【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ

文字の大きさ
35 / 40

35 カノンは

 カノンside


 カノンは学園から帰るなり、アントワーヌ姫を夕食に誘った。

 今夜は二人での晩餐だ。年頃の若者が二人、星空も眺められるテラスに用意された小さめの卓────近い距離で、食を共にするのだ。
 その意味に気付かないアントワーヌ姫は、ほわほわとした可愛らしい笑顔を浮かべて、談笑に応じている。


「ああそうだ、アントワーヌ王女殿下。学園の見学ですが、許可が降りなかったようです。ああ、学園の方は問題ないのですが、パヴェフォリの方の許可が降りませんでした……お力になれず、残念です」

「あら、忘れておりました。申し訳ありません……ええ、いいんです。わたし、王城で楽しく過ごさせていただいておりますから、こちらに来てからずっと体調も良いんですの!」

「それならよかった。……アントワーヌ王女殿下。そういえばもうお互い、良く話せたと思いますが、ぼくとの見合いについて、どう考えておられますか?」


 カノンは覚悟を決めて、読み取れない王女の顔を伺う。

 色々と兄から聞いていても、カノンとしては、王女の可憐さに心を奪われていた。本人の意思次第では、強引にことを進めても構わないと思うくらいに。

 この時までは。


「もちろん、前向きに考えておりますわ!カノン様はとってもお優しくて、頼り甲斐のあるお方ですもの。今だってわたしのために心を砕いてくださって。でも……」

「でも?」

「お兄さまであらるる、アレクサンダー様……を見ますと、胸騒ぎがしてしまって。なんだかきゅっと苦しくなって、息がうまく吸えなくなって、わたしがわたしで無くなるような、変な感じがするんです……」

「……」


 カノンは黙っていた。兄からは、『それが恋かどうかは分からないが、過分な好意は持たれているようだ』と聞いている。

 カノンの気持ちを守るためにか、兄にしては婉曲な言い回しだった。歯切れはかなり悪かったものの、最終的にどう判断するかは、カノンに任せてくれた。


(……この人は、何も、知らない)


 薄々気付いてはいたが、本人も自覚がない。それを、人がなんと呼ぶ気持ちなのか、教えていいのか判断がつかなかった。


「あの方の近くに行きますと、わたしの胸は他人のものになったように思う通りにならなくなってしまって、でも、それは嫌な感じではなくて……怖いのに、もっと近付いて確認したくなってしまうのです。カノン様、このような症状、ご存知ですか?」

「……ぼくには、分かりかねます。ぼくはまだ、若輩者じゃくはいものですから」

「そんなことはありません!カノン様は素晴らしいとして、アントワーヌは慕っております!カノン様になら、わたくし、なんでも相談出来ますの」



 アントワーヌのポエムじみた独白を聞いているうちに、カノンは鳩尾のあたりが、急速に冷えていくのを感じた。


、かぁ…………それ、キープ君、ってこと?)


 ピキ。

 ピキピキ。


 心が音を立てて凍りつく。同時に、腹も立ってきた。


 自分との見合いに来たというのに、他の男、それも見合い相手の兄(それも婚約者持ちだ)に懸想をし、それを自分に隠しもせず、堂々と相談してくる姫が。


(自覚がない、とは恐ろしい)


 見合いの茶会の場でも、兄に見惚れてしまった人はいることはいた。カノンの婚約者候補として招待されている令息令嬢が、ディディアを伴って現れたアレクサンダーを見て、まるで勝ち目のない恋に落ちていくサマを、横目で見たこともある。


 自慢はできないが、見慣れているのだ。だから、すぐに分かる。


 そういった令息令嬢は、優しげな風貌のカノンには当たり障りない微笑みを浮かべて場をやり過ごす。直接アレクサンダーへ言い寄る勇気は無いのだ。ただ、兄を見てうっとりとため息を漏らす。それだけ。
 罪とまでは言えない。人の気持ちはままならないことは知っている。

 しかし、その後、何食わぬ顔でカノンにすり寄り、己の浅ましさをアピールするのである。

 彼や彼女たちは自覚があった。カノンに言えない想いを抱いていると。だから、カノンに相談することはない。 

 アントワーヌは違うと思っていた。兄に恋をしても、カノンを受け入れ、心からの美しい笑みを見せてくれた。兄への恋心は封印し、カノンだけを見てくれる。
 そう思っていたのは、間違いだったようだ。

 だからその分、アントワーヌの方が厚顔無恥こうがんむちとも、恥知らずとも言えた。心の奥底で、罵詈雑言ばりぞうごんが止まらない。

 可憐で無邪気で、教養を身につけることも許可されなかった可哀想な姫。
 教育を施してあげようとか、いずれカノンは王室を離れる身であるから、静かな田舎に引っ込めば社交は必要ないとか、彼女を救うために夜な夜な考えていたものは、全て忘れることにした。


(改めて考えれば、ぼくは傲慢だったみたい。彼女を、救えるだなんて)


 カノンは第二といえども王子だからと、目の前の可愛らしく、か弱い王女を救うことは容易いと考えていた。しかし、本人が友人だとしか認識していないのに娶るなんて、双方にとって不幸なことだ。



 無邪気であれば罪はないというのであれば、こうも胸の痛みを与えてくる人から離れるのも罪ではないはず。


 初めての失恋の痛みは、カノンの精神を急激に成長させた。


 顔を上げたカノンは、綺麗な微笑みを浮かべていた。

 急速に熱されて、急速に冷やされた心。その軋む音を聞きながらも、カノンの優秀な頭脳は、他人事のように最適解を導いた。


「いえ、やはり軟弱者です。ぼくは。アントワーヌ姫の伴侶としてあまりに不足しております。ですから、この話は無かったことにしましょう」


「……えっ?」
















感想 182

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。

竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。 男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。 家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。 前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。 前世の記憶チートで優秀なことも。 だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。 愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!