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「お前など、愛す価値もない」
冷たく言い放たれた言葉に、頭が真っ白になった。
父も母も兄も従兄弟も皆、ディディアを馬鹿にする。婚約者のレイヴンだけは、違うと思ったのに。
「そんな……僕は、」
「ラシェルをいじめ抜いておきながら、またそれか。婚約者であるという事だけで、そのような振る舞いが許されると?」
ラシェルはレイヴンの胸元に抱かれて泣いている。そこはディディアの特等席予定地であり、決して従兄弟のものではない。
引き剥がすべく口を開きかける前に、レイヴンは苛立ちを隠さない顔で冷たく言い放った。
「もう限界だ。お前とは婚約を破棄する!」
「……っ!」
取り縋ろうとした腕は、振り払われた。
どうして。再びの絶望によろめいた先は、不幸にも階段だった。
しまったと思う間もなく、体が放り出される。
伸ばした指先は、誰も捕まえてくれない。驚愕に目を見開いたレイヴンは、それでも決して震える小柄な身体を離さなかったのだ。
ディディア・ファントム侯爵令息の人生の最盛期は、たった五歳の頃であった。
持って生まれた美貌に、莫大な魔力量。将来は国を背負う魔術士になるだろうと期待され、幼い頃から魔力量をさらに伸ばす訓練を課されていた。
しかし、ディディアにはスキルが無いと判明して事態は一変する。
スキルが無ければ、魔術を行使出来る訳もなく。両親は『世紀の大失敗作』を見るような目をし、兄には存在ごと見下され、自室は侯爵家の隅へ追いやられた。
夕食だけは一緒の食堂だったが、それもちくちくと嫌味を聞かせるためだけだった。
せめてもと学業に力を入れたが、『スキル無しは必死だな』とさらに嘲笑される始末。
しかし、魔力量と美貌は子供に遺伝する。男同士でも子は成せるため、ディディアには魔術士を多数排出する名門ーーーー公爵家出身であるレイヴン・オランジュ公爵令息が婚約者として当てがわれた。
家族に無関心を貫かれているディディアは、必死にアピールした。太陽のような金髪とアクアマリンの瞳を持つ、端正な容姿のレイヴンは、初めは優しく微笑みかけてくれていた。
大切にしてくれる。そう思った。
大好きアピールは朝昼晩欠かさない。彼の生活を逐一見守り、全てを知れば、彼の好みや思想が分かるはずだった。
そのため、彼がどこへ行くにもついて行く。うざがったレイヴンに断られても、先回りして見守る。
そんな風にしているうちに、従兄弟のラシェルが侯爵家へとやってきた。
ラシェルは親戚の子爵令息。両親が散財したせいで学費ですら底をつきかけ、ファントム侯爵家に直談判しにきたのだ。
『せめて学園卒業までは』
という約束で、没落必須の子爵家出身ではあるが、援助することとなった。
ラシェルは侯爵家に居候しているうちにディディアの両親と兄を懐柔し、そして最悪なことに、婚約者まで陥落させてしまったのだ。
(……そのような設定のゲームを、どこかで……?)
ディディアは体を起こそうとして、あまりの痛みにもんどり返った。
「ぐうぅ……っ!」
ディディアとは何だ?自分はもっと平凡な名前で、平凡な人生を送っていたアラサーのサラリーマンだったじゃないか。
歳の離れた妹が気付けば腐っていた。所謂腐女子というやつである。大層な小遣いをBLに突っ込んでいた。
それでも妹可愛さに資金を援助したり、時にゲームのやり込みを手伝っていたのだ。『お兄ちゃん、すごい!えらい!天才!』という、棒読みの賞賛を貰うために。
それでBLゲームをやるうちに、徐々に性癖が狂ってしまったのは別として、一体この状況は何なのだ?
瞑っていた瞼をこじ開ける。見覚えが無いようである、ディディアの部屋だ。魔道具一つなく寒さに満ちており、侯爵令息とは名ばかりの待遇。
自分が大怪我をしており、体が動かないことも把握した。きっとあのあと、階段から落ちたのだろう。レイヴンは驚いてはいたものの、ディディアを助けるそぶり一つ見せなかった。
(……これ……ディディア・ファントムって、あのゲームの悪役令息じゃないか!!)
声なき悲鳴を上げる。まさに妹にやらされていたBLゲーム『君を癒せるのはボクだけ~極上の天国~』なんて怪しいタイトルの、登場人物。
“極天”主人公はラシェル(デフォルト名)であり、ディディアは単なる踏み台、当て馬、もしくは燃え上がって散る、恋の燃料なのである。
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