1日1人のカフェの客

きな

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オーナーのお話。

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「…おや、いらっしゃい。
今日のお客さんは貴方ですね、どうぞ気がすむまでゆっくりしていってください。
お飲み物はどうしますか?
……わかりました、珈琲ですね。
ミルクと砂糖はどうなさいますか?

……かしこまりました、少々お待ちください。

はい、はい。
お客さんはどうしてこのカフェに?
そうですか、わかりました…
お話、聞きますよ。
聞くとこしかできませんが…。

……………。
え、私の話ですか?
私の話でいいんですか?
お客さん、どうして…

人の過去の話を聞いたら元気が出る?
わかりました、では…
わたし、というよりは以前このカフェに来られた方のお話をしますね。
あぁ、すみません、わたしの話はあまりないものでして…。


ありがとうございます。
では、この前このカフェに来られた方は消防士でした。
彼には昔幼馴染の友人がいたそうです。
小さい頃から仲良しで、小学校、中学校、高校と幼馴染の仲は続きました。
多少喧嘩はしたものの、結局最後には仲直りし、平和な日常を送っていました。
お互い社会人になり、幼馴染は目指していた弁護士へ、彼は人を救うという仕事がしたかったため消防士へ。
仕事は順調で幼馴染も彼も家庭を築くことができました。
そんなある日、彼は非番でしたが、急に仕事場に来いとの連絡を受けました。
彼は慌てて準備をし、仕事場に向かいました。
仕事場に着いたら慌ただしく、もうすでにいない消防車もあったそうです。

最後一台だけ残っている消防車に、2人の消防士が彼に向かって言いました。
「着替えはここにある!
荷物もそのままでいい!
時間がない!乗れ!」
彼は急いで言われた通り消防車に乗りその中で着替えをしました。
着替えをしてる時に彼は2人にこう聞いたそうです。
「どうしたんですか!?
何があったんです!?」
そうすると、2人のうち運転している先輩消防士がいいました。
「裁判所で大規模な火事が起きたんだ。
非番になっていた消防士に連絡とって連絡が付いたやつをどんどん誘ってるんだ。話によると裁判で負けた容疑者が錯乱し、カーテンに火をつけたそうだ。それから…」
「現状はわかりました。
急ぎましょう。」
運転手の言葉を遮って急ぐように急かし、彼は現地に着いたらどう動くかの確認をしていたそうです。
現地についた瞬間にわかる熱気、悲鳴、消防士の叫び声、消防士が燃え盛る炎に水をかける音…。
彼は真っ先に炎に水をかけに行き、何台もの消防車で水をかけていると言うのに一向に収まる様子のない炎に舌打ちをした。
そんな中、1人の女性の声が聞こえそちらをチラ、と一瞥した彼は驚いて大声を上げてしまいました。
幼馴染の奥さんが彼にむかって大声を出していたのです。
慌てて彼は彼女のもとに行き、話を聞きました。
「どうしたんですか!?」
大声で叫ばないと炎の音と悲鳴、炎に水をかける音で声は聞こえません。
精一杯の声で叫び、問いました。
彼女は裁判所を指さし、言いました。
「中に、夫が…!!!」
「なん…!?」
彼女の話によると、消防車が来た頃にはもう手遅れなくらい炎が広がっていて、消防士も中に入れない状態だったそうです。
奥さんは連絡を聞きつけてかけて来たので中に夫がいると知らなかったそうなんですが、話を聞くと容疑者が中に残ってると聞き彼女の夫、幼馴染が炎の中に戻って行ったそうです。
もちろんたくさんの人は呼び止めましたが、幼馴染はそれを無視して…。
その話を聞き、彼は水を頭からかぶり炎の中に走って行きました。
「(馬鹿野郎、火の中に飛び込んで助けるのは俺の仕事だ!
なんでお前が…!)」
火の中に入る手前で彼は仲間に止められたそうですが、彼は何かを叫びながら振り切って中に入ったそうです。

……えぇ、なにを叫んだのかは覚えていらっしゃらなかったそうです。
もしかしたら幼馴染の名前かもしれないし、幼馴染に対する怒りだったのかもしれません。

中に入ると、熱くて苦しくて目眩がしたそうです。
体にかけた水が熱湯なんじゃないかって思うくらい熱くて、喉もすぐに痛くなって来たそうです。
中を闇雲に突っ走り、見つけたのが容疑者と幼馴染でした。
2人とも倒れていて、顔や手は真っ黒で、幼馴染は頭から血が流れていたそうです。
一瞬嫌なことが頭の中を流れましたがそれを振り切って2人を背負い、外を目指しました。
背負った時にわかったのですが、2人はかすかにですか息がありました。
まだ生きている、そう期待して残りの力を振り絞ります。
彼の足は震え、息は上がり、彼自身も限界そうでしたが…。
出口までまだかかります。
彼は2人を助けたいと思うのですが、自分の体力がもうない事を分かっていました。
1人なら助けられる、いやでも…彼の中で葛藤が起きていたそうです。
そうして悩み抜いた彼はまだ息のある幼馴染の体を静かに横にして、容疑者を担ぎ直し外に向かいました。
彼は悔しくて、悲しくて、虚しくて、泣きながら置き去りにした彼に心の中で何回も謝り、ようやく外にたどり着きました。
彼は崩れ落ち、駆け寄ってきた消防士たちは急いで彼と容疑者を救急車に乗せました。

ここで、残念ながら彼は意識を失ったそうです。
最後に見たのは、救急車の後ろのドアが閉まる瞬間でした。

目が覚め、最初に見たのは彼の妻でした。
包帯でぐるぐる巻きになった手に両手をのせ、下を向きながら泣いていたそうです。
彼は彼の妻にこっぴどく叱られ、強く、強く抱きしめられました。
仕事仲間達にも勝手な行動をとったと怒られましたが、最後には良くやったと褒められました。
しばらくは安静にしてろという医者の指示のもと、彼は数日ベッドの上で過ごしました。
彼は寝ると毎回のように悪夢を見ました。
本当に幼馴染を置いてきて良かったのか、本当に選択肢を間違えてなかったのか、そして、自分にもっと体力があれば…と。
悪夢にうなされる日々が続いたある日、幼馴染の奥さんが彼の元に訪れました。
心の準備はしていましたが、いざ目の前にすると本当のことは言わず、嘘をついてしまおうかと考えたそうです。
ですが彼はその考えを振り払い彼女に言いました。
「裁判所の中にはいって、容疑者と彼を見つけました。」
「…っ!!
なぜ、なぜ夫を連れてきてくれなかったんですか…!」
「……。」
この質問に、彼はなんと答えようかずっと考えていたそうです。
どう言っても彼女にとってはただの言い訳にしかならなかったからです。
彼は彼女の目を見て、ありのままを言いました。
「僕の、体力が持ちませんでした。
あなたから幼馴染が中にいると聞き、裁判所の地図も見ずに…焦って中に入ってしまったんです…。」
「夫よりあの人を優先した理由は!?
貴方なら…貴方なら夫を連れてきてくれると…!!」
「…僕は、2人を運びながら考えました。なぜ、外に出た彼はまた中に戻ったのかを。彼は、容疑者にきちんと罪を背負って生きていて欲しかったのではないでしょうか。
だから、助けに中に戻ったのではないでしょうか。
彼を助けたい気持ちは、僕にはたくさんありました。
ですが、彼を助けてしまうと彼がしたことが泡になってしまうと思ったんです。
だから、僕は容疑者を背負い外に出ました。」

幼馴染の妻は悔しそに、悲しそうに顔を歪め、絞り出すように一言…
「それでも…!
あの人より夫を助けて欲しかった…!!」

そのまま彼女は病室を出て行ったそうです。
それから今まで彼女から連絡が来たことがない、と言っていました。

………はい、終わりです。
これが私が聞いたお話です。
え?
その後どうなったのかって?
…さぁ?
私はそこまでしか聞いてませんので…。
貴方はブラックコーヒーだったので苦目の話をして見ました。
でも、コーヒーはとても甘かったでしょう?

さぁ、お会計はもう済んでいます。
どうかお忘れ物がないように。
2度目にこれる可能性はゼロですから。
本日はありがとうございました。」
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