【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ

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18 レイヴンは


 レイヴンは、見たくもない現実に打ちのめされていた。

 全身を強打し帰宅したことに気付いたのは、あれから数日後のこと。
 療養のため学園を休むレイヴンは、物思いにふける時間だけは潤沢にあった。


「………………嘘だ…………」


 アレクサンダー王太子から届いた側近解任の知らせ。そこには、

『本当にありがとう。これまでの働き、感謝している』

とあった。


(嘘だ。嘘だ。ウソだ……っ!)


 アレクサンダーの性格を、レイヴンは良く知っていた。

 あれだけ憤り自分を張り倒した王太子が、文字通りの意味を込めている訳がない。爽やかでいてドス黒い笑顔を浮かべ、サムズアップした王太子の姿が脳裏を過ぎる。これは、痛烈な皮肉だ。


『ディディアを手放してくれてありがとう』
 という、言外のメッセージ。


 それを裏付けるように、ディディア・ファントムの側近就任が告知された。タイミング的にも、レイヴンよりもディディアの方が有能であることを、ありありと、むざむざと、全国民に知らしめられたも同然だった。

 『お前は用済みだ』という烙印。手紙をぐしゃりと握りつぶす。こんなの、想定していない。完全に想定外だった。

 何故なら、レイヴンは【空間魔術】スキルを有している。そのため確実に、【転移】を使えるようになるのだ。【転移】は非常に高難易度であるため、もう数年かけて取得する予定だったが、それでもと請われて側近へ入ることとなった。

 今現在国王の側近にも一人いて、その先代の側近にも一人。国王の持つスキルに転移は含まれないため、【空間魔術】スキルを持っているレイヴンは、側近から外されることなどないと思っていた。


(何故だ……っ!?まさかディディアが【転移】を使える……なんて、馬鹿馬鹿しい!あり得ない!)


 ディディアはスキル無しである。そんな荒唐無稽な話、あるはずがない。だが、考えれば考えるほどそれしかないような気もしてくる。


【空間魔術】ではなく、【転移】そのもの、とか。

【転移】よりも上位のスキルで、その派生スキルとして【転移】が使えるとか。


(いや、いや、万が一スキルが使えるようになったとして!それならばディディアは、真っ先に俺の元へ来るはずだ!スキルさえあれば俺に愛される資格を持つのだから…………、あ)


 そこでふと、最近のディディアを思い出す。

 合わない視線。冷え切った目。黙々と読書に打ち込み、最近は横顔か後ろ姿しか見てないことを。

 まさか。

 レイヴンがぶんぶん頭を振っていると、トントン、とノックがされた。


「レイヴンさま……っ」

「ラシェル!会いたかった……」

「あ、…………ぼ、ボクもですっ!」


 ラシェルは腫れ上がったレイヴンの顔を見て、頬を引き攣らせていた。しかし視野が狭まったせいでそんなことに気付かないレイヴンは、ラシェルと、やたら美形の侍従を喜んで迎え入れる。


「本当に……恐ろしいお人です。ディディア様……レイヴンさまを、こんな風に痛めつけるなんて」

「……は?い、いや。俺を痛めつけたのはアレクサンダーおう……」

「違いますっ!殿下は騙されているのです……!レイヴン様もしっかりしてくださいっ!全ては、ディディア様なんです……っ!」


 レイヴンは混乱した。レイヴンの頬を打ち、まるでバレリーナのようにくるくると回転させながら飛ばしたのは、間違いなくアレクサンダー王太子だ。ラシェルだって目の前で見ていたのだから、分からないはずがない。

 王太子を騙すことなど、神を騙すより困難なことくらい、貴族なら誰でも知っている。スキルの詳細までは知らなくとも、それに関連する稀有なスキル。

 だからこそ、誰もがアレクサンダーに近付かない。近付けば、心の内側まで見られてしまう。嘘も虚飾も誤魔化しも、アレクサンダーには全て見破られてしまうから。

 もしそんな王太子を騙せる人間がいるとすれば、いっそ騙されたままの方が彼の幸せなんじゃないだろうか。

 レイヴンが正気を疑っているのにも気付かず、ラシェルは熱っぽく言い募る。


「もしかすると、ディディア様はアレクサンダー殿下を操って、ボクとレイヴン様の間を引き裂こうと計画しているのかもしれませんっ!念の為、婚姻を早めてしまった方が良いと思うのです、レイヴン様……っ!お願いですっ!」


 ガシッ!と腕を握りしめられて、レイヴンは悶絶する。全身を複雑骨折しているのに、容赦のない抱き付き。


「ぐぁぁッ……!」

「あ、あ、ごめんなさい……っ!」


 ラシェルは慌てて飛び退いて、代わりに優しくさすった。それでも痛い。可愛いはずのラシェルだが、今ばかりは殺意が芽生える。


(アレクサンダー殿下は言っていたじゃないか。ディディアは心の底から俺たちの婚約を祝福していると。引き裂こうなんて……)


 そう考えたところで、レイヴンは急に胸が痛むことに気付いた。しかしその胸の痛みの名前は分からなかった。
 唐突に、目の前の少年の持つスキルを思い出す。


「……そ、そうだ、ラシェル。【治癒】を使ってくれないか?俺のために。父は医師を呼んでくれたが、治癒士は呼んでくれなかったんだ」

「なんて酷いのでしょう……!はい、ボクで良ければ、すぐにお治ししますからね」


 オランジュ公爵は側近を解雇されたレイヴンに怒り狂っていた。全ての非は息子にあると知り、王太子からの医療費は辞退していた。そのため最低限の手当てだけをさせ、高額の治療費のかかる治癒士は呼ばなかったのだ。

 しかし、レイヴンにはラシェルがいる。そのか細い手に温かく握られて、ようやく痛みから解放されると思った。


「【癒し】よ……はいっ!」

「……………………………………」


 しかし、待てども待てども、痛みは引かない。ラシェルの指先から、絹より細い光がふんわり出て、しゅわりと消えた。
 握られていた手にあった、埃と見紛うかすり傷が一つ、消えていた。





(う、……………………嘘、だろう?)




 愕然とした。【治癒】スキル保持者は、スキルレベル向上のために病院や診療所を回って、無数に治癒を施すと聞いたことがある。かつてレイヴンの見た治癒士でも、かすり傷は余裕で治癒していた。

 努力不足。怠惰。怠慢。レイヴンの頭の中に、そんな言葉が飛び交う。
 ラシェルは、今まで一体何をしていたのか?


「そうだ、レイヴン様。婚約を早めるために、良い考えがあるのですが……」

「すまない、ラシェル。今日はまだ体調が良くない。……帰ってくれると、助かるのだが」

「……えっ!?あ…………っ、ごめんなさい。ボクったら!配慮が足りず、申し訳ありませんっ!」


 ラシェルはみるみる瞳を潤ませると、侍従を伴ってパタパタと出て行く。そのあわただしい後ろ姿に、初めて嫌悪感を抱いた。


(煩くて下品だ。こんな小さなことでいちいち涙を――――…………)


 そうだ。貴族令息令嬢は、簡単に涙を見せないよう教育されている。
 それが当たり前の常識だ。だからこそ、ラシェルの見せる涙には、『よっぽどのことがあった』と思っていたのだ。

 レイヴンは、気付いてしまった。


(ラシェルは、簡単に涙を見せる――――?)


 その前提が、崩れたのなら。

 レイヴンは一体、何から何を守っていたのか。




 その答えは、その後非公式に屋敷へと来たファントム侯爵によってもたらされることとなる。

















 

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