転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ

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「あっはははは!!」


 アレクサンダーは爆笑した後、ますますディディアを気に入ってしまったようだった。
 目尻の涙を拭い、奇妙なことを言い出したディディアを見ながら、ころころと笑う。その笑いは、王子にとって“久しぶり”かのような爽快さ。


「なんだいその夢は!?それも、本心で言っているね?面白い。王太子妃を蹴るほどの夢、かぁ」

「僕にとっては、というだけです。どうか他の人をあたってください。アレクサンダー様なら選び放題でしょうから」

「いや。ますます気に入っちゃった。今は引き下がけれど、いずれ承諾してもらうよ。ディア。私、頑張るね?」








 アレクサンダーは有言実行タイプのようだ。当然のように朝、迎えに来て、放課後は一緒に帰宅し、談笑をして消えていく。

 突然の求婚は断ったが、非常に軽いプロポーズ。とりあえず言っておくか、くらいの認識だったに違いなく、ディディアもあまり真剣には受け止めていなかった。


(本気とは……思えない。だって、最難関攻略対象なんだよ。主人公として操作していた時は、あんまりひねくれた選択肢しか出てこなくて大変だったんだから。というか今の僕は悪役令息だし……)

 アレクサンダーを攻略するにはまず、彼と同等かそれ以上のスキルレベルを持っていなければならない。

 その上、決して自分から近付いてはいけない。そして話す際は、おべっかや嘘、誤魔化しを少しでも入れないよう気をつけなければならないのだ。


 ディディアは、その攻略条件を無意識に満たしてしまっていることに、まだ気付いていなかった。





 



 しかし、アレクサンダーという人物は面白い。公務で忙しいという話は本当なのだが、しょっちゅう市井に降りて視察をしたり、傭兵をやってみたり、結構好き放題をしており、その豊富な経験に基づく世間話は異常な程に楽しかった。


「それで捕まえた盗賊の胸ポケットからひよこが出てきてさ……あ、それじゃあ、授業頑張るんだよ、ディア」

「あ……もうこんな時間に。ありがとうございます。お気をつけて」


 ひとしきり笑った後、アレクサンダーは教室から煙のように掻き消える。相変わらず授業は出たり出なかったりとまちまちだ。

 あえて治さずにいた頬は、腫れたあと、内出血で青黒くなり、今は黄色に変色していた。痛みはほとんどないが、ラシェルの専売特許である“被害者ムーブ”をかましてみている。

 貴族令息令嬢はほとんどの場合、このような大きな怪我をしたことがないので、簡単に同情を集められるらしい。皆一様に眉を下げていたましそうに顔を歪めるのが、楽しくなってきた頃。


「……もう、平気なのか」


 休み時間。いつもラシェルとポソポソ話しているレイヴンが、珍しく話しかけてくる。ディディアはチラリと見上げて、また本へ視線を落とした。


「おい、俺が聞いているだろう」

「さあ。僕の怪我が治っても治らなくても、貴方には関係のないことでは?」

「いや……怪我をさせた、責任がある。あれから、ラシェルにも手を出していないようだし……」

「僕が彼に手を出したことは、これまで一度だってありませんけど」

「……」

「ところで犯人は見つかりましたか?従兄弟は知っていそうな感じでしたが」


 レイヴンは黙った。どういう気持ちの沈黙なのかディディアには分からなかったが、興味も無かった。あるのは苛立ちだ。

 そこでラシェルが、しおらしく袖の端を掴んだ。レイヴンはまるでヒロインに勇気を与えられたヒーローかのように、くっ……と唇を噛む。実際のところは被害者ぶりっこと勘違い野郎であるのに。


 あれから十数日が経っているが、ラシェルの教本汚損事件の犯人は判明していない。


 アレクサンダーは『大体予想がつくけど、それは婚約者であるレイヴンが聞き取りするべきだよね、まずは』と言っていた。

 それもそうだ。レイヴンが勘違いをしてディディアを殴り、アレクサンダーを巻き込んだ。レイヴンの始めた事件である。ディディアはアレクサンダーによって冤罪を証明された。

 あとはこれ以上王子の手をわずらわせる前に、レイヴンが犯人の報告をして、ちゃんちゃん、と完結すべきところだ。

 犯人を見つけたとして、レイヴンはまた殴りに行くのだろうか、と考えて、ディディアは『そうはならないだろうな』と一人結論を出す。
 おそらくディディアを下に下に、地を這うアリかなにかと同じくらいに見下しているからこそ、遠慮なく殴ったのだ。


「まだ……だ。その……どうにも、ラシェルも影しか見れなかったらしいから……」

「へぇ。影……、そんなに動くのが速かったのに、僕だと勘違いしたんですか……」


 人間が残像にしか見えない速度で動くなど、高速移動のスキルでも持っていなければ不可能だ。つまりは虚言だと考えられる。
 ラシェルはいつも嘘を吐くのだから、今回の件も、十中八九そうに違いない。ディディアはそう確信しているものの、言って信じられた試しが無いので言わない。

 その時、レイヴンの影にいたラシェルが、おずおずと進み出てきた。


「ディディア様……もう、ボク、いいんです。これまでされたことは、水に流して差し上げます」

「は?」

「ラシェルは本当に……優しいな。これまで虐めてきたディディアを許してやるなんて」

「だって……見ていられません。これ以上、殿下を振り回さないで下さい。お可哀想です。どうか解放して差し上げてください……っ!」


 ラシェルはうるうるとした瞳で見上げてきた。それに全面的に騙されるのがレイヴンという男であり、その劇場を強制アリーナで見せられている立場としては勘弁被りたいところだった。

 レイヴンのそれまでのやや気まずげな表情は一変し、さも『それだ!』とひらめいたかのようにディディアを睨みつける。


「そうだ。お前が反省したなら、もういい。殿下にはもう和解したと話すぞ」

「はあ……そうですか。まぁ構いません。もういいですか?」


 和解という言葉は納得がいかない。しかし、こやつらに言った所で、彼らの耳の中ではどうしてか、跡形もなくグネグネと捻じ曲げられてしまうのだ。


「これまでのことを許して差し上げる記念に、そのう、ボクとお友達になりましょう!」

「嫌ですけど」

「……!ひ、ひどいっ……!」

「お前、やっぱりまだ……!」


 ラシェルが訳のわからないことを言うので、断る一択。そしてうんの呼吸かのように、予想通りのセリフが飛び出してくるのだ。端的に言って、関わりたくない生物である。


「誰が、家も婚約者も奪った人間と仲良くしようなんて思います?」


 言外に“気狂きちがいですか?”と匂わせて、再び本に視線を落としたところで、次の講義の教師が入ってきた。

 レイヴンたちはまだなにか言いたげだったが、渋々自分の席へと戻っていく。視界から排除して、すぐに思い浮かべたのはアレクサンダーのことだった。


(アレクサンダー様と話せなくなるのは、少し寂しい。面白くて、それに僕を信じてくれる人だから……でも、もともとは“見張り”という名目だったし……僕と違ってあの方は、お忙しいのだから)


 きっとその日の夕方には、アレクサンダーの元に報告がいく。

 『もうディディアの見張り役は必要ありません』とかなんとか、レイヴンが伝えるはずだ。






 


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感想 18

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みんなの感想(18件)

いぬぞ~
2026.02.25 いぬぞ~
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四葩(よひら)
ネタバレ含む
2026.02.25 カシナシ

四葩様、感想ありがとうございます!
話が合うのは大事ですよね!ひよこ、ディディアも気になってそうですが授業が始まってしまうので……(´∀`;)
余計な二人、出てきました。本当、長年世話してきたおじいちゃん的存在なら分かりますが、ラシェルの言うことではないですよね!( ´_ゝ`)
レイヴン、まだまだ偉そうですがいつまで保つか……(´∀`;)

解除
にゃ王さくら
ネタバレ含む
2026.02.25 カシナシ

にゃ王さくら様、感想ありがとうございます!
明らかにおかしな様子ですよね〜(´∀`;)ヤレヤレ

解除

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