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温泉を囲むようにして建てた【拠点】は、温泉宿のような、落ち着く和風建築になっている。
瞬く間に走り去ったアレクサンダーはそのうちの一室で沈静化し、現在はサクラに着流しを着せられたようだ。
「ここに居たのですね……?」
とても良く似合っており、艶やかさはここら一帯を危険区域に指定すべきほど。
その危険極まりない姿で、真剣な顔つきをしたアレクサンダーが近寄ってくる。
何かと思えば手を取られて熱心に見つめられる。緊張感が伝わって、ディディアも動けなくなった。
「ディディア。好きだ」
「……………………う」
「私の存在は、君の夢を叶えるのに必要なんじゃないかな。自惚れかもしれないが、私も勘定に入れてくれているんじゃないか?」
全くもって、その通りだ。なんなら夢以上。良い身体を鑑賞出来れば良かったのに、触れ合い、さらに初めての口付けまで。
(全く、嫌悪感が…………無かった)
顔を真っ赤にさせて打ち震えるディディアを、アレクサンダーはそっと引き寄せた。もう抵抗をする意思はないことを、知られている。
「私の心を許せるのは君だけだ。君だけを愛し大切にする。友人、側近、そんな関係じゃ足りない。君がまるごと欲しい。君に私という形を刻みつけて縛りたい。そうすることのできる権利を私に与えてほしい」
「アレクサンダーさま……」
「愛しているんだ。ディア。結婚してくれ」
(拒む、理由は…………)
ディディアは時間をもらった。アレクサンダーのことは好ましく思っている。あれだけ真剣に請われて、何も感じない訳がない。
唇に指先で触れる。
アレクサンダーの少し厚い唇で触れられたそこを、ふにふにとなぞってみては、またあの感触を思い出して狼狽えた。
(僕の唯一味方でいてくれ、救ってくれ、あれほど誠実なあの人の、隣に立つ資格があるのか……?守られてばかりの、僕が……)
一体どうしたらいい。火照った体を持て余してもう一度温泉エリアへ戻り、ディディアは卒倒しかけた。
そこには、鱗を白く輝かせた巨大な龍が、体を横たえて休んでいたのである。
「は…………………………?」
「良き、良き。そち、ようやく主となったか」
「はぁ………………っ?」
白蝶貝のような美しい鱗を纏った龍は、しゅるりと姿を変えた。それはまるでぴたりとディディアの脳内に沿うように、見事な体躯で。
てらてらと光る筋肉。そして白髪の、ゾッとするほど整った美貌の青年に、何故か知っている風の口ぶり。ディディアこそ慄いた。
「そちの湯は最も心地良い。だから呼んだ。いかなる湯あれど、そちの湯ほど良きものはない」
「呼んだ?」
「そう、異世界の魂のそちをな」
その言葉に、ディディアは更に目を見開く。
「え、あなたが………って、まさか…………日本人だったからって理由で?」
「そちはあのゲームをやり尽くしておったではないか。あれほどコツコツと地味な作業を延々と続けられる胆力と情熱。資質十分。そちの死後、妹御が泣きながら棺にあのゲームソフトを入れておったから呼べた」
「なんっ!?」
(妹よ、何故そんなものを入れた!?)
白目を剝きそうなディディアに、麗人は追撃を落とす。
「まあそれも我が誘導したのだから気にするでない。確か……『ソッチ側なら誘っておけば良かった』と悔しそうに泣く男どもがちらほら、おったぞ」
「はぁっ!?」
ディディアの魂の叫びも、神々しい美形はさらりと受け流すばかり。
自分がどうやって死んだのかも覚えていなかったが、まさかそんな恥晒しで二度死ねるような葬式になっていたとは。
ふと嫌な予感がして、神らしき青年に問いかける。
「まさか呼んだって……僕を殺したのは、貴方ですか?」
「そちは鋭いな。それは正解とも不正解とも言える。神の気に入りとなれば、そういう運命を辿るものだ。あちらとの縁が薄れて、こちらとの縁が結ばれる」
どうやら、『神の気に入り』となったために早逝してしまったらしい。しかし気に入りであったから、このディディアとして転生し、素晴らしいスキルを与えられたとも言える。
日本では当然スキルなど使えないので、その点は有難いが……。
「えぇぇ……ちなみに死因は何だったのです?」
「入浴中の心筋梗塞じゃ。急激に体温を上げたり下げたりしていたろう。ヒートショックには今世でも気をつけよ」
「うわ、身に覚えがありすぎます……」
まさに今日ここに拠点をつくったのも、寒い中の温泉が好きだからだ。体を冷やすのもほどほどにしようと誓った。
ディディアが猛省していると、神龍の美青年はほう、と色っぽいため息をもらした。
「我らは、こげな美しい湯に浸かりたかった。白き、淡き、清らかな湯。それをそちが作ってくれて嬉しいぞ。度々寄るでな。もてなせ」
「……善処します。神様」
「我のことはシロウ、と呼べ」
「まさかの日本人名」
ディディアは段々と慣れてきた。神龍は“シロウ”様と呼ぶことになり、淡く発光する全裸で拠点の宿を見て回ろうとするので、慌てて猫童子に服を持ってこさせるよう叫んだ。
その時だった。
「ディア。誰かな、その御仁は……まさか浮気かな?」
アレクサンダーが近付いてきたのだ。
ゆらりと歩く姿はやはり気品高く美しいが、その瞳孔は開いている。怖い。
「ちっ、ちちちがいます!神です!」
「ふむ。そちの番だな」
全裸のシロウはアレクサンダーを挑発的に見つめ、そして悪戯っぽく笑った。そしてディディアの手を取ると、まさかの陰部に当てさせたのだ。
「!?し、シロウ様!?」
「我のここに触れれば、子宝を授かりやすくなるぞ」
「ご利益はありがたいんですけど、……生身……」
「龍体になると棘があるからの」
萎えてはいるものの、シロウのそれは大変ご立派なものであった。
出来れば石で出来た像とかが良かったが、不思議なことに嫌悪感は無く、運気が上がりそうな感じがしている。神様の体温は少し低いのだと知った。
「……」
アレクサンダーがぱっとディディアを取り返す。そこでようやく猫童子のサクラがぱたぱたとやってきて、シロウに着流しを着せてくれたのだった。
*
「神も浸かりにくる温泉……」
「ええと、想定外です。まさか僕の前世にも関わっていたなんて……」
ディディアはシロウのことをアレクサンダーに説明した。
それから、ディディアの前世のことも。
シロウがどのくらいの頻度で現れるかは分からないが、あの様子では頓着せずポロリと漏らしそうだと判断した。それならば、自分から話してしまった方がいい。
初めて打ち明けるのが、この国の王太子であるアレクサンダーになるとは思っていなかった。ディディアの大切な友人以上。
そして求婚してくれている相手である。もしこのような荒唐無稽な話を気味悪く思われたなら、前言撤回する権利はある。
「君は私だけでなく、神をも惹きつけていたのか。それも、別の世界の魂だったのに。ディア、君は本当に私を驚かせる天才だね」
「い、いえ。そんな大袈裟なものでは」
「神の寵児。神の愛し子。うん、いいね。今日からここは神も遊びに来る“神遊山”と名付けるのはどう?」
「観光地のような誘い文句ですね……」
呑気なアレクサンダーに、ディディアはほっと息を吐いた。
アレクサンダーには【真実の瞳】があるから分かるのだろう。本気で言っていると。狂人のように捉えられなくて良かった。
シロウは宿で寝転んだり漫画(どこからか出してきた)を読みながら寛いだりして、帰り際には彼自身の鱗を一枚、餞別だと言って置いていった。
その白く、オーロラのような輝きを放つ鱗一枚でどれだけの価値があるのか。きっと神龍は頓着しないのだろう。
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