青空の中の彼女

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ハルカ

9.僭越

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「はよ~っす」

 登校してきた教室で朝の挨拶を飛ばす。クラスで一番親しい友人に向かって。

「おはよ。どうだった?」

「いやぁ、話を聞く前に逃げられちまったぜ」

「ありゃりゃ。やっぱりダメだったか」

「警戒されてるんだろうな。あんな騒動があったんだから当たり前なんだけど」

 彼に向かって前日の成果を発表。失敗した事を明るめのテンションで告げた。

「空輝がダメならやっぱりオレが行こうか?」

「翔弥が聞いても同じだよ。尾行してた事に気付かれてたら余計に不信感を募らせるだけだし」

「そっかぁ……とりあえず春華さんの自宅は突き止めたんだけどなぁ」

「……は?」

 入れ違いに有益な報告を受ける。全く理解が出来ない突飛な情報を。

「それどういう事?」

「ん? 昨日、春華さんの後を付けて家まで行ったんだよ」

「いや、俺は彼女と一緒に学校を出て電車に乗ったけど途中で振り切られたんだぞ。そこにいなかった翔弥が追跡出来るのはおかしいだろ」

「あれ? オレもすぐ側にいたんだけど気が付かなかった? 春華さんが下車した時に一緒に降りたんだけど」

「お前、スゲーな! ていうか怖ぇーな!!」

 湧き上がってくる感情を素直に表現。絶賛と畏怖の台詞をオーバーに叫んだ。

「えっと……確かこの辺りだったと思う」

「おぉ、豪邸だな」

 端末の地図画面を使って自宅の場所を教えてもらう。こっそり撮影してきてくれた外観の写真も見ながら。

「それでこれからどうするの?」

「またアタックしてみるわ。本人が折れるまで」

「う~ん……けどオレ達の勘違いだったらただ単に迷惑をかけてるだけになっちゃわない?」

「もし勘違いじゃなかったら苦しんでる人間を見捨てる展開になっちゃう。そっちの方がマズい」

「まぁ、それはそうなんだけどさ…」

「早とちりだったら後からメチャクチャ謝る。お節介な事してごめんなさいってよ」

 断ち切るなら過剰な追及より折檻されている可能性の方が良い。全てが嘘だと判明するまで行動をとめる訳にはいかなかった。

「ただそんなに接触してたら向こうから嫌われない?」

「俺は既に嫌われ者になったんだぞ。しかも学年中の奴等に」

「そういえば…」

「ここまできたら何をやっても一緒。今さら怖いものなんてあるもんか」

「さすがだぜ! オレは空輝のそういう男らしい所に惹かれたんだな、きっと」

「気持ち悪いんだよ、テメェっ!!」

「ぎゃぁっ!?」

 目の前にあった頭を掴んで机に押し付ける。罵詈雑言を浴びせながら。

「ふぅ…」

 クラスメートの女子にしつこく迫る宣言をしたが学校では行動に移さない。彼女の周りには常に誰かが存在しているので。さすがに個人的なワガママで友達との関係性を壊すのはアウト。なので声をかけるのは放課後になってからと決めていた。



「また来週な~」

 帰りのホームルームが終わった教室で生徒達が次々に廊下へと出ていく。担任の解散の声を合図に。

「さ~、行くべ行くべ」

 予定の時間になったので作戦を実行。ターゲットの女子生徒に接触する為に席を立った。

「んっ…」

「お?」

 階段を下りようとしたタイミングで視線がぶつかる。数メートル先を歩いていた春華さんと。

「逃がしてたまるかっての」

 その瞬間に彼女が早歩きでの逃走を開始。前日の尾行を警戒しての行動なのだろう。すぐにその背中を追いかけた。

「あの~」

「うわっ!?」

 角を曲がろうとしたタイミングで行き先を遮られる。突然現れた背の低い女子生徒に。

「な、なななな何だっ!」

「今から時間ありますか?」

「ないよ! ていうかいきなり出てこないでくれ!」

「あ……ごめんなさい」

 思わず怒鳴り付けた。待ち伏せしていたであろう1年生の後輩に向かって。

「げっ!? 逃げられる!」

「はい? もしや急いでます?」

「そうだよ! クラスメートの女子を自宅まで追いかけて制服の中身を確認してやるんだ!」

「えっと……考えたくはないのですが悪質な犯罪に手を染めようとしていますか?」

「違ぇよ!!」

 彼女をかわしてすぐさま追跡を再開する。しかし数秒のタイムラグのせいか姿が見えない。視界の中からターゲットの背中が消えていた。

「くっそ、逃げられた!」

「すみません。せっかくセクハラしようとしていた所なのに邪魔してしまったみたいで」

「だから違うって言ってんだろ!!」

「冗談です」

「とにかく駅だ。行き先は分かってるんだからまだ追い付けるかもしれない」

 思考を切り替えて行動に移す。失敗を悔やむのではなく挽回する方向へと。

「なんで付いて来るのさ!?」

「え~と、暇なので」

「全然理由になってないぞ!」

 スニーカーに履き替えて昇降口を抜けた所で別の気配を察知。後ろから後輩が小走りで追いかけてきていた。

「はぁっ、はぁっ…」

 言葉を交わすより追跡を優勢する。本来の目的を。

「いねぇ…」

 辺りの様子を観察しながら駅までやって来るがそれらしき姿がどこにも見当たらない。近くにあるコンビニも確かめたがいなかった。

「鬼ごっこやってるんですか?」

「そんな悠長な遊びをしているように見えるのか!」

「凄く鬼気迫っているように見えます」

「正解。今の俺は鬼なんだよ」

「やっぱり鬼ごっこしてるんですね」

 後輩からの質問に怒りの感情を込めて返す。作戦を妨害された苛立ちを八つ当たりするように。

「もう電車に乗っちまったのかなぁ…」

 もしそうだとしたら付近を散策しても意味が無い。前日と同じ失敗を繰り返していた。

「誰を捜してるんですか?」

「君が本当に暴力を振るわれてるかもと懸念してた相手だよ」

「え?」

 電車に乗る為に駅構内へと入って行く。財布からICカードを取り出しながら。

「私も付いていって良いですか?」

「はぁ? どうして?」

「1人で女子生徒を追いかけてるよりずっと怪しまれずに済むと思いますけど」

「ぐっ……確かに」

 妙な提案を拒もうとしたが彼女の言い分は正しい。女子を追いかけ回す男子なんて周りからしたら不審者。もし車内で『痴漢です』と叫ばれようものなら逃げ道が無い。しぶしぶながら同行に許可を出す事にした。

「本当に分からない子だな…」

「よく言われません」

「そういう所だよ」

 仲間を1人追加してホームに上がる。そこでタイミングよく停車している電車を発見。2人揃って乗り込んだ。

「そういえば君、バイトしてるんじゃないの?」

「今日はシフトに入っていないのでお休みなんです。なので青井先輩とお話しようかと思って」

「……こんな男とお喋りしてもつまんないぞ」

「はい。今のところ男性としての魅力を全く感じていません」

「なら何でわざわざ会いに来るんだよっ!!」

 ムキになって怒鳴り散らす。卑下した台詞に対する反応が酷すぎたので。

「春華先輩なんですよね? 追いかけてるの」

「そうだよ。絶賛尾行中」

「どうしてですか? 私と前に話した時は関わりたくないと言っていたのに」

「さぁ、何でだろうね」

 自分自身でも理由がハッキリとしていない。漠然とした正義感だけで動いていた。

「昔から困っている人は放っておけないタイプとか?」

「んな事ない。嫌いな奴が狼狽えてても無視するし」

「なら私が困ってたら救いの手を差し伸べてくれるのでしょうか」

「その前に俺、君の事をよく知らないんだけど…」

「ではこれから知ってください。いっぱいたくさん」

「数秒前に男の魅力ゼロと語ってた人物とは思えない台詞だ」

 何度も干渉してきたり、トラブル解決に協力してくれたり。言動が一貫して意味不明だった。

「ここで降りるよ」

「はい」

 しばらく乗り続けると目的の場所で下車する。予め友人に聞かされていた駅で。

「これからどうするんですか?」

「ん~、とりあえず家まで行ってみようかな」

「という事は自宅の場所は把握済み?」

「おう。行くのは今日が初めてなんだけど」

「ではこれから毎日監視する訳ですね。盗聴機や隠しカメラを仕掛けて」

「君はそんなに俺を犯罪者に仕立て上げたいのか」

 辺りにはそれらしき姿が見当たらない。待ち伏せするにしても既に帰宅していたら意味が無いので直接本丸に乗り込む事にした。

「静かな町ですね」

「そだな。住むには最適かも」

 家屋は多いが大きな物音がしない。飲食店はそれなりにあるが。ホームドラマの舞台にでもなりそうな閑静な住宅街だった。

「えっと……こっちかな」

 端末のマップを見ながら進んで行く。初めて訪れた未開の地を。

「お? ここだここだ」

 その後、30分近くさまよい続けて目的地に到着。庭やガレージ付きの立派な一軒家に辿り着いた。

「大きなお宅ですね」

「ちょっとした屋敷じゃん。羨ましいわ」

「とてもお金に困っているようには見えませんが…」

「分かんないぞ。親がリッチでも子供に分け与えてないかもしれないし」

「親子間の格差ですか」

「そうそう」

 感想を語りながらも門に近付いていく。インターホンのボタンを押す為に。

「すみませ~ん」

 応答があった瞬間に挨拶を飛ばした。悪印象を与えない為の威勢の良い声を。

「はい?」

「こんにちは。僕達、春華さんのクラスメートなんですが」

「あぁ、結月の」

「突然お邪魔して申し訳ないです」

 しばらくすると住人が玄関から出てきてくれる。姿を見せたのは母親と思しき年配の女性だった。

「あの子に何か用?」

「実は春華さんの忘れ物を届けに来まして」

「あら、そうなの?」

「中にいますか?」

「ごめんなさいね。それがあの子、まだ帰ってきてないのよ」

「あ……そうなんですか」

 呼び出しをするも不発となってしまう。嘘をつかれているという可能性も無くはないが。

「忘れ物なら私が預かっておきましょうか?」

「いや、僕のノートと入れ替わっちゃったみたいなんですよ。なので本人に返してもらわないといけないんです」

「あら、それは大変ねぇ」

「春華さんは何時頃に帰って来ますか?」

「う~ん……よくお友達と遊んでくるから結構遅くなるかも」

「げっ! それは困ったな…」

 どうやら母親は知らないらしい。娘がいつも公園で時間を潰してから帰宅しているのを。受け答えが自然なので芝居をしているようには思えなかった。

「分かりました。ならその辺を捜してみます」

「え? 大丈夫?」

「はい。帰ってくる駅は知ってるし、いざとなれば連絡を取って待ち合わせするので」

「そう……ごめんなさいね」

「いえ。それじゃあ失礼します」

 不在と判明しているならこの場所に留まる理由は無い。図々しく中に上がらせてもらう関係性でもないので。軽く会釈をすると歩いて来た道を引き返した。

「敬語使えるんですね」

「当たり前じゃん。俺を何だと思ってたんだ」

「目が合うと問答無用で相手に飛びかかっていく過激な人なのかと」

「猿かよ。クレイジーすぎるだろ」

 離脱したタイミングで後輩がツッコミを入れてくる。自身でも違和感を覚えている言動についてを。

「さっきの人がお母さんなのでしょうか?」

「じゃないかな。お婆ちゃんにしては若すぎるし」

「お手伝いさんという可能性も…」

「金持ちだから有り得なくはないけど子供を結月って呼び捨てにしてたから違うでしょ」

「あぁ。言われてみたら確かに」

 細い体に、おっとりした喋り方。穏やかそうな人柄というのが数分の会話だけで分かった。

「でもどうしましょうね。本人いなかったみたいですが」

「駅で待ち伏せかな。連絡先は知らないから他に方法が思い付かないし」

「え? てことは連絡を取り合うっていうさっきの話は嘘だったんですか?」

「そだよ。親しいアピールしとかないといざという時に困るもん」

「へ~。それなりに頭を使って行動してるんですね」

「あのさ、さっきから俺すげーバカにされてない?」

「気のせいです」

「本当かな…」

 見下されてる感が否めない。実際に頭が悪いので否定が出来ないのだが。

「お?」

 見覚えのある景色を記憶力を頼りに歩く。その道中で奇妙な光景に遭遇した。

「いいから乗りなさい」

「やだって言ってるじゃん!」

 黒塗りの乗用車の外で何やら揉めている。スーツ姿の男性と、制服を着た女子高生が。

「春華さん…」

 そのうちの片方がどう見てもクラスメート。捜している張本人だった。

「親子喧嘩でしょうか」

「パッと見、それっぽいけど」

「だとするとあれが春華先輩のお父さん…」

「じゃなかったらただの誘拐現場だな」

「え? ちょっと…」

 一瞬、立ち止まったがすぐに駆け出す。戸惑う後輩をその場に残して。

「とにかく手を離してよ!」

「あの~」

「ん?」

 そのまま騒動が起きている場所に直行。割り込む形で2人に声をかけた。

「娘さん、嫌がってるみたいですよ」

「はぁ?」

「無理やり押し込むのやめませんか?」

「な、何だね。君は!?」

 開口一番に注意を促す。行動を制止する内容の台詞を。

「え……青井くん」

「この人、春華さんのお父さん?」

「ま、まぁ…」

 続けて娘の方にも人間関係を確認。戸惑っているからか意外なぐらい素直に返事をしてくれた。

「誰だね。君は?」

「結月さんの彼氏です」

「はぁっ!?」

「娘さんとお付き合いさせてもらってます。初めまして」

「ちょ、ちょっと!」

 正体を尋ねられたので気圧されずに答える。嘘塗れの情報を。当然だが両サイドから驚くリアクションが返ってきた。

「彼氏……いたのか」

「いたら困る事でもあるんですか?」

「そ、それは…」

 父親が明らかに狼狽え始める。予想外の乱入者が現れたからか。

「待って待って! どうしていきなりそんな事を言い出すの!?」

「え? 親には内緒にしときたかった?」

「ち、違っ…」

「ごめん。けど俺、こういうのは正直に言わないと気が済まないタイプだからさ」

 反論する娘サイドも封殺。混乱している状態を利用して多くを語らせないようにした。

「……とりあえず君には関係ない事なんだから引っ込んでなさい」

「いえ、関係あります」

「何?」

「もし娘さんが乱暴されてるようなら見過ごせません。例え相手が家族でも力尽くで止めに入ります」

 牽制と叱責の台詞を同時に放つ。握った拳を暴力の象徴として見せつけながら。

「……結月。早く車に乗って」

「分かった…」

 しかしその行動を2人はスルー。全く歯牙にかける事なく。運転席と後部座席、それぞれドアを開けてシートに乗り込んでしまった。

「ちぇっ…」

 黒塗りの乗用車が走り去ってしまう。不届き者への文句をエンジン音で代弁するかのように。

「あの…」

「ん?」

「何故いきなり恋人だと名乗ったんですか?」

 入れ違いに傍観していた後輩が接近。その顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

「そうやって言えば威嚇になるかもと思ったからだよ」

「気持ちは分かりますが後先の事を考えないんですか? 逆上でもされたらケンカに発展していたかもしれないんですよ?」

「それならそれでいいし。俺の目的はバトルに持ち込む事だもん」

「なるほど。猪突猛進タイプなんですね…」

「まぁな。呆れた?」

「いえ、覚悟があってやっていたならそうは思いません」

「ん? 覚悟?」

 続けて彼女が意味深な発言を投下する。肯定を意味している台詞を。

「もし何も考えずにあんな真似をしたなら蛮勇です。でも青井先輩は違うんですよね?」

「いや、君の言いたい事がよく分からないのだが」

「殴られるかもという想定があってやっていたなら恐怖心を持って臨んだという事。度胸がある人って事です」

「サンキュー」

「恐さを意識してないか受け止めた末の行動かでは結果は大きく変わりますからね。私は無鉄砲は好きではないので」

「よく分かんないけど……誉められてるのかな、これ?」

「はい」

 問いかけに対して目の前にあった顔が上下に移動。笑顔を浮かべながら頷いてくれた。

「それでこれからどうするんですか?」

「また明日来るよ。今度は父親に会いに」

「え? てことは…」

「いろいろと怪しすぎ。あの人ならアザの原因を知ってると俺の直感が告げてるわ」

 まだ虐待が判明している訳ではないが何かを隠している可能性が高い。娘の抵抗していた反応を見る限りは。

 ただ今から乗り込んでも無駄な口論に発展するだけ。心残りはあるがこの日は一旦引き下がる事にした。
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