12 / 40
12 ラシェルは
ラシェルside
(あれは、悪手だったのかなぁ……)
ディディアを侯爵家から追い出したラシェルは、それを少し後悔していた。
ラシェルは可愛いが、それは凡人の域を出ない。茶髪なんてどこにでもいるし、肌にはそばかすも浮いていて、鼻は低く、全てがコンプレックスである。
ただ一つ、瞳が薄い桃色なのは自慢で、これこそ、ラシェルが可愛いとプライドを持っている部分。だが、足りない。
なぜならディディアは、屋敷でばったり会うたび、目の醒めるような美人なのだ。月の光を集めて梳かしたような銀髪も、抜けるような白い肌も、星屑の瞬く群青の瞳も、ラシェルの劣等感を刺激する。それが忌々しくてたまらなかった。
(前と比べれば、可愛くはなったけど……)
ラシェルには前世の記憶があった。
転生者だったのだ。ただし、この世界の、全く別の国で治癒士だった記憶。
単なる田舎の村人だったラシェルは【治癒】の力を見出されて、ほとんど無理やり両親から引き剥がされるようにして、教会へ連れて行かれた。
そこでは毎日、毎日、狂いたくなるような訓練の日々。
貴族出身であれば夕方には家に帰れるのに、平民治癒士に人権などなく、監禁されるようにして神殿へ押し込まれ、夜中まで訓練をさせられた。
魔力を搾り取るようにして気絶し、飢餓感で起き、また魔力を消費する、辛い訓練の日々。【治癒】の腕はたしかに上がったが、手柄は貴族出身の治癒士のモノになる。
そんな治癒士としての最後は、貴族の肥え太った中年を、力及ばず死なせてしまった罪で、国外追放されたのだ。理不尽にも程があった。
((どうしてボクのせいになる!?あの人は死ぬべくして死ぬ生活をしていたのに!!))
そう荒れていたラシェルだったが、幸運にも、拾ってくれた人がいた。
ラシェルの治癒士の力も必要としない、ただ一人のラシェルとして慈しみ、大切にしてくれた青年。
惜しむらくは、その人には既に可愛らしい同性の伴侶がいて、ラシェルはいち使用人だったこと。
生涯幸せには過ごせたが、主人夫婦の幸せを横目でずっと眺めながら、ラシェルは不満を覚えていた。
((最初からこの国に生まれたかった。もう治癒士にはなりたくない。もっと可愛く、もっとお金持ちになって、もっと愛されたい……))
そう考えていたのが幸運だったのか、気が付けば転生していた。
スキルがまた【治癒】だったのは頂けないが、腐っても貴族。辛く苦しいだけの訓練などしなくとも、平民治癒士を使えばいくらでもなんとでもなることを、ラシェルは知っていた。
だから次は、決して治癒士にはならない。
治癒士ではない、ラシェル自身を愛してくれる人を探すのだ。
そうして思惑通り、ディディアから家族も婚約者も簡単に奪うことができた。“侯爵家の家族“に、“極上の婚約者”を自分のものに出来て、最高の気分だった。
ディディアはスキルが無いことと性格が難であり、ラシェルは美人から奪えたことに快感を覚えた。もう奪えるものはない、と満足したのだ。
だからもう用済みだった。屋敷からも追い出して、ばったり顔を合わせることもなくなってスッキリした。
そう思っていたのだが。
(また…………見てる……)
目の前のレイヴンは、ディディアを見ていた。険しい顔つきで睨みつけている風だが、それは憎悪ではない、とラシェルは勘付いていた。
ディディアと楽しそうに話している、アレクサンダー王太子。抱きつこうものなら肉体ごと消滅させそうな恐ろしい王太子は、ディディアの髪に愛おしそうに触れて、無意識なのか、自然と唇を寄せたり、頬擦りをしていた。それに気付いていないディディアもディディアだ。話に夢中になっているのだろう。
そんな彼ら二人を、レイヴンは見ている。ラシェルという、真実の愛で結ばれたはずの、婚約者を放っておいて。
「レイヴン様……」
「……楽しそうに……俺の時は、顰めっ面をしていたのに……」
少し前のレイヴンも、とても麗しい、精悍な顔つきをしていた。だが、今や嫉妬に塗れた醜い顔に変化して、どうしてだか小物臭を放っている。
なぜだろう、とラシェルは考察する。どう考えても、レイヴンはラシェルを気に入っていた。
正義感の強いレイヴンを落とすのは簡単で、ディディアに虐められていると言えば簡単に庇護欲を増幅させ、守ってくれた。
ただ、今はディディアと屋敷で鉢合わせする可能性はゼロになった。だから虐められている設定はおしまいにしたのに、そうするとレイヴンの、ラシェルへ向ける興味がどんどん薄まっていくのを感じた。
(虐められてる弱そうな子が、好き……じゃなくて、そんな子を助けるオレが好き……なのかな)
少し前に仕掛けた、鞄の罠。あれは従者に命令して用意させた。教本は別に大事にしていないから心は痛まなかった。
レイヴンがディディアを殴ったのを見て、胸のところが爽快にスッとしたものだ。もっとやれ。とさえ思った。
しかし、アレクサンダーが現れて、風向きは変わってしまった。
『本当に、誰が犯人なんだ?教えてくれ。俺は大勢の前で、恥をかいたんだぞ』
レイヴンはそう言って、ラシェルから犯人を聞き出そうとした。それはそれは怖い顔だった。ラシェルは必死に、健気な風を取り繕って、誤魔化した。
最終的に涙を見せればレイヴンも諦めてくれた。『怖がらせてごめん』と、謝ってもくれた。
だが、それからだ。
ラシェルの前でも、レイヴンはずっとぼうっとする。大体はディディアを見るばかりで、ラシェルのことは、ちっとも見てくれない。
せっかく婚約者になれたのに。これでは、ディディアに“幸せイチャイチャの次期公爵夫妻”を見せつけることが出来ない。
(やっぱり、ディディアは駒として必要なんだ。お友達になって、側に置いとかなくちゃ。“虐められていたボク”が許すことで寛容さをアピール出来る。そんな優しいボクが、再びディディアに虐められても挫けない、健気な姿を演出するんだ)
生意気なことに、ディディアは断ってきたが――――それも想定内。
ことあるごとに『友達になりたい』と叫べば、断られても可哀想な自分をアピールできる。どちらに転んでもずっと美味しい。
そう、考えていた。
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317