはわたしのけじめです。」

「それなら……、分かりました。頑張って下さい。僕もシスターには大変お世話になった身です。慣れれば良いところですから、実りある生活になることを祈っていますね」

「シュリエル様……!はい!」


クラリッサ嬢は思いの外晴れやかなお顔で、学園を後にしたのだった。










フォンタナ公爵令嬢のご友人は、恐る恐るといった体で一人欠け、二人欠け、そして全員いなくなった。『袋叩き令嬢』の二の舞を恐れたのだろう。

それでも僕を睨みつけるのを忘れないフォンタナ公爵令嬢。僕にはあまり、理解出来ない。

僕に構う時間があるなら、クライヴ様に自分の良さをアピールをするべきではないだろうか。
クライヴ様に接近を禁止されている訳でもないのだから。

ただ、もしクライヴ様が彼女を受け入れるとなったら、少し……寂しいかも、しれない。


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