【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ

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 アントワーヌ姫が半月ほど滞在し、城の方も慣れてきた頃合いであった。


「…………その。良かったら、『プレミアム三毛にゃん温泉饅頭』を10セットほど、融通してもらいたいのだが……」

「お断りします」

「そんなぁ!!」


 ディディアが半目になったのは、ディディアの父親であるファントム侯爵が執務室まで押しかけてきたからだ。


 ディディアの領地は温泉街化が加速度的に進み、温泉饅頭や温泉卵も、宿ごとに特色を付けてオリジナルアイテム化させている。
 そうすることで、二度、三度来て楽しい街になる。


 ただし例外なのは、ディディアの直営店である。


 ここで出している『プレミアム三毛にゃん温泉饅頭』は、白、茶、黒の温泉饅頭────完全な球体ではなく、猫耳と、サクラによる肉球スタンプ付き────をセットで売り出しており、完全専売特許。
 良いものを使っているので、当然味も良く、お値段もかなりのものであるが、飛ぶように売れていた。

 その人気は、学園で出会った美食家の侯爵令嬢が『絶品すぎて教えたくない』と評してくれたことも大きい。彼女には後ほど5セット贈っておいた。彼女と彼女の伴侶、そしてそのご友人の分として。


 大層喜ばれたのは、それが一日限定50セットしか販売されないからである。一度食べればまた並びたくなる、そんな温泉饅頭は入手困難な状況になっていた。


「そもそも50セットしか売っていませんのに、10セットも強請ゆするとは……強欲ではありませんか、お父様?」

「い、いや!愛息子が経営しているというのに身内がその味を知らんとは、赤っ恥であろう。まだ一口も食べたことがないんだ」

「そうですか。息子の舌が知りたいなら、セロリのピクルスでも食べたらどうです?」


 ディディアはフッと口元を歪ませた。

 セロリのピクルスとは、前世を思い出す前のディディアの主食である。誰も食べない部分が雑に漬けてあったために、仕方なく食べていた。

 生のセロリでも苦手なのに、ピクルスになると辛かったりべちゃべちゃしていたりと悲惨である。たまに美味いのが混ざっていたりするのが、小憎たらしいところ。おかげで今でもセロリは嫌いだ。


「…………なんだ、セロリの?ピクルス?それも新商品なのか?」


 しかし、ファントム侯爵にディディアの嫌味は通じなかったようだ。ディディアは呆れて、天井を仰ぐ。


「……………………はぁ、いいです。とにかく、ウチはファントム侯爵家には売りません。並んでも買わせません。大体、温泉饅頭なんて完全なる嗜好品なんです。食べなくても何も問題ありません」

「そんなっ!?わ、儂はただ、息子のはじめての手作りの菓子が食べたいんだ!」

「私が作っている訳ではありませんし……」


 しつこく食い下がる侯爵をあしらっている途中で、こんこん、と小さなノックがあり、許可をする前に可愛らしい顔が覗く。


「あら?えっと……」

「おお、アントワーヌ王女殿下ですねっ!儂はディディアの父でして。どうぞアントワーヌ王女殿下からも言ってもらえませぬかっ!?」


 こともあろうに、ファントム侯爵はアントワーヌ姫も巻き込もうとしたのである。

 つらつらと、いかにプレミアム三毛にゃん温泉饅頭が社交界の注目を浴びていること、親族たる自分が得られていないこと、これでは次期王太子妃の実家として恥ずかしくて表も歩けないほど(いっそ歩かなくて良い)だと、熱弁している。


 年端もいかぬ少女を利用しようとは、血の繋がりはあると思いたくない所業だ。


「ファントム侯爵。お帰り下さい。何があろうと融通はしませんから」

「それは…………冷たいのでは無いですか?ディディア様……」



 そう言ったのは、アントワーヌ姫だった。

 すっかりファントム侯爵に同情してしまったのか、眉を下げて、手を組み合わせている。


「ご家族なのでしょう?それも、侯爵閣下はディディア様の生家として、権威を維持しようとなされているのに……なぜ、たったそれっぽちの融通もされないのです?」



 “たった、それっぽちの融通”。

 
 ディディアは、この瞬間、アントワーヌ姫に対する同情心を捨てた。ここにいるのは隣国の王女。本国に介入する気であるなら、覚悟を持っていなければならない。


「それは……アントワーヌ王女殿下。これには、我々の間に、説明するには長すぎる確執かくしつがあるのです。どうかここは、私たちの問題に立ち入らないで欲しいのですが」

「……えっ……………………ふぇえ…………っ」


 出来るだけソフトな拒絶の表現にしたつもりが、アントワーヌ姫はみるみる大きな瞳に涙を溜めていく。

 ディディアも驚愕に目を見開いている間に、ついにショックを受けたように走り去っていってしまった。

 ぱたぱたと、少女の軽い足音が遠ざかっていく。

 思わず、立ち尽くすファントム侯爵をジト目で見た。


「………………今ので、本当に、可能性はゼロとなりました。どんな手を使っても、には、爪の先ほどもうちの特産品は渡しません。さぁ、お引き取りを」

「そん…………っふがぁ」


 バタンッ!強制的に締め出す。アレのせいで、アントワーヌ姫を泣かせてしまった。

 アントワーヌ姫としては橋渡しをするつもりだったのだろうが、ディディアには大きなお世話でしか無い。それも出来るだけ柔らかに断ったのに、泣き出されるとは。

 五歳の女の子に対する対応をした方が良かったのだろうか。しかし『大人のお話だから、またあとでね』と言っても、それはそれで泣かれるような気がした。







 





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