1日1人のカフェの客

きな

文字の大きさ
3 / 7

レモンティー 後半

しおりを挟む
「では、この話は、ある男性のお話です。
彼は三ヶ月ほど前にここに訪れ、私に話を聞いてくれるように頼みました。
彼はー、心から愛する人がいたそうです。
その人は新人社員で、少し抜けてて天然で、とても思いやりがある人だったそうです。
何度か告白してやっとの事でOKをもらい、OKをもらえた日には夜ねれないくらい喜んだそうです。

その日から彼の人生は変わりました。
今までの彼は休みになるのが憂鬱で、休みなんかなければいいと思っていたそうです。
休みより仕事がしたいと言っていました。
ですが、彼女ができてからは休みが待ち遠しく、休みが近づくにつれ気分はどんどん晴れて生きました。
彼女は沢山のことを彼にしてくれたそうです。
プレゼントは勿論のこと、彼が辛い時にはそっと優しく抱きしめて話を聞いてくれたり、仕事帰り彼女も疲れているはずなのに彼女の家によると手料理を振舞ってくれたり…と。
彼女は、彼の事を「一生懸命全力で好き」だと精一杯表現してくれたそうです。
彼にとってそれはどれだけ嬉しかったことか…。
一方彼は彼女に何もしてあげられなかったそうです。
できることといえば彼女に好きだと伝えること、彼女の好きな事をしてあげること、彼女を笑顔にしてあげることくらい…。

付き合って一年と三ヶ月ほど過ぎて、彼は体の変化に気づき、病院に行ったそうです。
最初の診断は風邪で、薬をもらい薬を飲んで、暫くしたら症状は治り何事も無かったかのように彼女と楽しく過ごしていました。
二ヶ月後、また同じ症状が出てきて彼は病院に行ったそうです。
すると今度の診断はー、肺がんだったそうです。
彼は勿論治るかどうかを医者に問いました。
すると医者は少し唸ってこう言ったそうです。
「最近息切れや体重減少、腰の痛みなどはありませんか?」
と。彼には、少し心当たりがありました。
「最近腰が痛いんです。揉めばなんとか少しは治るんですが…。」
「…。腰、ですか…。
少し、検査をしてみましょう。
もしかしたら骨に転移している可能性があります。」
「…転移してたらどうなるんですか?」
「治療をすれば、癌の進行を抑えることができます。
ただ、がん細胞は抗生剤を打っても、細胞が抗生剤になれ、さらに強くなり進行する可能性があります。」
「そう…ですか。」

……診断の結果は、肺がんは骨に転移し、段階はステージ4でした。


彼は治療を受ける事を拒みました。
医者は勿論考え直すように言いましたが、患者の意思は尊重しなくてはなりませんので医師は結局彼を入院させることはできなかったそうです。
彼は、症状が酷くなったら、少しでも辛いと思ったら病院に来る約束をし、病院を後にしました。
勿論彼の症状は治るはずもなく…。
彼女の前で咳をするようになり彼女に心配ばかりかけていたそうです。
病院に行って診てもらって、一緒に行くから、と彼女に何度か言われたのですが、彼はその度に言い訳をし後に1人で病院に行きました。
すると、癌はこの前より酷くなっていたそうです。
ですが彼は入院を拒否し、更に増えた薬とともに家に帰りました。
勿論絶望しましたが、残りの人生彼女といたいという思いの方が強く、身体中が痛くても彼女にはそれを一切見せないようにしていたのです。
咳も彼女の前では我慢し、
トイレなど1人になった場所で血の混じった痰を吐き出しては薬を飲んでいたそうです。
医者には「笑顔でいる方がいい、何時もの日常を過ごしている方がいい」と言われたので彼は言われた通りに過ごしていました。
ただ、本当にひどい時は外に行くのを諦め、家で彼女と過ごしていたそうです。
旅行にもたくさん行きました。
ただ、写真は撮らないようにしたそうです。
この先自分がいなくなることは確実で、写真があれば彼女は思い出してしまうと思ったからです。
この先自分がいなくなっても前を向いていけるように写真は…と言っていました。
だけど、彼は死ぬ前に思い出をたくさん作りたいと言っていました。
写真は撮らないけど思い出はたくさん作るっておかしな話なんだけどな、これは俺のわがままで、こんな事をしたら結局思い出してしまうし辛い思いをさせてしまう、本当は彼女を酷く突き放した方がいいのかもしれない、酷くした方が次の相手を簡単に見つけられて幸せになるのかもしれない、けれどそれができないのは俺が我儘なせいなんだ…と。
彼は沢山悩んでいました。
彼女のために何が一番いいのかをずっと考えていたそうです。
仕事が増え新人社員も入ってきて忙しくなってきたら、身体の痛みも心の痛みもそれに隠し遊ぶ回数を減らしたそうです。
勿論減らした分だけ病院に通いました。
1日だけですが点滴をうけ抗生剤を投与し、医者にも「こんなボロボロな身体で」とよく心配されていたそうです。
仕事が落ち着いてきたらまた彼女と遊びに行く回数が増えたそうです。
ですが、段々体が言う事を聞かなくなり…気がつけば彼女の誘いを断ってばかりいました。
彼女に辛い思いをさせている自覚はありつつも、体が動きません。
会う回数もめっきり減りました。
病院に行き、医者にはこれ以上は本当に家庭で過ごすのは無理です、とまで言われました。
彼は悩んだ挙句、彼女に「別れよう」と言う決心をしたそうです。


……これが、三ヶ月ほど前の出来事です。

…そうそう、彼は本当に彼女に感謝していたそうです。
彼女のおかげで、通常よりも癌の進行は遅かったらしく、辛かったですが彼女に会うだけで元気が出たそうです。
最後まで彼は彼女に自分の病気の事を話さないと決めていたそうです。
癌や病院のことは家族や社長、上司といった一部の方々しか知らないそうです。
残りの人生どうしても愛する人と過ごしたいと言って、周りの声を無視し、日常を過ごす事を選んだ彼は、今はどうなっているのでしょうか…。


………彼の名前は、○○ ○○○さん、と言っていましたね…。」

オーナーは両手で口元を押さえ、必死に涙を堪えている彼女を見据えた。
心当たりがあるところがあったのでしょうが、名前を言ったところで確信に変わったのは明らかでした。
彼女は震える声で言いました。
「彼の、名前と同じ、なんです…彼のしてきて、くれた事と、同じなんです…私、彼に、何もしてあげれなかったと、そう、思っていたのに、、彼はちゃんと、あいを、愛を受けとって、くれて、いたんですね…!わた、私、彼に、たくさん、貰ったのに、気づいてあげ、られなかったん、ですね…病院に、行かないと…病院に…!!」
彼女は溜められなくなった目尻からボロボロと涙を流し、お会計、と言ってきました。
「お会計は、もうすでにいただいてます。
話を聞いてくれてありがとうございました。
どうぞ、彼の元に急いでください。」
「え…、で、でも、」
「いいんです。」
「っ!はい、ありがとうございました…!!」

崩れたメイクもそのままに走り去って行く彼女の後ろ姿を見てオーナーは呟きました。

「伝言は伝えましたよ」




                                               end
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

処理中です...