【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ

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 アントワーヌ姫を泣かせてしまった。


(貴賓のご機嫌を損ねてしまったから、流石にお咎めがあるかもしれない。アレク様に事情を話しておかないと……)


 そう考えたディディアは、アレクサンダーの執務室へと向かった。


「アレク様、王女殿下の件で、少し……あ」


 するとそこには、アレクサンダーの膝で泣き疲れ、すやすやと寝入ってしまっているアントワーヌ姫の姿があったのだ。

 ディディアを見て、アレクサンダーは柔らかな微笑みを浮かべる。しかし、ディディアの方は引き攣ってしまった。

 何故、よりによって、アレクサンダーの膝。

 乳母かは知らないが、頼れる侍女がいたはずだ。何故他国の、見合い相手の兄で、婚約者もいる男の、膝なのか?
 ディディアの胸の奥は、ギュッと握られたように苦しい。そして、燃えるような熱が湧き上がってくる。


「………………どんな、状況で?」

「ああ。とにかく彼女は私の膝で休みたそうにしていたから、膝枕を犠牲にしてみたよ。ディディアが冷たいなどと言うから軽く頭を覗かせてもらったけど……言葉の通りだった。エグエグと幼児のように泣き出して…………末弟のようだ」


 アレクサンダーはクッションを身代わりに滑り込ませて、アントワーヌ姫から離れた。ちなみにアレクサンダーの五番目の弟王子は現在三しゃいである。

 アレクサンダーが対象の頭の中を覗くには、頭部への接触が必要らしい。頭を鷲掴みするわけにもいかず、それで膝を貸していたのか。

 それでも裏表は無かったということだから、貶めようという訳でもなく、ただディディアにキツめに言われて悲しかったのだろう。

 涙の跡の光るアントワーヌ姫。鼻先の少し赤い寝姿は無防備で可愛らしいが、15歳である。瑞々しい美少女に取り縋られて、アレクサンダーはグッと来なかったのだろうか。


(僕は、こんなに華奢でも可憐でもないし……)


 と、不機嫌さを隠せないディディアを、アレクサンダーはそっと抱き寄せた。


「何があったのかは、早速ガイルが報告してくれたよ。君のパパ上が要らんことをしたのだろう?どうしよう、やはり一思いに潰してしまった方がスッキリするんじゃないかな?」

「その……潰したい気持ちは、無いことは無いのですが。ことの発端が温泉饅頭では、格好がつきません」

「そっか。君は優しいし、冷静だね」

「…………そう、でしょうか」


 たかが温泉饅頭で、仮にも一侯爵を潰すなんて。潰す方の器が小さいと取られるだろう。それから、ディディアの領地の宣伝を積極的にやっているらしい点は、悪くない。


「うん。本件は、君が怒りのエネルギーを消費する価値も無い。家族間のちょっとした諍い、で片付くような細事だったよね……」

「はい。そうなんです。……介入が、なければ」


 誰とは言わない。本来、それだけのことを、わざわざ首を突っ込まれて、ディディアの胸中はハリネズミのように小さな角が乱立する。


(……うぅん。でも、アレク様の胸の音。この弾力。……落ち着く)


 アレクサンダーのむちっとした胸に抱かれていると、チクチクした気持ちも穂先をしゅるしゅると削られて、丸くなってくるような心地がした。
 アレクサンダーは姫に縋られて浮かれたりする訳でもなく、いつも通り。ささくれているのは自分だけなのである。


「……………………ふう。折衷せっちゅう案を出すことにしますね」

「そうか。では、アントワーヌ姫も懸念は無くなろう。そうすれば、泣く必要は無くなるよね」


 アレクサンダーはさりげなく毒を吐いた。
”人の家族関係、他国の事情に首を突っ込んでおきながら、正当にたしなめられただけで泣きついてきた”────少女のあまりの幼さに苛々していた、と小声で囁く。


(それもそうだな)


 パヴェフォリの王女という身分でやってきたのであれば、他国内のトラブルに関しては一歩身を引き、干渉しないことが王族本来の振る舞いである。

 ただ美しいだけの王女では、精々飾り物にしかなり得ない。加えて中身だけが幼い王女なら、良いように利用されてしまうだろう。
















 ディディアの折衷案とは、ファントム侯爵家に引き取られ、次期当主の教育中であるロビンを招待して、“プレミアム三毛にゃん温泉饅頭”を食べさせることだった。


「いっ…………いいんですか?ディディア様。これって今ものすごい人気で、中々手に入らないって友人が……!」

「ロビン。“お兄さま”と呼んでくれる約束でしょう?ね?」

「はっ、はい……!ディディアお兄さま!」


 可愛い義弟に目のないディディアは、当然のようにプレミアム三毛にゃん温泉饅頭を小さく切ってやり、ロビンの小さな口へ運ぼうとした。

 それをアレクサンダーにギロリと見られているため、ロビンは血の気の引いた顔で『じ、自分で食べれます!もうじゅっさいです!』と叫ぶ。

 そう?と残念な思いで皿を手放したディディアは、視線を隅へとやった。


「…………それで、ロビン?どうしてユージーン兄上がいるのかな?」


 問題は、部屋の隅に縮こまるような格好で薄く存在する、ユージーンだった。
 ロビンが連れてきたので渋々茶室へ案内したものの、ディディアの視線は冷たい。


「ええと……今、ユージーン兄さまには色々と教わっていますので。ぼくはまだ礼儀作法にはうといですし、本来、王城にお呼ばれするのも恐れ多いことなので、にと」

「保険に、ね。いいね、ロビン。賢いね。そうそう、君が何か失態をしたとして、責任はユージーン兄上が取ればいいものね」

「はい!そういうことです!」


 二人の弟による容赦のない口撃に、ユージーンはぷるぷると震えていた。しかしまだ耐えられるだけ成長した模様。

 兄の性格を考えれば、まだ幼年とも言えるロビンの下の立場にいることも、かなり屈辱に思っているに違いなかった。それでも、ロビンから聞くユージーンは思いの外優しい。

 そのまま、良い義兄弟関係を築いて欲しいと思う。


「…………もし、食べきれなかったら兄上に処理させるといいよ。僕は、父上には絶対に食べさせたくないからね」

「わ、わかりました!ユージーン兄さま、ぼくの食べかけで申し訳ありませんが……」

「………………いただく」


 ロビンの手ずから、小さな温泉饅頭を口に放り込まれたユージーンは、義弟への愛情に溢れていた。

 ディディアは微笑ましいと同時に、環境次第ではこの兄に可愛がられていた未来もあったのだろうかと、少し考えた。


「…………フン、まぁまぁだ」

「………………」


 前言撤回。イラっとしたディディアは、食べかけでも恵んだのを後悔した。ユージーンはその後一口も食べられることは無かったが、自業自得とはこのことだろう。














「まぁ!仲直りされたのですね!良かった……」


 アントワーヌ姫に、“ファントム侯爵家に”は饅頭の味を覚えさせたと伝えると、無邪気に喜んでいた。


「ディディア様の、ご領地の特産品ですものね。ご実家が無関係とされるのは、やはりさみしいものだと思います。本当に良かったですわ!」

「………………ご心配をおかけして、申し訳ありません。このような細事を」

「いいえ、いいえ。ディディア様には、よくして頂いていますから!わたしも力になれたようで嬉しいですわ」


 力には、なっていない。

 いずれにせよロビンには贈る予定だった。干渉してきた姫の手前、あたかも仲直りをしたかのように人目のある王城で食べさせて、口先を整えただけのことである。

 そう突っ込む気力もげっそり失せており、ディディアは『そうですか』とだけ言って愛想笑いを浮かべた。






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