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「うぅん…………無邪気な人って、案外攻撃力高いんだ……」
アントワーヌ姫たちが帰ってから、ディディアはぽそり、零した。
温泉はやはり癒される。隣にはアレクサンダーと、シロウも一緒に馴染んでいた。
「そち、傷付いたのか?」
「う……うーん?どうでしょう。チクチクとささくれ立つ気持ちになりましたけれど、もう帰国されたので……」
「人間は難儀じゃな。我は、そちが傷付くのは見たくないのう」
シロウは眉を下げ、ディディアの頬を慈しむように触れる。アレクサンダーがすかさずディディアの身体を引き寄せて、シロウの腕の範囲から遠ざけた。
「神よ。それは伴侶となる私の役目です」
「フン。我ならば、そちの心を傷付かせる一切を排除してやろうに」
「し、シロウ様。不穏ですね……」
神龍がその台詞を言うと、何かが滅ぶような危機を感じる。自分をムギュッと抱きしめて離さないアレクサンダーに愛しさを募らせながら、ディディアはふわりと笑った。
「お気持ちは光栄ですが、僕にはこうして甘やかしてくれる人がいるので。むしろ多少傷付くくらいでちょうどいいんです」
「そうか?人間は分からんなぁ」
「ふふふ。慰めてくれる人がいるから、傷つくのも怖くないです。もしまた同じようなことがあっても、立ち向かえます。……分かります?」
アレクサンダーが、必ずディディアの傍にいてくれる。甘やかしてくれる。そう信じているから、ディディアは強くなれる。逆でも、きっとディディアは力になれるはずだ。
それが、パートナーというもの。ディディアは背後から抱いてくる、逞しい腕を優しく撫でた。
「ディア……君はなんて強くて高潔なんだろう?ますます惚れ直してしまう」
「僕だって男です。アレク様の隣で戦える男なんだって、覚えておいてくださいね」
「ディア……っ」
「えーっ、ヒナ、分かんない。全然分かんない、人間」
すると突然に、紅顔の美少年もちゃぷん、温泉に浸かっていた。例によって大量のひよこたちに囲まれて。
「……ヒナ様。ようこそ」
「ヒナもキミを気に入ってる。傷つくくらいなら天界に連れていってあげるのにぃ」
「なんだか……怖いのでお気持ちだけいただきますね」
なんだろうその世界は。二度と帰って来られなさそうな気がする。
よく聞くと、神様たちはそれぞれ独自の小世界を持っており、自分の好きな環境をカスタマイズしているのだとか。さすが神様ともなると、自宅のスケールも違う。
「ちぇ。それなら、キミの手を貸して。ほい」
「んっ!?」
手を差し出すと、ヒナはそれを掴み、湯の下へと持っていく。
ふにり。手の感触と位置情報からすると、ヒナの、ヒナである。小さくつるんとしたモノの後ろにある、意外に豊かなふぐりを包まされている。
「ひっ、ヒナ様!?」
「うむ。これで安産になる。卵をポンって産むみたいに、楽な出産になるからね。よく揉んでおくといい」
「あ、ありがとうございます……」
聖なる金の袋の中には二つのふにふにが入っていた。構造は人間と同じらしいが、よく揉めと言われても困る。固まるディディアのもう片方の手も、シロウに引っ張られ、誘われた。
「我のも触るがよい。我の方がもっとすごい。休む間もなく子宝に恵まれよう」
「いや、ヒナでしょ。ヒナの方がすごい」
「話にならんな。ピヨピヨのピヨのくせに」
「そんなこと言うなら、またみんなで鼻の中探検させるからな!」
「あれは本当にひどかった!二度とするでない!」
(一体天界で何をしているのだろう…………神々の戯れ?)
こうしてディディアは安産祈願と子宝祈願のありがたい神の棒と袋を、片手ずつ握ることとなったのだ。
この状況は一体。それも、シロウもヒナも、どことなく誇らしげである。ご利益自慢のようなところがあるのだろうか。
アレクサンダーはギリギリと奥歯を噛み締めながら、ディディアを背後から抱っこすることで己を鎮めている。
「分かってる。ディアが好きなのは私だし、神たちに略奪の意図は無いこともね…………ディアは神すら陥落させる魅力の持ち主だから、仕方ないんだよ……」
「アレク様っ……!シロウ様、ヒナ様、過分な恩恵を賜り、ありがとうございます」
神聖なるモノから離れて感謝を捧げる。アレクサンダーの身体に抱きついて、ディディアだけの熱い肉体にうっとりと頬を擦り寄せた。
(神様たちに良くしてもらっているから、何かお返ししたいな)
そう考えたディディアは、領地に巨大な神像を作らせることにした。
神龍の鱗を砕いて混ぜ込み、大きな龍の像を。
不死鳥の羽を内部に奉納した、ひよこの像を。
許可なく像を作って怒りを買ってはいけない、と思って話をすると、ヒナは手を叩いて喜んだ。
「それはいい!デザイン担当!ヒナをかっこよく描いてくれ!」
無数にいるひよこの中から、目つきの悪いひよこが出てきた。嘴や翼をインク壺に突っ込んで、全身を使ってヒナを描いていく。
その迷いのなさはまさに巨匠。モデルになりきるヒナは、大きめのひよこ姿で胸を反らして、どこか誇らしげなのが可愛い。ディディアはほっこりと眺めていた。
「出来たみたい。どれどれ……うん、いいね!カッコいい」
あっという間に完成した絵を、ヒナは満足そうに見せてくる。
そこには、ひよことはかけ離れた『ザ・不死鳥』の姿があった。
(…………!?)
ディディアは二度見する。鋭い嘴に、切れ長の瞳。翼は長く美しく、ほっそりとしたボディーである。どこをどう見ても別鳥。
「こ、こちらで像を作っても、よろしいと……?」
「うん!格好良くね!いくつ作ってもいいからね!」
「しょ、承知しました……」
もう何も言うまい。ディディアが愛想笑いを浮かべると、横からシロウも覗き込んできた。
「ふむ、悪くない。そこのヒヨコよ、我の姿も描くがよい。威厳たっぷりの龍の姿でな」
ぼふっ、と龍の姿となったシロウ。デザイン担当ひよこは再びせかせかと動き回り、シロウの龍姿を描いていく。
(あ、そっちは見たままなんだ……)
自分の仕える神への忖度なのか?という心の声は胸に仕舞った。神龍と不死鳥、画風は揃っていた方が見栄えも良さそうだ。
完成したのは数年後。領地の入り口を守るようにドンと建てられた神像は、シロウとヒナも気に入ってくれ、加護をかけてくれた。
「我の神像を磨くことだ。さすれば怪我に強くなるだろう」
「ヒナはぁ、そうだ、撫でてくれたら足が速くなるおまじないをかけてあげる!」
「い、いいのですか?」
ディディアもギョッとしたのは、その加護をかけられた神像が、どこか畏怖すら感じられるほど存在感を放っていたからだ。
新たな宗教ができてしまいかねないほど、『神』の気配が漂っているのだ。
「うむ。そちの山だ。栄えるがよい。侮られてはたまらん」
「そうだよ~、ヒナもそう思う。それにそんなに強い加護じゃないから、気のせいくらいのほんの少しだし!」
「それなら……ありがたく、大切にさせて頂きますね」
見上げるような神龍と不死鳥の神像は、この近辺へ訪れた全ての観光客、特に魔物を狩る傭兵や力仕事の者たちは、遠くからでも必ず訪れるようになった。
あまりに存在感を放つので、撫でたり、磨いたりするのもおっかなびっくりな様子の観光客に、ディディアは苦笑する。
ディディアはもっと恐れ多いものを触ったことがある。そのため神像には何気なしに触れることが出来るのだった。
二体の他にも、領地を守るように小さなひよこの像も点々と配置した。それは直接ヒナとは関係ないのだが、一応(神罰を喰らいたくないため)打診した。すると、
『あぁ、そういえば眷属がどこかのむさ苦しい穴蔵に隠れていた時、キミのツガイくんに助けられたことがあるみたいでさ。恩返ししたいんだって。良くしてやってね』
どうやら、野良ひよこはアレクサンダーを慕って集まっていたらしい。彼らはこの領地に集まり、ピヨピヨし、良質な卵と癒しを与えてくれている。小さな神様だ。
その小さな神様像の全てに神龍の鱗を砕いたものを混ぜ込んであったためか、魔物が人里を恐れるように近寄らなくなり、『安全な観光地』としても有名になった。
安全に夜を過ごせる安心感で、恋人や夫婦の愛の営みにも熱が入った、らしいが────それはまだ、先の話である。
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