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36 アントワーヌは
アントワーヌside
(どうして、カノン様はわたしを国へ帰そうとするのかしら……)
アントワーヌは嫁ぎに来た。母国では不要とされたのだから、是が非でも娶って頂かなくてはならない。
アントワーヌは可愛い。その可愛さは全ての子女の中でも群を抜いており、姉とはまた違うタイプで、違う人気があることを、アントワーヌはよく知っていた。
それがアントワーヌの姉は気に食わなくて、冷遇されてきたのだ。しかし冷たいのは家族だけであり、騎士や侍女たちには恵まれて育ったアントワーヌは、十分愛されてきた。
貴族令息もそうだった。ひとたびアントワーヌを目にすればやれ食事だ、やれご気分はいかがと、尽くしたくなるのが普通の人間というもの。
カノンもまた然り。アントワーヌだってそのつもりで来たのだから、当然のことだった。
しかしアントワーヌにとって計画外だったのは、その兄アレクサンダー王太子が醸し出す、そこはかとない雄々しさと色気に、完全ノックアウトされたことだった。
カノンとは全く違う。芯の強さか、カリスマ性か。一見柔和で気さくそうな王子を装っているが、底知れぬ威圧感を持っている。
存在感が、まるで違う。自国の父、国王よりも余程大きく見えるのである。姿形ではなく、その支配力の差か。
アレクサンダーは、きっと王としての器も、アントワーヌを冷遇するあの父王より大きい。
(もっと、お話ししたいわ)
アントワーヌは寝ても覚めてもアレクサンダーのことばかり考えた。結婚するべきカノンと話していても、アレクサンダーとの共通点を探そうとしていた。
カノンはとても良い人である。一緒にいて安心できるというのも、伴侶に求める大事な要素だ。優しくて見目も良い。それはアレクサンダーと同じだが、アントワーヌの胸をざわつかせるのはただ一人。
だから、カノンと婚約するのは構わない。ただ、アレクサンダーに抱くこの気持ちが何であるのか、この焦がれるような、締め付けるような苦しい熱い思いが何であるかが、知りたかった。
どうもそれは、アレクサンダーの婚約者ーーーーディディアの立場に自分がいる、と想像してみると、弾けるような高揚感に満たされるようだった。
ディディアは美しい人だ。水仙のような清らかな麗人で、アントワーヌにも親身になってくれるほど優しい。
けれど、そんなディディアも家族には冷たいと知って、ショックだった。おじさんが可哀想に思えて口添えをしたのに、『無関係者は入ってくるな』とばかりに窘められてしまって、咄嗟にアレクサンダーへ訴えた。
あのような方を伴侶として迎えたら、アレクサンダーは不幸になる。アントワーヌは、家族に冷たくされる辛さを知っているから、そうなる前に教えてあげたかったのだ。
『ディディア様は……っ!お冷たくていらっしゃるのです!!ひぐっ、ううっ……』
ひたすらそれだけを訴えて、アレクサンダーの膝に甘えた。優しい手で、幼子にするように頭を撫でられて、アントワーヌは幸せな夢を見た。
あの大きな手に腰を抱かれたら。
とろけるような甘い笑顔を向けられたら。
耳に唇の触れるような距離に、近付けたら。
夢から覚めてもその空想に耽るたび、少女の身体は甘美に痺れたのだ。
それなのに、国へ帰らなくてはならない。カノンは、アントワーヌを諦めてしまった。きっとアントワーヌが高嶺の花すぎたのだ。気持ちは分かるものの、それでは困る。
国へ帰っても居場所のないアントワーヌは、おそらく飼い殺しにされてしまうだろう。そうなったら、アントワーヌは。
(わたしは、王女なのに……っ)
はらはらと涙を流すアントワーヌに、優しい蜜のような言葉がかかった。
「奥の手を使いましょう、姫様。わたくしめが、全て良きように整えますから」
そうアントワーヌに囁く侍女の名前は、いつも思い出せない。
「失礼、いたします……」
アントワーヌは控えめなノックをして、アレクサンダーの寝室へ身を滑り込ませた。
身につけているのは薄くていやらしい、夜間着だった。これほど薄くては肌が透けてしまい、何の意味も為さないのだが、侍女はこれが最適であると押し付けてきたのだ。だからきっと、間違いはない。
暗い寝室。しかし枕元のランプは控えめに輝いて、アレクサンダーの彫刻のように整った寝顔を優しげに照らしていた。
(なんてこと。寝顔も素敵だわ……)
アントワーヌは、静かに毛布をめくった。アレクサンダーは起きない。ふうっ、と小さな安堵の息を吐いて、毛布の間に身を沈めた。
思ったより、濃い雄の匂い。ドキドキと鼓動が大きく聞こえ、指先が震えた。それでももう、止まれない。
吸い寄せられるようにして、胸元に生えた男の毛に鼻先を埋めた。深く、深く息を吸う。これがアレクサンダーという、男の匂いなのかと。
案外、むわりと香っており、アントワーヌは感動する。『匂い』は、想像上のアレクサンダーからは決して香ってこないからだ。
「何をしにきたのかな、お姫様は」
「!」
「男の寝所に潜り込んだらどうなるか、それすらも教わらなかったのかな?」
アレクサンダーは余裕の微笑みを浮かべて、アントワーヌを押し倒した。トクンと胸が跳ねる。
あっという間に乗り上げられたアントワーヌだったが、怯えはない。むしろ、これが正解であった。
「ええと……その。こうすれば、あとは殿方が、良きようにしてくださると」
アントワーヌは指先で、ネグリジェの肩紐をするりと解いた。青い林檎のような胸がさらけ出され、アントワーヌは顔を赤くする。
期待で瞳は潤い、薄く紅を引いた唇がはふ、と熱い吐息を漏らした。
「わたし……アレクサンダーさまになら、何をされたっていいんです……」
そう、あとは良いようにしてくださる。アレクサンダーが婚約者に向けるような、甘いものを、与えてくださるのだ。
胸が詰まって、きゅうと鳴る。アレクサンダーの顔がすぐ上にある。もうどうにでもして欲しい。体の中心を巡る熱と一緒に、めちゃくちゃになりたい。
アントワーヌは、潤んだ瞳で見上げた。
しかし次の瞬間、目の前の人物がブレた。
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