4 / 40
4
ディディアが学園に通えるようになった頃には入寮の手続きは済んでおり、身の回り品は全て配送済みだ。
ファントム侯爵も父親として少しの良心が芽生えたのか、侯爵令息として過ごせるよう衣類など整えてくれたらしい。だからといって今更パパ大好きとはならないが。
清々しい気持ちで屋敷を見上げた。ここに二度と帰るつもりはない。派生スキル【ワープ】の登録箇所であるものの、ディディアはわざわざ消去した。“ファントム侯爵邸”と表示されるのも憎らしい。
「成績は保つように。レイヴン殿とラシェルにも、付き纏うなよ」
「はい。それではさようなら。侯爵閣下」
父親の念を押すような言葉も、これが最後だと思えば気にならない。あばよ、という爽快な気分である。
「ディディア様……、もう、その……ボクは、どうなってもいいですからっ!どうか、レイヴン様には、どうかお近づきになりませんよう!ひえっ……」
最後まで涙を浮かべ、ディディアに懇願するラシェルには辟易する。
このラシェルは、おそらくだが転生者ではない。これまで見た彼の行動から、転生者を匂わせる言動は思い出せなかった。ただ、ゲームの主人公よりも著しく野心が強く、性格が悪いだけだ。
今も、あたかもディディアがラシェルに危害を加えることを前提のように話をしている。しかし、ディディアは一度としてそんなことをしていない。ゲームのディディアとは違うのである。
そして何を言ってもトンデモ解釈をされて泣き出される。そのため、もう何も言わないのがベストだ。舌も頭も、ラシェルのために動かしたくない。
ディディアは『ええ』とだけ機械的に言って、ファントム侯爵家を出たのだった。
『従兄弟を階段から突き落とそうとして自分が落ちた』ということになっているディディアは、久しぶりの登校した姿を遠巻きにされていた。
しかし気にしない。卒業さえできれば友人など不要。
数日。
静かに……普通に過ごしているだけなのに、周囲のヒソヒソは止まらなかった。
かつては休憩時間のたびにレイヴンへ話しかけたり、勝手に追跡したり、ラシェルに絡んだりと騒々しかった自覚はある。かなり迷惑をかけたことだろう。
今のディディアは、徹底的に二人を視界から排除している。
休憩時間は静かに『王都街歩きガイドブック』や『初めての一人暮らし・手続き編』を読み、卒業後を視野に入れて資格の勉強もしていた。主に経営や経理に関するものだ。
こちらの世界はそう言った知識に疎い人間の方が多い。ディディアがゆくゆくは経営者になるのも夢ではなかった。
寮では最も高位貴族となるため、ちょっかいを出す人間もいない。とても快適な生活を謳歌していた。
そんな折に、レイヴンから『話がある』と声をかけられたのだ。
さらりとした銀髪を耳にかけ、ディディアは目の前に佇む男を見た。
いつもディディアを見る目つきは毛虫を見るかのように嫌悪感を滲ませていたが、今は戸惑いの方が強いらしい。思えばディディアから話しかけても、レイヴンから話しかけられることはほとんどなかった。
「………………何か?」
「ここでは話せない。俺について来い」
「婚約が解消されたという連絡は受け取りましたが?それ以外に何か?」
ディディアがそう言うと、教室じゅうがシンと静まった。
少し前に父親から便りがあった。ディディアが有責の婚約破棄は証拠不足のため申請出来ず、早い解決を望んだために『解消』となったことを。
レイヴンはチッと舌打ちをして、乱暴に腕を掴もうとしてくる。それは華麗に避けた。派生スキル【身体強化】で動体視力を上げれば、造作もないこと。
「……いいから!それだけじゃない」
「あぁ、ラシェルと婚約でも結びましたか?おめでとうございます。どうぞお幸せに」
「……はあ、お前は……、せっかく穏便に済ませてやろうと思った俺の配慮を返して欲しい。そうだ、正式にラシェルが俺の婚約者となった。指先一本でも触れたら容赦しない」
「そうですか。望むところです。僕とて触りたくもありません。僕はもう寮に移りましたし、良かったですね?邪魔者が消えて」
人の婚約者を盗むような人間は、頼まれたって関わりたくない。ディディアはそう蔑みを込めて言えば、レイヴンは負けじと嘲笑する。
「はあ?どうだか。今の言葉、覚えておくことだ」
レイヴンはそう言い捨てて、去っていく。その後ろからクラスメイトたちが、『婚約解消、おめでとうございます!』だの、『ようやく真実の愛が実を結びましたね!』と囃し立てている。あの様子では小一時間後には会話の全てが拡散されていそうだ。
それも考慮に入れて、“寮へ入った”ことを大声で話せて聞かせたのだ。
もうファントム侯爵家にいないディディアは、ラシェルに関わるとしても学園にいる間だけ。そう印象づけたかったのだ。
*
レイヴンは困惑していた。
あれだけしつこく監視し、『愛さなければ許さない』とばかりに悪鬼の顔をしてラシェルを罵倒していたディディアが、全く接触してこなくなった。
せいせいしたと思った。ようやく迷惑行為だと気付いたのだと。
可愛らしいラシェルが始終落ち込み、涙を溢すほど、追い詰めたディディア。学園に在籍したままなのも腹立たしく、一刻も早く辞めさせて追放したいが、成績優秀なだけあって証拠を掴ませなかった。悪知恵は働くようだ。
晴れてディディアが復帰して、婚約はつつがなく解消された。常時感じていたあのねっとりした視線は消え失せ、ラシェルと穏やかなひと時を過ごせるようになった。
もう手は出させやしない。あいつは家からも追い出された。
大丈夫なはずなのに、胸の辺りがすうすうとするのは、何故か?
今日もラシェルを家へ送り届けるのに、一緒に馬車へ乗り込む。二人の会話は、あまり弾んでいない。障害が無くなったのだからもっと近づいても良いのに、ラシェルはモジモジするばかりで、レイヴンもどうしていいのか分からない。
(思えば…………ラシェルとの会話のほとんどは、ディディアだったな)
まだ婚約を結んだばかりだ。もう少し慣れたら、この気まずい沈黙もきっと、心地良いものになるのだろう。レイヴンはそう割り切って、目を閉じた。
このところ穏やかな毎日だったから、油断をしていた。レイヴンが目を閉じてすぐ、ラシェルが堰を切ったように泣き出したのだ。
「うっ…………うっ…………」
「ど、どうしたんだラシェル!?」
「い、いえ……っ、なんでも、ないのです……っ」
「まさか、またディディアが……っ!?何をされた!?」
『ディディア』という言葉に、ビクン!と震えた小さな体。可哀想で抱き締めると、ラシェルは健気にも首を横に振った。
「い、いえ……!違うんです。だって……わからなくって…………っ」
ラシェルはそう言うと、鞄をソッと開けた。ズタズタに引き裂かれたノートや教本、折られたペン。その上全ては、泥まみれに汚れている。
「卑劣な……っ!やはり、アイツはまだ……っ」
レイヴンの脳裏にチラリと浮かんだのは、ディディアが静かに読書をする姿だ。
朝も休憩時間も昼休みも、レイヴンはディディアを監視していた。寮から学園、学園から寮までも、下位の令息を使い異常行動を起こしていないか報告させていたのだ。
(一体いつ……?そんな時間は無かったはずだ)
下位貴族の令息は、ディディアは特に寄り道もせず、まっすぐ、ゆったりと、侯爵令息らしい気品で往復しているだけと報告してくれている。
凛と伸ばした背筋に、さらさらの銀髪が揺れているのを、良く見るようになった。整えられた指先でページがそっと捲られるのさえ、どこか艶めかしい。
黙ってさえいれば神々しい容色なのだ。どうして早く、こうなってくれなかったのかと文句を言いたくなるのをどうにか堪えながら、ラシェルへ危害を加えないよう見張っていた。
もうファントム侯爵家という目の届かない場所では、ディディアは何もできないはずだ。だから学園でだけ気を付ければいい。そのはずだった――――。
あなたにおすすめの小説
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。