【完結】疲れ果てた水の巫子、隣国王子のエモノになる

カシナシ

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本編

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「シュリエル様!」


学園に着くと、何だかザワザワしているような嫌な感じがした。
何だろう、と思ってクライヴ様やジタリヤ様と顔を見合わせていると、クラスメイトであるコリン・ベルガー伯爵令息が駆け寄ってきたのだ。

柔らかな金髪の目立つ、優男風の彼が、珍しく焦っているような顔をしてる。

それから、他のクラスメイトの面々も、心配そうに僕を見ているのに気付く。


「コリン殿?シュリエルに何か用か」

「……っ、知らないのですか?クライヴ殿下。朝、食堂を使われない殿下は知らないでしょう!こんな紙が、ベタベタ貼られていたのです!」

「……なんだこれは……」


コリン様が机に叩きつけるようにした紙には。


『シュリエル・エバンスは目の前の病人も見捨てる』

『シュリエル・エバンスは婚約者を寝取られた負け犬』

『シュリエル・エバンスは金の亡者』

『シュリエル・エバンスは人の痛みを知らない』


僕への誹謗中傷。それも、下手なイラストまで。僕が悪そうに笑っていたり、裸で人を踏みつけているようなものまで。

なんて、程度の低いことをするのだろう……。この学園はほとんどが貴族なのに、こんなことをする人がいるだなんて。

しかも憎らしいことに、この絵の中の僕らしき男は轟々と陰毛を生やしている。実にワイルド。
半分でいいから分けて欲しい……と思って見ていると、クライヴ様がそれをぐしゃっと握りつぶした。


「シュリエル、ここは俺に任せて欲しい。こんな事をした犯人は、絶対に、……潰してやる」


その手に握られた紙がぎゅうっと圧縮され、何の魔術を使ったのか、塵となってパラパラと溢れていく。

クライヴ様の漏れ出す威圧に、クラスメイトが苦しそうだ。そっと腕に触れさせてもらう。とんとん、と撫でると、幾分か圧が軽くなった。


「はぁ、はぁ、シュリエル様、私たちは一切、こんなものは信じていないので!私たちはシュリエル様を信じています!」

「ありがとうございます、コリン様。……皆様も。クライヴ様も。」

信じてくれると言うのが、嬉しい。
今の僕は一人ではないと実感し、こんな状況であるのに笑顔になってしまった。








それにしても。

あの紙に書かれていたことは、僕にも身に覚えがある。もちろん事実という意味ではなく、ルルーガレスで受けていた冷たい視線を思い出す。

面と向かって言われた訳ではないけれど、あの学園の生徒達の認識では、そうだったのだろうと推測できた。


決して目の前の病人を見捨てたことはない。目の前の病人の家族・・には、教会を通せと言った。
お金の亡者には心当たりがない、だって教会から与えられた正当な報酬を受け取っているだけ。

痛みについても、すべての怪我や病気にかかったことは無いけれど、人並みには知っている筈だ。


婚約者を寝取られたことは事実だし、負け犬といえばそうかもしれない。ただし、僕にとって相手があまりに強すぎた。

人付き合いですら慣れていない僕の前に出てきたプリシラ嬢は、いわば、新米冒険者の前にいきなり迷宮主のような、強大な敵が出てきてしまったようなもの。それも、孤立無縁な状態で。
もう、仕方のないことだったと、納得している。


当時と違い、ここには僕には信じてくれる友人たちがいるから、ダメージとしてはあまり感じていない。

信じてくれる人の力とは、思っていた以上に絶大だ。


「ということは、ルルーガレスの学園関係者に情報を得たのか。自ずと犯人は絞られるな……」

「あ……」

「ですね。へばりついて見張るよう手配します」


クライヴ様もジタリヤ様も、僕が何か言う前に恐ろしいスピードで指示を出していた。もう、犯人は、皆の頭に思い浮かぶ人物だと確信しておられるようだ。

僕、当事者なのに何もしていない……。

何かすると言ったって、僕では証拠を集めるのにスイちゃんたちを派遣するくらいしか出来ないのだけど。
おずおずとそう申し出ると、クライヴ様が微笑んでくれる。


「それは助かる。彼らは透明でサイズも変えられるし、追跡に適任だ」

「それなら是非、使って下さい。ねっ、スイちゃんたち、頑張ってね」


りょーかい!と言うように、触手を伸ばして敬礼するスイちゃんたち。それぞれに録音機――僕の作った小型の魔道具だ――を持たせて、クライヴ様の指示どおりの場所に散らせていく。


たった数日間で、証拠はざくざくと集まってきた。



その間にも、量産したらしい僕の評判を落とす紙は貼られていていた。
スイちゃん達は、貼っている犯人を特定。紙は皆の目に晒される前に回収してくれた。








………









程なくして、クライヴ様は茶会を開いた。

ジタリヤ様には壁側に、侍従のように控えている。

フォンタナ公爵令嬢とクライヴ様、そして少し離れたところに僕が座る、それだけの茶会だ。

恐ろしく冷たい視線のクライヴ様に、フォンタナ公爵令嬢はおろおろと視線を彷徨わせては、手元を弄る。
そんな彼女に、まずは僕が口火を切る。


「フォンタナ公爵令嬢。貴方は僕へは色々と言ってきましたが……恐らく、クライヴ殿下へ伝えるべき言葉が足りていません。本当は僕なんかより、殿下とお話ししたいのでしょう?」

「……っ!」


キッ、と睨む赤い瞳は力強い。
それなのに、クライヴ様と話す時には一気に弱々しいものになる。


「……クライヴ様。その、シュリエル様が何か貴方に吹き込んだかもしれませんが、わたしは、彼の言うようなことはしていませんから。ただ、貴方様の名誉を傷付けられるのが耐えられず……」

「他に、言うことが、ある、だろう」


クライヴ様の声、視線は、肺を圧迫するほどの威圧が込められていた。それを真正面から受けたフォンタナ公爵令嬢は、ぶるりと震え上がり、俯く。

ビビる僕に構わず、クライヴ様は怒りを乗せて、一言一句に力を込める。


「俺の名誉は、俺が守る。お前は一体、何様のつもりだ?」

「ヒッ……!わ、わ、私は、クライヴ様をお支えしたくて……」

「戯言を。子も作らず、同居もしない結婚生活?ああ、そんな婚約申し込みが来ていたが……棄却する時、言った筈だ。二度とこのようなふざけた真似をするなと」

「違います……っ!私、本当にクライヴ様のことを愛しているんです!生涯、貴方様だけを!」

「俺はお前に魅力を感じたことは一度もない。シュリエルを貶めようとこそこそ画策し、他の者を駒のように使い捨て、お前自身は何の向上心もない。何の魅力が?諦めるんだな。…………ジタリヤ。」

「フォンタナ公爵令嬢。我が国に賓客として招いている、シュリエル様へ悪意のある中傷をしましたね。使用人に生徒の服を着せてあの紙を貼らせていました。無関係の者を無許可で学園にいれさせ、犯罪を指示。また、ルルーガレスの学園の情報を買った履歴も。絵師は流れのものに書かせて……」

「なっ、知らないわ!私じゃない!私が指示をしたって証拠なんて無いでしょ!?」

「ありますよ。音声が録音されています」


カチ。ジタリヤ様が『再生』を押すと、小さな魔石から声が聞こえてくる。


『ふふっ、これで、あの水の巫子の評判は落ちるわ。あんた、見つからないように気をつけなさい。パッと見じゃわからないだろうけど』

『は、はい……、しかし、こんなことをして、私は大丈夫でしょうか?もし破門なんてことになったら……』

『大丈夫。フォンタナ公爵家が責任を持ってあんたを保護してあげる。さ、行きなさい。忠実な働きを期待してるわ。』


音声はこれだけではない。たくさんありすぎて、綺麗に纏めるのに収納箱を作ったくらい、証拠はたっぷりとあった。


「こ、こんなの知らない……!私は、私は、」

「俺は全て聞いたぞ。聞きたいのなら結構だが、続きは拘留所で聞け。日が暮れる」

「そんな……っ!」

「幸い、貴女の思惑に踊らされる者は居ませんでした。そこはシュリエル様の人徳とクライヴ殿下の威圧のおかげですね。拘留の後、罰として一定期間、修道院で修行してきて貰いましょう。ちゃんと学園へは戻ってこられるので安心してください。殿下とは違う学年にはなるでしょうが」

「全く、軽すぎる。これで済んだのはシュリエルのお陰だ、感謝するんだな」


クライヴ様はそこでようやく、威圧を解く。フォンタナ公爵令嬢はかひゅ、と大きく息を吸い込み、崩れ落ちていた。
涙や鼻水で顔はぐしゃぐしゃ。

しかし、最後までクライヴ様はその冷たい仮面を脱ぐことは無かった。







フォンタナ公爵令嬢は拘留され、事情を全て吐かされた。彼女の動機を要約すると、

『これまで殿下は人を寄せ付けなかったから良かった。突然現れたライバルを蹴落とす為、心を折ろうとした』

彼女がなんの躊躇いもなく、人を蔑むのに慣れていた理由は、僕が来る前から、気に食わない令嬢に対してちくちくと嫌味を言ったり、物を隠したりしてきたらしい。それの延長だったという訳だ。


皆、フォンタナ公爵令嬢より立場が弱かったため、黙って飽きられるのを待つしか無かったよう。





彼女はクラリッサ嬢と同じ、若い令嬢や平民の女性たちが礼儀を習うと有名な修道院へ行くこととなった。そのため、学園は一年留年。

そこで学ぶのは経歴的には箔がつくものではあるが、そこへ至る経緯が知れ渡ってしまっているため、結婚相手には難儀すると思われる。

僕はルルーガレスで、修道院に視察に(というか遊びに)行くこともあったため、とても身近な感覚だ。優しくも厳しいシスター達ならば、クラリッサ嬢も、フォンタナ公爵令嬢も心置きなく頼れると思う。

僕だったらプリシラ嬢に慰められるなど絶対に嫌だ。だから、彼女に声をかけることは無かった。立場は全然違うとは言えど、彼女の中では似たような括りに入っていると、理解はしていた。

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