【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ

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(あの肉体は凄かった……。僕って、やっぱり男の体が好きなのかな……)


 アレクサンダーの入浴が終わるのを待って、ぬるめの薬草茶を用意する。

 茶葉の香りを確かめる間にも、ディディアの脳裏をもわもわと占めるのは、アレクサンダーの素晴らしい肉体だ。

 あれはまさしく、裏キャラクターとして登場していたシルエットと、一致する。


(殿下の、本来の姿だったんだ……)


 同一人物だったとは思わなかった。しかし右手には、先ほど触れ(させられ)た弾力の感触が残っている。間違いはない。


「…………」


 わきわき。右手をぼうっと見つめる。

 もしゲームで裏キャラクターが出せたとしたら、きっとでっかいクワガタを見つけた時のような『スッゲー!』的感動かと思っていた。

 しかし、そうではなかった。色気を頭からずっぷりと浴びせられたディディアは、どこかでゾクゾクと『触れてみたい』と思ってしまったのだ。

 眺めるだけで良かったのに。そしてその熱に触れてしまうと、『生身』であることをむざむざと分からせられてしまった。

 攻略対象とか、裏キャラクターとか、そんな薄っぺらい人形のような存在ではない。生きた人間なのだ。




 ちょうど良い頃合いに、冷えた薬草茶を持っていく。王太子はバスローブを着ているのにも関わらず、けしからんほど豊かな胸元をはだけており、どうしても目が吸い寄せられてしまう。


(画面越しじゃないナマって、違う……。想像以上に心臓がびっくりしている)


 見かねたディディアは『失礼』と前置きをし、キュキュッと胸元をぴっちり閉めさせた。
 しかしアレクサンダーが少し体勢を変えると何故か、ぺろん、とまたはだけるのだ。


「ごめんね。どうしてだか、ローブとは相性が悪いみたいで」

「胸筋の罪ですね……」

「ん、これ美味しいね……」


 アレクサンダーが悪いのではない。ただの視界のご褒美である。
 もう仕方がないので見るしかない。


「その……」

「ああ、この姿?私は自分の姿を変えたり消したり、まあ人の目を誤魔化すことが出来るんだ。【真実の瞳】のオプションスキルとでも言おうか。それで普段は無害そうな王子を装っているんだよ」


 無害そう、というのには異論があるが、ディディアは黙った。確かにこの筋肉質、それもディディアの好み、ドの付くストライクぴったりな体格は、無害そうには到底見えない。


「どうしてそれほどまで鍛えているのですか?常に護衛がいらっしゃいますよね……?」

「そうだね…………私はスキルの性質上、人の善悪に敏感に育ってしまったんだ。それに【真実の瞳】は、色々詐欺師のように誤魔化しは出来ても、身を守ったり、刺客を打ち倒すようなスキルを持たない」

(それ、ものすごく極秘情報なんじゃ……)


 害意ある人間が聞けば、大喜びをしてアレクサンダーの寝所に討ち入りしかねない話だ。自分は無力で無害です、という顔を極力作ったが、アレクサンダーはまるで気にもしていない。


「だからね、幼きアレクサンダー少年は思いついた。誰にも負けないよう鍛えればいいと」

「はちゃめちゃに力技ですね」

「ダンジョンも楽しめるようになったし、体調はいいし、いいこと尽くしだよ。ただ普段からこの姿だと、敵の油断を誘えないからね。やはりスキルで攻撃されるのは怖いから、使えるスキルは使っているんだ」


 一体何と戦っているのかと疑問に思いかけたが、王族の暗殺未遂は、この世界では珍しくない。元の世界でもトップの人間はそのリスクと戦っていたはずだ。

 飄々としているアレクサンダーも、命を脅かされる恐怖と戦っている。『怖い』と口に出せるのは精神的な強さだ。ディディアには羨ましい。


「……僕に害されるとは、思わないのです?もしかしたら寝首をかくかもしれませんのに」

「あははっ、ディアが?ディアになら刺されてもいいかもしれないね。幸せに死ねそうだ」

「………………」

「引いてる引いてる。いや。そうだな……ディアの纏うオーラは、清廉に澄んでいる。無色透明で、澱みがない。真っ直ぐな人だ。私だけでなく、他の人間にだって危害を加えることは出来ないよ」

「そう、でしょうか?」


 そんなに綺麗な心ではない、と自覚をしている。少し前まではラシェルが憎くて憎くて仕方なかった。実際に手は出さなかったが、ギリギリの状態だった。

 しかし前世を思い出してからは、彼ら矮小な存在のために、自らの手を汚す価値は無いと達観した。後ろ暗いことはせず、誇れる自分であり続けたい。表向きの“スキル無し”のせいで誰にも認められなくても、自分だけは自分の味方でありたかった。


「そんな君が可哀想で、可愛いよ。ディア。私に抱きしめさせてくれるかい?」

「…………」


 アレクサンダーが両腕を広げた。チラリと胸筋を見つめたディディアは、ふらふらと吸い寄せられ、ぽふんと捕まっていた。

 月夜に酔ったのだろうか。それとも、今世で初めて抱きしめられたからだろうか。勝手な涙が堪えられない。吸湿性の高いバスローブにどんどん吸い込まれていくから、きっとバレないはずだ。

 アレクサンダーは何も言わないまま、ただディディアの頭を優しく撫でていた。











 *


 その翌日のことだった。


『アレクサンダー王太子殿下が婚約の白紙を宣言!隣国姫君は入国禁止』という号外が朝一番に発行され、王国は一大ニュースに震えていた。

 双方の話し合いの結果、それぞれ幸せになるための前向きな別離――――という王子スマイルを浮かべるアレクサンダーの写真は、ディディアから見れば胡散臭さ満点であった。結果的にこちら王国側に有利な条約が結ばれている点も、抜かりなくやったのだろうと推測される。


「理由までは流石に書けなかったけれど、お姫様がこの国に入国禁止ってところから皆、推測出来るんじゃないかな」

「そうですね……アレクサンダー様に落ち度は無かったと?」

「まあ、表向きにはね。あの姫君は婚約した時点で、オーラが濁っていた。あまり仲良くする気は無かったよ。ふふふ」


 腹黒さをもはや隠していないアレクサンダーは、いっそ清々しい。自分で号外を持ってきてディディアに見せびらかし、「これで大っぴらに口説けるね」と笑う。一体いつ寝ているのだろうかと、もはや呆れてしまった。


「……婚約は、お断りしたはずです」

「ええっ!?昨日はあんなに素直で可愛かったのに!?」

「あ、あ、あれは、親愛のハグです!」


 わざとらしく驚くアレクサンダーに、ディディアはむっと頬を膨らませる。


「“友人”として、アレクサンダー様のおそばは居心地が良いです。それは認めます。ですからお力になれる部分があるならお支えしますよ。【結界】や【癒しの湯】などを提供したりは」

「それなのに、結婚はだめなのかい?」

「…………不敬を承知で申し上げるのなら、婚姻の必要性を感じません。その席は、本当に愛する人を見つけた時のためにとっておくべきです」


 欲されているのがディディアのスキルだとしても、嬉しいのは嬉しい。しかしそれなら、結婚という形でなくても良い。
 スキルを使ってアレクサンダーの役に立ちたいとは思うので、友人という立場で十分である。

 そんな中、あえて結婚をするほどディディア自身に価値は感じられないし、また後々別の人に『ねぇ結婚しない?』などと言っているのは見たくない。だから、現実的に考えられなかった。


「ええぇえ……そんなことないのに」

「それに、アレクサンダー様と結婚をするということは、夢を諦めなくてはなりませんし。諦める気はありません」

「手強いね。ふふ、この私から逃れられると思っているなんて、可愛い」

「…………ええと……」

「もちろん、私だって諦める気はないから。ディア?まずは側近になってもらって、それからかな」


 レイヴンから『和解した』ということを聞いたのか聞いていないのか、はたまた気にしていないのか。

 ディディアの日常は変わらなかった。つまり、アレクサンダーはディディアの見張りだとかは関係なく、一緒にいることを選んだらしい。


 二人の距離はより近くなった。アレクサンダーの婚約白紙がおおやけになったこともあり、近づこうとする令息令嬢は多いが、アレクサンダーが視線一つやるだけでひるんでしまう。


 楽しそうに話す二人を、じっと見つめる目があった。







 
 








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