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訃報
しおりを挟む夫が渡航先の希臘で事故に巻き込まれ死亡という訃報が届いたのは、りのが十九歳になったばかりのある日のことだった。
会津生まれの会津育ち。そんなりのが嫁いだのは大正六年のこと。それからたった三年で未亡人となったのだ。
りのの嫁ぎ先「烏谷商会」は、軍を相手に仕事をしている。訃報は電報で来たが、日本帝国軍からも士官がやってきた。
「りのっ」
電報を握りしめた姑がきつい視線を寄越した。
「お前は希臘に達志さんの遺体を取りに行きなさい」
「……え?」
普通、荼毘にしてこちらに来るのではなかろうか。周囲が口出しする前に、姑は再度同じことを言った。
元々りのは遺産分与や商会の行く末に口出しできる立場にはない。そして、姑はりのに葬儀にも関わって欲しくないというのがありありと分かった。
薩摩出身の義父と長州出身の義母が始めた商売だという。義母が他界し、後妻に入ったこの姑は、なさぬ仲の継子が嫌いだった。そして、己の子供に商会を継がせたいと動いていたことも知っている。……りのと夫に子供がいないのは、偏に姑が原因だった。
「早くいきなさいッ!!」
おそらくりのが渡航した後、色々言われるであろう。それを見越したりのは一計を案じた。
取引先や、近所衆、親族が集まってきた時に、再度姑に同じ台詞を言わせた。
「分かりました。旦那様のご遺体を引き取りに参ります」
「りのちゃん……」
虐げられていると知っている近所衆はりのを案じたが、りのとしては「自分の意思で出て行った」と相手が言い募れない状況を作りたかっただけだ。
軍に頼んで渡航用の査証と旅券を外務省から取り寄せてもらい、旅の準備が始まった。軍に顔が効くのは、こういう時に便利である。顔が効くのは姑も同じ。通常の半分の時間で査証が取れた。
「常和さん、行ってまいりますね。商会の留守をお願いします」
「奥様……」
番頭である常和が何か言いたそうではあった。夫が他界した今、力が強いのは姑と、夫の弟だ。
「行ってらっしゃいませ」
船に乗る、りのの見送りに来たのは、常和だけだった。
まさか、このあと日本の地を踏むことが出来ないなどと思いもしなかった。
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査証……ビザのこと
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