【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ

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 すらりとした長い脚でゆったりと近付いてくるのは、同学年のアレクサンダー・マルゴート王太子殿下だった。

 麗しい顔に柔和な笑顔を浮かべて、レイヴンとディディアを観察する。そしてディディアのよれた襟元や口端から流れた血をチラリと見て、まずレイヴンへにこりと笑いかけた。


「どうしたのかな。ディディア・ファントム侯爵令息に親でも殺されたのかい?レイヴン」

「でっ、殿下……。いえ。こやつが、婚約を解消したにも関わらず非道な行いをしましたので……」


 アレクサンダーは深紅の瞳をすうっと細めた。教室じゅうの誰もが動けない。

 アレクサンダー王太子は、気さくな態度で誰とでも分け隔てなく接する王子だが、冷酷な一面もあった。
 入学当初に、不敬にもアレクサンダーの腕へ抱きついてきた男爵令嬢の手首を、即座に切り飛ばした事件は有名である。


 その後一週間ほど、“”させられたのちに、手首は元通り再建されたが、男爵令嬢は自主退学して小さな商家へ嫁いで行った。

 それ以来、アレクサンダーには間違っても接触しないよう、皆が背中にまで目をつける思いで神経を全集中することとなったのである。




 アレクサンダーはそんなピリついた視線をものともせず、レイヴンを見続けている。穴の開くほど見つめている。

 ゲームでも最難関攻略対象のアレクサンダーは、攻略するのにも時間をかなり費やした。ディディアは肌が粟立つような畏怖を感じながら、彼の出方を見ることにした。


「ふうん、非道な、って?具体的には?」

「ラシェルの学用品を切り裂き、汚損させたのです!私とラシェルの婚約が余程気に入らなかった、腹いせに!」

「それは本当かい?ファントム侯爵令息」

「事実無根です。あの方の私物に触れたことはありません。お二人の婚約は祝福していますのに、心外ですね」


 深紅の瞳がこちらを向いた途端に、緊張が走った。しかし落ち着き払って事実のみを伝える。

 ディディアの言葉の真偽を確かめるかのように、アレクサンダーは見つめてきていた。咄嗟に、自分のスキルに【隠蔽】を施す。


(アレクサンダー王太子のスキルは、【真実の瞳】だったはず。人間嘘発見器だった。僕のスキルが無いのは有名だから、『ある』とバレたら面倒くさそうだ……)


「……うん、ファントム侯爵令息は真実を言っている」

「そんな……っ!?」

「彼は君の婚約者の私物に触れてもいないし、心から二人の婚約を祝福しているよ。私の言うことが、絶対だと……レイヴン、君なら分かるよね」

「……っ!」


 アレクサンダーの側近であるレイヴンも、アレクサンダーが“真実と嘘を見極めるスキル”を持っていることを知っている。その他の生徒たちも薄々、アレクサンダーのその力については勘付いている。

 だから息を呑む。真っ先に犯人だと疑われたディディアが、王太子が保証するほど潔白であることに。


「ラシェル・ポルカ子爵令息に聞く。ファントム侯爵令息が君の私物に手を出したと分かったのは何故かな?」

「!」


 教室の隅で震えていたラシェルは、びくりと肩を縮こませた。
 ディディアはいつも、その小動物のような動きを腹立たしく思っていた。ビクビクと怯えれば、レイヴンやその他大勢が勝手に擁護してくれると分かっていてやっているのだから。


「あ……あ……っ、いえ……っ、ボクは、そんなこと、言っていないんです。でも、今までのことがあったので……」

「状況は違うのに?彼以外に犯人がいるかもしれないよね。心当たりはあるかな?」

「えっ……、ええ、いえ……」

「犯人を知っている?」

「い、いえ!知りません!」

「はは、そうか。私に嘘を吐くとは、良い度胸だね。ふふ、レイヴン?もっとよく婚約者の話を聞いてやる必要があるようだよ。少なくともファントム侯爵令息は犯人ではない。…………すぐに買い替えられる教本の汚損などより、乱暴をして歯をへし折った君の方がよほど罪深い。謝罪をするべきだよ」


 アレクサンダーの口調は柔らかかったが、目は笑っていなかった。恐ろしく冷えた目で通告されたレイヴンは、顔を真っ青にし、ぎりぎりと奥歯を鳴らしながら、ディディアに向かって頭を下げた。


「……………………………………こちらの勘違いだったようだ。申し訳ない……」

「……勘違い。そうですか、勘違いですか。これから貴方に歯を一本ずつ折られたとしても勘違いなら仕方ない、と、そういうことですね?」

「治療費は出す。それでいいだろう。そういう嫌味たらしいところが嫌なんだ!」

「治療費は当然のことです。次からどうやって勘違いを防ぐのです?ご婚約者様がぴーぴー泣くたびにこちらに来られては、あっという間に歯が無くなってしまいますから」


 痛烈な嫌味を吐くディディアに、レイヴンは簡単に煽られていた。殺さんばかりに睨んでいる。


 そこで、パンッ!と手を叩く音がした。


「そうだ。私がファントム侯爵令息と共に過ごしてあげよう。そうすれば、ファントム侯爵令息がポルカ子爵令息に何か手出しをしようとしても防ぐことが出来る!」


 その突拍子もない提案に、ギョッとしたのはディディアだけではない。レイヴンもラシェルも、その他の生徒たちも目を剥く。


 アレクサンダーは公務等で多忙のあまり、学園へは自由登校となっている。いるのを見かけても次の瞬間に消えていたり、神出鬼没の謎深き王太子だ。

 一貴族の私情に巻き込み見張り役のようなことをさせるなど、考えられないこと。

 しかしアレクサンダーはにこにこと、実に楽しそうに笑っていた。


「レイヴンもポルカ子爵令息もその方が安心だろう。そしてファントム侯爵令息だって身に覚えのない言いがかりで乱暴をされずに済むから安心だし、私もそろそろ学園生活を楽しもうと思っていたから丁度良い。ファントム侯爵令息は今婚約者がいないし、付き合ってもらって構わないね?」

「そっ、それでは……っ!で、殿下の身が危険です……っ!万が一、ディディア様が殿下に手を……ヒィッ!」


 ラシェルがそう叫ぶのを、呆れた目で見る。途端に殴られたかのように被害者面をして悲鳴を上げるので、そうプログラムされたおもちゃのようである。

 するとアレクサンダーはおもむろにディディアへ近づき、肩を抱いてきたのだ。


「それって、彼の執着が私に向いたらということかな?いいじゃないか。レイヴンも君もそれを望んでいるだろうし、私も望むところだ。じゃあそういうことで、彼は連れて行くよ」


(望むところとは???)





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