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後日、アントワーヌ姫がクッキーを持ってきた。
手のひらに収まる小さな袋を、ピンクのリボンでラッピングしている。ディディアはちょうどアレクサンダーと共に執務に当たっており、ペンを置いて立ち上がった。
「これは、アントワーヌ様」
「ディディア様!こちら、どうぞ!執務の間に、ちょうどいいかと」
「ありがとうございます。とてもいい香りですね」
「ええと、こちらは………………アレクサンダー殿下に…………あのっ!あの、お、お礼が……し、し、したくて、ですねっ!」
「ありがとう、後で頂きます」
アントワーヌ姫は可哀想になる程、真っ赤になっていた。
アレクサンダーが王子スマイルでクッキーを受け取ると、『きゃっ!』と小さく悲鳴を上げる。そして茹で蛸のような顔を覆い隠して、とうとう、逃げ出してしまったのだ。
「………………アレク様」
「うぅん…………?はは、アントワーヌ王女は私に緊張するようだね」
「露骨に恋をする、少女のお顔でしたが」
「いやいや、緊張だよ緊張。あはは」
ディディアはジトーっとアレクサンダーを見た。アレクサンダーは【真実の瞳】でオーラが分かるのだから、好意も分かるはず。理不尽なことに。
(……今の。見間違いじゃ、ないよね……)
アントワーヌ姫はカノン王子と学園へ行きたがっていたくらいだから、見合いは上手くいっているように思っていた。
しかし、今の様子ではよくわからなくなってきた。
(……思うだけなら、罪じゃない。けど……)
義理の妹になるかもしれない、アントワーヌ姫。先ほどの恥じらう様子を見れば、思わずその恋を応援したくなるほど可憐だったが……相手がアレクサンダーなら、話は別だ。
いくら可憐な姫でも、アレクサンダーは、譲れるような対象ではない。もうとっくに、ディディアの唯一なのだ。
アレクサンダーの至近距離までテクテク向かい、すっ、と胸元を撫でる。
動揺するアレクサンダーの耳をゆるく引っ張って引き寄せて、小声で囁いた。
「………………僕だけ、ですよね?アレク様」
「ぐっ……かわ……」
「浮気は許しませんからね……?」
「ふふっ……あり得ないよ……こんなに君に溺れているのに」
腕の中に囚われたまま、唇が降ってくる。くるりと反転させられると、背中には壁が当たった。そのまま押し付けるように、深いキスになる。
気持ち良さが腰に響いている。もぞもぞと足を擦りつけたくなる。しかしまだ止まれるうちに、とアレクサンダーの胸元を押した。
残念そうに尖った唇が離れていくのを、名残惜しく見つめながら口を開く?
「……はぁっ……、では、どうする、のです?王女殿下は……」
「…………彼女の精神年齢は、ほとんど五歳と変わらない。それに、姫にそれとなく王室の歴史やマナー、しきたり、外国語等の知識について探らせたのだけど、ゼロに近しかったよ」
「なんと……本当に、幽閉されていたのかもしれませんね」
「ああ。お労しいことに。しかし無情だが、そういう事情では、カノンとの婚約は相当厳しいと考えているよ。最終的にはカノンがどうするか、だけれど」
つまり、アントワーヌ姫は義妹になれない可能性が高い、ということ。カノンが彼女を全面的にフォローしたり、環境を整えない限りは。
残念ではあった。しかしあのアレクサンダーへ向ける乙女の顔を見た後では、それで良かったのかもしれない。
「そうですね…………僕も、そう思います」
*
とっぷりと日が暮れて、ゆったりとした音楽がかかっている。
その流れに寄り添う、優しい味わいのスープからじんわりと湯気が上がっていた。
じっくり煮込まれたとろとろの肉塊は、スプーンでも容易に掬えてしまう。季節のフルーツは宝石のように磨かれて、出番を待っていた。
アントワーヌ姫をもてなすための穏やかな晩餐で、アレクサンダーはあえて自分のスキルについて話すことにしたらしい。
アレクサンダー曰く、【真実の瞳】を持つことを話すことは、好意を持つ人間を遠ざける一番の方法だそう。
「私たち王室で引き継ぐスキルは、人の心の機微が分かるので、なかなか苦労するのです。時に人の頭の中も覗きますから。私は本当に果報者で、ディディアと出会い、結ばれることができて本当に良かった」
アレクサンダーは肉を綺麗に切り分けながら、スキルの恐ろしさと共に、ディディアへの想いも吐露した。
惚気は、牽制となるはずだった。
「まぁ!それは素晴らしいスキルですわね……!」
「と、言いますと?」
「だって、人が『お水を欲しい』と思ったらそれが分かるんじゃないですか?そこでサッとお水を出せたら、とっても素敵です……!」
「そ、そう……ありがとう……」
ディディアは呆気に取られた。アレクサンダーのスキルを聞いて、これほど純真とも安直とも言える返事をしたアントワーヌ姫に。
あまりにも、人の悪意やいやらしさとは隔絶された、精霊界のような場所で育ったのではないだろうか。
そしてアレクサンダーがいつかこうも言っていたことを思い出す。『私は幼児と老人にはモテる』と、哀愁漂う横顔と共に。
理由は、両者も心を読まれるのを厭わないからだそう。納得してしまった。ついでに以前、自分が還暦越えの老人に雰囲気が似ていると言われた訳も思い出してしまった。
(……ん?僕の精神が老人だってこと、ないよね?……ね?)
ディディアが首を捻っている間に、カノンが気を遣ったように明るい声を出す。
「ちなみにぼくのスキルは、農業に関するものなんだ。だから将来は、品種改良や効率的な農作について研究したいなぁと思っているんだよね」
カノンはそう言って、ちらりとアントワーヌ姫を見た。反応を伺っているのだろう。
彼の目標はディディアも知っており、若いのになんて素晴らしいのかと感動したものだ。
ディディアは【清泉の守人】を、ほとんど私欲のために使っている、と思っている。実際は、山一つの環境を整え街を発展させているので国としての利益にも繋がっており、既に観光地として他国にも知られるほどの有名な土地となっていた。
その結果、かなりの収益が税として徴収されている。
のだが、それ以上に懐が潤いまくっているので、ディディアは『私欲』だと断じていた。カノン王子を見習いたいと、食事をしながら瞳を潤ませる。
「まぁ……!農業というと、畑を耕す、あれですわね!王族でいらっしゃるのに、日焼けをしていらしているのは、もしかして?」
「あ、ああ、そうだよ。うん……、自分の畑で実験もしているから……」
「そうでしたのね!わたし、安心しました。カノン様、てっきり従者に日傘も差してもらえないのかと……」
アントワーヌ姫の言葉に、食卓が一瞬、凍りついた。それは、カノンが暗に『従者に舐められているのでは』という、不躾なものであったからだ。
「あはは!そんなことはないんだよ。従者はいつもぼくの後ろから必死に追いかけてきてくれるんだ。逃げるけど」
カノンはやけに大きな笑い声を上げ、巧みに話題を変えていった。ほっと肩から力を抜いたディディアは、ようやく食事が喉を通るようになる。
アントワーヌ姫には一切の悪意がないことは分かっており、異常に純真であるが故に、こういうことが頻発するようになった。
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