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第二章 二回目の学園生活
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しおりを挟むノエルと相談して、アルバートにもリスティアが時を遡ったことを話すことになった。
一度腹を決めれば、迷いは無い。むしろ、これから先一緒にいるのならば、自分の恥とはいえ話しておくべきことだと思えた。
茶会の時にアルバートは鍛錬場へ行っていた為、今回は、図書棟のいつもの席でアルバートと二人。少し違うのは、正面では無く、隣の席に座っていること。自習をしているフリで教本を開いてはいるが、アルバートはもう、全く見ていない。
窓の外はもう閑散とした裏庭だけで、不快なものは見なくて済む。
アルバートが話を飲み込むまで、リスティアは静かに、待った。
「そんな……」
「僕の中ではもう、ほとんど終わったことなんだ。アルやノエルは今知ったから、仕方ないことだけど……腹立たしいよね、ごめんね……」
アルバートの握り拳は真っ赤になって、浮かぶ血管もはち切れてしまいそうだ。それほどまでに怒ってくれることに、仄暗い喜びを覚えてしまう。
かつて自分も沈んだ沼に、二人が迎えに来てくれたような気がして。
しかしそこに引き摺り込みたくは無い。囚われてしまえば、二度苦しむことになる。
そっとその硬くなった拳に手を重ね、撫でるようにして包む。
「何故、ティアが謝る……っ、俺は、一体何をしていたんだ……!」
「え、それは、その、僕のその事は知らなくてもいいことだったんだよ?わざわざアルに苦しみを与えているようなもので……、それに当時は、僕の周りにはアルファが近付けなかったから、仕方ないし……」
アルバートの銀眼から、涙がぽろりと出て、リスティアはぎょっとした。
慌ててハンカチで拭うと、その手も取られてしまう。
「俺は……ずっと前からティアを救いたいと思っていた。好き、という感情を認識はしていなくても、守りたいと」
「えっ?」
――――――――アルバートが第一学年の時。
アルバートは黙々と鍛錬を積んでいた。
誰が誰より強い、弱い、そんなものは興味がない。大事なのは、大切な人を守れる力があるかどうか。
目の前で乳母を失ったことがあるアルバートは、剣術を磨く事以外に興味を持てなかった。
学園の生徒はどうやって騎士になるか、裏道を探すことに懸命だった。剣術でアルバートの興味を引く人物はおらず、逆にそれが気に障ったらしく、目の敵にされていた。
早朝の自主練は、訓練場で行う者が多い。しかしアルバートが行くとわざとぶつかってこられて、面倒なことに、『治療費を出せ』やら『乱暴な面がある、教師に言ってやる』などと、絡まれてしまう。
仕方なく魔術専用の訓練場へ向かった。そちらは個室が何個かある代わり、一つ一つが狭くて動きにくい。気の進まないアルバートは、のろのろと歩いている途中、はたと足を止めた。
個室のうち一つが使われていた。
魔術師を目指すものは、放課後に訓練する者が多い。幼馴染であるノエルもそうだ。
(珍しい。誰だろう)
小さな覗き窓から中を見てみれば、リスティア・イレニアス公爵令息だった。
一心不乱に素振りをしている。重心はズレているし、筋肉量に対して木剣が重すぎるのだろう、時折ふらついている。それなのに、止めることはない。
誰も指導者がいないのか。口を出したい気持ちを堪えて、そっと見守る。
全身に汗をかいた令息は、疲れもあってか滴るような色気を纏っていた。そう言えば彼は、マルセルク第一王子の婚約者のオメガではないだろうか。何故剣を振っているのだろう。オメガで、しかも殿下の婚約者ならば守られる立場で、剣を持つ必要はない。
謎だらけだったが、アルバートは目を逸らした。これ以上なにか面倒なことには巻き込まれたくない。
それ以降、魔術専用訓練場に向かう度、リスティアの姿を見た。
毎日欠かさず鍛練している成果か、下手なりに少しずつ向上している。その胆力は、アルバートから見ても舌を巻いた。
人は得意なことであれば時間も忘れて集中出来るが、苦手な分野ではそうではない。
アルバートもそうだった。魔術操作や歴史の講義などは毎回寝ている。
それなのに、リスティアは毎朝、しっかりと鍛錬をこなす。更にその後、遠目で見かける時には疲れなど全く見せない。まるで汗などかかない生き物のように、清楚に振る舞っていた。
(意外と泥臭く努力出来る人なのか)
剣術ではなく、その意外性に惹かれて、気付けば目で追うようになっていた。
リスティアがマルセルクと話しているのを、偶然見かけた時のこと。
『では、行ってくる……愛しているよ、リスティア』
『はい……僕もです、マルセルク様』
そんな二人の人影。立ち去るマルセルクの背中を、リスティアがじっと見ていた。その紫水晶の瞳を見た途端、アルバートの胸にぐっと、引き絞られるような痛みが走る。
切ない。恋しい。もっといて欲しい。
そんな感情の浮かぶ横顔に釘付けになり、立ち尽くしてしまった。リスティアがその場からいなくなっても、ずっと。
知らず知らずのうちに、胸元のシャツを、ぎゅっと握りしめていた。
(なんだ?今のは。……痛い)
それからは、散々見下していた同級生と同じく騎士になろうと、絶対に誰にもその席を渡してなるものかと、これまで以上に鍛練に熱が入った。
王族付き専属護衛、近衛騎士になる為に。
リスティアのような人を守りたい。隠れて鍛練し、強がって我儘も言えない、しかし表の顔は出来過ぎるほど完璧に整えてしまえる人。
その時は本気でそう思っていた。近衛騎士になるには下積み5年以上は必要だと知っても、それが一番側にいるのに自然な理由だったからだ。
ノエルと図書棟へ行き、リスティアを見かけたのは偶然だった。
窓の外に映るのは裏庭で、何が行われているのは知っていた。自分が王子なら、絶対にそんなことはしない。リスティアを悲しませることはしないのに。
しかしそれを見ていたリスティアの瞳には、かつての切なさは一切、浮かんでいなかった。自嘲するような、諦め切った表情。
そこにもう、熱は無かった。
だからアルバートは、この手で慰めたいと、思ったのだ。
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