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さっきまで寝ていたと思っていたアレクサンダーが、石像のように固まったディディアの耳元で囁く。
「優しい感じの魔力の使い方だ。もしかして、【癒し】かな……ううん、違うね、それよりももっと強い。【治癒】?それももし先ほど抜けた歯が生えていたとしたら、欠損を蘇らせることのできるほどの、一等スキルレベルの高い【治癒】だ。ディア、口を開けて見せてくれるね?」
「嫌です……っ、!」
つい素直にそう漏らすと、くるりと体を回転させられた。
目の前には、にっこりと微笑むアレクサンダーだ。その手はディディアの痛くない方の頬にかかり、唇を指でなぞっている。
深紅の瞳が、瑪瑙のように輝き、ディディアを見透かしていた。
「収束の仕方も綺麗だった。もし欠損を治せていなかったとしても、スキルの発動から収束まで異常に速くてなめらかだった。熟練の治癒士でもかなりの集中と時間が必要なのに、君は一瞬で、私の目を盗むようにやっていたね。そうでしょう?」
「……」
今話せば口の中まで見られてしまう。嘘は見破られる。
そっと唇を貝のように閉めた。【真実の瞳】への対処法はただ一つ、『沈黙』なのである。
まるで猫を可愛がるように喉をすりすりされるも、決して言葉を発そうとしないディディアに、アレクサンダーは色っぽいため息を吐いた。
「仕方ないね。意地っ張りは……無理やり口付けして舌を捩じ込んで、中を確認するしかないかなぁ。仕方ないよね?じゃあ失礼して」
「開けます!開けますから!」
白旗を上げた。流石に、生やしてしまった歯を見せずに、口内で再び折るのは無理だ。もう誤魔化せない。
「わぁ……ほんとに生えてる……すごく綺麗に」
「……」
ディディアの整った歯列を満足いくまで確認したアレクサンダーは、『逃さない』と言わんばかりに距離が近い。
ディディアの肩はがっしりと抱かれている。王太子の体格はスラリとしているように見えたのに、意外とディディアより大きく力強かった。
「さぁ、正直に話すとスッキリするよ。洗いざらい、全て吐くといい。君の目の前の男は、受け止める度量はあるからね」
「いや、そんな……大層なことでは、ないのですよ」
いつからスキルがあると判明したのか。
どんなスキルが使えるのか。
このことを知っているのは誰か。
スキル名までは聞き出されなかったが、王子の想定しうるスキルのほとんどを、派生スキルとして所持していることは引き出されてしまった。
「はぁ、なるほどね。私が【真実の瞳】で探ろうとしたのに全然見えなかったから、不思議に思ったんだけど、直感は正しかったな。実に興味深いよ、ディア」
「……それは光栄なんでしょうか……」
根掘り葉掘り聞き出されたディディアはぐったりしていた。一方のアレクサンダーは、最高のテーマパークを見つけた子供のように、深紅の瞳をキラキラと輝かせている。
「興味深いのは君の雰囲気もだ。なんだか私の師匠に似ているんだよ。空気感が」
「……お師匠様は、お年はいくつで」
「えっと、66歳になるかな。あと百年は死なないくらいには元気だよ」
お爺さんに似ているというのは、どう受け止めたら良いのだろうか。褒められているとは思えないので、面と向かって中傷されているのか。ディディアは困惑に顔を引き攣らせる。
「師匠はほとんど世捨て人なんだよ。気が向いたら教えに来てくれるし、気が向かなければ風のようにどこかへ行ってしまう。……君も、そうなんじゃないかな」
「ああ……なるほど。そういう意味でしたら、分かるような気がします」
アレクサンダーのお師匠様とは気が合うかもしれない。ディディアは貴族社会にも実家にも執着していない。どこにだって行けるし何でも出来る。少なくとも自分ではそう思っている。
一応働いていたし、一人暮らしもしていた。自分のことは一通り始末できる。卒業した方がいざという時に就職しやすいからということだけで、とりあえずはふらふらと遊んでいてもいいかなと思っていた。
「皆、私に怯えるだろう?笑顔を向けてくれても、どこかで恐怖しているのが分かる。でも君は違う。フラットだ。怯えもしないし、かといって好意もない。興味がない。どうして?私のことは、知っているだろう。男爵令嬢の……」
アレクサンダーは心底不思議そうにしている。その顔はやはり、年相応に子供らしい。
ディディアはくすりと笑った。
「ああ、手首を切り落とした件ですね。ちょうど現場を見ていたので、もちろん覚えています」
「大体の人が引くんだよね。冷酷だ冷徹だって。君もそう思うだろう?たかが女子生徒に抱きつかれただけなのに、あれはやりすぎだと」
「そうでしょうか?僕はそう思いません」
「……何故?」
深紅の瞳はまた、ディディアを探っていた。ゲーム“極天”の中で王太子が言っていたことには、人の悪意や善意がオーラとして見えているらしい。
だから今、彼に見えているのはディディアの心から素直な色だ。
「平民が貴族に抱きついたなら、即手打ちにされて然るべきです。ましてやアレクサンダー様は最も尊ぶべき王族ですから、貴族であろうとも許されることはありません」
「……まぁ…そうだけど」
「王族でいらっしゃいますから、本来は学園でもゾロゾロと護衛を引き連れているはずでした。しかしアレクサンダー様は身分に関係なく交流したいという理念の元、護衛は無しに入学されました。生徒たちの行動を信じておられたのですよね」
学園内でも護衛をつけられるのは、王族の権利だ。それを辞退したのは、生徒たちを怖がらせないように、生徒たちと交流したい、そんな王太子の優しさを感じる。
BLゲーム的には、攻略対象に護衛がいては、やりにくいことこの上ないから外したのかもしれないが。
「私の入学式の時のスピーチを覚えていたのかい?記憶力が素晴らしいね」
「いえ、貴族であれば当然のことかと。しかしその殿下の信頼を踏み躙ったのがあの男爵令嬢です。殿下に護衛のついていない状況を隙と見て、飛びかかったわけですから」
「フクロモモンガのような言い方をするね。飛び……ぷふっ」
「仮にあれを許した瞬間、アレクサンダー様には更なる大量のフクロモモンガが飛びかかることになるわけです。その中に一匹や二匹、毒の持つものが紛れ込んでも、そうと判明したときにはもう手遅れ。ですから、断固とした処置が必要でした」
「恐ろしい光景を想像してしまったよ……?」
ディディアも思い浮かべた。王太子に群がるフクロモモンガ。その隙間に隠れるようにして飛び込む、蝙蝠。……他人事とはいえゾッとする。
「“停学処分”だとか、“退学”、“謹慎”……処罰の方法はいくらでもありますが、手首を切り飛ばすことで視覚的に皆の記憶へ、鮮烈に刻みつける。それは後で教師からだらだらと処分内容を聞くよりも、圧倒的にインパクトが強いですよね」
「その通りだ」
「一週間の強制出席は、完全に見せしめ。いっそ謹慎した方が令嬢的には良かったでしょうが。その後手首を治させることで、優しさもアピールされておられ、さすがだと思いました。抜かりがない」
「ふっ……あははっ!驚いたよ。まさかそれほど、私の意図を分かってくれている人がいるとは!」
「いえ、僕は……元婚約者に近づく人間がいたので、手首どころか腕丸ごと切り飛ばせばいいのにな、と思っていましたから」
ディディアの言葉に、アレクサンダーが初めて驚嘆の表情をした。飄々としたアレクサンダーの鼻を明かしたような気分になり、ディディアは余裕を取り戻す。
と同時に、かつての怒りと寂しさも思い出してしまった。
「元婚約者は、腕に従兄弟をぶら下げては嬉しそうにしていたのです。婚約者のいる男に抱きつき、容易に涙を見せる節操の無い人間を……手首を落とすまではいかなくていいので、最低限、振り払ったりして欲しかったのです」
だからこそ、よく覚えている。もしアレクサンダーの婚約者があの光景を見たのなら、『私の婚約者はなんて毅然とした対応ができるのだろう』と安心できたことだろう。
レイヴンは残念ながらそうではなかったからこそ、あの事件を度々思い出しては『違うなぁ』と感じていた。
「もし私が殿下なら、両手首切り飛ばしていたかもしれませんね。まだ片手だけな分、お優しい」
「ねぇディア。君、私と結婚しないか?」
突拍子もないアレクサンダーの言葉に目を向けば、その瞳の輝きはよりいっそう強く、ギラギラと、そして確かな熱を持ってディディアを見つめていた。
「……なん、なんですって?」
「私をそこまで理解してくれるだけではなく、『優しい』とまで言い切る。君はもはやスキル無しではなく、有用な多数のスキル持ちだし、成績も言うことなく、侯爵令息でもある。その上、胆力があって、王太子妃に最適な素養を全て持っている!結婚しよう!」
爽やかな王子の、完璧な笑顔は、断られることなど微塵も予想していない。
しかしディディアは、はっきりと言った。
「お断りします」
「……うん?あれ?」
「僕には夢があるんです。雪景色の美しい場所でゆったりと温泉に浸かりながら、ムキムキに鍛え上げられた肉体美の男を鑑賞しつつせっせと世話をしてあげるという、夢があるんです。遠慮させてください」
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