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「……え?」
霧が晴れるように幻が解けていく。アントワーヌに乗り上げているのは、アレクサンダーではない。
知らない。全く知らない、少し年上の、しかし若い男であることに気付いたのだ。
「!?きゃあっ!?」
「なーんてね。まったく、お子様を甚振る気は無いので、拘束させてもらいますよ」
「!」
瞬く間に、毛布ごと簀巻にされていた。そして部屋には他にも仲間が潜んでいたらしい。テキパキと流れ作業のように、アントワーヌの部屋で待つ侍女らも捕縛された。
アントワーヌは羞恥で震えていた。まさか、部屋の中にこんなに人がいただなんて。そんな中、自分は知らない男たちに、自ら胸をさらけ出してしまったなんて。
「全く、アレクサンダー殿下のディディア様への溺愛っぷりを見て、良く寝取ろうなどと思えましたね?」
「ネト……?わたしは、ただ、癒して差し上げようと……!」
「それ、どこかで聞いたことありますけど、どうしてディディア様以上に癒せると勘違い出来るんです?」
(あの方のスキルからして、“癒し界”の神ですのに……)
侍従ガイルは出来る侍従だ。
ディディアたちは毎晩拠点で眠る。それは夜這いではなく暗殺を警戒してのことであり、主上が婚約者のスキルに守られて安心して眠る幸せを、ガイルは誰にも邪魔されたくなかった。
ただし注意点として婚姻までは事を為してはいけないため、いつもはガイルとランセムがストッパーとして随行していたのだが、本日はアントワーヌの侍女の様子に気付いて待ち伏せていた。
(あっちなら温泉浸かれるのに……、猫ちゃんもいるのに……)
そう残念に思いながらも、主上のためなら仕方ない。本件について丸投げ────もとい、一任されたのが内心嬉しかったのもあった。主上からの信頼を感じた。
そうしてアレクサンダーに【幻影】をかけられたガイルは、アレクサンダーそっくりの風貌に変化していた。ただし自前の胸毛の感触までは変えられない。
その豊かな茂みに鼻先を突っ込まれて笑いそうになったものの、なんとか堪えた。いつ気付くかと面白がって観察していたがその様子は無く、それどころか露出し始めたため、ネタバラシをする他無かったのだ。
「うっ……ぐすっ……ぐすっ…………わたし、騙されましたのね………………」
「人の寝所に忍び込む時は、何があっても自己責任と、覚えておいた方がよろしいかと」
「分かりません……わたしは、アレクサンダー様のお側に侍りたかっただけですのに…………ふぇぇ……」
その後、アントワーヌの境遇が明かされた。
可憐だが、致命的に学習能力の低かったアントワーヌには、いっそのこと徹底して純粋なまま嫁がせることが、最も価値を高める────と、パヴェフォリの国王は考えたらしい。
その指示により、不要な知識や不要な感情が芽生える度、【忘却】をかけてアントワーヌの記憶を失くさせた。
そのために、アントワーヌには侍女セーラという【忘却】のスキルの使い手が常に側についていた。
幸か不幸か、侍女セーラは我が娘のようにアントワーヌを愛し、そして“理想の姫”を作ることに執着を燃やしていた。
そのため、今回のカノンとの見合いに失敗した瞬間、『次はこっちです』とばかりに方向転換。アレクサンダーに恋に落ちたアントワーヌの希望を叶えさせてやりたく、この一計を案じた。
「愛妾にしかなれませんが?愛する王女がいち“愛妾”という身分に落ちるのは、よろしいのですか?」
鉄格子越しに問いかけながら、ガイルは疑問に思った。
何故なら、王族の伴侶は処女と決まっている。仮に何がしかがあってアレクサンダーとの既成事実が出来たとして、アントワーヌは正妃にはなれない。
その上、教養、スキル、魔力量に財力、全てディディアに勝るものは無い。良くても後宮の奥に押し込められ、正妃であるディディアが愛されて輝くのを、遠くから見続ける羽目になるだろう。
「それでも……国に帰るよりは!姫様の恋する、お優しいアレクサンダー王太子の愛妾である方がよろしいかと!」
「王太子殿下がお優しいのはディディア様だけなんですけど……」
そんなガイルの呟きなど、知る由も無いだろう。
一介の侍女の考えは浅く、【忘却】を使いまくって寝室の鍵を手に入れ王女を誘導したものの、肝心のターゲットは偽物。本人は安全な拠点で、ディディアと呑気にイチャイチャしていた。
完全に手のひらで遊ばれていたのだと知り、セーラは逆ギレして地下牢の壁に当たり散らしていた。
アントワーヌの方は、キセイジジツとやらを作ればディディアが煙のように消えて、アレクサンダーとめくるめく愛の王城生活が始まると思い込んでいたらしい。
「だって、プリンセスって皆そうだもの。どのお姫様も、絶対にそうなるの。知らないのですか?」
ガイルはちょっと何を言っているのか分からなかった。幼児の頭の中を覗いてしまったような気がして、頭痛薬を飲んだのだった。
*
アントワーヌは“夜這い空振り”とは言え国へ帰され、姉姫と同様、マルゴート王国への入国は禁止された。
そして今後こちらから向かわない限り、パヴェフォリの王族も入国を制限した。実質上の出禁である。今後の交渉は外交官のみとし、王族の干渉を受け付けない。
前回、姉姫の時に結んだものよりもさらにマルゴート王国側に有利な条約を結ぶこととなった。国力を大きく削がれたパヴェフォリは、この条約締結後衰退し、数年後にはマルゴート王国の属国となった。
ちなみにアントワーヌはスキル【身体強化】を使って居残ろうと奮闘したものの、セーラの教育方針で鍛えておらず、本職である騎士に敵うことはなかったのは余談である。
侍女セーラは計画した犯人であり、実はディディアの前にも姿を現していた。しかしディディアを警戒した侍女はその存在を忘れるようスキルを行使してしまったのだ。“準王族への記憶の改竄”である。
そのためセーラは、スキルを消滅させられた上で国へ返品されることとなった。
幼子のまま年頃になってしまったアントワーヌ。保護してやりたくとも、アレクサンダーをディディアから寝取ろうとしたことは間違いのないことで、もうこの国に置いてはおけない。
今後アントワーヌは、あの晩かいた恥を忘れられるだろうか。
それは誰も知り得ないことだった。
*
国へ帰ったアントワーヌはもう【忘却】は使われなくなったが、大国マルゴートへの入国禁止という瑕疵がついてしまった。
その上、マルゴート側からの強い要望で、うんと年上で隠居した貴族男性に娶られ、その敷地で蟄居することとなった。
その側に、もう侍女セーラはいない。彼女は国へ帰ってすぐ、解雇されてしまったから。
アントワーヌを一身に愛してきたセーラは、その後意気消沈のあまり髪が真っ白になって、まだ30半であるのに老婆のようになってしまった。今は実家に帰り下女のようなことをしているらしい。
(わたしがどこへ行っても、ついてきてくれると思っていたのに……)
一人寂しく向かった先で待っていた夫は、アントワーヌを抱くほどの元気は無い老年。アントワーヌを新しくできた孫のように温かく迎え、羊の世話をするよう指示をした。
「アントワーヌや。動物はいいぞ。可愛いからなぁ」
「そう、でしょうか……」
「なあに、君ならきっとうまくやれるわい」
夫は小さな牧場を経営していた。羊の他にも、犬、鶏、それから牛もいる。数十人も世話人がいる中に、アントワーヌも放り込まれたのだ。それは、夫の死後アントワーヌに遺すため。
アントワーヌの生活は、毎日泥を浴びるようなものに一変した。全身筋肉痛に苛まれ、爪に入った泥は落ちなくなり、無邪気だった心も疲弊し、悪態をつくようになった。
それでもこの田舎からは逃れられない。それが、この婚姻の意味である。
しかし動物たちと触れ合うようになって、それでもいいかもしれない、とアントワーヌは考え直すようになってきた。
(あのお胸のフサフサが、忘れられないもの……)
アントワーヌは知らない。あれがアレクサンダーの擬態で生えたものなのか、ガイルの自前のものなのか。
羊の毛を撫でるのは、気に入った。あの時アレクサンダーに抱いた、妙なドキドキを思い出すから。
(でも、男の人はもう嫌。羊の方がふわふわで可愛いもの。わたし、牧場主になるわ!)
アントワーヌは生涯田舎から出ることなく、頬に泥をつけながらも新しい家族(羊たち)を愛でて暮らしたのだった。
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