11 / 40
11
(あの肉体は凄かった……。僕って、やっぱり男の体が好きなのかな……)
アレクサンダーの入浴が終わるのを待って、ぬるめの薬草茶を用意する。
茶葉の香りを確かめる間にも、ディディアの脳裏をもわもわと占めるのは、アレクサンダーの素晴らしい肉体だ。
あれはまさしく、裏キャラクターとして登場していたシルエットと、一致する。
(殿下の、本来の姿だったんだ……)
同一人物だったとは思わなかった。しかし右手には、先ほど触れ(させられ)た弾力の感触が残っている。間違いはない。
「…………」
わきわき。右手をぼうっと見つめる。
もしゲームで裏キャラクターが出せたとしたら、きっとでっかいクワガタを見つけた時のような『スッゲー!』的感動かと思っていた。
しかし、そうではなかった。色気を頭からずっぷりと浴びせられたディディアは、どこかでゾクゾクと『触れてみたい』と思ってしまったのだ。
眺めるだけで良かったのに。そしてその熱に触れてしまうと、『生身』であることをむざむざと分からせられてしまった。
攻略対象とか、裏キャラクターとか、そんな薄っぺらい人形のような存在ではない。生きた人間なのだ。
ちょうど良い頃合いに、冷えた薬草茶を持っていく。王太子はバスローブを着ているのにも関わらず、けしからんほど豊かな胸元をはだけており、どうしても目が吸い寄せられてしまう。
(画面越しじゃない生って、違う……。想像以上に心臓がびっくりしている)
見かねたディディアは『失礼』と前置きをし、キュキュッと胸元をぴっちり閉めさせた。
しかしアレクサンダーが少し体勢を変えると何故か、ぺろん、とまたはだけるのだ。
「ごめんね。どうしてだか、ローブとは相性が悪いみたいで」
「胸筋の罪ですね……」
「ん、これ美味しいね……」
アレクサンダーが悪いのではない。ただの視界のご褒美である。
もう仕方がないので見るしかない。
「その……」
「ああ、この姿?私は自分の姿を変えたり消したり、まあ人の目を誤魔化すことが出来るんだ。【真実の瞳】のオプションスキルとでも言おうか。それで普段は無害そうな王子を装っているんだよ」
無害そう、というのには異論があるが、ディディアは黙った。確かにこの筋肉質、それもディディアの好み、ドの付くストライクぴったりな体格は、無害そうには到底見えない。
「どうしてそれほどまで鍛えているのですか?常に護衛がいらっしゃいますよね……?」
「そうだね…………私はスキルの性質上、人の善悪に敏感に育ってしまったんだ。それに【真実の瞳】は、色々詐欺師のように誤魔化しは出来ても、身を守ったり、刺客を打ち倒すようなスキルを持たない」
(それ、ものすごく極秘情報なんじゃ……)
害意ある人間が聞けば、大喜びをしてアレクサンダーの寝所に討ち入りしかねない話だ。自分は無力で無害です、という顔を極力作ったが、アレクサンダーはまるで気にもしていない。
「だからね、幼きアレクサンダー少年は思いついた。誰にも負けないよう鍛えればいいと」
「はちゃめちゃに力技ですね」
「ダンジョンも楽しめるようになったし、体調はいいし、いいこと尽くしだよ。ただ普段からこの姿だと、敵の油断を誘えないからね。やはりスキルで攻撃されるのは怖いから、使えるスキルは使っているんだ」
一体何と戦っているのかと疑問に思いかけたが、王族の暗殺未遂は、この世界では珍しくない。元の世界でもトップの人間はそのリスクと戦っていたはずだ。
飄々としているアレクサンダーも、命を脅かされる恐怖と戦っている。『怖い』と口に出せるのは精神的な強さだ。ディディアには羨ましい。
「……僕に害されるとは、思わないのです?もしかしたら寝首をかくかもしれませんのに」
「あははっ、ディアが?ディアになら刺されてもいいかもしれないね。幸せに死ねそうだ」
「………………」
「引いてる引いてる。いや。そうだな……ディアの纏うオーラは、清廉に澄んでいる。無色透明で、澱みがない。真っ直ぐな人だ。私だけでなく、他の人間にだって危害を加えることは出来ないよ」
「そう、でしょうか?」
そんなに綺麗な心ではない、と自覚をしている。少し前まではラシェルが憎くて憎くて仕方なかった。実際に手は出さなかったが、ギリギリの状態だった。
しかし前世を思い出してからは、彼ら矮小な存在のために、自らの手を汚す価値は無いと達観した。後ろ暗いことはせず、誇れる自分であり続けたい。表向きの“スキル無し”のせいで誰にも認められなくても、自分だけは自分の味方でありたかった。
「そんな君が可哀想で、可愛いよ。ディア。私に抱きしめさせてくれるかい?」
「…………」
アレクサンダーが両腕を広げた。チラリと胸筋を見つめたディディアは、ふらふらと吸い寄せられ、ぽふんと捕まっていた。
月夜に酔ったのだろうか。それとも、今世で初めて抱きしめられたからだろうか。勝手な涙が堪えられない。吸湿性の高いバスローブにどんどん吸い込まれていくから、きっとバレないはずだ。
アレクサンダーは何も言わないまま、ただディディアの頭を優しく撫でていた。
*
その翌日のことだった。
『アレクサンダー王太子殿下が婚約の白紙を宣言!隣国姫君は入国禁止』という号外が朝一番に発行され、王国は一大ニュースに震えていた。
双方の話し合いの結果、それぞれ幸せになるための前向きな別離――――という王子スマイルを浮かべるアレクサンダーの写真は、ディディアから見れば胡散臭さ満点であった。結果的にこちら王国側に有利な条約が結ばれている点も、抜かりなくやったのだろうと推測される。
「理由までは流石に書けなかったけれど、お姫様がこの国に入国禁止ってところから皆、推測出来るんじゃないかな」
「そうですね……アレクサンダー様に落ち度は無かったと?」
「まあ、表向きにはね。あの姫君は婚約した時点で、オーラが濁っていた。あまり仲良くする気は無かったよ。ふふふ」
腹黒さをもはや隠していないアレクサンダーは、いっそ清々しい。自分で号外を持ってきてディディアに見せびらかし、「これで大っぴらに口説けるね」と笑う。一体いつ寝ているのだろうかと、もはや呆れてしまった。
「……婚約は、お断りしたはずです」
「ええっ!?昨日はあんなに素直で可愛かったのに!?」
「あ、あ、あれは、親愛のハグです!」
わざとらしく驚くアレクサンダーに、ディディアはむっと頬を膨らませる。
「“友人”として、アレクサンダー様のお側は居心地が良いです。それは認めます。ですからお力になれる部分があるならお支えしますよ。【結界】や【癒しの湯】などを提供したりは」
「それなのに、結婚はだめなのかい?」
「…………不敬を承知で申し上げるのなら、婚姻の必要性を感じません。その席は、本当に愛する人を見つけた時のためにとっておくべきです」
欲されているのがディディアのスキルだとしても、嬉しいのは嬉しい。しかしそれなら、結婚という形でなくても良い。
スキルを使ってアレクサンダーの役に立ちたいとは思うので、友人という立場で十分である。
そんな中、あえて結婚をするほどディディア自身に価値は感じられないし、また後々別の人に『ねぇ結婚しない?』などと言っているのは見たくない。だから、現実的に考えられなかった。
「ええぇえ……そんなことないのに」
「それに、アレクサンダー様と結婚をするということは、夢を諦めなくてはなりませんし。諦める気はありません」
「手強いね。ふふ、この私から逃れられると思っているなんて、可愛い」
「…………ええと……」
「もちろん、私だって諦める気はないから。ディア?まずは側近になってもらって、それからかな」
レイヴンから『和解した』ということを聞いたのか聞いていないのか、はたまた気にしていないのか。
ディディアの日常は変わらなかった。つまり、アレクサンダーはディディアの見張りだとかは関係なく、一緒にいることを選んだらしい。
二人の距離はより近くなった。アレクサンダーの婚約白紙が公になったこともあり、近づこうとする令息令嬢は多いが、アレクサンダーが視線一つやるだけで怯んでしまう。
楽しそうに話す二人を、じっと見つめる目があった。
あなたにおすすめの小説
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!