虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第二章 二回目の学園生活

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 リスティアはノエルとアルバートと共に、卒業記念パーティーで着る衣装の最終確認をした後、王都の端にある『恋人達の聖地』へと来ていた。

 これは近くに恋人同士向けの茶店やレストランが多く立ち並んでいるために、商業的に作られた場所だ。

 ノエルはそう説明したが、それではあまりに情緒がないとアルバートに嗜められていた。


「もっとこう……あるだろう。願いを叶える、的なやつが」

「そう言うのは信じない質なのです。ですが、雰囲気を楽しむ、のはいいかもしれませんね」

「ノエルらしいね。全て魔術で説明出来ます!って言いそう」

「ふふ、その通りですよ」


 ノエルとアルバートに守られるように歩くリスティアは、このようなデートをしたことがない。完全に浮かれてはしゃいでいるが、二人のアルファはハラハラしっぱなしだった。


 一応の変装が、まるで意味を為さない可愛さ。


 そのため視覚的にも恋人の距離で、時折髪に触れたり口付けを落として見せたりと、付け入る隙を与えない。
 そのお陰か、人目を引く三人にしては邪魔もなく、『恋人通り』を楽しめた。

 泉にコインを投げたり、その回収作業を眺め、ノエルが『やはり商業的だ』とニヒルに笑ったり。

 それぞれの名前を彫ってもらったチェーンを、鉄柵に結びつけたり。そうすることでいつまでも離れない、別れないのだとか言い含められたり。



 遊歩庭園に入ると、整えられた花壇や綺麗な芝生が広がっている。そこかしこでカップルがいちゃつき、自分たちだけの世界を繰り広げているのを横目に、少し開けた場所にピクニック用の敷布を広げた。

 それを始めとして、リスティアの魔法鞄からはサンドイッチなどの詰まった籠、果実水など、キールズ侯爵家の侍女らに用意してもらったものが次々と取り出され、並べられていった。


「本当にあなたの錬金術は……呆れますね」

「それは、褒められているということでいいのかな……?」

「ええ、もちろんですよ。ただ、販売する時の価格は私に付けさせてくださいね。あなたはご自分を過小評価しすぎる所がありますから」


 ノエルのジト目に、リスティアは目を逸らした。

 養子に取ってくれたヴィクトル伯爵家には、もう数点無償で納品してしまっている。それだけの恩を感じていたため、リスティアの好意でのプレゼントだったが、ノエルには指導・・されてしまいそうだ。

 魔法鞄は並の魔道具師でも上級レベルの技術を要する。特に、小さな鞄へ施すほどに、また、その容量を超過しているほどに、緻密な技術が必要とされる。


「私があなたを認識したのも、その技術を目の当たりにしたからですね……」

「そうなんだね。いつ頃の話?」

「初めてお会いした事を、覚えていますか?八歳の時だったと思います」

「あ……」











 ――――――――――――ノエルが八歳の時。





 幸薄そうなオメガ。

 それがノエルから見た、リスティア・イレニアスの印象だった。

 マルセルク第一王子の側近として集められた茶会に来たそのオメガは、物語で言う所の、魔王に攫われる姫か、病気になって伏している姫か、序盤で遺言を遺して退場するような、そんな儚い、健気な雰囲気だった。

(綺麗だが、何も出来なさそうなオメガか……)

 ノエルは全属性の魔力を持ち、すでに魔術師団長令息として遜色ない程に魔術に長けていた。

 その技量に自信を持つがあまりに、傲慢さが育ちつつあり、かつ、それを人に知られぬよう隠すさかしさもあった。
 そのため内心思っていることはおくびにも出さない。周りから見ればただの優秀で謙虚な令息、を演じていた。


 そのオメガは他の令息達から『美しい』『まるで妖精のようですね』と褒めちぎられているのを、控えめに『ありがとう』と微笑んでいる。
 完璧な他所行きの笑顔は、温度のない人形と同じでつまらない。
 そう思った時だった。

 侍女に用意されたティーカップ。リスティアは指をかけるその一瞬に、自然な癖のようにくるりと指を回した。

(!?!?!?)

 瞬く間に展開された【浄化】【隠蔽】の魔術。

 ノエルは声も出さずに絶叫しそうになった。


 恐ろしいまでの速さと正確さ。現に、誰も気付いていない。二度見する間もなく、リスティアは何事も無かったかのように、毒の可能性をゼロにして優雅に飲んでいた。


「素晴らしい……」

「どうした、ノエル」

「イレニアス様。大変美しい。今の……」


 魔術バカのノエルは興奮と感動のあまり、話題も何も、全く無視をしてリスティアに話しかけていた。周りは皆きょとんとし、今更?と疑問符ばかり。

 リスティアは困惑した後、ノエルの視線の先、つまりティーカップを見て気付いた。誰にも知られないようかけていた魔術について、ノエルに褒められているのだと。

 途端にポッと火のついたように赤面し、消え入りそうな声で、


「ありがとうございます……キールズ様……」


 と俯くリスティア。
 その照れた仕草にグッと肺を潰されるような痛みを覚える。可愛い。

 先ほどの世辞を受け取った笑顔とはまるで違う。その場はぱあっと華やぎ、妖精が花弁を振り撒くような、圧倒的な破壊力。

 当然、他のアルファへそんな反応を見せたリスティアに、マルセルクはムッと顔を顰めた。


「どうした、リスティア。いつもの事じゃないか、お前が『美しい』のは当然のこと」

「あっ……その、生まれ持ったものではなく、努力して得たことを褒められるのは、嬉しくて」

「……?ああ、お前は美を磨くのも努力をしているものな。ノエル、あまりリスティアを見るな。減ってしまう」


 恐らくは、リスティアの言いたい事は違う。
 ノエルはそう思った。
 魔術技巧について褒めたことを、リスティアは気付き、マルセルクの勘違いもさらっと流して機嫌を取りつつ、顔に出してしまった理由も教えてくれた。

 ノエルとリスティアだけで会話が通じているような気がして、ノエルの中で感情が増幅する。

(なんだろう、この人。見た目とは違う。したたかな何かを持っている。どんな人なのか、もっと知りたい……)

 あれほどなめらかで静かな魔術は、相当鍛錬をしたのでなければ得られない。その上に、婚約者を上手く操縦する豪胆さもある。


 何にも出来ないオメガだなど、勝手な先入観で評してしまった自分を恥じた。この瞬間、ノエルは謙虚さと、自分を戒める事を覚えたのだった。


 しかしあまりにも熱心にリスティアを見つめてしまったノエルは、マルセルクに睨まれてしまい、それから長年遠くから見守ることしか出来なくなってしまった。


 側近としてマルセルクの側にいるのに、話せやしない。王子はリスティアを金の籠に囲い込むと同時に、自分の欲を好き勝手に解消し始める。同級生で欲を発散するなど、まだ素性もわからない男娼の方がマシなのでは、とノエルは感じていた。

 あまりにも惨い、と。








 そしてある日、その現場に遭遇した。

 呼び出された先は、端的に言って地獄だった。
 おぞましい悪魔召喚か何かの儀式か。特にその頃には潔癖のきらいのあったノエルには、汚物のなすり付け合いにしか見えなかった。

(あの穢れた手で、リスティア様に触れるなど……)

 なぜリスティアを側に置いておきながら、他の者で欲を満たせるのかわからない。到底代わりになりやしないのに。

 自分ならば、リスティアに触れる手も環境も全てを綺麗に整えた上で、自分しか見れないようにドロドロに愛し尽くす。膝も腰も立たせなければ、一生抱きかかえていい理由になる。

(あの王子には勿体無い。それなのに、リスティア様は……)

 第二学年までは、リスティアはマルセルクを愛していた。その瞳には、確実にマルセルクしか映っていなかった。

 思慕と、不満と、寂寥。いくらノエルが庇護したくとも、リスティアに求められていないのなら、出る幕ではない。

(……悔しい。何も、出来ない……)


 次期王太子妃となるリスティアのために出来ることがあるとするなら、魔術師団に入団すること。しかしそれでは立場が遠すぎる。アルバートの目指す騎士団と違って、いつまで経っても護衛にはなれないのだ。精々同じ王城に存在できる、その程度。

 そこで考えたのは、大賢者マーリンへの弟子入りだった。数年、いや、十数年かかるだろうが、大賢者となれば王だって敵に回したくない存在になれる。

 ただその期間は、当然ながらリスティアの様子を知れなくなる。その間に何があったとしても、守れない。

(どちらが、正解なのか……)









 ところがある時、図書棟で出会ったリスティアはすっかり様相が違っていた。


 ガラス玉のように、ただ景色を映しただけの瞳。無機物を見つめるよりも冷え切った瞳から、何の感情も読み取れない。

 もしリスティアの中で、王子の存在が薄まってきたのなら。

(……この人の側にいたい。癒して、甘やかして、必要とされたい)

 ノエルは自らを律し、湧き上がる期待を抑えて、こう言った。


『おや、珍しいですね。イレニアス様』








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