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兄ユージーンは跡取り教育を受けているということしか知らない。
たまに会う食堂でも、ディディアを無視するか小馬鹿にするか、睨むしかしていない。
学園の教師には概ね高評価を受けていたディディアは、会話の中でポロリと『兄より余程優秀だ』と何回か聞いたことがあった。おそらく兄のレベルは及第点なのだと思われる。
顔を合わせていても、血が繋がっていても、ディディアは家族のことをよく知らない。
スキルなしと言うのはこの世界では生まれつきの欠損だ。しかしそれに構わず、愛情を注いでくれる親は数えきれないほどいるだろう。自分の親は該当しなかっただけで。
(転生前の記憶を思い出せて良かったな……、僕は前世でたっぷり愛されて育ったから。この人たちに執着しなくて良くなった)
ディディアは、ラシェルが積極的に悪評をばら撒いていたことは知っていた。両親も兄もそれに加担したと思っていたが、実際は母だけだったらしい。
「もっと早くに知っていれば、儂は止めていた」
「おれも……、ディディアの味方になっていたはずだ。噂を打ち消すのは、おれが一言言えばすぐに止められたはずだ」
父親の白髪は増え、目元には深いシワが刻まれている。自信たっぷりに張っていた背中は少し丸まって、随分と小さく見えた。
兄は元々細身の身体をさらに猫背にし、目の下の隈が悲壮感を漂わせている。
それなのに、可哀想だとは、これっぽっちも思えない。
ディディアは何度も、ラシェルの言うことは虚言だと訴えた。それすら虚言だとされて、ますます家族の輪から遠ざけたのは侯爵であり、同調したのが兄。
ふと、親戚にいた優秀な少年を思い出す。親戚の集まりがあった時、彼だけはディディアへ近付き、心配してくれた。
『おにいさん…………大丈夫?』
兄ユージーンより、周りを見る力や察する能力に長けているなと感じたものだ。
しかし主筋はファントム侯爵であるため、下手なことを言わないように釘を刺した覚えがある。少年の言葉でディディアの待遇が変わるとは思えなかったし、少年の未来をディディアのせいで閉ざしたくなかったからだ。
「ロビンという有望な少年がいたと思います。後悔をしていると言うのであれば、彼を養子にいかがでしょう。彼はあんな噂もある僕を、理知的な眼差しで案じてくれました。新しい部屋を作ったのなら、彼に与えればちょうど良いですね」
それは、ユージーンの廃嫡の勧めだった。ユージーンはサッと顔を赤くし、そして青くさせた。
ユージーンがここで何を言っても、もうディディアとの軋轢は決定的であり、唯一許される方法がそれであるなら、従うしかない。
ファントム侯爵も唇を噛みながらも、静かに頷いた。そしてユージーン廃嫡の道筋を、更に補強する。
「オランジュ公爵家も嫡男を変更いたしましたし、同じラシェルに騙された立場の令息ですから、お咎めなしと言う訳には行かないでしょう?流石に海軍へ行けとは言いませんので、働き方はお好きにどうぞ」
「分かった……、そうだな……」
「父上……ディディア……っ、うわぁぁぁあっ…………おれ、おれがどれだけ努力をしたのか、知っているのかっ……!?」
「知りませんけど」
「知らないだろう!お前は元よりデキが良かったから!出来の悪い人間など、見下していたんだろうな!!」
「見下していたのは貴方じゃないですか……呆れる」
ユージーンは泣き叫びながら崩れ落ち、それを沈痛な面持ちの侯爵が無理やり立たせ、これ以上ディディアに暴言を吐く前にと回収していった。
ファントム侯爵にもまた、償いが残っている。ロビンを後継として育てることと、当主の座を明け渡すまでにファントム侯爵家を建て直すこと。侯爵は仕事だけは出来たので、その知識を全てロビンに引き継がせてから引退して欲しい。
(幸い、侯爵家は歴史と資金力がある。僕の足を引っ張らない限りは、役に立って欲しいな)
みっともない泣き声が遠ざかっていき、ディディアはふぅとため息をついた。
しんと静まった学園の応接室に、再び声が落ちる。
「ディア、私もちょうど同じことを考えていたよ。見事な采配だった。痺れたよ。私のディアは格好良くて可愛い。あとユージーンはやっぱり海軍に入れないか?」
空気から滲み出るようにして現れたアレクサンダーが、にこりと微笑んだ。
アレクサンダーがいると場を支配されてしまうため、口を出さず、姿も見せない約束だったのだ。
早速アレクサンダーに髪を撫でられ、頬擦りされ……と好き勝手されているが、そのまま受け入れていた。
「私のディディアに八つ当たりをするなんて許し難い。海軍の訓練方法は秀逸だからね、数日で性根を叩き直してくれる」
「オランジュ公爵令息はともかく、兄上は本当に体つきが細いので可哀想ですよ。適当に領地の、代官のうちの一人にしたらいいのではないでしょうか」
ユージーンは両親がディディアに対する態度を見て育っている。家の中に馬鹿にしていい存在がいると、刷り込まれて育ってしまったのだから、諸悪の根源は親である。
その点、ディディアは他人事のように、同情の余地はあると考えていた。
「そうだねぇ、それで後継のロビン少年とやらを支えるんだね。それくらいが彼の力量にも合っていそうだ」
彼らが出て行った途端に、空腹を覚えた。くう、と小さく鳴る腹を押さえると、アレクサンダーはすかさずディディアを抱き寄せた。
「おっと、いけないな。ディアには常に何か食べさせたいと誓っておきながら、このような失態!」
「それじゃあっという間に太りますけど……?」
「可愛いディアの体積が増えるのだから幸せに決まっている」
「違うと思います」
異論を唱えながらも、嬉しくなってしまう。アレクサンダーはぶれない。ディディアの顎をそっと上げさせると、ニヤリと笑って口付けを落とした。
ちゅ、と恥ずかしい音が鳴る。ディディアが受け入れていると、その口付けはどんどん深くなっていった。
「ふっ…………ん、ぁ、っ……」
「ぁあ、今すぐ結婚したい。ねえディア、ディディアさん、お願い結婚して?もうほら、私なしじゃいられないでしょう?」
「…………………………く、分かりましたよ……アレク様。責任、取ってくださいね」
「……っ!」
アレクサンダーは目を見開きディディアを凝視した。真っ赤に染まった顔を逸らす。
「僕はご存知の通り、とても重たいですからね。束縛も嫉妬も激しいですが、こうも好きにさせたんですから、甘んじて許して下さいますよう。僕の夢も、貴方がいなくちゃ叶えられないので、毎日。【ワープ】で連れて行きますからね」
もう、覚悟を決めた。
これまでは『こんな問題ばかりの自分なんて』と思っていたが、スキルのこと、レイヴンやラシェルのこと、家族の問題が片付いて、ようやく、アレクサンダーの横にいても良いんじゃないかと思えるようになった。
勿論そうなるまでにアレクサンダーが自分に飽きてしまったのなら、悲しいが仕方ない。しかし、現実はそうはならなかった。
最初から同じ熱量で、否、日増しに熱く情熱を傾けてくれている。
「うん!愛が重たいのは間違いなく私の方だ。君の夢には関係なく、全てを捧げるよ。愛しているよ、ディア……」
しっとりと濡れた唇が降ってきて、ディディアは瞼を閉じた。
学園長はしばらく応接室に入れず、扉の外でウロウロする姿が目撃されたらしい。
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