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ゆがめられた感覚

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「おおー!すごい!!」

「まるで、一つの世界があるみたいですね」

 VRの技術は年々進化していき、まるで現実のような世界を仮想空間に構築できるようになった。

 視覚野肌の感覚や味、語感全ての情報を高い精度でインプットさせることができるようになったのだ。

 それによって引きこもり種族が増加。何せ家の中でデータにあるものならばどこにでも行くことができるのだ。旅行や交通機関、ネットとは関係のない、娯楽関係の利益は急激に縮小することとなった。

 いや、それだけで済むならよかった。だが、データの技術力が高まるにつれ、あらゆる食べ物を完全に再現、あるいは脳内麻薬すら操ることがでkりうようになったのである。
 
 企業はコストの安い完全栄養剤を提供した。VRの中で味覚は完全に満足させられるゆえ、現実で求められているものは自らの体を維持するだけの栄養でしかないからだ。
 
 そう、これら一連の流れは、世界全体の経済の利益も当然縮小することとなる。
 
 故に、当時の全ての政府は、徐々に力を失うこととなっていったのだ。
 
 経済が回らないゆえ、税を回収することができなく、規模を縮小。
 
 さらに現実世界で何か犯罪を起こさずとも、仮想空間で満足することができるのだ。
 
 警察や治安維持のための軍備も必要最低限のものでよく、さらに自動化も技術の進歩により進み、個人で自らの安全を維持することもできた。
 
 政府は徐々に権力がなくなっていったのである。
 
 だが、ヒトの欲というのは根が深いものだ。そう簡単に自らの権力の消失を指をくわえてみているわけではない。
 
「ふーっ!!気持ちいぃー!!!」

「やっぱこのデータは最高だな」
 
「おい!!ニュースになってるぞ!!」

「あん?」
 
 政府は、なんと税をネット上の特定のオブジェクトに対してかけたのである。
 
 現実ではない、データ上の酒、たばこなどの脳内麻薬促進物質、またはエロ目的でのデータに対してだ。
 
 それらは当初反対運動も起きたものの、次第に落ち着いていくこととなる。
 
 だが、それは甘んじてその政策を人々が受け入れるというわけではなかったのだ。
 
 仮想世界の自動販売機の前にたむろしている、電脳アルコール中毒者たち。
 
「くそ・・たかが低級の酒がこんなに高いなんて・・」

「仕方ない。きっぱり今日限りでやめるしかねぇか」

 そこに、怪しげな人影。

「お客さん、お客さん」
 
「何だ?」

「いいものありますよ」

 そう言ってマントを広げたのは、瓶入りの液体データだ。
 
 それを彼らは受け取り、一口飲んで目を輝かせる。
 
「これは・・酔えるぞ!?」

 そう、その液体は酒のデータではない。
 
 しかし、ヒトの感覚構造は思ったよりも複雑だった。ある感覚を、たった一つの刺激によって導き出せると、誰が決めたのだろう。
 
 例えば「楽しい」とか、『興奮する』という状態を、たった一つの映画でしか生み出すことができないだろうか。答えは否である。
 
 そう、酒とはまったく違うにもかかわらず、同じような作用を生み出す液体。普通ならばそれは多大な試行錯誤によって生み出せるものだが、ここは仮想世界。
 
 野生の技術家たちがAIアルゴリズムによって、最も近い液体を低コストで生み出したのである。

「ただし、お代はいただきますよ。と言っても、ワンコイン程度のお求めやすい価格ですから」

「いいだろう!!買った!!」

 政府が酒と定義するデータは、データのある一定のパロメーターを指すものである。法律的にはそれらは酒ではないのだ。ゆえに格安で売ることができる。
 
 それは、その他の税が設定された風俗やたばこなども同様だった。
 
 元々それらは現実の代用品でしかなく、さらに別の代用品を作ることも今更なことではあるが。

 そうして、政府の設定した税は意味を成さなくなっていったのである。

 だが、それでもあきらめるものではない。政府はそれらの脱法商品をさらに取り締まっていった。現実に興味のないものたちが増え、政治はもはや無法地帯であり、自由に税を課すための仕組みができていたがゆえにスピード法律設定だった。
 
 しかし、電子の住人も、さらに代用品を生み出していく。
 
 電子世界と政治権力の歴史は、それらのいたちごっこの歴史と言っていいだろう。
 
 政府の設定する、税を課すためのデータは、年々範囲が多くなっていく。
 
 その副産物として、通常の商品でさえ税率がかかる設定になっていったのだ。例えば、「一定の幸福値が出る商品」として、データ上の食物全てに税がかかってしまったのである。
 
 だが、税のかかる商品データを、合法に自動的に変換するといったプログラムなど、対する技術もすさまじい進歩を遂げていった。
 
 一瞬を数年に引き延ばすプログラム、通常の快感とは全く別次元の快感。政府が既存の権利を守るために追い立て、人々はそれに散らされるようにあらゆる五感を手にしていったのだ。
 
「あ、そういえば、今日は約束していた日にちだ。」

 そして、、あるものが現実に用事があり、帰還した。 
 
 仮想世界から帰還した時、彼は違和感に気が付いた。
 
「あれ・・?ここって、本当に現実世界?」
 
 まるで、仮想世界のように、不明瞭な世界だ。
 
 そう重い、彼は窓から飛び降りて道路に降り立った。


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