【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ

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12 ラシェルは



ラシェルside




(あれは、悪手だったのかなぁ……)



 ディディアを侯爵家から追い出したラシェルは、それを少し後悔していた。


 ラシェルは可愛いが、それは凡人の域を出ない。茶髪なんてどこにでもいるし、肌にはそばかすも浮いていて、鼻は低く、全てがコンプレックスである。

 ただ一つ、瞳が薄い桃色なのは自慢で、これこそ、ラシェルが可愛いとプライドを持っている部分。だが、足りない。

 
 なぜならディディアは、屋敷でばったり会うたび、目の醒めるような美人なのだ。月の光を集めて梳かしたような銀髪も、抜けるような白い肌も、星屑の瞬く群青の瞳も、ラシェルの劣等感を刺激する。それが忌々しくてたまらなかった。


(前と比べれば、可愛くはなったけど……)


 ラシェルには前世の記憶があった。

 転生者だったのだ。ただし、この世界の、全く別の国で治癒士だった記憶。

 単なる田舎の村人だったラシェルは【治癒】の力を見出されて、ほとんど無理やり両親から引き剥がされるようにして、教会へ連れて行かれた。

 そこでは毎日、毎日、狂いたくなるような訓練の日々。


 貴族出身であれば夕方には家に帰れるのに、平民治癒士に人権などなく、監禁されるようにして神殿へ押し込まれ、夜中まで訓練をさせられた。

 魔力を搾り取るようにして気絶し、飢餓感で起き、また魔力を消費する、辛い訓練の日々。【治癒】の腕はたしかに上がったが、手柄は貴族出身の治癒士のモノになる。

 そんな治癒士としての最後は、貴族の肥え太った中年を、力及ばず死なせてしまった罪で、国外追放されたのだ。理不尽にも程があった。


((どうしてボクのせいになる!?あの人は死ぬべくして死ぬ生活をしていたのに!!))


 そう荒れていたラシェルだったが、幸運にも、拾ってくれた人がいた。

 ラシェルの治癒士の力も必要としない、ただ一人のラシェルとして慈しみ、大切にしてくれた青年。

 惜しむらくは、その人には既に可愛らしい同性の伴侶がいて、ラシェルはいち使用人だったこと。

 生涯幸せには過ごせたが、主人夫婦の幸せを横目でずっと眺めながら、ラシェルは不満を覚えていた。


((最初からこの国に生まれたかった。もう治癒士にはなりたくない。もっと可愛く、もっとお金持ちになって、もっと愛されたい……))


 そう考えていたのが幸運だったのか、気が付けば転生していた。
 

 スキルがまた【治癒】だったのは頂けないが、腐っても貴族。辛く苦しいだけの訓練などしなくとも、平民治癒士を使えばいくらでもなんとでもなることを、ラシェルは知っていた。


 だから次は、決して治癒士にはならない。

 治癒士ではない、ラシェルを愛してくれる人を探すのだ。


 そうして思惑通り、ディディアから家族も婚約者も簡単に奪うことができた。“侯爵家の家族“に、“極上の婚約者”を自分のものに出来て、最高の気分だった。

 ディディアはスキルが無いことと性格が難であり、ラシェルは美人から奪えたことに快感を覚えた。もう奪えるものはない、と満足したのだ。

 だからもう用済みだった。屋敷からも追い出して、ばったり顔を合わせることもなくなってスッキリした。
 そう思っていたのだが。






(また…………見てる……)


 目の前のレイヴンは、ディディアを見ていた。険しい顔つきで睨みつけているだが、それは憎悪ではない、とラシェルは勘付いていた。

 ディディアと楽しそうに話している、アレクサンダー王太子。抱きつこうものなら肉体ごと消滅させそうな恐ろしい王太子は、ディディアの髪に愛おしそうに触れて、無意識なのか、自然と唇を寄せたり、頬擦りをしていた。それに気付いていないディディアもディディアだ。話に夢中になっているのだろう。

 そんな彼ら二人を、レイヴンは見ている。ラシェルという、真実の愛で結ばれたはずの、婚約者を放っておいて。


「レイヴン様……」

「……楽しそうに……俺の時は、顰めっ面をしていたのに……」


 少し前のレイヴンも、とても麗しい、精悍な顔つきをしていた。だが、今や嫉妬にまみれたみにくい顔に変化して、どうしてだか小物臭を放っている。


 なぜだろう、とラシェルは考察する。どう考えても、レイヴンはラシェルを気に入っていた。
 正義感の強いレイヴンを落とすのは簡単で、ディディアに虐められていると言えば簡単に庇護欲を増幅させ、守ってくれた。

 ただ、今はディディアと屋敷で鉢合わせする可能性はゼロになった。だから虐められている設定はおしまいにしたのに、そうするとレイヴンの、ラシェルへ向ける興味がどんどん薄まっていくのを感じた。


(虐められてる弱そうな子が、好き……じゃなくて、そんな子を助けるが好き……なのかな)


 少し前に仕掛けた、鞄の罠。あれは従者に命令して用意させた。教本は別に大事にしていないから心は痛まなかった。
 レイヴンがディディアを殴ったのを見て、胸のところが爽快にスッとしたものだ。もっとやれ。とさえ思った。
 しかし、アレクサンダーが現れて、風向きは変わってしまった。



『本当に、誰が犯人なんだ?教えてくれ。俺は大勢の前で、恥をかいたんだぞ』


 レイヴンはそう言って、ラシェルから犯人を聞き出そうとした。それはそれは怖い顔だった。ラシェルは必死に、健気な風を取り繕って、誤魔化した。
 最終的に涙を見せればレイヴンも諦めてくれた。『怖がらせてごめん』と、謝ってもくれた。






 だが、それからだ。

 ラシェルの前でも、レイヴンはずっとぼうっとする。大体はディディアを見るばかりで、ラシェルのことは、ちっとも見てくれない。

 せっかく婚約者になれたのに。これでは、ディディアに“幸せイチャイチャの次期公爵夫妻”を見せつけることが出来ない。



(やっぱり、ディディアは駒として必要なんだ。お友達になって、側に置いとかなくちゃ。“虐められていたボク”が許すことで寛容さをアピール出来る。そんな優しいボクが、再びディディアに虐められても挫けない、健気な姿を演出するんだ)


 生意気なことに、ディディアは断ってきたが――――それも想定内。

 ことあるごとに『友達になりたい』と叫べば、断られても可哀想な自分をアピールできる。どちらに転んでもずっと美味しい。

 そう、考えていた。





 


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