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ハルカ
10.真実
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「……てな流れで父親に会ってきた」
「へぇ」
朝の教室で友人と語り合う。前日の騒動についてを。
「どんな感じの人だった?」
「う~ん……やり手のサラリーマン。賢そうだったし見た目も若かった」
「そうなんだ。オレ達の親とは大違いだね」
「おう。うちの父親はヒゲ面で、翔弥のお父さんはブクブクに太った熊さんだもんな」
「けどオレ達もいずれそうなるのかも」
「……ひぃ~、嫌すぎるわ。想像したら生きるのが苦痛になってきたぞ」
頭を抱えて絶望に浸った。いつか迎えるであろう将来を悲観して。
「おはおは」
「ん?」
無駄話をしている途中で廊下から声をかけられる。隣のクラスからやって来た成戸が教室に入ってきた。
「どうだった?」
「ビンゴ! やっぱりいたよ。春華さんの中学時代の同級生」
「おぉ、やったぜ!」
彼女が満面の笑みを浮かべて近付いてくる。掲げたサムズアップを見せつけながら。
「やっぱり探せば1人ぐらいはいるもんだな」
「その子、男子だからあまり詳しくは知らなかったんだけど家庭の事情については聞けたよ」
「ほう。どんな事?」
「春華さんの両親ね。小学生の時に再婚したんだってさ」
「再婚?」
「うん。お母さんと2人暮らしだったんだけどそこに父親が追加されたんだとか」
教室の隅で会話に没頭。内容がデリケートなので周りには聞こえないように配慮して喋った。
「つまり義理の父親って事?」
「そうなるね。経緯まではさすがに分からないらしいけど」
「その情報提供者は春華さんと小学生から一緒なの?」
「まぁ。親の結婚が原因で引っ越してきたって周りに語ってたらしいよ」
「なるほどねぇ…」
少しずつ見えてくる。不鮮明だったターゲットの家庭状況が。
「昔は打ち明けてたのに今は隠してるって事はその間にお父さんと何かあったのかなぁ…」
「俺、昨日本人に会ってきたぞ」
「へ? ちゃんと挨拶した?」
「いや、むしろケンカ売るような真似しちゃったから印象最悪かもしれない」
「えぇ……何やってるのさ。ダメじゃん」
「はっはっは!」
協議の場に乾いた声が反響。自虐の意味を込めて盛大に笑った。
「反抗期の子供と反りが合わなくて暴力で制圧してるか、あるいは成長した娘を女として見るようになったか…」
「ん? 性的虐待してるって事?」
「俺はその可能性もあると思ってるぞ」
「そんな……でもあのアザが本物だとしたら無くはないか」
「だろ?」
ありとあらゆるパターンを考える。問題を根本から解決する為に。
「もし本当に自分の子供に手を出してるなら許さない。例え血の繋がりが無い間柄だとしても」
「ほぇ?」
「親ってのは世界中の誰より頼れる存在じゃないといけないハズなのによ」
「……そっか。青井くんはお父さんと2人暮らしだから色々と苦労してるもんね」
「おう」
母親は自分が5歳だった頃に病気で他界。ただその時は未就学児だったので人の死が何だったのか理解出来ず。もう二度と会えないと実感したのは小学校に入ってから数年後の事だった。
「春華さん、お母さんに相談してないのかなぁ…」
「出来ないだろ。こんな酷い案件」
「だよねぇ。誰かに打ち明けるのも勇気がいるのに、その対象が身内ってなったら裏切る事になっちゃうもん」
「大人になっても死ぬまで一生縁が切れないもんな。家族は」
「うん…」
考えれば考えるほど怒りが湧き上がってくる。もし一連の憶測が正しいとするなら父親のしている愚行が。
「あ、チャイム」
苛立ちを覚えていると辺りに大きな音が響き渡った。次の授業開始を知らせる合図が。
「ならあたしは教室に戻るわ」
「おう。情報サンキューな」
「いえいえ。今度何か奢ってくれればいいからさ」
「ん~、ラーメンでいい?」
「……あんまり具材ネタで弄ると怒るよ、マジで」
「普通に提案しただけだろ。過敏になりすぎだぞ、お前」
立ったまま喋っていた成戸が廊下へと出ていく。最後にしかめっ面を浮かべながら。
「俺も席に戻るわ」
「うん。また」
「……手を離せ」
「あ、悪い」
その姿を見て自分も教室内を移動。翔弥の手を乱暴に振り払うと定位置に戻った。
「ん…」
ついでに春華さんの様子を窺う。視線を本人に勘づかれないように気を付けて。彼女とは朝から一言も口を利いていないので前日の続きがどうなったのか知らなかった。
「また来週な~」
放課後になると自由時間を得る。週を跨ぐ担任の挨拶をキッカケに。
「今日も家まで尾行かぁ…」
どうするかは決まっているのに乗り気になれない。肝心の本人に拒絶され続けているので強気で踏み込めなかった。
「青井くん」
「ほ?」
席を立ったタイミングで声をかけられる。あまりお喋りする機会のない女子から。
「来週、うちらが日直当番だけど朝に鍵開けるのどうする?」
「俺はどっちでもいいぞ。やってもやらなくても」
「あ、なら朝はお願いしていい? うち、ソフト部の朝練あるからさ」
「りょうか~い」
「帰りはやっておくからホームルーム終わったらサッサと帰っちゃっていいよ」
「へいへい」
彼女から持ちかけられたのは月1ペースで回ってくるクラスの仕事の分担。急いでいるので適当に受け答えして教室を出た。
「ありゃ? もういないぞ」
そのまま下駄箱までやって来るがどこにも見当たらない。ターゲットのローファーが。
「早ぇ~な…」
追跡を撒くために素早く逃走したのだろう。警戒されているのが行動の片鱗だけで分かった。
「今日は来ないか…」
昇降口を出ながら辺りを探す。前日に同行を願い出た後輩の姿を。今日はバイトがあるのか待ち伏せしている様子が見受けられなかった。
「ぐ、ぐぐっ!」
1人で駅にやって来た後は電車に乗り込む。多くの学生で混在している車内へと。
「いないぞ…」
もしやと思って付近を見回すが春華さんらしき人物が見当たらない。どうやら乗車していないか、一本前の電車を使ったようだった。
「ふわぁ~あ……眠ぃ」
睡魔を堪えながらもしばらく乗り続けて下車する。1日前にも利用した駅へと。
「う~ん……逃げ足の速い」
当たり前だが捜している人物の姿はどこにもない。範囲の広い鬼ごっこをしている気分だった。
「しゃ~ねぇ。うちに行くか」
このまま駅で待っていても遭遇出来る確率は低い。仮に会えてもストーカーだと叫ばれたら一巻の終わり。だったら賑わっている場は離れた方がいいと判断。昨日も行った自宅に向かう事にした。
「すみませ~ん」
到着後は迷わずインターホンのボタンを押す。大きな声で挨拶しながら。
「はい?」
「こんにちは」
「えっと……アナタ、昨日もうちに来た子?」
「そうです。春華さんはいますか?」
前日同様に直接玄関から母親と思しき女性が登場。数分しか対面していないが顔を覚えられていた。
「もしかしてまた忘れ物?」
「いえ、今日は別の用件で来ました」
「それはご苦労様。でもあの子、まだ帰って来てないのよ」
「あ……そうなんですか」
相変わらずおっとりした口調で言葉を返してくる。ただし期待外れの不在という内容で。
「分かりました。ならまた連絡して会います」
「ごめんなさいね。面倒な手間をかけちゃって」
「いや、平気です。それでは」
適当に会話を打ち切ってその場を退散。丁寧に頭を下げて歩いて来た道を引き返した。
「う~ん……やっぱりいないか」
予想はしていたから驚きはしない。落胆はしたが。
「んっ…」
今の母親の対応を見る限り、前日の騒動については知らないのだろう。父親に口出しした事がキッカケの一悶着は。もし把握していたら警戒するなり辛辣に追い返すなり態度を変えていたハズ。どうやら父親と娘だけの秘密にしているようだった。
「天然なのかな…」
連絡を取れば会える間柄なのにダイレクトに自宅を訪ねてきた事を不審に思わず。しっかり者の娘とは似ても似つかないタイプだった。
「お?」
フラフラと住宅街を歩いていると運良くターゲットを見つける。1人きりでベンチに腰掛けているクラスメートの姿を。
「春華さん…」
もしやと思って翔弥に聞いていた公園に寄り道。その考えは功を奏していた。
「おっす」
「……っ!?」
「おっと! 驚かせちゃってごめん」
背後から近付いて声をかける。足音をなるべく消しながら。
「教室だと話すのマズイと思ったから追いかけてきちゃった」
「な、何の用ですか。2日も続けて…」
「さっき君の家にも行って来たんだ。お母さんからいないって聞かされてここまで戻って来たんだけど」
「……え?」
包み隠さずに打ち明けた。行動の全容についてを。
「あと昨日のもごめん。お父さんとのやり取りに割り込んじゃったヤツ」
「ア、アレは別に私を助けようとしてやった事だから…」
「怒られた?」
「……特にそう言った事はないです。失礼な奴だと愚痴はこぼしていましたが」
「ヤッベ。嫌われたな、コレは」
一瞬、逃げ出す素振りを見せたがすぐに中断。自宅を知っているという情報が強い拘束力を生み出していた。
「……それより私の後を付け回して楽しいですか?」
「楽しくてやってるんじゃない」
「え?」
「許せないと思った事が起きてるから止めにきたんだ」
振る舞いの是非を問われた瞬間に声のトーンを落として喋る。口調を真面目な物に切り替えて。
「あのアザって本物なんでしょ?」
「……だとしたら?」
「やっぱり親に虐待を受けてるんじゃないの?」
「んっ…」
核心を突いた瞬間に目の前にあった表情が著しく変化。下唇を噛みながら俯いてしまった。
「春華さんの両親が再婚してる事も聞いた。君の昔のクラスメートに」
「そうですか…」
「昨日のお父さんの態度は変だよ。無理やり車に乗せようとしたり」
「はい…」
「いろいろと無断で調べてた点については謝る。でもこんなの知っちゃったら放っておけないって!」
声を大にして叫ぶ。胸の中に溢れている怒りや不満をブチ撒けるように。
「青井くんは…」
「ん?」
「どうしてそこまで私に関わろうとするんですか?」
落ち着いたタイミングで対話相手が質問を飛ばしてきた。一連の言動に対する最もな問い掛けを。
「クラスメートだからだよ」
「クラスメート…」
「いや、知らない家庭でも虐待が行われてるって知ったら何とかしたいって思うわ。だって気分悪いもん」
「そう……ですか」
ニュースで悲惨な事件が報道されたり、親子の生々しい折檻の動画が拡散されたり。それらを目にする度にやり場のない苛立ちが込み上げてきていた。
「私が小学校4年生の時に母親が再婚しました」
「え?」
「知らない人との生活は息苦しかったです。けど慣れてきたら楽しかった」
「……そっか」
「お父さんもお母さんも幸せそうだったから私も嬉しくて…」
「春華さん…」
「なのに……途中からおかしくなっていっちゃった」
彼女が過去話を語り出す。流暢とは程遠い訥々とした口調で。
「中学に上がってしばらくしたら顔を叩かれるようになりました。成績が少しでも下がったりすると思いっきり」
「ひっでぇ…」
「だから頑張った。期待を裏切らないようにする為と、ぶたれないようにする為に」
「うん…」
「でも……でもそれで収まるどころがエスカレートして体まで殴られるようになったんです。服を脱がされて写真を撮られたり」
「クソすぎるだろ」
胸の奥底から並々ならぬ憎悪が発生。怒りのボルテージがかつてない程に高まっていた。
「私はどうしたらいいのか分からない…」
「それは…」
「……うぁっ、あぅあ」
「気分悪いな…」
「うぁあぁっ、あぐっ…」
隠していた秘密を打ち明けたからか目の前にいた人物が嗚咽してしまう。目元を何度も擦りながら。
「あのさ、一つだけ教えてほしい」
「ん、ぐっ…」
「どうして嘘なんかついたの?」
「……え?」
取り乱した様相を無視して質問をぶつけた。場違いと思われそうな疑問を。
「わ、私は嘘なんか…」
「前に俺、言ったじゃん! 誰かに脅されてるんじゃないのかって!」
「あ…」
「その時に言ってくれたらもっと早くに助けられたのに!」
再び大声で叫ぶ。喉が枯れそうな勢いで。辺りを気にせず喚いたせいか近くの遊具で遊んでいた小学生達が何事かという眼差しでこちらを見てきた。
「写真をネットに上げたのってそういう意味でしょ?」
「え、え…」
「秘密を握ってるから逃げられない。逆らったらいつでも拡散してやるぞって」
「んっ…」
「これどう考えても脅迫じゃん!」
「そう……かもしれません」
飛んでくる子供の視線を気にせず続けて喋る。自身には無関係の事とはいえ我慢がならない悪事への不平不満を。
「今から家に引き返して俺が文句つけてやる」
「……はい?」
「嫌とは言わせない。もし断られたら教師か警察を引き連れて行くから」
「あ、あの…」
「アザを作られる状況に耐えるぐらいならバカな男子が自宅に乗り込む状況に耐えてくれ」
「青井くん…」
そして最終的に下した決断は伏魔殿への突撃。1日前の続きを再開する父親への直談判だった。
「いいよね?」
「……はい」
夕暮れ時の公園でクラスメートの女子と立ち尽くす。奇妙な空気感に身を委ねながら。ただ目の前にあった表情からは自然と警戒心が和らいでいた。
「へぇ」
朝の教室で友人と語り合う。前日の騒動についてを。
「どんな感じの人だった?」
「う~ん……やり手のサラリーマン。賢そうだったし見た目も若かった」
「そうなんだ。オレ達の親とは大違いだね」
「おう。うちの父親はヒゲ面で、翔弥のお父さんはブクブクに太った熊さんだもんな」
「けどオレ達もいずれそうなるのかも」
「……ひぃ~、嫌すぎるわ。想像したら生きるのが苦痛になってきたぞ」
頭を抱えて絶望に浸った。いつか迎えるであろう将来を悲観して。
「おはおは」
「ん?」
無駄話をしている途中で廊下から声をかけられる。隣のクラスからやって来た成戸が教室に入ってきた。
「どうだった?」
「ビンゴ! やっぱりいたよ。春華さんの中学時代の同級生」
「おぉ、やったぜ!」
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「ほう。どんな事?」
「春華さんの両親ね。小学生の時に再婚したんだってさ」
「再婚?」
「うん。お母さんと2人暮らしだったんだけどそこに父親が追加されたんだとか」
教室の隅で会話に没頭。内容がデリケートなので周りには聞こえないように配慮して喋った。
「つまり義理の父親って事?」
「そうなるね。経緯まではさすがに分からないらしいけど」
「その情報提供者は春華さんと小学生から一緒なの?」
「まぁ。親の結婚が原因で引っ越してきたって周りに語ってたらしいよ」
「なるほどねぇ…」
少しずつ見えてくる。不鮮明だったターゲットの家庭状況が。
「昔は打ち明けてたのに今は隠してるって事はその間にお父さんと何かあったのかなぁ…」
「俺、昨日本人に会ってきたぞ」
「へ? ちゃんと挨拶した?」
「いや、むしろケンカ売るような真似しちゃったから印象最悪かもしれない」
「えぇ……何やってるのさ。ダメじゃん」
「はっはっは!」
協議の場に乾いた声が反響。自虐の意味を込めて盛大に笑った。
「反抗期の子供と反りが合わなくて暴力で制圧してるか、あるいは成長した娘を女として見るようになったか…」
「ん? 性的虐待してるって事?」
「俺はその可能性もあると思ってるぞ」
「そんな……でもあのアザが本物だとしたら無くはないか」
「だろ?」
ありとあらゆるパターンを考える。問題を根本から解決する為に。
「もし本当に自分の子供に手を出してるなら許さない。例え血の繋がりが無い間柄だとしても」
「ほぇ?」
「親ってのは世界中の誰より頼れる存在じゃないといけないハズなのによ」
「……そっか。青井くんはお父さんと2人暮らしだから色々と苦労してるもんね」
「おう」
母親は自分が5歳だった頃に病気で他界。ただその時は未就学児だったので人の死が何だったのか理解出来ず。もう二度と会えないと実感したのは小学校に入ってから数年後の事だった。
「春華さん、お母さんに相談してないのかなぁ…」
「出来ないだろ。こんな酷い案件」
「だよねぇ。誰かに打ち明けるのも勇気がいるのに、その対象が身内ってなったら裏切る事になっちゃうもん」
「大人になっても死ぬまで一生縁が切れないもんな。家族は」
「うん…」
考えれば考えるほど怒りが湧き上がってくる。もし一連の憶測が正しいとするなら父親のしている愚行が。
「あ、チャイム」
苛立ちを覚えていると辺りに大きな音が響き渡った。次の授業開始を知らせる合図が。
「ならあたしは教室に戻るわ」
「おう。情報サンキューな」
「いえいえ。今度何か奢ってくれればいいからさ」
「ん~、ラーメンでいい?」
「……あんまり具材ネタで弄ると怒るよ、マジで」
「普通に提案しただけだろ。過敏になりすぎだぞ、お前」
立ったまま喋っていた成戸が廊下へと出ていく。最後にしかめっ面を浮かべながら。
「俺も席に戻るわ」
「うん。また」
「……手を離せ」
「あ、悪い」
その姿を見て自分も教室内を移動。翔弥の手を乱暴に振り払うと定位置に戻った。
「ん…」
ついでに春華さんの様子を窺う。視線を本人に勘づかれないように気を付けて。彼女とは朝から一言も口を利いていないので前日の続きがどうなったのか知らなかった。
「また来週な~」
放課後になると自由時間を得る。週を跨ぐ担任の挨拶をキッカケに。
「今日も家まで尾行かぁ…」
どうするかは決まっているのに乗り気になれない。肝心の本人に拒絶され続けているので強気で踏み込めなかった。
「青井くん」
「ほ?」
席を立ったタイミングで声をかけられる。あまりお喋りする機会のない女子から。
「来週、うちらが日直当番だけど朝に鍵開けるのどうする?」
「俺はどっちでもいいぞ。やってもやらなくても」
「あ、なら朝はお願いしていい? うち、ソフト部の朝練あるからさ」
「りょうか~い」
「帰りはやっておくからホームルーム終わったらサッサと帰っちゃっていいよ」
「へいへい」
彼女から持ちかけられたのは月1ペースで回ってくるクラスの仕事の分担。急いでいるので適当に受け答えして教室を出た。
「ありゃ? もういないぞ」
そのまま下駄箱までやって来るがどこにも見当たらない。ターゲットのローファーが。
「早ぇ~な…」
追跡を撒くために素早く逃走したのだろう。警戒されているのが行動の片鱗だけで分かった。
「今日は来ないか…」
昇降口を出ながら辺りを探す。前日に同行を願い出た後輩の姿を。今日はバイトがあるのか待ち伏せしている様子が見受けられなかった。
「ぐ、ぐぐっ!」
1人で駅にやって来た後は電車に乗り込む。多くの学生で混在している車内へと。
「いないぞ…」
もしやと思って付近を見回すが春華さんらしき人物が見当たらない。どうやら乗車していないか、一本前の電車を使ったようだった。
「ふわぁ~あ……眠ぃ」
睡魔を堪えながらもしばらく乗り続けて下車する。1日前にも利用した駅へと。
「う~ん……逃げ足の速い」
当たり前だが捜している人物の姿はどこにもない。範囲の広い鬼ごっこをしている気分だった。
「しゃ~ねぇ。うちに行くか」
このまま駅で待っていても遭遇出来る確率は低い。仮に会えてもストーカーだと叫ばれたら一巻の終わり。だったら賑わっている場は離れた方がいいと判断。昨日も行った自宅に向かう事にした。
「すみませ~ん」
到着後は迷わずインターホンのボタンを押す。大きな声で挨拶しながら。
「はい?」
「こんにちは」
「えっと……アナタ、昨日もうちに来た子?」
「そうです。春華さんはいますか?」
前日同様に直接玄関から母親と思しき女性が登場。数分しか対面していないが顔を覚えられていた。
「もしかしてまた忘れ物?」
「いえ、今日は別の用件で来ました」
「それはご苦労様。でもあの子、まだ帰って来てないのよ」
「あ……そうなんですか」
相変わらずおっとりした口調で言葉を返してくる。ただし期待外れの不在という内容で。
「分かりました。ならまた連絡して会います」
「ごめんなさいね。面倒な手間をかけちゃって」
「いや、平気です。それでは」
適当に会話を打ち切ってその場を退散。丁寧に頭を下げて歩いて来た道を引き返した。
「う~ん……やっぱりいないか」
予想はしていたから驚きはしない。落胆はしたが。
「んっ…」
今の母親の対応を見る限り、前日の騒動については知らないのだろう。父親に口出しした事がキッカケの一悶着は。もし把握していたら警戒するなり辛辣に追い返すなり態度を変えていたハズ。どうやら父親と娘だけの秘密にしているようだった。
「天然なのかな…」
連絡を取れば会える間柄なのにダイレクトに自宅を訪ねてきた事を不審に思わず。しっかり者の娘とは似ても似つかないタイプだった。
「お?」
フラフラと住宅街を歩いていると運良くターゲットを見つける。1人きりでベンチに腰掛けているクラスメートの姿を。
「春華さん…」
もしやと思って翔弥に聞いていた公園に寄り道。その考えは功を奏していた。
「おっす」
「……っ!?」
「おっと! 驚かせちゃってごめん」
背後から近付いて声をかける。足音をなるべく消しながら。
「教室だと話すのマズイと思ったから追いかけてきちゃった」
「な、何の用ですか。2日も続けて…」
「さっき君の家にも行って来たんだ。お母さんからいないって聞かされてここまで戻って来たんだけど」
「……え?」
包み隠さずに打ち明けた。行動の全容についてを。
「あと昨日のもごめん。お父さんとのやり取りに割り込んじゃったヤツ」
「ア、アレは別に私を助けようとしてやった事だから…」
「怒られた?」
「……特にそう言った事はないです。失礼な奴だと愚痴はこぼしていましたが」
「ヤッベ。嫌われたな、コレは」
一瞬、逃げ出す素振りを見せたがすぐに中断。自宅を知っているという情報が強い拘束力を生み出していた。
「……それより私の後を付け回して楽しいですか?」
「楽しくてやってるんじゃない」
「え?」
「許せないと思った事が起きてるから止めにきたんだ」
振る舞いの是非を問われた瞬間に声のトーンを落として喋る。口調を真面目な物に切り替えて。
「あのアザって本物なんでしょ?」
「……だとしたら?」
「やっぱり親に虐待を受けてるんじゃないの?」
「んっ…」
核心を突いた瞬間に目の前にあった表情が著しく変化。下唇を噛みながら俯いてしまった。
「春華さんの両親が再婚してる事も聞いた。君の昔のクラスメートに」
「そうですか…」
「昨日のお父さんの態度は変だよ。無理やり車に乗せようとしたり」
「はい…」
「いろいろと無断で調べてた点については謝る。でもこんなの知っちゃったら放っておけないって!」
声を大にして叫ぶ。胸の中に溢れている怒りや不満をブチ撒けるように。
「青井くんは…」
「ん?」
「どうしてそこまで私に関わろうとするんですか?」
落ち着いたタイミングで対話相手が質問を飛ばしてきた。一連の言動に対する最もな問い掛けを。
「クラスメートだからだよ」
「クラスメート…」
「いや、知らない家庭でも虐待が行われてるって知ったら何とかしたいって思うわ。だって気分悪いもん」
「そう……ですか」
ニュースで悲惨な事件が報道されたり、親子の生々しい折檻の動画が拡散されたり。それらを目にする度にやり場のない苛立ちが込み上げてきていた。
「私が小学校4年生の時に母親が再婚しました」
「え?」
「知らない人との生活は息苦しかったです。けど慣れてきたら楽しかった」
「……そっか」
「お父さんもお母さんも幸せそうだったから私も嬉しくて…」
「春華さん…」
「なのに……途中からおかしくなっていっちゃった」
彼女が過去話を語り出す。流暢とは程遠い訥々とした口調で。
「中学に上がってしばらくしたら顔を叩かれるようになりました。成績が少しでも下がったりすると思いっきり」
「ひっでぇ…」
「だから頑張った。期待を裏切らないようにする為と、ぶたれないようにする為に」
「うん…」
「でも……でもそれで収まるどころがエスカレートして体まで殴られるようになったんです。服を脱がされて写真を撮られたり」
「クソすぎるだろ」
胸の奥底から並々ならぬ憎悪が発生。怒りのボルテージがかつてない程に高まっていた。
「私はどうしたらいいのか分からない…」
「それは…」
「……うぁっ、あぅあ」
「気分悪いな…」
「うぁあぁっ、あぐっ…」
隠していた秘密を打ち明けたからか目の前にいた人物が嗚咽してしまう。目元を何度も擦りながら。
「あのさ、一つだけ教えてほしい」
「ん、ぐっ…」
「どうして嘘なんかついたの?」
「……え?」
取り乱した様相を無視して質問をぶつけた。場違いと思われそうな疑問を。
「わ、私は嘘なんか…」
「前に俺、言ったじゃん! 誰かに脅されてるんじゃないのかって!」
「あ…」
「その時に言ってくれたらもっと早くに助けられたのに!」
再び大声で叫ぶ。喉が枯れそうな勢いで。辺りを気にせず喚いたせいか近くの遊具で遊んでいた小学生達が何事かという眼差しでこちらを見てきた。
「写真をネットに上げたのってそういう意味でしょ?」
「え、え…」
「秘密を握ってるから逃げられない。逆らったらいつでも拡散してやるぞって」
「んっ…」
「これどう考えても脅迫じゃん!」
「そう……かもしれません」
飛んでくる子供の視線を気にせず続けて喋る。自身には無関係の事とはいえ我慢がならない悪事への不平不満を。
「今から家に引き返して俺が文句つけてやる」
「……はい?」
「嫌とは言わせない。もし断られたら教師か警察を引き連れて行くから」
「あ、あの…」
「アザを作られる状況に耐えるぐらいならバカな男子が自宅に乗り込む状況に耐えてくれ」
「青井くん…」
そして最終的に下した決断は伏魔殿への突撃。1日前の続きを再開する父親への直談判だった。
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目を覚ますと、見目の優れた男とホテルにいるというテンプレ展開が待ち受けていたばかりか、紳士だとばかり思っていた男からの予期せぬ変態発言により思いもよらない事態に……!
数ヶ月後、心機一転転職した穂乃香は、どういうわけか社長の第二秘書に抜擢される。
驚きを隠せない穂乃香の前に社長として現れたのは、なんと一夜を共にした、あの変態男だった。
しかも、穂乃香の醸し出す香りに一目惚れならぬ〝一嗅ぎ惚れ〟をしたという社長から、いきなりプロポーズされて、〝業務の一環としてのビジネス婚〟に仕方なく応じたはずが……、驚くほどの誠実さと優しさで頑なだった心を蕩かされ、甘い美声と香りに惑わされ、時折みせるギャップと強引さで熱く激しく翻弄されてーー
嗅覚に優れた紳士な俺様社長と男性不信な生真面目秘書の遺伝子レベルで惹かれ合う極上のラブロマンス!
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*竹野内奏(タケノウチカナタ)32歳・働きたい企業ランキングトップを独占する大手総合電機メーカー「竹野内グループ」の社長・海外帰りの超絶ハイスペックなイケメン御曹司・優れた嗅覚の持ち主
*葛城穂乃香(カツラギホノカ)27歳・男性不信の生真面目秘書・過去のトラウマから地味な装いを徹底している
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません
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✧エブリスタ様にて初公開23.1.9✧
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